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令嬢は騎士とまた遭遇する2

 ……レインとホルトはいつも通りのことなのでひとまず放置するとして。


「……妹が失礼しました」


 私はアルバート様に向き直ってお詫びを言った。ちなみに手はまだ握られている。

 ううむ、異性にずっと手を握られっぱなしというのはどうなんだ。彼にやましい動機はないんだろうけど……。


「いえ、お気にせず。彼女が噂の光の乙女なのですね。妹君もお美しい方で驚きました。……ただ、その。少しやんちゃなようですが」


 アルバート様はそう言って精悍なお顔に微苦笑を浮かべた。

 ヒーニアス王子にハミルトン様にアルバート様に……レインは攻略対象にどんどんケンカを売っていくのでハラハラしてしまう。

 ――レイン、貴女一応ヒロインなのよ。ゲーム中のヒロインの儚げで守ってあげたい雰囲気は粉砕されて消滅しているけれど。

 ケンカを売られてもレインへの態度が一番柔らかいのはアルバート様のような気がする。さすが大人枠。

 私が犬に食われるエンディングさえなければ、レインを任せて一番安心そうなのに。


「やんちゃだけどとても可愛い妹なんですよ。少しだけ……礼儀に欠けるところもありますけど」


 私は少し考えてアルバート様にそっとレインを推してみることにした。妹との仲が良好であることを普段からアピールしていれば、レインと彼が結ばれても私が殺されることはない……だろうし。そうじゃなければ困る。


「お姉様! そんなに褒めないでください! 元気で可愛いだなんて……」


 レインは私の発言の都合のいい部分だけを切り取り、白い頬を薔薇色に染めてとても嬉しそうに笑った。この都合のいいお耳は一体誰に似たのだろうか。


「ええ、素敵な方ですね。ですが貴女の方が……」


 アルバート様がなにかを言おうとした時。

 腰に誰かの手が回り強い力で後ろに引かれ、繋がれていた手がようやく自由になった。


「お嬢様……この後はお出かけするのでは? どこかに行きたいと昨日おっしゃっていたでしょう?」

「――!?」


 耳元でフランの息遣いと少し低めの声が聞こえる。腰をしっかり抱いている細いけれどしなやかな筋肉がついていることを感じさせる片手には、少し痛いくらいの力が入っていた。

 ふわりと鼻先を掠めるのは柑橘系の淡いフレグランス。

 ……私が普段、その抜け殻を嗅ぐことで嗅ぎ慣れた……フランの匂い。

 昨日も、だ、抱きしめられたりはしたけれど。あれは非常時だったし。今日はどうしてこんなことになっているの? 私、彼になにか試されているの?

 脳内はあっという間に混乱で満たされる。一体これは、これはなんなの!?

 状況を確認したくて無理やり体を動かしくるりと後ろを振り向くと、間近にフランの素敵なお顔があった。というかおでこに……フランの唇が当たった。

 や、柔らかい……! あの綺麗な唇が、私なんかの肌に触れたの? ひゃだ、推しの唇に当たってしまうなんて全財産を捧げなきゃ。

 フランは真っ赤になって口をパクパクさせている私をじっと見つめた後に……ほんの少しだけ……唇の端を上げて笑った。


「――ひぇっ……」


 こんな近くに愛おしい貴方の笑顔なんて。


 ――意識が、数秒……もしかしたら数分、暗転していたらしい。


 いつの間にか閉じていた瞼を開くと、やっぱりフランのお顔が目の前にあった。

 糸目なのに睫毛はちょっと長いんだなぁ。お鼻はちょっと小さめなのかな、可愛いな。そんなことを思いながらお顔をじっくり観察していると彼が少し首を傾げる。白い頬にさらりと綺麗な黒髪が流れた。

 その動きを目で追った後……私はようやく我に返った。


「――ッ!!!」


 もう訳がわからない。どうしよう、こんなの責任を取って結婚するしかないじゃない!


「……無様で死にそうな金魚のようですね、お嬢様」


 フランがせせら笑いながら、蔑むように言う。


「貴方のせいでしょう!? 責任を取るから私と結婚してください!!」

「丁重にお断りします。私以外の誰かと幸せになってください。というかいい加減離れてください」


 うう、『私以外の誰かと』なんて言われると軽口でもすごく傷つくんですけど……。それに!


「あ、貴方が引き寄せたんでしょう!?」

「――そうでしたっけ。記憶にございませんね」


 とぼけたように言われ両脇の下に手を入れられて、地面に無理やり立たされる。えっ、ちょっと待って。そんなところ触らないで。その、なんだか色々恥ずかしい気がしますので。


「ほら、一人で立ちなさい」


 ……フラン、一連の貴方の行為のせいで私の足は小鹿のように震えているのだけど。

 貴方の急激な過剰摂取もいいところよ。人前じゃなければとっくに倒れている。いや、さっき気絶したんだった。

 必死に大地を踏みしめフランから離れたけれど、足はがくがくと小刻みに振動し体中から汗が止まらない。


「――普段からマーガレット様にそんな無礼な態度なのか? ハドルストーン」


 どうやら私たちの様子を見ていたらしい。アルバート様の低く、その場の空気を裂くように鋭い声が響いた。


「まぁ、マギーに対してはいつもそんなよねぇ」


 なぜかそれにのんびりとした声で相槌を打ったのはキャロライナだ。


「普段はもっと触れるのも汚いと言わんばかりな態度で、虫を見るように蔑んでません? キャロライナ様」


 レインも続けて相槌を打つ。……レイン、貴女に普段の私たちはそう見えているのね。

 否定はまったくできないけど。


「そうね、確かに今日はサービス満点すぎるくらいよねぇ……どうしちゃったの? フランちゃん」


 なにやら含みのある楽しそうな視線をキャロライナがフランに向ける。フランはその視線を受け、少し焦ったように目を逸らした。


「ふふ。フランさんってば、や……べっ!!」


 慈愛の微笑みを浮かべながらなにかを言おうとしたホルトの脇腹に、フランの素早いボディブローが炸裂した。ホルトは地面に膝をついて涙目でフランを見上げる。


「フランさん酷いです!!」

「……貴方今、ろくでもないことを言おうとしたでしょう」

「事実で……いたっ!!」


 ホルトの銀色の頭にフランのチョップが何度か入った。……しかしホルトに対しては明らかに私の時よりも手加減している様子が見て取れる。

 乙女の頭に対しての方が容赦ないって、どうなの、フラン! というかホルトは一体なにを言おうとしたのよ!


「マーガレット様、どうしてハドルストーンにそんな無礼をお許しに……!」


 アルバート様がなぜか必死に言い募る。うちの主従関係の問題なんて、彼には関係ないと思うのだけど。

 ――もちろん主はフランで従が私よ。


「だってフランを愛しているから。フランにならなにをされてもいいわ」


 私が笑顔でそう言うと。アルバート様のお口がぽかん、と開いた。

イチャイチャ回でした。

フランが嫉妬するという前提がないため嫉妬に気づかないお嬢様とレインなのです。

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