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令嬢は遠足のような冒険をする1

 本日も私は日課の放課後の図書館通いに勤しんでいた。毎日図書館に通っているので、周囲からはすっかり勤勉なご令嬢だと思われている。……その認識もあながち間違いとも言えないんだけど。

 勉強はしているものね。婚約破棄のためだけど。

 今日図書館にいるのは、私、フラン、レイン、キャロライナ、ホルトである。本日はなかなかの大所帯だ。皆が思い思いに本を読んだりお菓子を食べたりして過ごしている。

 滅多に人が来ないため図書館は日々私たち専用のサロンのような様相を呈していた。もちろん図々しくど真ん中でそんなことをしているわけではなく、常識を持って隅っこでそう過ごしているのだけど。


「ふふ。クッキー美味しいわぁ~」


 キャロライナはにこにこしながら本を読みつつクッキーを頬張っている。キャロ、本の間に食べカスがめちゃくちゃ落ちてるわよ……! ホルトが慌ててゴミ箱の上で食べカスを払ってキャロライナに本を返しているけれど、しばらくするとまた食べカスは降り積もる。それを見てホルトは少し悲しそうに眉を下げた。

 ……賽の河原で石を積むみたいなことになってるわね。

 レインは私の膝に頭を乗せて寝転がり、冒険活劇小説を読んでいる。お行儀が悪いけれどこの場には咎める人なんていないし、まぁいいか。時々私を見上げて嬉しそうに笑う義妹は本当に可愛い。その水色の髪を撫でると、猫のように手に頭をすり寄せてくるのがまた愛らしい。

 前世の妹は生意気ばかりだったのになぁ。『おねえ、またモブキャラ推し? メインを推した方がグッズとかあんのに~』なんてしょっちゅう言われたっけ。あれには殺意が湧いたわね!……あの子も今、どうしてるんだろうなぁ。

 愛するフランはというと、紅茶片手に今日も魔法関連の本を読み耽っていた。ピンと伸びた背筋がとても綺麗ですね。……その紅茶、横から一口もらったらダメかな。フランがお口をつけた紅茶なんて、正に聖なる紅茶じゃない。飲みたい、私の体に取り入れたい。

 そんなことを思いながらじっと見つめていると、なにかに勘づいたらしい彼にギロリと鋭い視線で睨まれた。


「見るな。この変態が」


 そしてその口からはドスのきいた低い声が漏れた。今日も推しは絶好調に冷たい。でもそんなところも大好きだ。

 ヒロインとたくさんの素敵なモブに囲まれて。これはもしかしなくてもハーレムというやつだろうか。私、ハーレム系の主人公だったのね! とそんな馬鹿なことを考え自分が『悪役令嬢』であることを思い出し、少しテンションが下がってしまった。……うん、どう考えても主人公じゃない。

 ……気を引き締めろ、マーガレット・エインワース。油断は死亡フラグに繋がるんだから!

 死亡フラグといえば……最近アルバート様が会いに来ないな、なんてふと思う。来なくて残念、ということはないのだけれど毎日来ていた方が急に来なくなると不思議な気持ちになるわね。体調を崩してないといいけれど。


「ありました! 見つけちゃいました!」


 その時、めずらしくはしゃぎながらアベル様が図書館に姿を現した。

 白い頬は薄い赤に染まり、紫色の髪の隙間から見える瞳はキラキラと輝いている。そして顔中で笑う、という表現がぴったりな弾ける笑顔。

 ――可愛い! ナイスメカクレモブ男子! 私は思わず出そうになるその言葉を飲み込み、アベル様に微笑んでみせた。


「なにが見つかったの?」

「肉屋へのお使い程度の労力で立てられる功績です!」


 そう言って彼は胸を張る。そして皆の存在にようやく気づいたようで、ぺこりと慌てて頭を下げた。


「今日もお疲れ様です! 皆様!」


 ……まるで部活の下っ端下級生みたいよ。アベル様。


「そう畏まらないで? アベルちゃん。リラックスよ~」


 キャロはうふふ、と笑いながら鷹揚に言ってアベル様を手招きした。そしてちょこちょこと小さな歩幅で近寄ったアベル様の頭を、優しく何度も撫でる。彼は大いに戸惑った様子で顔を赤くしながら、キョロキョロと視線を彷徨わせた。

