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令嬢は再び死に場所を目指す2

 フランが塔の入り口に手をかけそっと内側に押す。すると重厚な木の扉は音を立てて内側へと押し出され、人二人分が通れるくらいの隙間ができた。

 フランに手を引かれながら建物に入ると、中はぐるりとした螺旋階段が最上階まで続いているようだった。

 ここはもしかすると物見台のようなものなのだろうか。吹き抜けになっている塔の内部を見上げながら私はそんなことを考える。

 乙女ゲームの中でこの塔は『私が死ぬ』以外の役割はなかったけれど。ここは現実なのだから、きっとなにかの役割があるんだろう。


「かなり高いですが。どこまで上がりますか」


 フランも私の隣で上を見上げながら言う。


「……上れるところまで、かな。最上階はたぶん無理、体力的に」


 私は深窓のご令嬢なのだ。実は森を歩いただけでかなりの体力は尽きている。

 ゲーム中のマーガレットは螺旋階段の途中で突き落とされているから、死に場巡りとしては途中でも支障はないだろう。

 フランに手を引かれながら螺旋階段を登る。それは想像していたよりも体に負担がかかるもので、私は荒い息を漏らしてしまった。

 汗が頬を伝い、首筋を流れ、胸の隙間に落ちていく。それが気持ち悪くて胸の間に手を突っ込んでハンカチでごしごしと拭っていると、一段上の段にいるフランからちらりと視線を向けられた。

 ……そして彼はなんだか居心地が悪そうに私から視線を逸らしてしまう。


「……なに?」

「いいえ。なんでも」


 フランは素っ気なく言って視線を階段の先に投げた。言いたいことがあるなら、言って欲しいなぁ。

 公爵家のご令嬢がみっともなく汗を拭うんじゃない、とか思ってるのかしら。

 一段、一段。ゆっくりと足を運んでいく。

 ゲーム中のヒーニアス王子はこんなところによくご令嬢を呼び出したわね。恐らく今の私のように手なんて引かれることはなく、上へ上へと上らされたマーガレットはどんな心境だったのだろう。


 ……案外婚約者との逢瀬だと胸を躍らせたりしたんだろうか。


 そうだとしたら……その後に起きたことを考えるとそれだけで胸が痛くて泣きそうになる。

 好きな人と結ばれたい、そしてマーガレットは障害であり忌むべき敵だった。……でもだからって、殺さなくても。

 今私にとってフランと結婚するための障害はヒーニアス王子だ。そもそもフランの気持ちが私に向いていない、という最大の障害があることは……今は横に置いておく。

 だけどいくら邪魔だからって彼を殺そうなんてことは、私には考えられない。

 ヒロインに父母の愛情を奪われ、婚約者を奪われ、ヒロインを愛する誰かにどのルートでも殺されて。マーガレットの人生は自業自得な部分があるにしても、誰かに奪われてばかりだ。


 ……そう考えると、なんだか悲しい気持ちになってしまった。


「……泣くほど階段が辛いんですか」


 フランの呆れたような声が上から降ってくる。ゲームの『マーガレット』に感情移入しすぎて、私はいつの間にか泣いていたらしい。

 頬を熱い雫が伝い、流れる汗と共に胸の谷間へ落ちていく。ハンカチでまた胸の間をごしごしと拭くとフランに苦い顔をされた。


「そんな前が開いてる服を着ているから胸の間に涙や汗が入るんですよ。ケープはどうして置いて来たんですか」

「……歩く邪魔になるなと思って……」


 そう言うと大きくため息をつかれる。ケープを着ていたとしても、この運動量なら暑くてどの道脱いでいたわよ。


「泣くほどお辛いのなら……」


 もう帰ろう、と言われるんだろうか。場所自体には来れたのだから目的は果たせたといってもいいんだけれど。


「……仕方ないので、背負いましょうか。本来ならその太くて立派な二本の足で歩いていただきたいところですが」


 けれどフランから飛び出したのは私の予想だにしない発言だった。

 フラン、私足は太くないわ、失礼ね! どちらかというとお尻とお胸に肉が付きやすいの。……あと、遺憾ながらお腹にも。見せて証明……したら殴られるか、確実に。

 いや、そうじゃない! そうじゃないの! 聞き間違えじゃなければ背負う……ですって?


 ――この二日間で私は、人生の運をすべて使い果たそうとしてるんじゃないだろうか。


「せお……おっ……うぐぅ!? げほっ、ぐっ……」


 興奮と、歩き疲れて呼吸が乱れていたのと。どちらの理由も相まってみっともなくむせてしまった。

 だってお背中ですよ? 背負われたら……その、密着してしまうじゃない。今私汗だくなの。臭いがするかもしれないし、フランの背中をきっと汗で汚してしまう。そんなの恥ずかしくて死んでしまいそうよ……。

 だけどフランとは密着したいし。だけどだけど! 密着になんて心臓が耐えられるのかな。ショック死してしまうかも。……うう、どうしよう。

 フランは青くなったり赤くなったりしながら考えこんでいる私を、憐れむような目で見つめた後に……背中を向けてしゃがみ込んだ。


「十秒だけ待つ。その間に乗らないのなら自力で上ってください」

「し……失礼しまぁあす!!」


 ――結局人間は、欲望に弱いのだ。


 私はフランの背中にしがみつき、その肩に震える腕を回した。そして生唾を飲みながらゆっくりと温かな背中に体を預けた。

 わ……わぁ。フランと、フランと。……密着してる。

 回した腕でそっとフランを抱きこむと、顔にさらりと彼の黒髪が触れて鼻先に石鹸のような香りを残していく。どうしよう、脳が痺れたみたいにくらくらする。

 私このまま……死んでしまうんじゃないかな……。


 ――暗転しようとした意識はとある感触で覚醒した。


「ひょぇ!? どうして足を触るの!?」

「触らないと持ち上げられないでしょうが! なにを寝ぼけたことを……」


 フランが布越しとはいえ私の足に手をかけたのだ。

 あああ……恥ずかしい。さっきは太くないと言ったけれど、引き締まっているとは言っていない。運動不足でむしろぷよぷよとしているはずだ。

 そんな足を触られるなんて、恥ずかしくてこの螺旋階段から飛び降りたくなる。


「いやぁあ……お嫁に行けない……」

「貴女の嫁入り先はもう決まっているでしょうに」

「フランのところ?」

「バカが。ヒーニアス王子のところですよ」

「フランじゃないとやだぁああ」


 駄々をこねる私の足をしっかりと抱えてフランは立ち上がった。立ち上がった時の振動で、私の体はフランにより密着してしまう。

 彼の首筋に顔が埋まり、柑橘系の香りと微かな汗の匂いがふわりと近くで香った。

 夢中でそれを嗅ぐ……余裕なんか私にはなくて。様々な衝撃で遠ざかろうとする意識をつなぎ止めることに必死だった。


「……重い……」

「いやぁあ……」


 彼の呟きにさらに恥ずかしくなって……私は死にかけの虫のような声を漏らしてしまった。

おそらくアルバートさんに触発されたフランさんのサービス期間大放出中です。


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