オルコットの毒の花1(キャロライナ視点)
今回はキャロライナとマーガレットの出会いの閑話的なお話です。
少し長くなりそうなので前編ということで…!
『私の可愛いマギー』と出会ったのは、招待されたとある公爵家のお茶会だった。
真紅のドレスに身を包み何重ものドレープが入ったスカートを翻しながら、ひらひら金魚のように人混みを泳ぐ彼女は周囲の感嘆と羨望の目を一身に浴びていた。
その美しいかんばせに浮かぶのは、汚れを知らない美しい笑み。
――あれがマーガレット・エインワース。
慣れた様子で周囲の令息令嬢と挨拶を交わしながら、おっとりとした笑みを浮かべるその美貌を私は会場の隅からぼんやりと眺めていた。
『オルコット家』に生まれた時点で、闇の世界で生きることを決定づけられた私とは正反対の。……一生その白く美しい手を汚すことなんてないのだろう、なにも知らない無垢なお嬢様。
妬ましい、なんて気持ちは欠片も湧かない。疎ましさも、憎しみも。
だって私は光の中で過ごすことを諦めている。諦めてしまえば……なんの感情も湧かない。
「彼女を見てるの? オルコット家の毒花」
気配には、気づいていた。背後を確認するとそこには、柔和な笑みを浮かべた黒髪の美男子が立っていた。
――変装をしたヒーニアス王子、その人が。
それにしても雑な変装ね。面識がある人が見れば気づいてしまうんじゃないかしら。
「将来あれは、僕のもの。なかなかの美貌だよね……発育もいいようだし」
そう言って彼は楽しそうに笑う。いつ見ても腹の底が読めない嫌な笑顔だなと思う。
私も人のことは言えないのだけれど。
……それにしても、マーガレット様の胸をあからさまに見るのはおやめなさいな。一国の王子ともあろうものが。確かにあれは、目に入ってしまうけど。
「ヒーニアス王子。オルコット家の毒花とは呼ばないでと、何度も言っているでしょう?」
頭一つ分私よりも背が高い彼の顔を上目遣いで睨みつける。ヒーニアス王子は家令を呼び止めノンアルコールのカクテルを二つ手に取ると、一つを華やかな笑顔でこちらへと差し出した。
私はそれを嫌な顔をしながらも一応受け取り、飲まずにグラスを回し水面を揺らしながら弄ぶ。
「失礼、キャロライナ。久しぶりだね」
「そうね、ヒーニアス王子」
「……冷たいね。一応僕ら王家は君たちの雇い主、ってことになると思うんだけど」
「軽いお口は無理やり閉じてしまおうかしらぁ。証拠を残すようなへまを『オルコット』がしないのは知っているでしょう」
そう言って横目で見ると彼は心底怯えた顔青いになる。やぁね、冗談よ。
――オルコット家は表向きはただの侯爵家だけれど。
その秘匿された正体は王家に仕える代々からの暗殺一家だ。
嘘みたいだけれど本当の話。
私も幼い頃から令嬢がまずやらないような数々の訓練を受けた。そうね、男を寝台で殺す実戦訓練も受けたわ。実戦の相手になった幼女趣味の伯爵様は私に指一本触れられずにその命を終えてしまったけれど。
私は、どうやら『優秀』らしく歴代のオルコットですら誰も持ち得なかった力を持っている。
それは……魔法属性が『毒』であること。
通常ならば人が持つ魔法の属性というのは四大属性……火・水・風・土のどれかとなる。ごく稀にしか持つものが出ない闇属性、そして持つ者がもう出ないと言われていた光属性……なんてものもあるけれど。ほとんどの人々は四大属性の枠組みの中に収まる。
……けれど、私が持っていたのは前代未聞の『毒』という属性だった。
それでなにができるかというと。今持っているグラスの中身を即効性の毒に変えたり、このお茶会が開かれている会場の空気を毒に変え参加者全てを殺したり……ってところかしら。あまり大きなことをすると私自身にも負担がかかり一カ月は寝込んでしまうけれど。
私は……オルコット家の業が生んだ化け物なのかもしれない。
王家に仕えることに不満は持ってはいない。十分な生活と身分が保証されるし、口が王宮の金庫の鍵より堅く見目がいい入り婿との婚姻も約束されている。人を殺すことにも慣れてしまい、それはただの作業でしかない。
……けれど時々。こんな道具のような虚しい一生に価値なんてあるのかしら、なんて。思ってしまうのだ。
「おや……未来の婚約者殿がこちらに向かって来るね。僕はここで退散するよ」
ヒーニアス王子はそう言うと微笑んでふらりと人混みの中に消えた。彼の言う通り……こちらへ、件のマーガレット様が歩みを進めている。
壁際には飲み物や食べ物が置いてあるテーブルがあるのでそれが目的なのだろう。
……それにしても綺麗な子だわ。肌は陶磁のように白く滑らかで、その紅い髪はシャンデリアの灯りできらきらと煌めいている。
紅玉のように美しい瞳は……なぜか好奇心に満ちてこちらを見ていた。
「はじめまして。マーガレット・エインワースよ」
彼女は嬉しそうな表情で私に声をかけてきた。その声色はとろりとした蜂蜜のように甘い。
「キャロライナ・オルコットと申しますわ。マーガレット様」
おっとりと微笑んでみせながらそう返すと、彼女は眩しい笑顔を返してくれた。
「寂しそうな顔をしていたから気になってしまって。よかったら私と……お喋りしない?」
寂しそう? そんな顔をしていたのかしら。言われてもピンとこなくて思わず首を傾げてしまう。
そんな私の手を引いて彼女は椅子の用意してあるテーブルへと向かっていく。
……強引な方ね。内心では軽く舌打ちしながらも、私は大人しく彼女に手を引かれるままについていった。
彼女は未来のお妃、つまりは将来的に私が仕える人となる。逆らうのは得策ではない。
(彼女の手……温かいわね)
両親ですら恐れて繋がない私の手を、白く柔らかい手が優しく包んでいる。
それがなんだか不思議で……私はその手をぼんやりと見つめてしまった。
キャロライナはこの仕事の関係でヒーニアス王子とは幼い頃から会っています。
それでは次回へ続くということで…!