令嬢は死に場所を巡る3
アルバート様のところに尻尾を振って犬たちが駆けて行く。その光景が再び死亡スチルを彷彿とさせ私の体はまた震えてしまう。
するとフランが心配そうに肩を優しく擦ってくれた。普段塩対応の彼が優しくしてくれるくらいに……私は目に見えて怯えてしまっているのだろう。
そんな私を見てアルバート様はその精悍な顔に困ったような表情を浮かべた。
「……こいつらは大きいから、女性には恐ろしく見えるよな」
「だ……大丈夫、です」
大丈夫、殺されない。アルバート様に関しても現在死亡フラグは立っていないはずだから。
「君は新入生か? 俺は騎士のアルバート・ホーン。ヒーニアス王子の邸の警護をこいつらとしている者だ」
『こいつら』と言いながらアルバート様は犬たちを愛おしそうに撫でる。嬉しそうに彼に撫でられている犬たちは、大きいけれどとても愛らしく無害に見えた。
……そうは思うものの足が震えて上手く立ち上がることすらできない。
「アルバート様。お嬢様は犬が苦手なようなので……その子たちがいては」
「そうか、そうだな。気が利かなくてすまない」
フランの言葉にアルバート様はハッとなり口笛を軽く吹く。すると犬たちはどこかへと素早く走り去っていった。犬たちがいなくなって私は内心ホッとする。
……あの子たちに罪がないのはわかっているのだけどね……。
「このような姿で申し訳ありません。明日より入学するマーガレット・エインワースと申します」
へたり込んだまま私は彼に挨拶をした。
私の名前を聞いてアルバート様は驚いた顔をした後に、慌ててこちらに歩み寄ると膝を折り騎士の礼を取った。
「……まさかエインワース公爵家のご令嬢とは。無礼を働き申し訳ありません」
彼がそう言って顔を上げる。互いに屈んでいる状態なので距離がとても近い。すっきりとした彼のお顔立ちはリアルでもやっぱり好感が持てるな、なんてことを考えながら私はそのお顔をしげしげと眺めてしまう。
フランの方がもちろん素敵なんだけど!
「いいの、気にしないで」
彼に微笑んでから立ち上がろうとしたけれど、私は足を縺れさせてよろけてしまった。
「危ない……!」
そして……私の体はアルバート様の逞しい体に抱きとめられていた。
今日は色々なイベントが起こりすぎじゃないかしら! 攻略対象とのイベントなんていらないのだけど!
急いで離れようするけれど足が震えて上手く動けず、私はアルバート様に支えられたままになってしまう。
「……華奢だな……」
アルバート様から小さく驚いたような声が漏れた。
そんなことないですよ!『最近太りましたね』ってつい先日フランに言われたばかりだし!
ホルトはそんなことないですよって言ってくれるけど……ホルトは私に甘いしなぁ。
「……お嬢様」
フランに声をかけられたかと思ったらそっと体を引かれ、私は彼の胸に後ろ向きに倒れ込んだ。
「フ……フラン?!」
背中にフランの体温を感じる。私の肩を掴んでいる手は力強くて、やっぱり綺麗だ。
……今日のフランはサービス過剰なんじゃないですかね! もしかして今日が私の命日なんですか? 神様ありがとう! 私、成仏します!
「アルバート様。エインワース家のご令嬢にみだりに触れるのは止めていただきたい」
背後から聞こえるフランの声は明らかに怒りを含んでいる。ど……どうしたのフラン!?
