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従者から見た入学式5(フラン視点)

 にこにこと飼い主を見つけた犬のような笑顔でお嬢様はこちらに駆け寄ってくる。いや、私が従者であちらが主人のはずなのだが。

 お嬢様の能天気でこちらへの全幅の信頼を置いていると言わんばかりの笑顔は、子供の頃に飼っていた茶色の犬を彷彿とさせる。

 ――あちらの方がお嬢様よりも賢かったような気がするが。

 お嬢様はあの犬と違ってお座りも待てもできないしな。私の私物を盗まないようにちゃんと躾けができるといいのだが。無駄とは思うが今度試してみるか。

 とにかく今気になるのはお嬢様の肩からかかっているストールだ。レイン様のものではない。キャロライナ様も朝会った時にはあんなものは持っていなかった。

 ……紺一色で地味な色合いのそれは、男が使うようなものに見えるのは気のせいだろうか。


「……お嬢様、そのストールは?」


 誰かにお借りしたのであれば、洗濯をしてお返しせねば。そう思いつつお嬢様に訊ねると。


「えっとね。これは……」


 お嬢様は能天気な顔で教室であったことの顛末を語り出した。


 ――バカか。この人は大バカなのか。


 私は内心頭を抱える。

 エインワース公爵家のご令嬢ともあろう人が、初対面の男にその無駄にでかい胸の話を振り、見せつけたのか。

 ハミルトン様の反応を聞くに彼も満更でもなさそうだ。この人はアルバート・ホーンに続いて、入学早々別の男を引っかけたのだな。


「……フラン?」


 バカ犬……いや、お嬢様が本当になにも分かっていないというきょとんとした愛らしい表情で私の名前を呼ぶ。本当にお嬢様は無駄に顔だけはいいな。だから引っかかる男が増えるのだ。

 私は思わず大きなため息をついてしまった。

 どうお説教をしたものか……そう考えながら目を瞑る。そして目を開けると。


 ――お嬢様の目を瞑った端正な顔がこちらへと迫ってきていた。


 森で……お嬢様に口づけてしまったことをが脳裏に蘇る。あれは過ちだ……私が犯してしまった秘匿すべき過ち。

 お嬢様の瑞々しい唇が明らかにこちらへと合わさろうと近づいてくる。


 ……私の頭の中は、真っ白になってしまい……。


 口よりも先にお嬢様の綺麗な形の額に、力任せに手刀を見舞っていた。力任せといっても体が自然に手加減をしている。そうでないとお嬢様はその一撃で命を絶たれていただろう。

 竜殺しのハドルストーンから、王妃(候補)殺しのハドルストーンになるのは私もご免なのだ。


「ちょっと腹黒糸目! お姉様になんてことするのよ!!」

「いや、レインちゃん。こんな公共の場で従者に口づけようとするマギーが明らかに悪いわよ~」

「マーガレット様、口づけなんて破廉恥です……!」


 外野がなにやら言っているが今の私はそれどころではない。お嬢様が妙なことをするから、あの柔らかな唇の感触を思い出してしまったじゃないか……!


「フラン、今のチョップは痛すぎる! 脳細胞がかなりの数死んだわよ! バカになったらどうするの!!」


 お嬢様は赤くなった額を押さえてキャンキャンと不満げに吠える。元よりバカなのだ、脳細胞がいくら死のうと支障はないだろう。


「お嬢様……貴女は元よりバカではないですか」


 殺気を込め冷ややかな目で睨みつけるとお嬢様は足を震わせながら押し黙った。しかしその視線はまだ熱を帯びてこちらを見つめている……ホルトは泣きだしてしまったのに本当にこの人は頑丈だな。

 ――とりあえずはその忌々しいストールを剥いでしまうか。


「貴女は腐っても筆頭公爵家のご令嬢なのです。外で胸の話のようなはしたない話をするのは絶対にやめてください。いや、やめろ」


 お嬢様からストールを剥ぎ取ると、たわわな胸がふるりと揺れた。……これを惜しげもなく他の男……いや、ハミルトン様に見せつけたのか!! なにを考えているんだこの人は!!


「……フラン?」

「クローゼットから新しいケープをお持ちしましたのでこちらを使ってください。これはハミルトン様に洗濯をしてからお返ししておきますので」


 私は持ってきていた白いケープをぐるぐると乱雑にお嬢様に巻き付けた。赤い髪が乱れて綺麗な白い頬に張りつき妙な色香を漂わせる。それを見て少しだけ心臓が跳ねた。……本当に、この人は無駄に見目がいい。

 いや、王妃になるのなら『無駄』ではないのか。この美しい見た目は臣民の心を掴むだろう。

 お嬢様は巻きつけられたケープを少し呆然と見つめた後に。


「ありがとう、フラン!」


 ――天使のように無邪気な笑みを浮かべた。


 その笑顔を見て……胸の奥でなにかが疼き、蠢く。心臓が妙な音を立てている気がする。顔にはなにも出ていない、そのはずだ。

 私はそのなにかを振り払うように……お嬢様の額にもう一度手刀を落とした。先ほどよりは少しだけ手加減をして。

 お嬢様が痛そうに額を押さえながら恨みがましい涙目でこちらを見る。それを見て私は少しすっきりとした気分になった。

 ――のだが。


「ところでフラン。フランは私の胸はだらしないと思う?」


 お嬢様がそんなとんでもないことを言いだした。


「……だから外でそういう話はするなとさっき言ったばかりですよね」

「だって知りたいんだもの!」


 お嬢様の胸。私も男なのでその……魅力がないとは言わないが。むしろ目のやり場にいつも困っている。つまりは嫌いじゃ……。

 そこまで思考して私はハッと我に返った。なにを考えているんだ私は。

 腹が立ってまた手刀を構えるとお嬢様は慌てて逃げ出す。

 ……けれどあまり叩いてこれ以上のバカになっても困るので、私は本気では追わなかった。

フランは大きなお胸は嫌いじゃないようです。

次回は死に場所巡りの最後の場所への予定です。

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