令嬢はモブと街へ出る3
街は活気があり沢山の人々が行き交っていた。
私はその光景に前世の記憶を刺激され心が浮き立ってしまう。前世の渋谷や新宿に比べたら全然人は少ないのだけど。
「お嬢様、はぐれないようにしてくださいね」
フランがそわそわと周囲を見渡す私を見ながらため息をつく。
「手……手とか繋いでくれたらはぐれませんぞ……?」
私はここぞとばかりに鼻息荒く提案する。
フランとの肉体的な接触は今までの人生で実はあまりない。
私の変態性が発露する以前は『いけません。公爵家のご令嬢が濫りに異性に触れては』と拒絶され、変態性が発露してからは『嫌です。変態には触りたくありません』と拒絶されている。
雇い主の娘に直接『変態』を連呼できるフランは、男らしくて素敵だと思う。
「お嬢様、なんですかその気持ち悪い口調は」
私はフランに触りたい。だから多少興奮で口調がおかしくなるのは見逃して欲しい。
フランは少し考えるような顔をして……トラウザーズのポケットから白い手袋を取り出しきっちりと嵌めてから、私に手を差し出した。
……フランさん、私の扱いは爆発物かなにかですか。
私が不満そうな顔で見ると、彼は口角を片方だけ上げる意地悪な笑い方をした。
「私は別にいいのですよ。繋がなくても」
「繋ぐ! ぜひ繋がせてください!!」
私は慌ててフランの手に自分の手を重ねた。
おかしいな、私美少女のはずなんだけどなぁ。どうしてここまで必死にならないと手も繋いでもらえないのか。自分で美少女と思い込んでるだけで実はそんなに綺麗じゃないとか?
わぁーでも、推しと初めて手を繋いでる! 嬉しい……。
フランの手って意外に大きいのね。私の手とサイズが全然違う。さすが男性だ。
「う……嬉しい。どうしよう、フランと手を繋いでる……! ありがとう、フラン」
思わず真っ赤になる顔で目を潤ませながらフランに言うと、彼はなぜか視線を逸らした。
「……どうして、貴女は私のすることなどで……そこまで喜ぶのですか」
フランの言葉に私の目は丸くなる。
「貴方のことが大好きだからよ、決まってるでしょう?」
あんなにも毎日言っているのに、どうしてフランには伝わらないのだろう。
フランは微妙な顔をした後に、少し強く手を繋ぎなおしてから歩き出す。私も慌てて足を動かした。
「お店の見当はついているのですか?」
「いつも出入りで来てくれている『アランソワ商会』に行きたいわ。あそこのアクセサリーは素敵だから」
「アランソワですか……」
私がそう提案するとフランは苦い顔をする。彼の趣味には、合わないのかな。
「ダメかな?」
「いえ、あそこの品はよい物です。ただ単価がかなりするなと思ったもので」
確かにあそこの品はグレードが高い。私のお小遣いの範囲で出せる金額なのだけれど、下位貴族や庶民からすると目が飛び出るほどの金額だ。
無駄遣いする令嬢だとフランに思われるのも嫌ね。
「じゃあ時々来てくださる『ミッティ商会』はどう? あそこならかなりお安いと思うのだけど」
「……そうですね、じゃあそうしましょうか」
次に提案した『ミッティ商会』は貴族向けばかりではなく庶民向けの商品も数多く取り扱っている。そしてデザインも全体的にカジュアルなものが多い。
カジュアルなものだとドレスに合いづらいかもとは思うのだけど、フランから選んでもらうものなんて厳重に金庫に入れて恐らく出さないからどちらでもよいか。
私とフランはのんびりと手を繋いで『ミッティ商会』へと向かった。
推しと手を繋ぐ緊張で商会に辿り着く頃には手のひらは手汗でびちょびちょだったので、フランが手袋を着けてくれてむしろよかったと私は安堵した。
『ミッティ商会』の外観はちょっと大きめの庶民向け一軒家という感じだ。
その扉を開いて中に入ると私を見て中年の少し頭が寂しくなった店主が目を丸くした。
「……お嬢様?」
彼の言葉に私はしーっと内緒よ、というように人差し指を唇に当ててみせる。
すると私の服装と態度で察したのであろう彼は、こくこくと冷や汗をかきながら頷いた。
店内には女性客が大勢して目を輝かせながらアクセサリーを選んでいる。こういう光景も前世ぶりでなんだか嬉しくなってしまう。
「お嬢様はどういうデザインがお好きなのですか?」
フランが女性だらけの店内で少し気まずそうにしながら言った。
「フランが似合うと思ったものが欲しいの。私の趣味のことは考えなくていいわ」
「ふむ。女性にプレゼントなんて気の利いたことは普段しませんし。困りましたね」
……その言葉は彼女は今いない、という風に受け取ってもいいのかな。
彼は我が家でずっと私に付き添っているような状態なのでいたら『いつの間に!?』って相当びっくりはしてしまうけど。あとたぶん、数年は毎日号泣する。
彼は私の手を離すと店内をゆっくりと見て回る。フランがどんなものを選ぶのか気になるけれど、私は店内の椅子に座って彼を待つことにした。
例え彼がからかおうとしてジョークグッズのようなものを選んでも、私は全力で喜ぶつもりだ。フランから選んでもらえるのならなんでも嬉しいもの。
「えっと……お茶をどうぞ」
店主がぺこりと頭を下げながら紅茶を差し出してくる。彼には相当な気を遣わせているのかもしれない。
紅茶を受け取り喉を潤していると、フランがこちらへと歩み寄ってきた。
「フラン、決まった?」
「こちらでいかがですか。少し子供っぽいですかね」
フランが少し困ったような顔で手のひらに乗せて差し出したのは、綺麗な緑の石がシルバーの台座に嵌められたネックレスだった。
私くらいの年頃の女の子が好みそうな可愛らしいデザインは、彼が一生懸命考えてくれたことが伺えてなんだか胸が熱くなってしまう。
「いいえ! これがいい」
私が満面の笑みで答えると、フランは無表情でそれを持って店主の元へと向かった。
「あっ、待って。お財布……」
「結構です」
私が慌てて肩から下げたポーチから財布を出そうとすると、フランに制止される。
「……誕生日の品くらい。ちゃんと買ってあげますから」
不愛想に言うフランの言葉に私の中の時間が止まった。
理解が追いつかない。
推しが、金銭を払って、私にプレゼントを買ってくれるだと?
待って、推しには常に私が貢ぐ側なんじゃないの。彼が買ってくれるの?
ええーっ、そんなの。奇跡すぎて泣いてしまうじゃないの。
私が呆然としている間にフランは会計を終えたらしくこちらへと向かって来る。
うわー心の準備ができてないのに……!
彼は椅子に座る私の正面に立つと、邪魔になる私の髪をそっと手で払って……ネックレスを、着けてくれた。
フランの顔が近い。意外に整っていて、でもどこか没個性的な。私の大好きなお顔。
どうしよう緊張で息ができない。私なんかの息をフランにかけることなんてできない。息を止めておこう。
なんだこれ、なんだこのサービス。課金、課金しなきゃ。
「お嬢様、いかがですか?」
「ひえっ……」
フランに聞かれて思わず怯えたような声を出してしまった私は、悪くないと思う。
推しからのサービスに令嬢のHPはゼロです。