「……ああ、そうだな、すまない。マーガレット様。いずれ今回のお詫びに寄らせて頂いてもいいでしょうか? 犬たちがドレスも汚してしまったようですし」
アルバート様は真剣な顔をしてそんなことを言い出した。
確かに転んだ上に犬に乗られてドレスはドロドロなんだけど……。
「いえ、お気になさらずに!」
私は笑顔で即座にお断りを入れた。
彼と関わりすぎて私のなにかが怒りの逆鱗に触れ、万が一犬に食われる死亡エンドフラグが立ってしまったら困る。
話している感じ彼は悪い人ではないのだ。ゲームでも実直を絵に描いたようないい人だったし……。だからこそ私の卑劣な行為が許せず、報復も一番酷かったのだけれど。
「しかし……それでは俺の気が! お願いです、改めて謝罪をさせてください」
アルバート様はなぜか食い下がってくる。うう、ここは引いてくれないかなぁ。
いい人のお願いを何度も撥ねのけるのは正直疲れるのだ。かといって謝りに来られても本当に困る。
「……アルバート様。貴方の謝りたいというエゴにお嬢様を付き合わせるのは止めていただこうか」
フランの冷たい声がその場に響いた。
アルバート様の視線がフランの方に向いて……なにかに気づいたようにすっと細くなる。
「そうか。マーガレット様付きの侍従……お前が、あのハドルストーンか」
「口を閉じていただけませんか、アルバート・ホーン。それとも、無理やり縫い留めて欲しいのですか?」
『あの』ってなに……? 気になる、気になるけど背後からフランの怒りがビリビリと伝わってきて訊ける雰囲気ではない。
というかフランはどうしてこんなに怒ってるの!?
「……今日はここで失礼しよう。マーガレット様、いずれ」
そう言うとアルバート様は私に綺麗な一礼をして元来た道へと引き返していった。私はその姿を見送りながらほっと胸をなで下ろす。『いずれ』というのが非常に気になるけれど……。
「はー……」
私はぺたん、と力なくその場に座り込んだ。
疲れた、もう疲れた。あと一カ所行くところはあるのだけれど……。
「今日はもう、帰りませんか」
フランにそう言われ、私は悩んでしまう。
「うう……でも、もう一カ所行きたいところが……」
「そんなのいつでも付き合います」
私は顔を上げて彼を見つめた。フランの狐目が少し開いてこちらを見ている。その深い青にはこちらを気遣うような色が浮かんでいた。
「本当に?」
「……本当です」
「……じゃあ、帰る」
もう一カ所は明日の入学式の後にでも行こう。そう思いながら私は土汚れを払いながら立ち上がる。
「――ッ」
……そしてまたしゃがみこんでしまった。
先ほどまでは色々と気持ちが高ぶっていて気づかなかったけれど。犬に押し倒された時にどうやら右足を捻っていたようだ。
じわじわと足首に広がる痛みに、涙が滲む。犬に襲われるし、トラウマで大泣きしてしまうし、足は捻るし……。なんてついてないんだろう。
でもフランに手を繋いでもらったり抱きしめてもらったりもしたし、結果的にはプラマイゼロだろうか。ううん、抱きしめてもらったのはかなりのプラスね。
……しかしこれじゃあ歩けないなぁ。
フランに肩を貸してもらいながら帰るしかないのかな。そもそも貸してくれるかなぁ。断られたら這いつくばってでも帰るしかないか。
「お嬢様、足を痛めたのですか?」
動かない私を見てフランが怪訝そうに訊いてくる。
「そうみたい。フラン、肩を貸してくれると……」
「……仕方ないですね」
フランが屈みこむ。あっ、やった! 肩を貸してもらえる! そう思い彼の肩に手をかけた瞬間。
……体がふわりと宙に浮いた。
「フ、フラン!?」
フランの手が、足の下と背中にしっかりと回っている。これはもしかしなくても……お姫様抱っこというヤツでは……。
「肩を貸して歩くのは面倒でしょう」
彼は無表情で素っ気なく言う。対して私の顔は真っ赤なのだけど!
フランの、顔が近い。顔だけじゃない。体も……密着して。
ダメだ、これ。恥ずかしい。顔が熱い。情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。
「……お嬢様?」
キャパシティをオーバーしすぎて脳が処理できず。
……私は、フランの腕の中で意識を失ってしまったのだった。
めんどくさそうな騎士とお知り合いになりました!




