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従者から見た入学式2(フラン視点)

 ホルトが用意した朝食を食べ終わったお嬢様が制服へ着替え鏡の前に立つ。

 その姿を……私は苦々しい思いで見つめていた。


 ――お嬢様、さすがにそれは胸元が開きすぎなのではないですか。


 いつもお嬢様は胸元が大胆に開いた服ばかり着ているが、これは日常的に着用し人目に常に留まる制服だ。ここまで開ける必要性はないし、こんなにあけている生徒は恐らく他にはいないだろう。

 ……この人は見目『だけ』はいいのだ。

 こんな姿で歩いたら不埒な視線を浴びてしまうことは間違いない。

 変な男にでも付き纏われたらどうするんだ……もうすでにお嬢様はアルバートを引っかけているが。これ以上増えでもしたらそれを追い払うのは私やホルトの役目なんだぞ。面倒な仕事を増やすのは勘弁して欲しいのだが。


「……発注書を見た時から思っていたのですが。胸元が開きすぎなんじゃないですか」

「そうかしら?」


 苦々しい顔で言う私にお嬢様はきょとんとした腹が立つくらいにとぼけた顔を見せた。……変な輩に絡まれていても放置してやろうか。一度痛い目をみないとお嬢様は理解できないのかもしれない。


「後日注文したケープが来るから大丈夫よ」


 そう言いながらお嬢様は無邪気な顔で笑う。

 赤い髪がふわりと揺れ、美しい紅の瞳が明るい朝の光を反射しながら煌めいた。……ほんの一瞬見惚れてしまいそうになり私は頭を横に振る。

 ――これは私の私物を盗み匂いを嗅ぐような変態なのだ。それを忘れてはいけない。

 というかケープは今ないのか? 後日とはなんだ。


「後日……? 今はないのですか」

「ええ。どうしても使って欲しい生地があってメイベルさんに我儘を言って取り寄せてもらったから、納品が制服とずれちゃったの。別に問題ないでしょう?」


 お嬢様の言葉に私は思わず大きなため息をついてしまった。こだわりがあるのは大変よろしいが先に胸を隠して欲しいのだが。

 お嬢様は露出の多さを部屋に現れたレイン様にも指摘されたが気にする様子もない。


「私なんて誰も見ないと思うわよ?」


 こてり、と首を傾げるお嬢様を見つめ、私とレイン様は大きなため息をついてしまったのだった。


 入学式に出るために講堂へと向かうと案の定お嬢様に衆目が集まった。レイン様もお美しい方なので彼女にも人目は集まっているのだが、お嬢様の大胆な露出にはさらに視線が集まっている。

 ……主に男どもからの。

 その視線を向けるのを止めろ、お嬢様は将来の王妃になる存在だ。お前らが軽々に欲にまみれた目で見てもいい人ではない。

 ――そもそもはお嬢様が無防備なのが悪いのだが。私は前を歩くお嬢様の後頭部を睨みつけながら、内心舌打ちをした。

 実はクローゼットから黒いケープを見つけて持ってきてはいるのだが……お嬢様の美的センスに合わず、身につけてもらえないのではないかと不安になり差し出せずにいる。けれどそんなことを言っている場合ではないな。

 通りすがりの男子生徒が涎でも垂らしそうな表情でお嬢様に目を向けるのを見て、ケープを差し出そうと決めた時……。


「やぁ、婚約者殿」


 美しいかんばせに自信に満ち溢れた笑みを浮かべながらヒーニアス王子が姿を現した。

 彼は優美な仕草でお嬢様の手を取り彼女を見つめる。この世のものではないかのように整った美貌の少年が、妖艶な美しさを持つ少女と見つめ合う光景はまるで物語の一幕のようだ。


 ――ざわり、と胸の奥で黒いなにかがざわめいた。


 私はそれに気づかないふりをしながら『婚約者同士』の実に『正しき』光景を眺めていた。


「生徒たちがなんだかざわめいていると思ったら。美しい婚約者殿はすっかり注目を集めていたようだね」


 ヒーニアス王子はお嬢様の美しく白い手に、ゆっくりと口づける。その様子に周囲の生徒からは感嘆の息が漏れた。


「見られていたのはレインですよ?」


 ヒーニアス王子の言葉にお嬢様は不可解だという顔をしながら返事をする。どうしてこの人は、自分の容姿がどう見られているかに無頓着なんだろうな。

 ……『フランに魅力的に見えていないのなら他の人にとってもそうよ』とお嬢様は時々笑いながら言うのだが。お嬢様が魅力的に見えているかどうかに関しては、私はそれを口にし伝えていい立場ではないのだ。私基準では考えないで欲しい。


「君のような美しい女性がそんな大胆な格好をして見られないなんてありえないでしょう?」


 そう言いながらヒーニアス王子はあからさまな様子でお嬢様の胸元を見つめた。

 白く美しい肌。胸の谷間に近い位置にある二つのほくろ。バランスの取れた大きな双丘……それらは将来的には彼のものだ。

 なのにヒーニアス王子がそれを見つめることに対して私は苛立ちを覚えてしまう。


「……見ないでください、ヒーニアス王子」

「見られるために開けている訳じゃないの? 見てもいいのかと思ったよ」


 彼は悪びれる様子もなく視線を外さない。お嬢様はその視線を受けて少し居心地が悪そうに身じろぎをした。


「前が苦しいから開けているだけですし、このお胸はフラン専用なんです。他の人には見ることも触ることもされたくありません」


 ――あの馬鹿、公の場でなにを言っているんだ。いや、どんな場所でもそんなことは口にするな、妙な噂が立ったらどうするんだ。

 ……微かに湧く『嬉しい』という気持ちには重しをつけて心の底に沈めてしまう。

 私の心はお嬢様と過ごした数年間で、どれだけの感情が堆積し濁ってしまっているのだろうか。最初は透明だったはずのそれは堆積したもので目も当てられないような色に変じていることだろう。

 ……いずれは私は任期を終え国に帰ってから親が決めた婚約者を娶り、お嬢様との日々を懐かしむことになるだろう。その頃にはこの堆積した感情たちもきっと消え失せている。

 ――そのはずだ。


「……お嬢様、公共の場で誤解を招くようなことを言うんじゃない」


 私は思わず冷えたものとなる口調でそう言うと同時に、持ってきていたケープをお嬢様にかけた。

 制服のデザインに合わないどうこうと言わせる気は最早毛頭ない。黒のケープの下に隠れる白い肌を見て私は少し安堵してしまう。


「だから胸元が開きすぎだと言ったでしょう。クローゼットにあったケープです。気に入らないとは思いますが、これを我慢して着ていなさい」


 お嬢様はかけられたケープを見て目を瞬かせていたが……。


「……心配して持ってきてくれてたの?」


 彼女は端正な美貌の頬を染めて嬉しそうにふわりと笑った。

 じわりと湧きそうになる感情をまた心の底に沈め……私は苦い顔をしてみせた。

フランの心の底に溜まっていくあれこれ。

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