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従者は死に場所を辿る令嬢を見る1(フラン視点)

 お嬢様はとても馬鹿で。馬鹿だから大変無防備だ。

 

 彼女は成長するにつれ、苦しいからと胸元が開いているドレスの着用が増えた。はしたないから止めろと言っても『大丈夫よ、誰も見ないし。楽だもん』と能天気にへらりと笑う。

 招待されるお茶会などで男性陣の注目がそこに集まっていても、全く気にする素振りはない。

 本当にいい加減にしてくれ。男だったら誰でもあんなものは目のやり場に困って見ないようにするか、逆に無遠慮にガン見するかだ。

 最近はそういう場ではキャロライナ様がさりげなく睨みを利かせてくれているので本当に助かっている。

 ……というか普段はぼんやりとした令嬢の仮面を被っているが、キャロライナ様がたまに発する素人じゃない殺気はなんなのだろうな。

 気になってキャロライナ様の家のことを王子に訊くと、彼は頬を引き攣らせて『あの家は……怖い家だ』と一言だけ呟いた。オルコット侯爵家には王家も恐怖させるなにかがあるらしい。

 お嬢様は私の知らない間に学園での制服も、胸元を開けているデザインで注文していた。

 そして私が叱っても『大丈夫だよフランが興味を持たないんだから、他の人も興味なんて持たないって』とまたへらりと笑いやがったのだ。

 ……お嬢様は変態の上に露出狂なのか? 本当にいい加減にして欲しい。


 そして学園の寮への引っ越しの作業をしている時……。

 ヒーニアス王子に腰を抱かれ唇を奪われようとしているのにも関わらず。寸前になるまでそのことに気づかないお嬢様を見つけ、私は激しい苛立ちを覚えた。

 ……エインワース公爵家の令嬢が婚約者相手とはいえ公衆の面前でなにをしているんだ。お嬢様には本当に腹が立つ。無防備にもほどがあるだろう!


「……なにをしているのです」


 ――思わず、冷たい声と殺気が漏れた。

 王子がビクリとしてこちらを振り向き端正な顔に苦笑を浮かべる。後でなにか言われるだろうな……本当に面倒な。お嬢様が無防備な姿を晒しているのが全て悪いんだ。

 ……お嬢様は『なにか功を上げれば婚約を解消する』という妙な約束を王子と取り付けていた。

 ぼんやりで抜けているお嬢様には大きなことを成すのは難しいと思うのだが。

 そう、お嬢様『には』。――私は一瞬過った考えを少し頭を振って振り払う。

 私は『国』のために生まれた騎士だ。

 ……その分を超す私欲は、持ってはいけない。


 学園入学に際して残っていた手続きを事務局で終えてお嬢様の寮の私室へと向かう。

 扉を開けると彼女は……真っ赤になっているホルトをなぜか拝んでいた。

 ……お嬢様の行動は未だに理解できない部分ばかりだ。


「……少し散歩に付き合って欲しいのだけど」


 お嬢様は、唐突にそんなことを言い出した。

 その表情がいつになく真剣に見えたので……私はそれを承諾することにする。

 お嬢様は地図を開き確認しながら歩き出す。散歩と言いつつも彼女の中で目的地は決まっているようでその足取りに迷いはない。

 カフェテリアに着くと彼女は迷いもなく一つの席へと座り、そこでなにかを考えているようだった。

 明るい陽の光が、彼女の美しい顔を照らす。

 赤い髪は光に煌めき、透き通るような白い肌はその輝きを増す。愁いを帯びた紅玉の瞳は淡い色香を漂わせ、その薄桃色の唇は物言いたげに薄く開いている。


 ……黙っているお嬢様は、悔しいことに文句のつけようがないくらいに美しい。


 私の私物を掠め取り蒐集することを生き甲斐にしている変態には、どこからどう見ても見えないのが本当に腹が立つ。

 紅茶を私が調達している間にも、彼女には男たちからの欲を含んだ視線が無数に投げられていた。

 私は急ぎ足でお嬢様の元へと戻り紅茶を手渡した。


「ありがとう、フラン!」


 紅茶を受け取ると彼女はいつものように無邪気に笑う。

 お嬢様は紅茶を口にして一息つき……。


 ――なにかを祈るように、目を閉じた。


 その表情には悲愴な雰囲気が漂っていて……ここがまるで死地であるかのようだった。

 そんなお嬢様を見ていると戦へ初めて出た時の自分のことを思い出し、私は不安になってしまう。


(なにか……思い悩むことでもあるのだろうか)


 彼女の表情を測ろうとお嬢様の前の席へ腰を下ろす。

 するとその気配に気づいたお嬢様が紅い睫毛を震わせながらゆっくりと目を開けた。

 紅玉の美しい瞳と視線が絡み合い、心臓が小さく跳ねる。


「……フラン?」


 彼女がその愛らしく細い首を傾げても私は目を逸らさなかった。

 ……いいや、逸らすことができなかったのかもしれない。


「……ご様子がおかしいので、少し気になりまして」


 私がそう言うとお嬢様はへらり、といつもの緊張感のない笑みを浮かべた。

 そのことに安堵してしまっている自分がいる。


「心配してくれてありがとう、フラン! 私……頑張るから」


 先ほどの悲愴な表情はどこへやら。彼女はにこにことしながら嬉しそうに言う。


「別に心配などしていませんけど。頑張るとは、なにをですか?」

「品行方正に生きて誰かの恨みを買わないこととか、功を成して婚約を解消をすることとか。それとね」


 お嬢様が人の恨みを買うとは思えないが……不思議なことを危惧するものである。婚約解消に関しては、まぁ頑張ってくれとしか言いようがないな。


「一番頑張るのは、フランに好きになってもらうこと!」


 お嬢様は最後にそう言って、華やいだ笑顔を見せた。

 止めてくれお嬢様。私は……貴女の想いにだけは応えてはならないのだ。

 貴女は生まれた時から『国』のもの。そして私はそれを守れと命を受けた騎士だ。

 私は騎士として愚直に生きる生き方しか知らず、そしてそれしか選ぶことを許されていない。

 ……もうこれ以上、私を惑わすのは止めてくれないか。


「……その頑張りは無駄だと、思いますけど」


 わざと素っ気なく彼女に言って、視線を逸らす。


「絶対に無駄にしない。好きよ、フラン」


 だけど彼女は……いつものように諦めず私にそう言うのだ。


 胸の奥からじわり、となにかが漏れ出すような気がして。

 私は……彼女を見ることができなかった。

そんなこんなで死地巡りツアーフラン視点その1でございます。

まだフラン視点が続きます。

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