 知り合って日にちが経ち、アベル様も皆に少しずつ馴染んできている。最初はもっと緊張してガチガチだったんだけどね。


「うふふ……アベルちゃんは今日も可愛いわぁ。小動物みたいで食べたくなっちゃうわねぇ。ホルトちゃんも美味しそうだけど」


 キャロ、食べるってなに。

 色っぽい意味じゃなくて『捕食』の方に聞こえてしまうのはなぜだろう。彼女はアベル様のことがお気に入りらしい。……彼はキャロライナに対して一歩引いているけれど。その様子はまるで鷹に怯えるウサギみたいだ。


「た……食べちゃ嫌です!」

「お、俺も痛いのは嫌ですよ?!」


 アベル様もホルトも彼女の発言を捕食の意として取ったらしく、びくりと震えて涙目になる。ああ、小動物みたいに怯えるモブ男子は可愛いなぁ。思わず涎が出そうになってしまう。


「やぁね、どうして捕食の方だと思うのよ。失礼な子たちねぇ~」


 キャロはそう言いながらにこやかな表情のままアベル様とホルトの頬を抓り上げた。


「ごごごご、ごめんなさい!」

「キャロライナ様、頬がちぎれますぅ」


 そんなに力をこめているようには見えないのだけれど、どうやらとても痛いらしい。二人はもがきながら必死にキャロライナから身を離そうとした。

 ……そういえば、さっきアベル様、なんて言ったっけ。


『肉屋へのお使い程度の労力で立てられる功績です!』


 ……!


「アベル様! 功績って本当なの!?」

「ふぇい! ほんとです!」


 赤くなった頬をさすりながらアベル様が声を上げる。


「だけど……」


 彼は少し困った顔をしてフランの方を見た。そんなアベル様をフランは無表情で手で招く。


「えっと……マーガレット様、少しお待ちくださいね」


 アベル様はぺこりと私に頭を下げフランの元へと向かう。そして二人は図書館の隅へと移動しなにかを小声で話し始めた。……情報のフィルタリングは順調に機能しているらしい。

 しかしこれは、チャンスでは! 机の上を見るとフランの飲みかけの紅茶がそこにある。私は澄ました顔でそれに手を伸ばし、なに食わぬ風を装いながら口をつけた。手は緊張で小刻みに震えてしまう。だってフランがお口をつけたものですよ!


「えへぇ……」


 それは冷えたただの紅茶のはずなのに。砂漠を歩き疲れた旅人が飲んだ一滴の水のように、深く体に染み渡った。

 ああ、フランがあの綺麗な唇をつけたカップに私なんかの唇を合わせ、彼が飲んだ紅茶を口にするなんて……これはまるで聖なる儀式だわ。カップもあとで拝借しよう、うん。


「お姉様はどうしてそんなに腹黒糸目が好きなんですかねぇ」


 気がつくとレインが大きな瞳でこちらをじっと見つめていた。美少女から見上げられるのってなにかたまらないものがあるわね。


「貴女も恋をしたらわかるわよ」

「……そういうものですかね。誰かに恋をしたら私もグッズを集めたくなるんでしょうか」

「集めたくなるわ! 絶対に!」


 私の言葉にレインはぴんとこないというように首を傾げる。……ヒロインなのに本当に恋愛に興味がないのね。

 フランとアベル様の方を盗み見るとどうやら話は長引いているようだ。


「ホルト、新しい紅茶を皆に淹れてもらってもいいかしら」

「はい、マーガレット様!」


 私のお願いに嬉しそうに返事をしてホルトは図書館を出て行く。そしてしばらくすると人数分の紅茶が乗ったワゴンを押しながら帰ってきた。

 私は……ホルトがフランの席に温かい紅茶を置くのをなに食わぬ顔で見ていた。そして飲み終わった紅茶のカップを丁寧に絹のハンカチで包み鞄にそっとしまう。

 ……ああ、素敵なものを手に入れてしまったわ。


 席に戻ってきたフランに虫けらを見る目で見られたような気がするけれど。きっと気のせいね。舌打ちとともに『この変態が……油断したな』なんて声が聞こえた気もするけれど。


 ええ、絶対に気のせいだわ。

そんなこんなで久しぶりのマーガレットさんのターンです。

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