令嬢は図書館でモブその4と出会う1
図書館に行き、本をどさりと机の上に積み上げる。
なにが自分の才能とマッチングするかわからないので、魔法関係・技術関係・生活関係……本のジャンルはバラバラだ。
ここ一週間。こうやって先駆者たちの発想の穴をどうにか見つけようと、書物を一心不乱に読み込んでいるのだけれど……。前世がただのOLである私に先駆者の上をいくアイディアが容易に生まれるわけがなく。
……私はただ本を読み、知識を脳に蓄えているだけとなっている。
――私に残された期間は三年。三年しかないのだ。それなのに糸口すら掴めないなんて。
焦っても打開策が得られるわけでもないのに、心はどんどん焦りに満ちていく。
私に前世で読んだラノベの主人公のようなチートがあれば……と思うのだけれど。残念ながら私は少し優秀なだけの無力な乙女なのだ。
「はぁ……なんにも思いつかない!!」
思わず机に突っ伏し、ため息をつきながら嘆く声を上げてしまう。
図書館は私語厳禁、大きな声を出してはいけません。そんなことわかってはいるんだけど。
「お嬢様、口を閉じてください」
案の定。目の前で長椅子に腰を下ろし、同じく本を黙々と読んでいたフランに叱られてしまった。うう……でも。
「……でも、私たちしかいないわよ?」
頬を膨らませて私が言うと、フランは少し苛立ったように片眉を上げた。
貴族の学園の生徒たちは勤勉とは言い難く、図書館には私とフランしかいない日も多い。みんな将来のための婚活や、権力のある家の方々との関係作り……つまりは社交の方で忙しいのだ。
私やキャロライナにもそういう方々は当然寄って来るけれど。権力目当ての方とのお付き合いは、やんわりとお断りしている。……キャロは笑顔で結構容赦なく斬り捨てているみたいね。
「もう一人、いらっしゃいますよ」
そう言ってフランは背の高い書架が並ぶ図書館の奥の席へと目を向けた。
そこでは紫色の髪を目が隠れるまで伸ばした一人の少年が、机いっぱいに本を積み上げ一心不乱に読書をしていた。
小さなお鼻に薄くそばかすが散り、白い頬が少し赤みを帯びているのが可愛らしい。うん、かなり高得点のモブ男子だ。
――ナイスモブ! メカクレ系男子ってやつじゃないの。
私は心の中でガッツポーズをする。……浮気じゃないのよ。本命と観賞用は違うのだ。
「……可愛い子ね」
思わずそんな声を漏らした私に、フランが冷たい視線を向けた。
「浮気じゃないの! ほ、本命はフランなのよ!?」
「……私は別になにも言っておりませんが」
焦って弁解する私にフランは素っ気なく言って、再び手元の本に目を落とした。その本をめくる綺麗な手の動きに私は見惚れてしまう。
近頃はあの手に触れてもらえる機会が増えた気がする。手を繋いでもらったり、抱きしめてもらったり、抱え上げてもらったり……。
私は今日も突然降ってくる僥倖に期待しながら彼の手を見つめてしまうのだけれど。その手は黙々と本をめくるだけだった。
――しばらく黙って本を読み進めていたけれど、やっぱりなんのアイディアも思いつかない。
もっと文化レベルが低い世界だったらやりようがあったのかもしれないけれど、この世界の文化レベルは私がアイディアを挟む隙が無い程度には高い。
もちろん不治の病気なんてものは当然あるし、交通機関はまだまだ未熟だ。けれど前世プログラマーのOLが『公爵家』の力を借りずにその分野にどうやって手を出せばいいものか……。
私の前世の特技なんてプログラムと料理とプロ野球のデータの暗唱くらいなのに!
「なかなか功を立てる糸口が見つからないなぁ。いっそ旅にでも出たら見つけられるかな……」
「公爵家のご令嬢に旅の許可なんて出るわけないでしょうに。それに旅をしてなにを探すのです。目的がはっきりしないままフラフラしても仕方ないでしょう」
……はい、正論です。その通りなんですけど。
「……この国が買えるくらいの財宝がどこかに……とか。そんな噂はないわよね」
「聞いたこともございませんね。それにそんなもの、あれば誰かがとっくに見つけてますよ」
「北の山に魔王が棲んでて世界征服を企んでる……なんて。そんな噂もないのよね」
「そんなものが万が一いたとしても、お嬢様の非力さじゃ討伐なんてできないでしょうに。瓶の蓋も開けられないくせに」
うう……なにか、なにか私にできることはないの……!
頭を抱えてしまった私を見つめながら、フランは大きなため息をついた。
あ……れ?
私はその時、ふと気づいた。
ゲーム中にはレインが大きな事件を解決し、『光の乙女』としての地位を高めていくイベントがいくつかあったはずだ。
……それを利用すれば……功を立てられる?
……でもそれって、レインのイベントの横取りになっちゃうわね。
奪われてばかりで歪んでしまったゲーム中の『マーガレット』のことが頭に浮かぶ。
――人のものを奪うのは、よくないわ。
私と違い生まれが平民であるレインにとって『光の乙女』として功績を立てることは、今後の人生のためにとても大事なはずだ。
そもそもイベントの内容や解決方法についての記憶は結構朧気だし……この案は無し、無しよ。
そんなことを思いながらうんうんと唸っていると。
「あの……なにかお困りなのですか?」
いつの間にか側にきていた素敵メカクレモブ男子が、おずおずとこちらへ声をかけてきた。
そんなわけで、フラン・ホルト・キャロライナに続いて4人目のモブの登場でございます(*´ω`*)
メカクレ系男子なのは、筆者の趣味です!




