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オルコットの毒の花2(キャロライナ視点)

 マーガレット様はテーブルに着く前に、お皿にケーキを盛り始めた。……こういうお茶会で意気揚々とお菓子を食べようとするご令嬢は非常に珍しい。

 しかも彼女は筆頭公爵家のご令嬢なのだ。その一挙手一投足は人々に見守られている。そんな場で……彼女は大量のケーキを皿に盛って満足げな笑みを浮かべた。

 それを見て小声でひそひそと陰口を言っている令嬢たちは当然いる。けれど彼女の天真爛漫な様子に和まされたように微笑んでいる方々もかなり多い。

 ……これが人柄ってやつなのかしら。

 そんなことを思いながら、私はマーガレット様が席について満面の笑みでケーキを頬張る様子を眺めていた。

 私と違って、彼女には生気というか……陽の力が溢れている。


「んっんー!! 美味しい!」


 マーガレット様はフォークを握っていない手で片頬を押さえながら、頬を染めて蕩けるような表情を浮かべた。

 ……なんというか、食べる姿に無駄に色気がある方ね。周囲のご令息たちが頬を染め彼女から少し目を逸らしたり、逆にじっと凝視したりしている。


「キャロライナ嬢は食べないの?」

「私、食べることにそんなに興味がないのよねぇ」


 これは本当だ。近頃はなにを食べても無味で砂を食んでいるような感触しかせず、食欲がまったく湧かない。おかしいのは味覚だけじゃない。貼りつけた上辺だけの笑みなら浮かべられるのだけれど、心の底から笑ったり泣いたりもここ数年はしていない。

 殺伐とした日々に色々なものが麻痺してしまったのだろうか。それとも……消えて無くなってしまったのか。


「……はい、あーん!」


 お日様のような笑みを浮かべて、マーガレット様はフォークに刺したケーキを私に差し出した。

 ……暗にお断りしたつもりだったのだけれど。

 仕方なしに口を開ける。すると彼女がむぎゅり、とケーキを口の奥に突っ込んできた。


「……んぐっ!」


 こんなに奥に突っ込まれては味もなにもわかったものじゃない。

 抗議しようと彼女を見たけれど……なにが楽しいのかと不思議になるくらいの明るい笑顔に、私は言葉に詰まってしまった。


「人と食べると、少しは美味しいかなーなんて、ね?」


 彼女の感覚は私にはよくわからない。家族と食事をしても冷えた気持ちになるばかりだし。

 私は彼女の言葉に曖昧に頷きながら適当な相槌を打った。


「はい。あーん!」


 またケーキを差し出され、口に入れられる。

 『いらない』と思うのだけれど彼女が嬉しそうな顔をするから。私は差し出されるままに、また口に入れてしまう。

 それを繰り返されるうちに……。


「……甘いわ……」


 私は思わずそう呟いていた。

 口の中は……いつの間にか砂糖の甘さでいっぱいだったのだ。


「まだ食べる?」

「いただこうかしら。お砂糖ってこんな味だったわねぇ~」

「ふふ、甘くて美味しいわよね!」


 お茶会の会場の隅で、筆頭公爵家のご令嬢が侯爵家の令嬢に延々とケーキを食べさせる。その奇妙な光景にチラチラと視線を向ける人々も多いけれど、私は気にもならなかった。

 口の中にスポンジの甘さやフルーツの酸味が伝わり、喉を砂の感触じゃないものが流れていく。それが嬉しくて私はケーキを彼女から差し出されるままに食べ続けた。

 物を食べるのが下手な私は、口の端からスポンジの欠片をぽろぽろと零してしまう。マーガレット様はそれを美しい指でぐりぐりと拭ってくれた。


「美味しい? キャロライナ嬢」


 マーガレット様がにこにこと嬉しそうに微笑む。


「美味しいわ……不思議ねぇ」


 私が呟くと彼女は得意げな顔をした。


「友達と一緒に食べているから美味しいのよ、きっと!」


 ――友達。

 会ったばかりなのにこの方はなにを言うのかしら。


「……友達?」

「貴女とそうなりたいのだけど。……嫌?」


 彼女は首を傾げながら今度はとても悲しそうな顔をする。本当に表情が豊かな方ね。

 この方の豊かな感情にたくさん触れたら……味覚のように失ったものたちを取り戻していけるのかしら。


「いいえ、嬉しいわ」

「やったぁ! じゃあキャロライナって呼んでも?」

「私もじゃあ……マギーってお呼びしてもいいかしら?」

「嬉しい! キャロライナみたいな可愛い子に、愛称で呼ばれるなんて!」


 ……可愛い、私が?

 この茶色の目と茶色の瞳の凡庸な容姿の女に……この絶世の美少女が可愛いと言うの?

 嫌味なの? と思いながら彼女をじっと見るけれど。彼女はどうやら本気のようだった。

 筆頭公爵家のご令嬢は変わった美的感覚の持ち主なのかしら。


「お嬢様、こんなところに……!」


 一人の男が怒りをあらわにこちらへとやって来る。

 細目で肩にかかるくらいの長さの黒髪の……顔にこれといった特徴のない男性だ。私も人のことは言えないのだけれど。お茶会に付き添いで来た彼女の従者なのだろう。


「フラン!」


 だけどマーガレット様……いえ、マギーはその地味なフランという従者の顔を見るやいなや、顔中を喜びで輝かせた。


「勝手に動くなと言っただろうが! このバカが!」

「だって! 暇だったんだもの!」


 この従者は筆頭公爵家のご令嬢にずいぶん遠慮がないらしい。

 どういう関係なのだろう……幼馴染で気安いとか? そんなことを思いながら二人を観察する。

 マギーは彼を潤んだ瞳で見つめながらほんのりと白い頬を赤く染め、フランの方は明らかに迷惑そうな顔をしている。


「心配してくれたの? フラン、優しい。大好き! 結婚して!」


 ……本当にどういう関係なのよ。


「お断りします、珍獣の飼育係になるつもりはありません。一人で強く野で生きてください」


 マギーのあられもないくらいの好意を、フランは慣れた様子で斬り捨てる。

 その光景がなんだかとてもおかしくて。


「……あはっ、あはははは!」


 ――私は数年振りに、心の底から腹を抱えて笑ったのだった。


 マギーと一緒にいれば失ったものを取り戻す……それ以上のものを得られる予感がする。

 血で汚れた汚い私だけれど……全てを知られて拒絶されるまででいいから。

 貴女の……側にいてもいい?


 ……貴女を傷つけるすべてのものは、私が排除してあげるから。


 マギーは美しく汚れを知らないままで、私の側で笑っていてね。

そんなキャロライナとマーガレットの出会いでした。

お嬢様が気づかないうちにクレイジーなモブたちが続々と集結中でございます。

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