令嬢と入学後の日常
本格的な授業が始まり、一週間が経過した。
といっても授業は前世で割合勤勉だったこともあり優秀な部類としてこなせ、人間関係にも取り立てて問題が無く過ごせている。
レインへのいじめも筆頭公爵家の令嬢である私と、侯爵家のご令嬢であるキャロライナが睨みをきかせているので現状は発生していない。
たまにアルバート様やハミルトン様に私が絡まれるけど。
婚約者(仮)もたまに訪ねてくるけれど彼らに比べると可愛らしいくらいの接触率だ。
ヒロインならともかく、なぜ攻略対象が悪役令嬢に絡んでくるのよ……なんだか解せない。
「マーガレット嬢、君の服装には本当にうんざりだ」
今日も放課後、教室でキャロライナとレインとお話ししていた私にハミルトン様が絡んできた。
ちなみに私はいつも通りの胸元が開いた制服である。ケープがまだ届いていないというのもあるけれど、覆うとやはり窮屈に感じるという理由も大きい。フランに苦い顔をされるけれど、こればかりは仕方ないのだ。
「君は容姿だけは、その……い……いいのだから。もっと慎ましく清楚な服装をした方がマシになると思うんだ。あくまで、マシだがな!!」
褒められているのだか、けなされているのだか。この人は一体なにを言いたいのだろう。
「……でも、覆うと窮屈なんです。その、小さくはないので」
そう言って胸元に手を当てサイズを確認する。うん、今日も大きいですね。そうそうサイズが変わるわけないんだけど……いや、ちょっと大きくなってない!? 最近なんか胸元が窮屈だと思ってたのよ!
そんな私の様子を見ていたハミルトン様のお顔が真っ赤に染まった。
「くっ、なんてはしたない女性だ……! そのような罪の塊のようなものをぶら下げて……!」
「ハミルトン様。マギーのお胸は罪ではなく夢の塊よ~」
「ふっ。このお胸のよさがわからないなんてハミルトン様はまだまだですね」
隣に座っているキャロライナとレインがハミルトン様の言葉に反応する。
たびたび訪れるハミルトン様に彼女たちもすっかり慣れて、こんなやり取りが日常的なものとなっていた。
「キャロライナ嬢、レイン嬢。君たちはマーガレット嬢がこのような痴女の姿で歩いていることに疑問は持たないのか!」
「う~ん。特には……。素晴らしいものは隠す必要なんてないわよねぇ~」
「お姉様に悪い虫がつくのは嫌ですけど、あのお胸が見られないのも寂しいですね」
痴女の姿ってなんなのよ。ドレスだったら誰でもこれくらい胸元は開いているじゃない。
「ハミルトン様は気にしすぎなんですよ。男がそんな細かいことを気にしてたらダメですって」
「なっ……!!」
レインの言葉にハミルトン様が絶句する。
レインとハミルトン様の間にはゲームのようなラブは生まれていないものの、普通の気安い友人関係は生まれているように見える。ここから恋に発展したり……なんてこともあるのかな。レインとハミルトン様が恋仲にならないとしても、二人の仲がいいのはいいことだ。
そんなことを思いながら私は二人を観察する。彼らはまだ私の胸の話をしている……そろそろ止めてくれないかしら。
「お嬢様、お迎えに参りました」
「フラン!」
声をかけられ振り返ると、フランとホルトがそこにいた。
こうしてフランとホルトは毎日教室にお迎えに来てくれる。ああ、素敵なモブたちが毎日送り迎えをしてくれるなんて、私の人生には一片の悔いもないわ。
――いや、それは嘘ね。フランともっと……その。親密になりたいもの。
「今日もお姉様は図書館に行くの?」
「ええ。学ばなければならないことが沢山あるから」
そう、私は毎日学園の図書館に通っている。
その理由はもちろん功績を作る方法を模索するためだ。……なかなか上手くはいっていないんだけど。
「では、お邪魔してもなんですし。私は寮に戻りますね。ホルトをお借りしても?」
「ええ、もちろんよ。ホルトも予定は大丈夫?」
レインはホルトと仲がいい。レインも私に似てモブ好きになってしまったのかしら? なんて思ったのだけど、現状では恋愛感情はないそうだ。気になってレインに確認したらそう言っていた。
「はい、大丈夫です。お仕事はもう片付いておりますので! 今日もマーガレット様の素晴らしさについて語り合いましょう!」
……彼らが二人きりの時の会話の内容は、大体私のことらしい。恥ずかしいなぁ、もう!
「私もレインちゃんとホルトちゃんとマギーの話がしたかったけど……。今日はお暇するわねぇ~。ちょっと家に寄らなきゃいけない用事があって」
キャロがにこにこと笑いながら言う。彼女はたびたびオルコット侯爵家に呼ばれて帰っている。学園からかなりの近場にある、というのもあるんだろうけどきっと家族仲がいいんだろうなぁ。
というか皆で私の話をするのは止めてくれないかな!?
「私も失礼する。痴女に付き合っている暇はないからな。清楚な格好をちゃんとするんだぞ!」
ハミルトン様が捨て台詞のようなものを吐いて去って行く。……本当にあの人はなんなんだろうなぁ。
去って行く皆に手を振った後、私はフランと向き合った。
今日も素敵な糸目ですね。ああ……好き。ぎゅっと抱きついたら怒るかなぁ。怒るんだろうな。
「じゃあ、フランと二人きりで図書館ね!」
「……非常に遺憾ですが」
私の言葉にフランは深いため息をついた。入学してから毎日付き合わせてしまっていて、申し訳ないとは思っているのよ。だけどそんなに嫌がらなくても……。
それにフランもなにか調べものをしているようだし、いいじゃない。なにを調べているのかは教えてくれなかったけど。
チラリと見た表紙には『高い魔力量を持つ人間の研究』とか書いてあった気がする。魔法の勉強でもしてるのかな。
「じゃあ、行きましょう!」
だらしなく笑う私とは対照的に、フランは深いため息をついた。
そんな日常パートでございます。ハミルトン様の愉快な仲間たち化も進んでおります。
次回は図書館へ。新たなモブとの出会いも…?