令嬢は入学式に出る2
フランとホルトを連れて私とレインは入学式が行われる講堂へと向かった。
真新しい制服に身を包んだ他の沢山の生徒たちも私たちと同じように講堂へ向かっていて、チラチラとこちらに視線を向ける生徒の数も多い。
――それもそうよね。『光の乙女』がとうとうその姿を現したのだから。
礼儀作法にまだ不安があるレインは今まで社交の類には出ていなかった。これが正真正銘の初お目見えというわけだ。
レインに視線を向けた後、あからさまに眉を顰め扇子で口元を隠しながら噂話をしている令嬢たちも多くいる。私が視線を向けると慌てて目を逸らすのだけど。
……レインを絶対に悪意から守らなきゃ。
頬を染めた男性からの視線も集めているし……色々な意味でお姉ちゃんは心配よ!
突然周囲の生徒たちが大きくざわめき一点を注視する。
何事かと気になって私もそちらへ目を向け……思わず渋い顔になってしまった。
乙女ゲームで周囲がざわめく、なんてシチュエーションはこの人のためのものよね。
「やぁ、婚約者殿」
そこには笑顔のヒーニアス王子が立っていた。今日も眩しい美貌ですねぇ。
私は彼が近づいてくるにつれて渋面をさらに深めていく。攻略対象に来られてもちっとも嬉しくない。
レインも横で渋い顔をしているけど、貴女はヒロインなのだからもっと愛想よくしてもいいんじゃないかな……?
「……ヒーニアス王子、ごきげんよう」
私は渋々という顔を隠さずに緩慢な動きでカーテシーをする。
そんなこちらの態度などまったく意に介さず、王子は優美に微笑みながら近づき私の手を優しく握った。
周囲の令嬢たちからの剣呑な視線がぐさぐさと刺さる。そんなに欲しいのなら誰か持っていってよ!
「生徒たちがなんだかざわめいていると思ったら。美しい婚約者殿はすっかり注目を集めていたようだね」
彼は私の手の甲に口づけ、その端麗な美貌に笑みを浮かべながら言った。
……嫌味ね、明らかに。注目されていたのはレインだし、その後に注目を浴びたのは貴方自身じゃない。私はフラン以外に注目なんてされなくていいんだけど!
「見られていたのはレインですよ?」
唇を尖らせてそう言うとヒーニアス王子は『おや』という顔をする。そして私の胸元に目をやった。
「君のような美しい女性がそんな大胆な格好をして見られないなんてありえないでしょう?」
彼は胸をじっと見つめながらそう言って苦笑する。
……というか堂々と人の胸元をガン見するんじゃない。もしやヒーニアス王子は巨乳派なの? くそぅ、かからなくていい獲物が引っかかるとは。
「……見ないでください、ヒーニアス王子」
「見られるために開けている訳じゃないの? 見てもいいのかと思ったよ」
彼は悪びれもせずに言う。見られるために開けてるんじゃくて、苦しいから開けてるのよ!
「……お姉様の胸をガン見するなんてあの腹黒王子……!」
「レイン様! ダメです、抑えてくださいっ!」
憤怒の形相で王子の方へ向かおうとするレインをホルトが必死に止めている。
こんな衆目の中で王子に失礼なことをしてはダメよレイン! 貴方ただでも令嬢たちに目をつけられているんだから!
……闇討ちなら、別に止めないけど。
「前が苦しいから開けているだけですし、このお胸はフラン専用なんです。他の人には見ることも触ることもされたくありません」
「……お嬢様、公共の場で誤解を招くようなことを言うんじゃない」
フランのドスの利いた声が背後からかかる。と同時に肩にふわりとなにかがかけられた。
「え……?」
フランの方を見ると非常に渋い顔でケープをかけてくれていて……私は目が丸くなる。
「だから胸元が開きすぎだと言ったでしょう。クローゼットにあったケープです。気に入らないとは思いますが、これを我慢して着ていなさい」
確かにこの黒のケープは制服とデザインが合わないのだ。だからこれを着けることは選択肢から外していた。
だけど……。
「……心配して持ってきてくれてたの?」
フランが心配してこれを用意してくれた、その事実がとても嬉しい。
だらしなくへらりと笑いながらフランを見つめると、彼は眉間に皺を寄せ苛立った様子でこちらを見つめ返した。
「そりゃあ心配に決まってるだろう。そんな挑発的な格好をして公爵家のご令嬢の評判が下がるのがな。ほら、早く着ろ!」
フランの細い目がすっと開き、どろりと濁った青い目が私を睨む。あああ、これはすごく怒ってる。そんなに怒らなくてもいいじゃない!
私は急いでケープの前でリボンを結び胸元を隠した。
「フラン、心配してくれてありがとう! 愛してるわ!」
嬉しくてフランの手をそっと握ろうとしたら、鬼のような形相で激しい勢いで振り払われた。相変わらずつれない。でも……そこも好き!
「ああ……もったいない」
ヒーニアス王子が心底残念そうに呟く。貴方本当に巨乳派なのね……。
「あら~マギーじゃない。なにか楽しそうなことをしているのねぇ」
聞き慣れた声がかけられそちらを向くと、そこにはキャロライナが相変わらずほわほわとした笑顔を浮かべて立っていた。親友との邂逅に私は満面の笑みになってしまう。彼女とは同い年なので当然同学年なのだ。
「……オルコット家の毒花か」
笑顔の私とは対照的にヒーニアス王子は渋い顔になりそう呟いた。というか『オルコット家の毒花』ってなんなの? 物騒な呼び名ね!?
「ヒーニアス王子。その名で呼んではダメと、何度言ったらわかるのかしらぁ?」
ぞわり、とその場の空気が濁り重くなる。
フランが慌てたように私を自分の後ろに隠し、ホルトとレインもなにかを感じ取ったのか小動物のようにきょろきょろと周囲を見回している。
というかフランが庇ってくれてる!? せせせ背中、背中に縋りついてもいいですかねぇ! よぉしー手を伸ばしちゃえ。
「……お嬢様、触ったら殴りますから」
……なぜ、バレるんだろう。フランはいつも鋭いなぁ。
「すまないな、キャロライナ。失念していたよ」
「ふふ、いいのよヒーニアス王子」
二人は穏やかに微笑み合い、重い空気は気づけば霧散していた。……一体なんだったんだろう。
一見和やかなムードだけれど二人の雰囲気がギスギスしていることは私にだってわかる。というかこの二人、既知の仲なのかな?
「えっと……キャロライナは王子と知り合いなの?」
私の問いにキャロライナは茶色の大きな瞳を細めて笑った。
「うちの父が王宮で勤めているから……時々お会いするだけよ」
「……そういうことだ」
王子も言いながら大きくため息をついて肩を竦めた。
そんな設定ゲームではなかったわね。当たり前だけど現実は色々繋がってるんだなぁ。
「ほら皆様。入学式が始まってしまうわよ? 急ぎましょう」
ニコニコと微笑むキャロライナに背中を押されて講堂へと急かされる。確かにもう入学式の時間が近い。
王子とキャロライナの関係が少し気になるけれど……キャロライナが話したくなった時に教えてもらえばいいか。
王子とキャロライナは幼馴染的なアレなようです。
キャロライナのお家に関してはいずれ…!




