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従者から見た入学式3(フラン視点)

 お嬢様にケープを渡しほっとしたのも束の間。

 入学式の最中に寝こけてしまったレイン様とキャロライナ様の涎で、黒のケープはもう着られないくらいに汚れてしまった。クローゼットにあったもう一枚の方にすればよかったな。あれはさらに制服とデザインが合わないのだが白だから涎は目立たない。

 学園長に睨まれても起きないレイン様とキャロライナ様に焦るお嬢様は非常に滑稽で笑いが込み上げるものだったが……こうなったのは予想外だった。

 苦い気持ちと嫌な予感を抱えつつお嬢様を校舎までお見送りし私は深いため息をついた。


「フランさん、眉間に皺が寄ってますよ」


 寮へ戻るため歩みを進めていると、ホルトがその大きな瞳を瞬かせながら無邪気に話しかけてくる。


「マーガレット様、制服もお似合いでしたね! す、少し胸元が開きすぎな気もしますけど。でも素敵でした!」


 彼は頬を赤く染めながら乙女のようにうっとりとした表情を浮かべた。

 コイツは本当に一切の邪気がないというか……会話をしていると自分の薄汚さに気づかされることが多々ある。お嬢様に対しての気持ちも不埒な欲が一切ない純粋な『崇拝』だしな。それはそれでどうかと思うが。

 ――ホルト、目を覚ませ。あれは見目だけは美しいが中身はただの変態だ。


「あれは問題ですよ。エインワース公爵家の恥です」

「恥は言い過ぎですよ、フランさん。お嬢様が魅力的だから心配になる気持ちはわかりますけど」

「――誰が、心配など」


 その言葉を聞いて……私は反射的にホルトを睨みつけていた。


「ぴゃっ!?」


 視線に射抜かれホルトが小さく怯えた声を上げる。犬だったらきっと耳が垂れ下がり尻尾が丸まっていただろう。


「し、心配してるでしょう、明らかに! ヒーニアス王子がマーガレット様を見ている時もずっとイライラしてましたし。俺にだってそれくらいわかるんですから!」


 彼は震えながらも胸の前で握り拳を作り、目をつり上げて言い返してきた。こういう時は黙り込んでしまうのが常なのだが……珍しいな。

 ……それにしてもホルトに気取られてしまうくらい私は目に見えて苛立っていたのか。自分の迂闊さに舌打ちをすると、ホルトはなんだか得意げな顔になった。


「ふふん。フランさんはお嬢様が心配だから、寮のお嬢様の部屋に新しいケープを取りに行くつもりなんですよね。図星でしょう?」


 ――図星である。正にそうしようと考えていた。


「心配だからじゃありません。あれがエインワース公爵家の恥にならぬようにです」


 再び睨みつけてもホルトは少したじろぎながらもその目を逸らさなかった。


「フランさんは、嘘つきです」


 ホルトの真っすぐで曇りのない視線が私を貫く。その言葉に……私は言い返すことができなかった。


「本当は心配してるくせに。それにフランさんはお嬢様のことが好……」

「……黙れ」

「――ッ」


 殺気を放ちながら彼の言葉を押し止める。するとホルトの表情がくしゃりと歪み、緑色の瞳から綺麗な形の雫が零れ褐色の頬を伝い落ちた。それを見て私は我に返る。

 ……ハドルストーン一族の殺気はそれだけで竜をも圧倒する。そんなものを無闇やたらと人に向けてはいけない。

 そう父に言われていたのに失念していたな。お嬢様は丈夫でへこたれないからついつい向けてしまうが、ホルトはあれよりも随分とか弱いのだ。


「すみません、ホルト」


 ポケットからハンカチを取り出しそっと拭うけれど彼の涙はなかなか止まらない。しまいには鼻水まで垂れ始めた。


「ほら、チーンしてください。ちゃんとしっかりかむんですよ」

「……ふぁい。ありがとうございます、フランさん」


 ハンカチで思いきり鼻をかませてからもう一枚予備で持っていたハンカチでさらに涙と鼻水を拭うと、ホルトはようやく落ち着いたようだった。汚れたハンカチをポケットに突っ込む私を彼は少し申し訳なさそうな顔で眺めている。


「……俺はマーガレット様にもフランさんにも。幸せになって欲しいだけなんです」


 ホルトはまだ少し潤んだ瞳で上目遣いでこちらの表情を窺いながらぽつりと呟く。

 その銀色の頭をくしゃりと撫でると彼は少しくすぐったそうな顔で笑った。

 ……まるで弟みたいだな。記憶喪失の彼が実際いくつかなんてわからないし、幼く見えて案外年が近かったりもするのかもしれないが。


「王妃になるのが、お嬢様の幸せです」


 私がそう返すとホルトは悲しそうな顔になった。


「じゃあフランさんの幸せは?」

「お嬢様のお守から解放され、領地に戻ってお嬢様のいない平和な生活を送ることですかね。可愛らしい妻を娶れればさらに嬉しいですが……。辺境の伯爵家ですし私も見目が良いわけではないので、嫁にきてくれる方ならどなたでもありがたいですね」

「……やっぱりフランさんは、嘘つきです」


 ホルトが不満そうに頬を膨らませるので額を指で弾くと彼は痛そうな顔をする。


 ――叶わない夢をみるのは疲れるんだよ、ホルト。


「そんなことよりも。魔法を教えて欲しいと貴方言ってましたよね? お嬢様のお迎えまでには間がありますしよければお教えしますよ」

「あっ、そうですね! 教えてください!」


 私がそう水を向けると彼は慌ててぺこりと頭を下げた。

 私は魔法よりも剣術の方が得意だが、魔法も初心者に教える程度の知識は持っている。

 ホルトが使えるのは使える者が少ない希少な闇魔法だときくので、多少勝手が違うかもしれないが……。


「マーガレット様をお守りできるように勉強、頑張りますね!」


 ホルトは眩しいくらいの邪気のない笑顔を浮かべる。

 お嬢様に真っすぐな気持ちを向けられる。そんな彼のことが……私は少し羨ましくなってしまった。

フラン視点ですが案外色々なことに気づいているホルトちゃん回でした。

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