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令嬢は再び死に場所を目指す3

 私の意識はフランの供給過多で途絶えていたらしい。

 重い瞼を開けるとそこには黒髪に縁取られた白い綺麗なうなじがあった。ぼんやりと覚醒しない頭で誰のかしら、なんて考えながらそれを眺め……なんだか美味しそうだったのではむはむと唇で食んでみる。

 するとふわりと柑橘系の香りが鼻をくすぐった。


 ――あっ、これ。フランのだ。やばい、私……死んだ。


「……落としますよ、お嬢様」

「寝ぼけてただけなの! わざとじゃないから落とさないで!」


 慌てて叫んでから周囲を見回す。私が気絶している間に、フランは随分高くまで運んでくれていたらしい。手すりの向こうにある景色は気絶する前とさほど変わらないけれど、下を覗き込むときゅっと胃が縮むような高度になっている。


「……フラン、重いのにありがとう」


 気絶する前に言われたことを思い出し申し訳ない気持ちになってしまう。……私って重いんだなぁ。

 フランにおんぶされるなんて想定をして生きていなかったから、最近食べ過ぎたのかもしれない。早急に痩せないと。


「……いいえ」


 素っ気なく言いながらフランは黙々と足を運ぶ。私を背負っているのに、彼は息の一つも乱していなかった。

 騎士家の出身だと聞くしフランは意外に体力があるのかもしれない。いずれ彼の生家の……いえ、その。私の将来の義理のご両親のお話なんかも聞かせてくれないかな。

 勇気を出して彼に絡めている腕にぎゅっと力を込めてみる。するとフランの体が一瞬びくりと反応した。


「苦しいのであまりしがみつかないでくれますか?」


 そして深く大きなため息をつくと、彼は剣呑な声音で言った。


「……はぁい……」


 こんなに近くにフランがいる、それだけで十分よね。腕の力を弛めるとフランからはほっとしたような気配が伝わってくる。

 ……私、締め落してしまうほど力は強くないと思うんだけどなぁ。


 螺旋階段には一定の感覚で大きな窓が取りつけられている。それにはガラスがはまっておらず、高度が上がったからだろうか、時折少し冷たいくらいの風が塔の中へと吹き込んでくる。

 けれどフランの体温がすぐ側にあるから……私は冷たい風なんて気にならなかった。


 ――なにげなく窓の外へと目をやると。


 白くぷっくりとした指をすり合わせながら、不安げな顔でヒーニアス王子と対峙するゲームの『マーガレット』の姿が脳裏に浮かんだ。

 そして『マーガレット』の背後に見えるのは……私が今見ている景色。


 ああ、この場所なんだ。

 ――この場所で『私』は。


「……フラン。景色が見たいから……ここで下ろしてもらっても?」


 屈んでくれたフランの背からそっと下り、窓辺へと歩み寄る。

 そこから景色を眺めると先ほど通り抜けた森が眼下に広がり、その先には豪奢な学園の校舎が見えた。


「お嬢様、あまり近づくと危ないですから」


 フランの声が背後から聞こえ……ノイズと共に遠ざかっていく。

 『マーガレット』が体験したのであろうことが鮮明に、まるで現実かのように頭の中に浮かび上がり……その感覚だけに私は囚われた。



『ねぇ、マーガレット。僕はレイン・エインワースを愛しているんだ』


 ヒーニアス様が柔らかな金髪をふわりと揺らしながらその絶世の美貌で微笑み……残酷な言葉を吐く。

 その言葉を聞いた『私』はぎりりと小さく奥歯を噛みしめた。

 さっきまで……彼に誘われ浮かれていた気分は粉微塵となり散っていく。ヒーニアス様が私を気にかけるなんて、そんなことありえない。

 ありえないと思っていたのに……淡い希望を『私』は抱いてしまっていたのだ。

 あの女を愛していると、それを告げるためだけに『私』を呼び出したの?

 ――けれど、残念ね。婚約者は『私』なのよ。

 エインワース家と王家の盟約はいくらヒーニアス様でも破ることはできないだろう。

 叶わない愛を抱えたまま、貴方は『私』と婚姻するの。このなにもかもが冴えなくて、心が醜くて、身分だけが取り柄の『マーガレット・エインワース』と。


『貴女の婚約者は、私です』


 挑発的に見えるように微笑みながら彼を見つめる。するとヒーニアス様は一歩、一歩と緩やかな速度でこちらへ歩みを進めた。


『マーガレット……そうだね。どんなにレインを愛していても婚約者は君だ。婚約破棄も叶わないだろう』


 『私』の目の前に立った彼はそう言って私の両肩に優しく手を置いた。心臓が大きく跳ねる……こんな接触は、婚約者なのに初めてだったから。

 ヒーニアス様が、好きだ。昔から……大好きだった。

 だからこの人の愛が『私』に向いていないことが……悲しくて、悔しくて。

 両親の愛を奪い、『私』から彼まで奪う、あの女のことも憎くて。

 けれど彼は一生、愛していない『私』に縛られるのだ。本当にいい気味。

 ヒーニアス様の美貌が……こちらへと近づいてくる。


 ――口づけを、されてしまうの?


 この期に及んで『私』はそんな期待をしてしまった。そんなこと、あるはずなかったのに。


『だから……さよならだ。僕のマーガレット』


 耳元に顔を寄せて囁いた彼は……『私』の体を。そっと後ろへと押した。


 体が空に放り出され、一瞬の浮遊感の後に落ちていく。


 『私』の目は笑顔のヒーニアス様の姿を捉え……次に彼の背後にいる人物を捉えた。

 黒髪、細い目。特徴のない顔。なんの感情も見えない目で落ちていく私を見つめる……『私』の従者の、フランの姿を。


 ――フラン。貴方そこにいたの? どうして……。


 どうして『私』を助けてくれなかったの。


 体中に走る痛み。ぐしゃり、と醜くなにかが潰れる音が耳に響いて。

 ――『私』の生命はそこで、終わりを迎えてしまった。



「いやぁああああ!!」


 自分の叫び声で、私は我に返る。体は酷く震えていて、指先は凍ったかのように冷たかった。

 視線を上げるとそこには現実の穏やかな景色が広がっている。

 ……けれど『私』はこの景色の中で死んだのだ。

 恐怖が湧いて後ろに下がると、優しく肩に手を置かれた。


「お嬢様、大丈夫ですか?!」


 振り返ると大好きなフランの顔がそこにあった。

 ――一瞬……落ちていく『私』を見ているだけのフランが思い浮かんで、私は逃げ出したくなってしまう。

 けれど目の前のフランは……焦りと心配と。そんな感情を心底から窺わせる表情で、私の顔を覗き込んでいた。


 ――ああ。落ちていく『私』を無感情で見つめていた彼ではない……。


 フランのそんな表情に安堵を覚え、私は大粒の涙を零しながら彼の胸へと飛び込んだ。

 すがりついて泣きじゃくる私に彼は戸惑う様子を見せながらも……そっとぎこちなく抱きしめてくれた。


 さっき見たものは、ゲームの『マーガレット』に本当に起きたことなのだろう。

 ……私は『今』のフランを……信じてもいいのよね?

そんな最後の死に場所巡りでした。

ゲーム中のマーガレットは普通のご令嬢だったのに光の乙女に両親の愛を奪われ、

自分のせいとはいえ寄る辺だった婚約者まで奪われてしまった悪役令嬢というには少し可哀想な身の上です。

次回はフラン視点での最後の死に場所巡りになります。

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