表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/98

令嬢は死に場所を巡る2

「……西の森にですか」


 フランは私が提案した場所に首を傾げた。

 令嬢が長いドレスの裾を引きずって汚す森へなんて普通は行きたがらないよね。だけど私はそこに行きたいのだ。


「森林浴って素敵じゃない? 健康にいいとも聞くわ」

「お嬢様は健康すぎるくらい無駄に健康だと思いますけど。……まぁ、いいですよ」


 無駄にってなによ。健康は賛美されるべきものよ!

 西の森は学園の敷地内にある小さな森だ。

 そこでヒロインは攻略対象である騎士『アルバート・ホーン』と出会う。

 彼は同じく学園の敷地内にある王子の邸の護衛任務に就いている寡黙な騎士で、攻略対象としては地味系のお顔である。黒髪、黒目で一重のすっきりした顔立ちなのよね。そしてヒロインより十歳上の年上枠というヤツだ。

 そして攻略対象に限定した場合、前世の私が一番好きだったキャラである。

 ……まぁそのキャラが私を犬に食い殺させる訳なんですけどね!

 私を食い殺す犬たちは王子の邸の番犬で、彼が世話をしている大きな体のドーベルマンだ。ホラーかな!? と思える私が食い殺されるスチルは時々悪夢に見るわね、ええ。


「お嬢様、ほら」


 森へ着くとフランがこちらへ手を差し出してきた。

 私は呆気に取られその手を見て、フランの顔を見てを繰り返し……懐からお財布を取り出してそっとその手の上に置いた。


「お嬢様、なにをしているのですか」

「いえ……課金しろって意味かなと……」


 私はそう言いながらフランを拝んだ。

 フランの存在は私の太陽で私の月だ。彼がいないと私の人生は回らない。課金することはやぶさかではない……というかむしろさせてください。

 フランは細い目をさらに細めてお財布を手に取ると……私の頭を数度それではたいた。い、痛い! でもご褒美です、ありがとうございます!!


「森は足元が悪いから手を貸すと言っているんだ! 馬鹿なのかお嬢様は!」

「えっ、手を! 手を! 繋いでくださるんですか!?」


 返された財布を懐にしまいフランの顔を見つめると、不機嫌そうに再び手を差し出される。

 いいの? 本当にいいの?

 心臓がバクバクと変な音を立てている。なんだか涙まで溢れそうだ。以前手を繋いでもらった時は手袋越しだったしなぁ……。あっ、手汗、手汗が心配。


「繋がないなら、別にいいですけど」


 フランはまごまごしている私を見て呆れた様子でため息をついた。


「繋がせてください! お願いします!!」


 震える手でフランの手を握る。うわーおてて温かい!

 ぎゅっと手を握りその感触を堪能していると自然に顔がにやけてしまう。


「……なにだらしない顔をしてるんですか」

「だってフランが好きだから。手を繋げて嬉しいの」

「本当に貴女は馬鹿なのですか」


 ため息をついてからフランは私の手を引いて森の中を進み始めた。

 確かに森は地面がボコボコしている。手を繋いでもらってよかったなぁ。

 そっと彼の方を見るとその横顔は凛として前を見ている。……うん、好きだ。

 お顔だけじゃなくて、こうして優しいくせに表現が不器用なところも大好きだ。


「フラン、好きよ」

「黙ってください」

「フランは私のこと、嫌い?」

「……黙れと言っているでしょう」


 これ以上言い募るとまたはたかれそうな気がしたので私は口を閉じる。いつか、彼に好きって言ってもらえるといいなぁ。


 その時、横の茂みが揺れて。


「バウバウッ!!!」


 ――三匹の犬が私に飛びかかってきた。


「ひ……ひぇええええ!?」


 犬たちは大きなドーベルマンで……あれ、これって私、食い殺されるの!?

 やだ、やだ、学園生活もまともに始まってないのにこんなところで死ぬのはやだぁ!!

 犬たちは私を押し倒すと……一斉に私の顔を舐め始めた。

 た……助けて、フラン!! 彼の方を見るとなんだか面白がるように微笑んでいる。


「や……やだぁ!! 食べられる!!」


 犬に舐められながら私は絶叫しボロボロと涙を零してしまった。

 ……食い殺された時のスチルが脳裏をよぎる。怖い、怖い。嫌だ。体の震えが止まらない。


「お嬢様……?」


 私の異常に気づいたフランは真剣な顔になり……。


「――引け」


 彼が鋭い声でそう言うと、犬たちは一斉に耳を下げ尻尾を丸めてその場にお座りをした。

 けれど混乱しきった私は犬たちのその様子にも気づかず、地面に丸まって泣きじゃくるばかりだった。


「フラン! フラン! やだ、怖い……! 怖い!!」

「お嬢様、もう大丈夫ですから!」


 フランの声すら上手く拾えない。混乱して呼吸が上手くできない。怖い。嫌だ、死にたくない。


「……お嬢様!」


 体が優しく引き起こされ、温かいものに……ふわりと包まれた。


「申し訳ありません、お嬢様。彼らからは害意を感じなかったので……」


 背中をゆっくりと撫でられる。心配そうなフランの声が近くから聞こえる気がする。

 あれ……これって。


 フランに……抱きしめられてる?


 状況の意味がわからずに混乱して逃げようとする私の体は、彼にさらに強く抱きこまれてしまった。


「お嬢様、落ち着いて。深呼吸をしてください」


 彼に言われた通り、ゆっくりと深呼吸をする。涙はまだ止まらないけれど……体の震えは少しだけ収まった気がした。

 フランがずっと背中を撫でてくれている。彼の腕の中はとても温かくて、意外としっかりした体に彼は男の人なんだなと実感してしまう。

 ……というかですね、フランに抱きしめられるなんて。私のキャパシティ的に処理が限界なんですけど! このままだと幸せすぎて気絶する。


「あの、フランさん、もう……大丈夫、です」

「……本当に?」


 フランは私の様子を確認すると、ホッとしたように抱きしめる腕を離してくれた。

 ああ、名残り惜しいけれど……このままだと確実に気絶するから離してもらえてよかった。推しの急激な過剰供給は命に関わる。


「……あの、うちの犬たちが迷惑をかけたようで……すまん」


 声をかけられそちらを見ると。

 攻略対象……騎士『アルバート・ホーン』がこちらを申し訳なさそうな顔で見ていた。

マーガレットさん大混乱回。フランはお嬢様が犬にトラウマがあるとは当然思っていなかった模様。

そんなこんなで攻略対象かつ、マーガレットのトラウマ死亡エンドキャラの登場です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