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従者は死に場所を辿る令嬢を見る3(フラン視点)

「……あの、うちの犬たちが迷惑をかけたようで……すまん」


 茂みがまた揺れ今度は犬ではなく一人の男が顔を出した。

 短く切った黒髪、浅黒く日に焼けた肌。精悍ですっきりと整った顔立ち。

 私はこの男を王宮で見たことがある。『アルバート・ホーン』、王子の警護を務める騎士の一人。私と同じで伯爵家の子息だったか。

 彼が私のことを覚えているかはわからないが……気づくまでただの従者のフリをしておこう。

 お嬢様が彼を見てまた体を震わせる。私は落ち着かせようと、その細い肩をできる限り優しく撫でた。


「……こいつらは大きいから、女性には恐ろしく見えるよな」


 彼はそんなお嬢様の様子を見ながら困ったように眉を下げながら言う。


「だ……大丈夫、です」


 お嬢様は気丈に言葉を紡ごうとしているが……その視線は犬たちへと向き、体は震えていた。

 その犬たちを早くどこかにやれ。なんて気の利かない男だ。


「アルバート様。お嬢様は犬が苦手なようなので……その子たちがいては」

「そうか、そうだな。気が利かなくてすまない」


 私がそう言うとアルバートは口笛を吹きようやく犬たちをどこかへとやる。するとお嬢様から明らかな安堵の息が漏れた。


「このような姿で申し訳ありません。明日より入学するマーガレット・エインワースと申します」


 足が震えて立ち上がれないのだろう。お嬢様は体を震わせ地面にへたり込んだままアルバートに挨拶をした。

 すると彼の顔色が一気に変わった。王子の警護を務める騎士である彼はエインワース家のご令嬢が『王子の婚約者』であることも当然知っている。

 本来ならば王子と共に守らねばならない対象であるお嬢様を犬たちが怖がらせたのだから彼もそれは焦るだろう。

 アルバートはお嬢様の前に跪き騎士の礼を取った。


「……まさかエインワース公爵家のご令嬢とは。無礼を働き申し訳ありません」


 彼は謝罪をし顔を上げる。

 そんなアルバートの顔をお嬢様はなぜかじっくりと眺めていた。

 彼女に見つめられているアルバートの頬に少し赤みが差している。……お嬢様、いい加減に彼を見つめるのは止めないか。


「いいの、気にしないで」


 お嬢様はまだ震える声でそう言うと立ち上がろうとして……よろけて前へとつんのめった。

 そしてそのまま目の前の男の胸へと倒れ込んでしまう。

 お嬢様はアルバートの腕の中で動かない。背後からだとその顔がどんな表情を浮かべているのか、私には視認できないのがもどかしかった。


「……華奢だな……」


 アルバートはお嬢様の肩を抱きながらそう呟く。

 彼女に触れる男の手を見ていると、目の前が真っ赤になったような気がした。


 ――彼女に、触れるな。


「……お嬢様」


 お嬢様の肩を掴み後ろへと強く引く。すると彼女の軽い体がすとんと胸へ落ちてきた。


「フ……フラン?!」


 お嬢様から困惑した声が上がる。

 このまま背後から抱きしめたい衝動を堪え、私は彼女の肩を少しだけ強く掴んだ。


「アルバート様。エインワース家のご令嬢にみだりに触れるのは止めていただきたい」


 冷静に言葉を吐いたつもりだったが、感情が滲み出ていたのだろう。触れているお嬢様の肩が微かに震え怯えを伝えた。


「……ああ、そうだな、すまない。マーガレット様。いずれ今回のお詫びに寄らせて頂いてもいいでしょうか? 犬たちがドレスも汚してしまったようですし」


 明らかにお嬢様に気がある様子のアルバートはそんなことを言い出し、彼女が断ってもまた食い下がる。そんな目の前のやり取りに私は苛立ちを覚えてしまう。


「……アルバート様。貴方の謝りたいというエゴにお嬢様を付き合わせるのは止めていただこうか」


 ――今日の私は冷静になれないらしい。

 怒りと、殺意と。色々な感情が入り混じった低い声が口から転がり出た。

 私の方に目を向けたアルバートが……なにかに気づいたように目を細める。


「そうか。マーガレット様付きの侍従……お前が、あのハドルストーンか」


 アルバートの言葉に含まれているのは明らかな軽視だ。『あの』辺境に追いやられている竜殺しの一族か……そんな彼の気持ちが声音からは透けて見える。


「口を閉じていただけませんか、アルバート・ホーン。それとも、無理やり縫い留めて欲しいのですか?」


 私は『中央』で大した敵と戦わずにのうのうとしているお前と違って、数々の死線と数十匹もの竜の死骸を越えてきている。お前の命を奪うことなんて赤子の手をひねるよりも簡単だ。

 アルバートを睨みつけると、彼は私の気迫に押し出されるように一歩後ろへと下がった。


「……今日はここで失礼しよう。マーガレット様、いずれ」


 そう言って彼は足早に去っていく。……いずれ、なんて図々しいやつだ。


「はー……」


 アルバートが去った途端にお嬢様が再び地面へとへたりこむ。

 どうやらかなりお疲れの様子だ。今日はもう帰った方がいいだろう。

 帰宅を提案するとお嬢様はまだ行きたいところがあるようで迷っているようだったが、『いつでも付き合う』と私が言うと素直に頷いてくれた。

 しかしお嬢様は立ち上がろうとして……顔を顰めまたしゃがみこんでしまった。

 彼女は右足を痛そうに擦っている。犬に跳びかかられた時に捻ったのかもしれないな。


「お嬢様、足を痛めたのですか?」

「そうみたい。フラン、肩を貸してくれると……」


 お嬢様は苦笑しながらこちらを見上げる。

 その様子では肩を貸しても歩けるか怪しいだろう。早く帰ってレイン様に治癒の魔法をかけてもらわないとな。


「……仕方ないですね」


 私がそう言って屈むとお嬢様はぱっと明るい顔になり肩に手を乗せてくる。

 そんなお嬢様の体に手をかけ横抱きにして抱え上げると、お嬢様から激しい動揺が伝わってきた。


「フ、フラン!?」


 彼女は顔を真っ赤にして涙目になって私の名前を叫ぶ。


「肩を貸して歩くのは面倒でしょう」


 そんな顔をされると私も困るのだが。そう思いながらも無表情を取り繕い、私は素っ気なく答えた。

 お嬢様は私の腕の中でじたばたしたり、真っ赤になって汗をかいたり、うわ言のようになにかを言ったりをしばらく繰り返していたが……急に静かになって動かなくなった。


「……お嬢様?」


 怪訝に思いお嬢様の顔を覗き込むと……彼女は腕の中で真っ赤な顔で気絶していた。

 お嬢様は目を瞑ったまま腕の中で身動き一つしない。不安になり彼女の唇にそっと耳を近づけると安らかな呼吸が聞こえ私は安堵した。


「……お嬢様」


 声をかけるが、彼女は目を覚まさない。

 長い赤の睫毛は伏せられ、薄桃色の美しい唇からは微かに吐息が漏れている。


 ――本当にお嬢様は綺麗だ。


 その美しい寝顔を見つめていると切なさで胸が締めつけられた。

 そして私は……思わず引き寄せられるように。


 彼女の唇に、唇を重ねていた。

お嬢様は眠っているうちに従者に大切なものを奪われていた模様(/ω\)

そんなわけで次回からはお嬢様視点に戻ります。

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