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令嬢は今日もモブに想いを伝える

 午後の心地よい光が差す自室で、私はフランにお茶を用意してもらっていた。

 二人っきりのティータイム……そんなことを考え思わず頬がゆるんでしまう。


「好きよ、フラン。私と結婚して」

「さようでございますか。紅茶のお砂糖は五つでいいですか?」

「一個でいいわ。知ってるでしょう? それと告白を聞き流さないで」


 出会ってから五年。こうしてフランに一日最低でも三回は愛を告白しているので、その回数は最小でも五千回以上になる。全部数えたら確実に二万回は超えているだろう。

 ……どうしてこんなに、スルーされるんだろうなぁ。

 そりゃね、『公式グッズ』集めはドン引きな趣味だと思ってるわよ、客観的な話。

 だけどその趣味が発露する前の、『普通』のお嬢様の頃から彼にはずっと好意を示してきたのだ。それがここまでスルーされるとなると。


「まさか、小さいほうが好きとか!」


 ハッとしながら自分の胸に目を向ける。最近ちょっと邪魔なくらい大きいのよね。

 魔法でどうやってか削れないかな。できれば痛くない方法で。


「勝手に決めつけないでください」

「じゃあ大きい方が好きなのね!」

「……だから勝手に決めつけるなと言っているだろう」


 凄まれた。細い目が少し開いて、青い瞳からは光が消えた。

 ――怖い。思わず漏らしそうだ。

 私はしゅんとして彼が淹れてくれた紅茶を大人しく啜った。……これ、多分砂糖が十個は入ってる。一個でいいって言ったのに。


「……甘い」


 これじゃ紅茶じゃなくて飲んでいるのは砂糖だ。

 私が涙目になると彼は口角を片方だけ上げてクッと笑った。悪い顔だなぁ、そんな顔をしていても好きなんだけど。

 新しく紅茶を淹れてくださいとお願いする勇気も湧かず、私は苦しみに満ちた顔でほぼ砂糖な紅茶を飲み続けた。


「……本当に、フランが好きなんだけどなぁ……」


 砂糖のせいでなんだか甘くなった気がする吐息とともに、そんな言葉を吐き出してしまう。

 ずっとずっと思い続けていた。それこそ前世からずっとだ。

 ファンブックで彼の誕生日が判明した時には狂喜した。そして誕生日当日は数少ない彼の立ち絵をプリントしたケーキを注文して、数少ない彼の二次創作をかき集めプリントアウトしたものを貼り付けた祭壇を作ってお祝いしたものだ。

 五十ページにもわたる手書きのラブレターをその祭壇の前で読み上げ、そっとケーキの火を消した彼の誕生日は今でもプライスレスな思い出だ。

 ……現場を前世の妹に発見され、ドン引きされたけど。

 他の乙女ゲームに出ていたモブ男子もそりゃ好きだったけど、ここまで推したのはフランだけだった。

 彼が私の一番なのだ。


「……大好きなんだけどな……」


 呟きながらなんだかしおしおとしてしまう。

 この『氷雨』の世界でフランと過ごせると気づいた時には、世界は希望に満ちて見えたのに。

 フランがこんなになびいてくれないと思わなかった。

 私一応、美少女なのに。悪役令嬢じゃやっぱりだめなのかな。

 それとも乙女ゲーム内で落とせないモブは現実でも落とせない、という話ですかね。そうだったら絶望だ。

 いっそレインの溢れ出してる好感度をフランに注入できないかな。そんな魔法がないか探してみよう。よーし、頑張るぞ。

 その時、伏せた目の先にコトリとケーキが置かれた。

 ……砂糖でケーキを流し込めというの、フラン。貴方は地獄の使者か。

 その横にさらに新しい紅茶が置かれ私は目を丸くする。

 顔を上げると無表情のフランが紅茶に見える砂糖水をトレイの上に引き上げていた。


「……優しい。大好きよフラン、結婚して」


 新しい紅茶を口にしながら思わず笑顔でそう言うと彼に苦々しい顔をされる。


「……お嬢様には、もっと相応しい相手がいらっしゃるかと」


 フランの呟きに私は目を丸くした。

 えっと、これは『身分差がなければ考慮してた』的な話ですかね?

 身分なんて私、いつでも打ち捨てるのに。筆頭公爵家の娘が言うことじゃないけど。


「貴女の変態性癖に付き合ってくださる旦那様が、きっとこの広い世界のどこかにいらっしゃいます」


 フランは真剣な面差しで私にそう言った。

 そっちかー!

 別に本体が側にいればあんなこと……『公式グッズ』集めなんてしないわよ……そこまで極まった性癖じゃない。

 じゃあ全部破棄しろって言われたらたぶん泣き叫ぶけど。


「フランじゃないと、満たされないの」

「お嬢様。もっと広い視野で世界を見て、自分に合う変態を……いえ、旦那様を見つけてください」


 えっとね。先ほどから変態性ばかりがピックアップされてるけど。

 『愛ゆえ』にという部分がすっかりフランから抜け落ちていないかしら。


「フランじゃなきゃ、嫌」


 しっかりとフランを見つめて言うと、細い目をさらに細めて少し戸惑うような顔をされる。

 彼の口が薄く開いてなにか言葉を紡ごうとした時。


「マーガレットおねーさまぁ!」


 勢いよくレインが部屋に飛び込んできた。そしてむぎゅりとそのままの勢いで後ろから抱きつかれる。


「お勉強ちゃんと済ませました! 私とお茶してください!」


 来年の学園生活に向けて、レインは目下お勉強を頑張っているのだ。

 うちの義妹はえらいなぁ。前世知識もあり私もお勉強はできる方なんだけど、レインを見ているともっと頑張らないとなと思う。


「では、レイン様のお茶もご用意しますね」


 そう言ってため息を一つ吐き、フランはお茶の準備を始めた。

お嬢様はモブが大好きなのです。

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