令嬢は入学式に出る1
足を怪我した日の翌朝……つまりは入学式の当日。
目が覚めるとフランに冷やしてもらいレインに回復魔法で治癒力を高めて貰った右足は、少しの痛みはあるものの歩ける程度に回復していた。
昨日までは歩けなくてトイレに行きたい時はメイドに肩を貸り、連れて行ってもらっていたような有り様だったのだ。ちなみにフランに肩を貸してと頼んだら嫌がられた。悲しい。合法的にいつでも肩を貸してもらえると思ったのに。
「すごい! 歩けるわ、フラン!」
私は嬉々として寮の部屋を歩き回ってしまう。
レインの光魔法はすごいなぁ。あんなに腫れて痛かったのに、翌日には歩けるようになるんだもの! さすが『光の乙女』!
「調子に乗るとまた足を挫きますよ。大人しくしていてください」
そんな私にフランは呆れたように言う。さすがに部屋で挫いたりはしないわ……たぶん。
というかこれはもしかしなくても心配してくれているのかしら?
「……フラン、心配してくれているの?」
ちょこちょことフランのところに歩み寄り彼を見上げながら訊いてみる。
昨日のフランは手を繋いでくれたり、お姫様抱っこをしてくれたり、足の治療をしてくれたり……サービス満点だった。
もしかして今日もサービスタイムが継続中なのかな。そ……それとも私のことを好きになってくれたから優しいとか? だったら嬉しいんだけど!
「王立学園の入学式に王子の婚約者かつ筆頭公爵家のご令嬢が欠席なんて問題でしょう。それを案じているだけです」
彼は冷たく言い放つと思いきり顔を顰めて強めのデコピンを私の額に炸裂させた。……痛い。
痛む額をさすりながらフランを見つめる。彼の顔は相変わらずの無表情でなにを考えているのかはわからないけれど……両想いじゃないことだけは確かね。くそぅ。
「……フラン」
「なんです、お嬢様」
「あのね、好きよ。フランも私のこと早く好きになってね?」
そう言ってフランの袖をくいくいと引っ張ると、苦い顔で思いきり振り払われた。
……サービスタイムは本日は開催されないらしい。いくら課金したらまたやってくれるの? お給金を今の三倍にすればいい? さすがにお父様に怒られるかな……。
「そんなことより。早く朝食を食べて制服に着替えてください。入学式に遅刻なんて許しませんからね」
告白を『そんなこと』扱いされてしまった。まぁいいんだけど、また言うし。振り向いてくれるまで何度でも言うし!
ホルトが用意してくれた朝食を食べた後、時計を見て少し慌てつつメイドに手伝ってもらい真新しい制服に袖を通す。
デザイナーのメイベルさんは注文通りに制服を仕上げてくれていて、私は鏡の前でご満悦だった。
本来ならフロントボタンで首まで止まっている制服の胸の部分は大きく開き、その縁は細かいレースで縁取られている。首元には飾り襟とリボン……うん、とても可愛い!
スカートは動きやすいように薄めのパニエ一枚を入れただけである。動作に支障がないのは大事だ。万が一死亡フラグが立った時に走って逃げられるし。針金でできた鳥籠のようなクリノリンで大きくスカートを膨らませるのが今は流行りではあるのだけど、流行りに対するこだわりはないからこれでいい。
生地の色も変えようかと悩んで結局紺色のままにしたのだけど、上品に見えるから正解ね。
「ふふ!」
鏡の前でくるくると回っていると部屋に戻ってきたフランが苦い顔でこちらを見ていた。
同じく部屋に戻ってきたホルトは『女神……!』と目をキラキラさせながら呟いている。フランはいつも冷たいけれど、ホルトはいつも大げさだ。
「……発注書を見た時から思っていたのですが。胸元が開きすぎなんじゃないですか」
「そうかしら?」
自分の胸元に目を落とす。締めつけが苦しいのが嫌で、いつも胸が開いているデザインしか着ないからいまいちピンとこない。
「後日注文したケープが来るから大丈夫よ」
「後日……? 今はないのですか」
「ええ。どうしても使って欲しい生地があってメイベルさんに我儘を言って取り寄せてもらったから、納品が制服とずれちゃったの。別に問題ないでしょう?」
そう言うと大きくため息をつかれてしまった。
別に私の胸なんて誰も見ないだろうから気にすることないのに。フランがいつも興味なさげなのがその証拠じゃない。……そう考えると本当に無駄な脂肪の塊でしかないのが悲しいのだけれど。
「お姉様!」
扉がぱたりと開いてレインが勢いよく飛び込んでくる。この子はいつになったらノックを覚えるのかしら……!
彼女の制服は基本の形に近いものだけれど、スカートはふわりと丸く膨らみ後ろのリボンも少し大きめな甘めのデザインだ。これに私とお揃いのケープと着けると可愛いだろうなぁ。届くのが本当に楽しみ!
こうして見ているとレインは乙女ゲームの主人公そのもので、眺めていて気分が浮き立ってしまう。当然モテるんだろうなぁ。
彼女がこの現実の世界で誰を選ぶのか正直私は気になっている。
ヒーニアス王子のルートに入られると私の死亡フラグが建築されそうだから、できれば他の方とくっついてくれると嬉しいけれど……。どうしてもレインが王子がいい場合は仕方がない。その時は頑張って逃げよう。
レインは私の制服を見て、胸元を凝視して、顔を見て。なんだか凛々しい表情になった。
「想像よりもセクシーな仕上がりになってる……!! お姉様、不埒な男どもから私がお姉様を守りますから!」
そう言うとレインはぎゅっと私の手を握って真剣な目でこちらを見つめる。
「私なんて誰も見ないと思うわよ?」
こてりと首を傾げるとなぜかレインとフラン二人から同時にため息が漏れた。どうして!?
むしろ変な男性にちょっかいをかけられそうで心配なのはレインの方だ。整った顔立ちに華奢な体のレインは儚げな美少女だし……内面はその、ゲームと多少変わってしまったけれど。
「レインこそとても可愛らしいから心配よ。妙な人になにかされたら私に言うのよ! ちゃんと叱りに行くから!」
「お姉様……! お優しいのですね……!」
レインと手を取り合って見つめ合う。姉妹支え合って学園生活を乗り切らないとね……!
「いえ、そんなことがあったらお二人とも私に言ってください。お二人で解決しようとして逆上した相手に危害を加えられでもしたら、私のお給金が下がってしまいます」
フランは私たちの様子を見ながら呆れたようにそう言った。
……それも、そうか。
私とレインが顔を見合わせて笑っていると、フランからひと際大きなため息が漏れた。
仕事が立て込んでしまい投稿が遅れ申し訳ありません!
自分の魅力に無頓着な令嬢たちと呆れる従者。




