令嬢は図書館でモブその4と出会う3
アベル様を……買う?
……彼の言葉に私は呆然とする。そりゃあ私は可愛いモブ男子が大好きだけれど、お金で買うような真似はしていない。フランのお給金が上がり続けていることは、横に置くとして。
というか私がモブ男子好きってどこから漏れたのよ!?
「えっと……?」
私が戸惑った顔で首を傾げると、彼は真っ赤な顔になり大量の汗を流し始めた。
「いや、その、あの、僕自身にじゃなくて! 僕の能力に対価を、ください。……お恥ずかしい話なのですが、カーペンター男爵家はとても貧しくて。このままでは学費をいつまで払えるかも……怪しいんです」
アベル様は体を震わせながら蚊の鳴くような声でそう言った。
……なるほど、そういうことか。私はようやく納得した。
「どんな能力をお持ちかわからないと、対価の支払いようもないでしょう」
フランが呆れたような声音で言う。それは……そうなのよね。私はお小遣いだけでもかなりの額をお父様に頂いているから、彼の言う額を支払うことは可能だろうけど。
「じゃあ、あの。今から……お見せしますね」
そう言ってアベル様は私の机の上にある、本の背を見つめた。
「――『メノイヤ地方における交易と文化交流』。五十四ページ。メノイヤ地方における交易の要は……」
彼は本のタイトルを口にした後に、すらすらと文章を読み上げ始める。えっと、これはもしかして……!
私は手元の本を取り、五十四ページを開いた。そして彼がなにも見ず読み上げる文章と、そのページの文章を照らし合わせる。それは、一言一句間違わずに彼の暗唱と符号していた。
「……百十四ページ」
フランも自分が持っている本を開きながら、アベル様に問題を投げる。
アベル様はフランが持っている本の題名を目で確認するとその小さな唇を開いた。
「魔力過多の人間は過去にも稀に発見されており、千年に一度の……」
読み上げられる文章と本の内容を照らし合わせ、フランも驚いた顔をする
「僕は一度読んだものや聞いたことは、一言一句忘れません。この頭の中には今まで読んだ一万四千五百二十二冊分の本の記憶と、十歳三カ月と二日の朝七時から毎日読んでいる新聞記事のすべてが格納されています。僕自身が新しい発想を与える、ということは難しいかもしれませんが……。マーガレット様が成せることを探す際のお手伝いはできるかと」
「グーグレ先生だ!」
私は思わず歓喜の声を上げた。
この世界で、私が最も求めていたと言っても過言ではない。愛しの検索エンジン。それが可愛いモブの姿で目の前にいる。これはなんて奇跡なの……!
しかも聞いたことも忘れない、ということは彼がいればレコーダーの役割もできる。
「……ぐーぐれ先生……?」
「またお嬢様は変なことを……」
アベル様がぽかんとした顔し、フランはやれやれというように首を振った。
けれど大興奮の私はそんなことは気にならない。
「私がこの世で一番尊敬している先生の名前よ! アベル様、すごい才能をお持ちなのね。記憶している映像を絵にできたりもするのかしら?!」
「えっと……それなりにでしたら」
そう言いながら彼は鉛筆とノートを鞄から取り出すと、すらすらとノートに絵を描き始めた。それは実に精密に描かれた一匹の小鳥の絵。彼が今朝、寮の窓辺で見たものらしい。
が……画像検索までくっついているとは……!!
「すごい……! 上手ね!」
思わず興奮しながら彼に詰め寄ると、アベル様は顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべた。
「……マーガレット様の、おお、お役に立てそうですか?」
「もちろんよ! いくらで貴方を買えばいいの?」
「あ、あの……本当に恐縮なのですが……」
……口ごもりながらアベル様が口にしたのは、私の想定よりも一桁少ない金額だった。
「一桁増やすわ。この才能に金額が見合わなすぎるもの」
「えええええ!? も……もらいすぎですよ、それは……!!」
「いいえ、貴方の提示額では少なすぎよ。あとでお金はフランに届けてもらうから」
遠慮しようとする彼に私は首を横に振ってみせる。才能に対する対価はきちんと払わないと、罰が当たってしまう。
「……じゃあ早速だけど。アベル様、解決したら多くの人々の尊敬を得られそうな、直近での国内の未解決事件はあるかしら?」
「直近での大きな事件ですと。王都の南の街道沿いに盗賊の集団が住み着いており街道を通る商人の馬車を襲っている事件、北の森に竜が現れ近くの村を襲った事件、これくらいでしょうか」
「おお! すごいわ、アベル様!」
アベル様の唇からすらすらと出てくる情報に私は感動してしまう。やっぱりグーグレ先生はすごい!
「じゃあ早速賊を片付けて、竜を倒しましょう!」
「……お嬢様。なにをバカなことを言っているんですか」
ふんす! と意気込む私の頭をフランがチョップで叩く。い……痛い! なにをするの!!
「こういう積み重ねが功績になるのよ、フラン! 止めないで! 私の火魔法でバーン! と……」
「お嬢様は魔法がド下手クソでしょうが! 盗賊の時点で返り討ちにあって身代金の請求が公爵家にくる未来は見えているでしょうに!」
そう言いながらフランはビシビシと手刀を遠慮なく私の頭に叩き込む。その光景をアベル様は口をぽかんと開けて呆然と眺めている。
それはそうよね……従僕に公爵家令嬢が遠慮のない暴力を振るわれているのだから。
「でもでも! 毎日図書館で調べものをしているだけじゃ……なにも成せないもの!!」
私は頭を庇いながら必死に叫ぶ。そう……なにができるかわからないまま、焦燥するだけの日々はうんざりなのだ。
「……盗賊はその……難しいかもしれないですけど。竜はなんとかなるかもしれませんよ」
紫色の髪を揺らしながら……少し考えたあとにアベル様はそう言った。
グーグレ先生が仲間になった!模様です。
めずらしく戦闘向きではないチートモブの加入です。