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竜殺しと近衛騎士2(アルバート視点)

 騎士団に討伐隊への参加を申請すると案の定不思議そうな顔をされたが、俺は討伐隊に加わることができた。


「名門ホーン家のご子息が参加してくれるのは心強いなぁ!」


 ひげ面の四十代だろう男が俺の背中を無遠慮に叩く。王都の守備の一角を担う『第五騎士団』の団長で、王宮では顔を時折合わせる程度の仲だ。今回の討伐隊は彼の団を中心にした人員と他の団からの志願者で編成されているようだった。

 俺の所属する王宮付きの『竜翼騎士団』からの参加者はいない。よほどの危急の自体でないと『竜翼騎士団』は動かないのだ。加えて俺は王子の近衛なので一層存在の違和感というか、場違い感が上がってしまう。


「しかしアルバート様がどうして討伐隊に参加を?」


 団長が好奇心に瞳を輝かせながら俺に問うてくる。


「……騎士としての経験を積みたくてな」


 正直に『想い人によいところを見せたいのだ』なんて言う必要性もなかったので、俺は適当に濁した。この男は心の繊細な部分に土足で踏み入ってきそうな雰囲気があるから話すのが嫌だったのもある。


「竜の討伐の経験があるのは、今回何人くらいいるんだ?」


 俺は話を逸らそうと別の話題を向けた。かく言う俺にも竜の討伐経験はない。だから話を逸らす目的だけではなく、この隊に何人のその道のベテランがいるのか訊いておきたかった。


「俺も含めて十人ってとこだな。竜自体が王都周辺で出ることが少ないから、こればっかりはね」


 そう言いながら彼は肩をすくめる。まぁ……そんなものだろうと思っていたが。

 竜の生息地は人里を離れた場所であることが多い。それこそハドルストーン家がある辺境のような地域だ。王都にまで竜が現れることは稀である。


「先日竜と交戦した者たちは?」

「第一陣の者は……負傷や戦意喪失が激しい者が多く今回は参加していないよ」


 ……被害はなかなかに甚大だったらしい。

 噂には聞いていたが竜の討伐は相当に難度が高いようだな。きっと命を失った者もいるのだろう。

 竜、か。その強大な存在を想像するだけで胃の腑が焼けつく気持ちになる。


「竜は第一陣によって翼を負傷していると聞いている。身動きが取れない今が好機だ。夜襲で一気に叩こう」


 団長はそう言うとニヤリと笑った。



 夜の森はなかなかに不気味だ。その森の中を五十名から成る部隊で粛々と歩く。森で竜が休息を取れる地形に当たりをつけそこを目指し、外れればまた別の当たりに移動する。そんな索敵を朝まで繰り返すこととなっていた。

 もしかすると命を失うかもしれない、そう思うと竜に出会わなければよいのではないかという気持ちも湧く。しかしそのたびにマーガレット様の美しい笑顔を思い浮かべ俺は自身を鼓舞した。

 そして二回目の移動の時。俺はとうとう竜と相対することとなる。

 ――しかしそれは首をもがれ地に伏し、すでに命を奪われた竜だった。


 あの男……フラン・ハドルストーンによって。


 ハドルストーンは血のこびりついた細剣を携え、竜の死骸の前にいつものお仕着せ姿で立っていた。そのなんの変哲もない従僕たる姿は竜の死骸と不似合いで、夜の闇の中で酷く異質で恐ろしいもののように見えた。

 ハドルストーンは胡乱げな視線を討伐隊にやる。その表情からは竜を討伐したという得意げな様子や喜びは欠片も感じられず、ヤツにとってこれは日常の業務であることをひしひしと感じさせられた。


「――ッ。貴様は何者だ……!」


 その光景に団員たちがざわつき、団長が誰何する。しかしヤツはそれに答えず、俺の存在に気づくとその細い目をさらに細めた。


「……ハドルストーン……!」


 俺が口から名を零すと団員たちの間に動揺が伝播する。それもそうだろう……ハドルストーン家の『竜殺し』なんてあだ名は田舎騎士に対する揶揄だと皆思っていたのだろうから。

 ハドルストーンは熟達した剣の腕を感じさせる流麗な動作で、細剣の血を振り払い鞘にしまった。


「手柄は貴方たちにくれてやります。精々大きく記事にでもしてもらってください」


 そして竜にはまったく未練がないのだと。そんなぞんざいな口調で俺たちに言った。

 ヤツが首を傾げると、さらりと艶のある黒髪が揺れ月明かりに煌めく。こちらに向けられた白皙はなんの表情もたたえていない。細く吊り上がった目から覗く瞳は深海のような深い色だ。その瞳を見つめていると引きずり込まれ、引き裂かれてしまうような錯覚を覚えてしまう。


「どうやってこんな……一人で竜を倒すなんてありえるのか!? こいつ俺たちを騙そうと……」


 今回の討伐隊の中で最年少の騎士がハドルストーンに食ってかかる。この光景は確かに信じられないものだ。しかし俺は本能的に……ヤツがやったのだと感じていた。


「……信用できないのなら試してみますか? 貴方たちが千人いようと、負ける気がしませんが」


 ハドルストーンは不機嫌な様子でそう言うとまた剣を抜き放つ。その細身の体から放たれる殺気はそれだけでその場を制圧した。隣に立っていた団長の体がぶるりと大きく震える……俺の体も、震えていたかもしれない。


「いや、すまない。手合わせは結構だ、ハドルストーン殿。……本当に、氷竜討伐の手柄はいただいてもいいのか?」


 団長が冷や汗を垂らしながらも舌なめずりしそうな様子でハドルストーンに訊ねた。


「ええ、私は興味がありませんので。故郷で数十匹は討伐しておりますし……一匹増えようが今さらです」


 本当になんの興味もないという口調でヤツはそう言うと、夜の闇の中に身を翻す。その姿はあっという間に見えなくなった。


「すげぇな……ばっさり一撃だ。竜殺しってのはマジな話だったんだなぁ」


 団長は氷竜の首の傷を確認しそう呟く。俺もそちらに目を向ける。彼の言うとおり傷口は何度も斬ったものではなく、迷いなく大鉈で薙いだかのように美しい断面をしていた。

 ……これを、単騎で。しかもあの細剣で。冗談か悪夢のような腕前だ。

 俺は騎士として……自分に誇りを持って生きてきた。大抵の相手には負けないと。そんな自信も持っていた。


 しかしその自負は今夜、圧倒的な存在によって粉微塵に打ち砕かれてしまった。


「くそっ……」


 思わず口から悪態が漏れる。背中を嫌な汗が伝って止まらない。

 マーガレット様のお気持ちはヤツに向いている。そして騎士としても俺は勝つことができない。そんなことは認めたくない……けれどこれは厳然たる事実だ。

 胸に穴が開いたような絶望を覚える。その穴をひゅうひゅうと音を立てて夜風が抜け、体を冷やしていく。そんな錯覚に俺は眩暈がした。

 これからはどんな功を立てても、ハドルストーンの顔が目の前にちらついて消えないのだろう。そしてそれは俺を苛むのだ。

 ――お前はそれごときしかできないのか、と。

 ――そんなものでマーガレット様に誇れるのか、と。


 ……俺は、どうすればいいのだろう。


 夜の森にぼんやりと目を向ける。俺の今の心のように閑として昏い闇が、そこには広がっていた。

そんなアルバートさんの視点でした。

近頃立て込んでおり感想の返信が遅くなり申し訳ありません!

合間を見つけていたしますので今少しお待ち頂けますと幸いです。

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