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令嬢は図書館でモブその4と出会う4

「竜は……なんとかなるかも?」


 アベル様の言葉を私は繰り返した。

 竜は騎士団で多い時は百人規模の討伐隊を編成し討伐に行くようなものである。先ほどは勢いで『倒しに行く!』と言ったけれど。他人に『なんとかなるかも』と言われると不思議な気持ちになる。


「えっと。その竜は……討伐隊を先日退けたのですが翼を負傷しているそうで。竜が翼の負傷から回復するためには一週間前後の時間が必要なんです。その竜が怪我を負ってからまだ二日なので……」

「……! 今なら飛べないんだ」

「ええ、そうなりますね。北の森までは馬車で数時間なので、すぐに向かえば翼の回復までに竜を見つけられる可能性は高いです」


 私は腕組みをしながらアベル様の言葉をふむふむ、と聞く。彼はそんな私の様子を見ながら言葉を続けた。


「先ほどマーガレット様は火魔法で、とおっしゃいましたよね。今回発見された竜は氷竜なので、属性相性もいいですし……。竜ほどの大きな生き物がねぐらにできる場所も限られます。怪我を負った場所からそれを推測して見つけて、寝込みを襲えば、なんとかなる、かも……なと」


 アベル様の声は小声になっていく。


「とはいっても、その。危険じゃない、とか確実に倒せる、とか。そういう話ではないので。公爵家のご令嬢には……」

「無理でしょうね!」


 涙目になりながら小さくなっていくアベル様の言葉を、トドメのようにフランがばっさり斬り落とした。


「貴方は今知り合ったばかりだからお嬢様の体力のなさと粗忽っぷりを知らないのです。森を歩いている最中に体力が尽きて死にます。方向音痴なので竜の隠れ家にたどり着く前に迷って死にます。魔法の扱いは下手なくせに魔力量だけは多いので、森で魔法なんか使わせたらすべてを焼き払う可能性が高いです。そうなると火事に巻き込まれて竜も死ぬかもしれませんが本人も死にます」


 ……三回も、死ぬって言われた。

 で……でもやってみないとわからないじゃないの!


「……フラン、私は功績が欲しいの! 行くったら行くわ! 明日にでも行く!」

「……このバカが!!」


 両の拳でこめかみをぐりぐりとされ、激痛が走る。い、痛い……!


「アベル様。お嬢様が一人でできるのはせいぜい『王都の肉屋に買い物に行く』くらいのことです。それでも迷って死ぬ可能性があります。あまり過ぎた情報を……与えませんように」


 それじゃただの初めてのお使いじゃない!

 フランはギロリと鋭い視線でアベル様を睨みつけ、アベル様は涙目になりまた勢いよく綺麗な土下座をした。


「ご……ごめんにゃさぁい!! お役に立てるかと思って調子に乗りましたぁあ! もっと情報を精査して『肉屋へのお使いレベルの行為で立てられる功績』が見つかりましたら、またお伝えします! なので捨てないでください! うちは本当に貧乏なんですぅう!」


 ……フランのせいで情報にフィルタリングがかかってしまった気が。このセーフサーチはどうやったらオフにできるんだろうか。

 アベル様はそのままの勢いで絨毯に突っ伏して泣き出してしまった。

 私は慌ててアベル様に駆け寄るとその華奢な背中をそっと撫でた。


「……ちょっと。フラン、いじめなんてよくないわ」

「いじめてませんよ。なにも間違ったことは言っていませんし」


 くっそ……フランめ。

 明日こっそり抜け出して竜を討伐してやるんだから! そしてヒーニアス王子に功績として堂々と報告するの!

 この一つだけでは『婚約解消』には至らないだろうけど、積み重ねたら塵も積もればで大きな功績になるに違いない。

 そう考えて、私は小さくほくそ笑んだ。



 ☆★☆



 ――北の森の入り口に馬を止め、夜の森を早足で駆ける。

 まったくお嬢様のせいでいらぬ仕事が増えてしまった。けれど竜を放っておけば、お嬢様は明日にも『討伐』にこっそり出かけてしまうに違いない。

 怪我を負っていても竜は竜だ。お嬢様に仕留められるほど間抜けではないだろう。


 ……面倒事を増やされてはなるものか。私が先に仕留めておかねば。


 森には、生き物の気配がまるでしない。竜の濃厚な殺気に押し出されるようにして、普通の生き物は逃げてしまったのだろう。

 ……しかし、王都のこんな近くまで竜が現れるとは。討伐隊を組んで『追い払い、あわよくば倒す』程度なら騎士団でもできるが、『竜を狩る』ということを確実にできるのは我が一族くらいだ。

