令嬢と従者の攻防
ハミルトン様との奇妙な邂逅を経てから少し時間が経ち。
レインとキャロライナとお話をしつつのんびり過ごしていると教室の扉が開き、腰が曲がり豊かな顎鬚を蓄えたおじいちゃんが入ってきた。どうやら彼がこのクラスの担任らしい。
おじいちゃん……チャールズ先生は『光の乙女』であるレインの話題に少しだけ触れ、時間割のプリントを配りカリキュラムの簡単な説明をする。そして生徒たち一人ずつに軽い自己紹介をさせると、用は済んだとばかりに解散を告げてあっさり立ち去っていった。
もう少しなにかあっても……と思うのだけれどここは貴族の学園だ。この学園で過ごす生徒の目的は社交と婚活が主で、勉学に励んで過ごすことを目的とする生徒はあまりいない。
教える側としては張り合いの無いことこの上ないだろうし、先生も気力を割きたくないのかもしれないなと私は考えた。
まぁ、私は勉学を頑張る気満々ですけどね!
婚約解消をするための糸口を掴まないといけないのだ。そのきっかけが勉学かもしれないもの。
それに前世では存在しなかった魔法の授業は正直楽しみだし!
私が使える属性は『火』なのだけれど制御がものすごく下手くそだ。なのに魔力量だけは多いので暴発するととんでもない範囲にまで被害が及ぶ。学園の授業で魔力のコントロールと、ついでに私にしかない秘めたる力なんかも身につくといいんだけど。
ちなみにゲーム中のマーガレットは当り障りのないくらいの成績で、学内テストの順位は真ん中くらいだったように記憶している。レインのことさえ絡まなければ生活態度も悪いわけでもなく、かといって目立って良いところがあるわけでもない。
――マーガレットはとにかくぱっとしないご令嬢だったのだ。
ゲームではダイエットをすることもなくお太りあそばしていたので、身分と体重以外は標準以下という周囲の評価だったのかもしれないなぁ。
「お姉様、授業が始まるの楽しみですね!」
にこにことレインが笑いかけてくる。その容姿はいつ見ても可憐で愛らしい。
この美少女と引き比べられ、両親からの寵愛も奪われてマーガレットはこじらせちゃったんだなぁ……。マーガレットも痩せれば美少女なのよ、って言ってあげたい。ヒロインのように清楚じゃなくてセクシー系だけど。
ちなみにお母様は病弱なので自然が多く喧騒とはほど遠い領地で静養中だ。ゲーム中に亡くなるようなイベントは無かったので、そういう意味では少し安心しているのだけど……。ゲームと現実は違うだろうしやっぱり心配だから、長期休みの時にはお顔を見に行きたいな。
「レインとキャロライナと一緒にお勉強できるのが私も楽しみよ」
レインの頭を撫でると彼女は気持ちよさそうに目を細める。うん、うちの妹は本当に可愛い!
キャロライナも撫でて欲しそうな顔をしていたので頭を撫でると嬉しそうに微笑まれた。うん、キャロもとってもモブ可愛い!!
三人で教室を出ると廊下ではフランとホルトが待っていた。
フランの顔を見ると嬉しくなって満面の笑顔を浮かべて駆け寄ると、不思議そうな顔で首を傾げられる。
ああ、その仕草可愛い! 小首を傾げる推しは最高ですね! いえ、フランはいつでも最高なんだけど!
「……お嬢様、そのストールは?」
肩からかけたストールのことを問われ先ほど教室であった出来事を彼に説明すると……。
フランはなぜかとても渋い顔になってしまった。
「……フラン?」
首を傾げてフランを見つめると大きなため息をつかれる。本当にどうしたんだろう。
キ……キスでもしたら元気が出ますかね? 勇気を出してキスをしようと目を閉じ背伸びをしたら、額を激しくチョップで叩かれた。痛い! 額が割れるかと思ったわ!!
「ちょっと腹黒糸目! お姉様になんてことするのよ!!」
「いや、レインちゃん。こんな公共の場で従者に口づけようとするマギーが明らかに悪いわよ~」
「マーガレット様、口づけなんて破廉恥です……!」
レインが腕をまくってフランに食ってかかろうとし、キャロライナがその肩をそっと掴んで止めた。
ホルトは真っ赤になった顔を両手で隠し指の隙間からこちらの様子を窺っている。
「フラン、今のチョップは痛すぎる! 脳細胞がかなりの数死んだわよ! バカになったらどうするの!!」
「お嬢様……貴女は元よりバカではないですか」
フランは顔を顰め心底呆れたような口調で言う。
……それはそうかもしれないけれど。
彼の糸目が僅かに開き青い瞳がこちらを射抜く。ああ、その目で見られると背筋がぞくぞくしちゃう。そんなに真剣に見つめないで……心臓が破裂しそうにドキドキするから!
――足が自然に震えだしたのはきっと気のせいだ。うん。
「貴女は腐っても筆頭公爵家のご令嬢なのです。外で胸の話のようなはしたない話をするのは絶対にやめてください。いや、やめろ」
フランはそう言いながら……私の巻いているストールを手早く剥ぎ取った。
「……フラン?」
「クローゼットから新しいケープをお持ちしましたのでこちらを使ってください。これはハミルトン様に洗濯をしてからお返ししておきますので」
彼はクローゼットにあったらしい白いケープを私にぐるりと乱雑に巻きつける。
そっか、涎だらけになったケープの代わりにわざわざ持ってきてくれたんだ。なんだかんだでフランは優しいなぁ!
「ありがとう、フラン!」
嬉しくなってにこにこしながらお礼を言うとまた激しいチョップを額に浴びせられた。な……なんで!?
「ところでフラン。フランは私の胸はだらしないと思う?」
「……だから外でそういう話はするなとさっき言ったばかりですよね」
「だって知りたいんだもの!」
無表情で再度手刀を構えるのは止めて欲しい。だけど気になるから!
「この二人は相変わらずねぇ~」
手刀から逃げる私を眺めながらキャロライナはうふふと楽しそうに笑う。
楽しそうにしていないでフランを止めてくれると嬉しいんだけど! さすがに次の攻撃を食らったら無事じゃ済まない気がするわ!!
その後さらなる従者のチョップで脳細胞がさらに減りました。