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従者から見た入学式4(フラン視点)

 お嬢様の部屋からケープを回収した後、私は自室でホルトの魔法の授業をすることにした。

 彼は私の部屋の扉にかけられた鍵の数を見て驚いた顔をしていたが、事情を話すと納得したようだった。

 ホルトは私の私物を盗まないエインワース家唯一の使用人だ。なので部屋にも安心して上げられる。……こう言うとエインワース家の使用人たちがどれだけお嬢様に毒されているのかがわかって頭が痛いが。


「……フランさん、大変ですね」


 眉を悲しそうに下げられ心底同情する目で見られたが……余計に悲しくなるからそんな目で見ないで欲しい。

 彼を部屋に通しソファーに座らせてからお茶を用意をする。ホルトはそわそわと落ち着かない様子で部屋を見回していたが、クローゼットと汚れ物入れにかかった鍵を見てまた悲しそうに眉を下げた。


「じゃあまずは魔力量を測りますか」


 どれくらいの魔力を内包しているかで将来的にどこまでのクラスまで到達できるかが推測できる。身も蓋もない話だが魔力量が少ない者はいくら頑張っても下位魔法までしか使えない。上位魔法を使える魔力量を内包していてもお嬢様のように極端に制御が下手な場合や、本人が努力をしない場合はどうしようもないのだが。

 なににしてもホルトの魔力量を知ることが今後の指針になる。


「俺はどうすれば……」


 ホルトはこちらを見つめながらオロオロする。私はその両手を取ると軽く握りしめた。


「私が勝手に計測するから。目を瞑って力を抜いていてくれ」


 彼は安心したように微笑み、そっと目を瞑る。ホルトの顔をじっくり見る機会など普段ないが、こうしてみるとそれなりに美男子だと思う。……しかしどこか地味なんだよな。人のことは言えないが。


(さて……)


 私は小さく息を吐くとゆっくりとホルトの体内に自分の魔力を送り込んだ。魔力の源は大抵が心臓の近くにある。そこまで私の魔力を送り込み、魔力で『触れて』その量を計測するのだ。


「んっ……」

「落ち着きなさい、ホルト。多少気持ち悪いが体に害はない」


 魔力を体内に丁寧に這わす。その感触が気持ち悪いのだろう、ホルトが小さく呻き声を上げた。

 魔力の計測は体に大きな負担をかけるわけではないが、人に内側から探られる気持ち悪さと違和感とがかなりある。私も幼い頃にこれをされそのおぞましさに泣いたものだ。

 じわじわと私の魔力がホルトの魔力の源へと近づく。

 そして……そろりと『それ』に触れた瞬間。


「――!!」


 私は握った手をすぐに離してしまった。

 まるで底の見えない深淵に触れたかのような……。

 長く触れていると飲み込まれ噛み砕かれてしまいそうな、強大で圧倒的な魔力の量。


(……なんだこれは。人間のものなのか……?!)


 バクバクと心臓が妙な音を立て、背中を冷たい汗がとめどなく流れる。竜三匹と一人で対峙した時もこんな焦燥感には駆られなかった。


 ――コイツは、一体何者なんだ。


 私は懐に手を忍ばせると……細身の短剣を音も立てずに抜き放った。これは、ここで排除した方がよい存在なのかもしれない。

 死体の処理はスパイだったとでも説明してヒーニアス王子に任せればいいし、記憶喪失の少年一人がこの世から消えても誰も気にすることはないだろう。……お嬢様はホルトが行方不明になり泣くかもしれないが。


「フランさん、目を開けてもいいですか?」


 ひたり、とその首筋に短剣の先を埋めようとした時。ホルトの無警戒で呑気な声が響いた。

 目を瞑ったホルトの顔はいつも通りのあどけないものだ。

 私は……。

 彼に短剣を突き刺すことができず、それを素早く懐へとしまった。


「いいですよ、ホルト」

「えへへ、どうでした? マーガレット様を守れるくらいの魔力の量、ありました?」


 明るく笑うホルトの無邪気な表情はいつも通りの表裏のないもので、彼がなんの邪心も抱いていないことを感じ取れる。……そこにいるのは共に日々を過ごしている可愛い弟分だ。


(……私には、彼を殺せない。しかしこれはどうしたものか)


 私は少し目を閉じて考え……決意を決めた。


 ――拾ったものは最後まで面倒を見ろと、お嬢さまに言ったのは私だったな。


 ホルトを拾ったのはお嬢様だがそれを許可した私にも責任がある。

 このことは今は私一人の胸の内に秘め……。『最悪』の事態があれば、今度こそ私が『責任』を取ろう。


「ホルト。貴方の魔力はかなり特殊なようだから……後日改めて授業の時間を設けてもいいですか?」


 まずはホルトのように膨大な魔力を持った人間が過去にいたかを調べ、存在したのならそこから彼をどう扱えばいいのかの知見を得よう。

 この力は使い方を間違えば大きな災厄になるだろう。……けれど正しい使い方をすればお嬢様を守る最強の盾となるかもしれない。


「そんなに俺の……魔力は変なんですか?」

「そうですね。人にバレると研究施設に送られるかもしれませんし、私たちだけの秘密にしておきましょう」

「け……研究施設!? それは嫌です、フランさん!!」


 私の言葉にホルトは泣きそうな顔になる。その頭を私は安心させるように何度も撫でた。


「俺の魔力が変だって気づいたのがフランさんでよかったです! 他の人だったら……研究施設だったかもしれないんですよね」


 そう言って無邪気に笑うホルトを見ていると、先ほど彼を殺そうとしたのだという罪悪感で胸が痛んだ。彼の記憶喪失にもこの魔力が関係しているのかもしれないな……。


 それからの時間はホルトと二人でのんびりお茶を飲んでお嬢様のお迎えの時間まで過ごした。四六時中お嬢様とレイン様に付き添っていないといけない屋敷での生活よりも、有り体に言ってしまえば私たちは暇なのだ。

 ちなみに学園にはヒーニアス王子とお嬢様を守るためにおびただしい数の騎士たちが配備されている。授業の最中使用人たちは校舎への出入りができないので、私の警護の仕事は休み時間や登下校、そして放課後が主となるのだ。

 紅茶を飲み干しふと時計を見るとそろそろお嬢様を迎えに行かねばならない時間だった。


 ――そしてお嬢様を迎えに行った私が見たものは。


 見たことがないショールをすっぽり肩から被ってニコニコと笑っているお嬢様だった。

ホルトにはなにかがあると勘付く従者なのです。

そしてお嬢様よりも先にフランのお部屋に入ったホルトなのでした。

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