 しかし現在、私は王都にいる身。人員が減ったことで打ち漏らしがあり、それが王都まで流れてきたのかもしれないな。

 体を傷つけられ、竜は相当殺気立っているらしい。

 その殺気のお陰で彼の隠れ家はすぐに見つけられた。

 森の奥にある、開けた大地。そこに竜はその巨体を横たえ……私の気配に気づくと身を起こしこちらを威嚇した。

 十メートルはあろうかという、年を経た竜だ。その青い鱗は強靭であることを伺わせる鈍い光を放ち、隙間なくぴったりと体を覆っている。

 骨との間に厚い被膜が張っている大きな翼は確かに傷ついてはいるが……。アベル様の情報源である王都で販売されている『新聞』はかなり王家寄りの記事だ。私には予想の範囲内だったが、その傷はかなりのかすり傷であった。

 お嬢様が『竜は動けない』と思い込んでここに来ていたら……素早く一口で丸のみにされていただろう。


「騎士団というのは……無駄飯食らいで役に立たないらしいな」


 そう呟きながら私はアルバートの顔を思い浮かべ、唇を歪めた。

 腰に携えていた細剣をすらりと抜き放つ。竜と対峙するのは久方ぶりだが、体はその感覚をちゃんと覚えているようだ。


『ガァアアアアアッ!!』


 私を敵だと認識した竜は大きく咆哮し、激しい氷のブレスを放った。

 それを軽く剣戟のみで薙ぎ払う。私の周囲の木々が凍り乾いた音を立てて崩れ落ちるのを横目に見つつ、一気に踏み込み間合いを詰める。

 竜を倒す時の『作法』は翼を断ち動きを封じ、喉元の比較的柔らかな皮膚を裂くことだ。


 ――私に、それは関係ないが。


 竜の目の前に到達した私は、彼がまたブレスを吐こうとする前に跳躍し……。

 細剣を横に払うと一刀のもとに、その首を切り落とした。

 骨を断つ嫌な感触。そして次の瞬間、竜の首は地面に落ちる。

 血しぶきを浴びたくなかったので竜から素早く距離を取り、その様子を観察すると。竜は血を傷口から噴き出させながらしばらくもがき……やがてその動きを止めた。

 討伐の証拠として何枚か鱗でも剥いで帰るかと思案していると、折りよく人の気配を感じた。

 寝ている竜に夜襲をかけようと、王都からの討伐隊がきたのだろう。そう思いながら私は彼らの着を待った。

 やがてガチャガチャと大仰な鎧の音を立てながら数十人規模の騎士団が姿を現し、私と竜の姿を見て酷く驚いたようだった。

 ちなみに私はいつも通りのお仕着せ姿だ。鎧なんかつけても、竜の一撃の前には役にも立たないしな。


「――ッ。貴様は何者だ……!」


 先頭の髭面の男が激しい口調で誰何する。その背後から、見知った男が顔を出した。


「……ハドルストーン……!」


 アルバート・ホーン。近衛であるこの男も討伐隊に参加していたとは驚きだ。

 大方うちのお嬢様によいところを見せようなどという……そんな不埒な動機なのだろうが。この男はなにがそんなに気に入ったのか、お嬢様にご執心だ。


「ハドルストーン……!? 竜殺しのか……!」


 私の名を聞いた途端に周囲がにわかにざわめき出した。

 辺境で竜を狩りながら生きる一族……『竜殺しのハドルストーン』。

 そのあだ名は田舎者を揶揄するための、冗談のようなものだと思っている者たちが王都ではほとんどだ。


 ……この、現実を目の当たりにするまでは、そうだっただろう。


 私は竜の血で濡れた剣をひと振りし血を払ってから、鞘に収めた。


「手柄は貴方たちにくれてやります。精々大きく記事にでもしてもらってください」


 ……お嬢様の目に、よく留まるようにな。


「どうやってこんな……一人で竜を倒すなんてありえるのか!? こいつ俺たちを騙そうと……」


 まだ騎士団に所属したばかりなのだろう。少年と言っても差し支えの無い年齢の男がそう叫ぶ。貴方たちを騙してなんの得がある。馬鹿なのか。


「……信用できないのなら試してみますか? 貴方たちが千人いようと、負ける気がしませんが」


 苛立ちながら私はもう一度剣を抜いた。……お嬢様のせいで無駄な業務が増え、今日は少々機嫌が悪いのだ。ストレス解消に付き合ってくれるというのなら、それもいい。


「いや、すまない。手合わせは結構だ、ハドルストーン殿。……本当に、氷竜討伐の手柄はいただいてもいいのか?」


 最初に誰何してきた髭の男が、瞳を狡猾な光に輝かせながら訊ねてくる。


「ええ、私は興味がありませんので。故郷で数十匹は討伐しておりますし……一匹増えようが今さらです」


 私の言葉に周囲はざわめく。

 剣をもう一度鞘に収め、その場を立ち去ろうと私は歩みを進めた。

 視界の隅に見えたアルバートの顔は……悔しそうに歪んでいた。


 お嬢様が妙なことを言い出さないように。明日は街道沿いの賊の方も始末に行くか。


 ――翌日。


「私が討伐に行くつもりだったのに!!!」


 校内の掲示板に貼られた『騎士団、竜の討伐完了す』という新聞記事を見て、お嬢様が絶叫していた。

アベル君のお話というよりも、最後はフランちゃんのお話に。

信用できるソースは、大事ですね!


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