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令嬢は騎士とまた遭遇する1

 入学式と教室での諸々も無事に終わり……うん、無事に終わったの。頭が多少凹んだ気もするけれど。

 フランは私のことを気軽に叩きすぎなのだ。

 ちらりと彼の方を見ると凍てつくような視線が飛んで来る。その視線に笑みで応えると眉間に深い皺を寄せて、なぜか激しく舌打ちをされた。そんなに忌々しそうにしなくても!

 ……でもこれが愛情の裏返しってやつか。フランは相変わらず素直じゃない。

 レインとキャロライナ、そして従者二人と一緒に校舎から出ると……。


「……マーガレット様!」


 ……なぜか校舎の前でアルバート様が待っていた。

 彼は短めに切った艶のある黒髪をさらりと揺らしながら、切れ長の一重の瞳を嬉しそうに細める。

 昨日の彼は犬の散歩中だったからか白いシャツにトラウザーズという簡素な服装だったけれど、今日の彼は青の詰襟の騎士服に身を包み臙脂のマントを翻していた。

 ああ、これはゲーム中の服装だ。攻略キャラには興味が薄いものの、実際に目にするととても感慨深い。


 ――そうだ。犬は。


 昨日の思い出が蘇り身を震わせながら周囲を警戒してしまったけれど……犬たちは今日はいないようだった。よ、よかった!


「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ、マーガレット様。学園まで彼らは連れてきませんから。昨日は……申し訳ありませんでした。今日はそのお詫びをさせていただきたいのですが」


 そう言ってアルバート様はこちらに近づいてくると、私の目の前に膝をつきそっと手を握る。そして手の甲にふわりとキスをした。

 ――えっと。状況が飲み込めないのだけど。

 目を白黒とさせているとそのすっきりとした面立ちで優しくにこりと微笑まれ、さらに動揺してしまう。


「ちょ! 貴方、お姉様になにをしてるの!?」

「あらま~マーガレットったら、どこでこんなの引っかけてきたの」


 レインが水色の髪を振り乱しながら悪鬼羅刹のような表情で憤り、キャロライナは頬に手を当てながら呑気な声を出す。ひ、引っかけてなんかいないわよ! 人聞きが悪いなぁ!

 ホルトは可愛らしく首を傾げ、フランは……いつも通りの無表情だった。焼きもちでも妬いてないかな? なんて期待した私がバカだったわね。

 お詫びはお断りしたつもりだったのだけど……きちんと伝わっていなかったのだろうか。


「……お詫びは必要ないと確かに言いましたよね?」

「それでは、俺の気が済まなかったもので」


 彼はそう言いながらにこりとまた笑みを作る。ゲーム中の印象に違わず律儀な人だ。攻略キャラと接点を持ちたくない私としては非常に迷惑なのだけど。

 アルバート様とは特に接点を作りたくないなぁ。犬に食われて死ぬのは本当に無理……!! 先日の恐怖が蘇り涙目になって彼を見つめるとなぜか薄く頬を染められた。


「マーガレット様。今からお買い物に行きませんか?」

「お買い物……?」


 訊き返しながら首を傾げる私を見つめたままアルバート様は立ち上がり、もう一度手の甲に口づけた。


「ええ、先日俺のせいで汚れてしまったので。ドレスを一着……いえ、何着でも弁償させてください」

「いえ、ドレスは沢山ありますので……」

「マーガレット様……!」


 お断りしようとすると綺麗な形の眉を下げられ、黒い瞳に悲哀の色を浮かべられて私は戸惑ってしまう。私の手を握る騎士らしく無骨で大きな手にも少しだけすがるように力が入った。

 ……大型犬のように可愛らしい表情でしょんぼりするのは止めて欲しいなぁ。アルバート様は誠実さが垣間見えるのも相まって、ヒーニアス王子と違い突き放しづらさがあるのだ。彼の整った地味顔は嫌いではないし……いや、フランの方がもっともっともーっと素敵なんだけど!

 フランは私の好みの粋なのだもの。

 どこを見ているのかよくわからない糸目、薄い唇、高くも低くもないけれど整った形のお鼻、艶のある繊細な質感の黒髪、白くて滑らかな肌、思わず触れて欲しくなる綺麗な形の手。全部全部私の好みなのだ。

 ちょっと冷たいけれど、結局はちゃんと優しい性格も大好き。

 匂いも大好き。大量の肉体労働をお願いした後に回収したシャツの香りなんて本当にたまらない。汗の匂いとフランの香水の香りとのハーモニーは本当に絶品で……!何時間でも嗅いでいられるの。

 首回りを重点的にすはすはと嗅いでいるところを本人に発見されて『くそが……! この変態!』と激怒されたのもいい思い出ね。

 ――シャツだけじゃなくて、本当は色々嗅ぎたい。そんな欲望はもちろんある。

 先日メイドに『下着とトラウザーズもございますが』と言われて少しだけ揺れたけれど、さすがにそれは返してもらった。私はちゃんと倫理規定に則ったファンなのだ。

 むしろ本体を早く嗅がせて欲しい。

 そんな諸々の『好きよ!』という気持ちを込めながらフランを見ると。顔からすべての感情が抜け落ち人形のように無機質な表情になった彼と目が合った。

 細い目が僅かに開く。その深い青の瞳の奥に揺らめくのは、明らかな不快感と怒り。

 ……目を合わせただけでそんなに嫌がらなくても。

 いくら不屈な私の心とはいえ、そんな目をされると少しだけ傷ついてしまう。というか今そんなに怒られるほどのなにかを、私したっけ……?

 ぎゅっと手を握りしめられる感触にそちらを見ると、アルバート様が私の言葉を待ち詫びているようだった。

 衝突の元になることは避けたいから、お買い物は丁寧にお断りしないと。あとこの握りっぱなしの手もそろそろ離して欲しいなぁ。


「ちょっと! 貴方がお姉様の昨日の怪我の原因なのね! 手を離しなさい!! そしてお姉様と出かけるなんて言語道断よ!」


 ――レインの怒りの声が響く。ああ、あの子ったら……!!


「君は……」

「レイン・エインワース! お姉様をこの世で最も愛する妹よ! 覚えておきなさい!」


 まだ私の手を握ったまま怪訝そうな顔をするアルバート様に、レインがその小さな胸をそらして悪党のような名乗りを上げた。

 レイン、その名乗りは私……どうかと思うのよ?


「レイン様! 俺だってマーガレット様を愛しております!」


 ……ホルトも対抗するのは止めなさい! 恥ずかしいから!


「ホルト、一番は譲らないわ。だけど貴方のお姉様愛は、常に評価しているのよ」

「……! レイン様……!」


 二人はそっと手を取り合って見つめ合っているけれど……。

 当事者の私を蚊帳の外にして二人で奇妙な友情を育まないで欲しいなぁ。

そんなこんなでアルバート様の再来です。

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