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令嬢は死に場所を巡る1

「チートが欲しい……」


 王子との邂逅を経て。

 寮の部屋の長椅子の上で膝を抱え、どういう功を立てればいいのか私は悶々と考え込んでいた。

 現代人ならではの知識チートで改革! というと住環境の整備が鉄板だけれど……。

 この世界はあくまで中世『風』。しかも女性たちに夢と希望を与える『乙女ゲーム』の世界だ。

 水洗トイレもきちんと整備されている清潔な住環境で私が手を出す隙なんてものはない。

 この世界では魔道具と呼ばれる魔法の力が込められた道具の開発が盛んで、それによって冷蔵庫やオーブンなども貴族家やお金持ちの商家には当然のものとして完備されている。一般家庭までは流石に難しいけれど、上に普及しているということはそのうち廉価版が出て下にも普及していくのだろう。

 この世界の欠けているところをすごい発明をして改善する余地なんて、私には思い当たらないのだ。

 強いて言うなら未だに馬車が主流の交通面の改善だけれど、蒸気機関車の開発のノウハウを前世はプログラマーのOLが持っている訳もなく……。


「力が……欲しい……」


 そんな呟きを漏らしながら遠い目をするしかない現状である。

 部屋ではホルトがパタパタとお掃除をしていた。彼はクローゼット奥にこっそりと『フランの公式グッズ置き場』を作ってくれていて、私はその優しさにむせび泣きそうになった。

 フランは手続き関係で学園の事務局まで行っておりレインは自室で入学の準備をしている。

 そして私はこうやってぐだぐだとしているうちに残り時間は減っていく一方であることに焦りながらも、思索に耽っている訳だ。


「マーガレット様、お加減でも悪いのですか?」


 いつの間にかはたきを手に持ったホルトが首を傾げながらこちらを覗き込んでいた。か……可愛いなぁ! もう!

 ホルトの小動物的な可愛さは、本当にたまらない。まさに垂涎というやつね。


「ホルトは可愛いなぁ」

「ええ!?」


 心のままに言葉が口から漏れてしまう。途端にホルトは真っ赤になってあわあわとし始めた。

 そっと手を伸ばすと彼は意図を察して屈んで頭を撫でやすいようにしてくれる。その頭をわしわしとちょっと乱暴に撫でると、ホルトは気持ちよさそうに目を細めた。


「は~ホルトのモブ可愛さには本当に癒されるわねぇ」

「マーガレット様。以前からお訊きしたかったのですが『モブ』とはなんでしょう?」


 私はホルトの質問にどう答えようかと迷ったけれど、思ったことを素直に口にすることにした。


「ちょっと地味ってことね。フランとホルトは私の好みってことよ」


 本当は群衆とかそういう意味なのだけど。私にとってはそういうことだ。


「……マーガレット様のお好みなら、この顔に生まれてよかったです」


 そう呟いてホルトは真っ赤になって俯いてしまった。

 ……ホルトを助けて本当によかった、これは国宝級のモブだ。こうしちゃいられない、ちゃんと拝もう。


「なにをやってるんですか、一体」


 真っ赤になって照れているホルトを拝んでいたら、帰ってきたフランに呆れたような顔で見られてしまった。

 貴方のその冷たい目が好きよ。……こっちも拝んでおこう。


「不気味だから私は拝まなくていいです。明日の準備は済んでいるのですか?」

「明日は入学式だけだから大丈夫。授業の予習もだいぶ進んでるし。だからその……少し散歩に付き合って欲しいのだけど」


 前世知識もあるし学問に関しては問題ない以上のレベルで進められていると思う。チートってほどのものではないのが残念だけれど。

 フランは少しこちらを見つめて……ため息をつきながら小さく頷いてくれた。いいってことかな……!

 彼の気が変わらないうちにと私は長椅子から急いで立ち上がりそそくさと準備を始める。


「ホルトもお散歩に来る?」

「いえ、俺はお部屋の片づけが残ってるので……」


 ホルトは少し残念そうな顔で私たちを見送ってくれた。


 ……さて。入学したら禊のためにやりたいと思っていたこと。

『ゲーム中の自分が死んだ場所ツアー』を開始しますかね。

 入学式は明日なので正確にはまだ入学していないのだけど!


 私は事前にもらっていた校内案内図を手にして寮を出る。こうして見るとこの学園、敷地がとんでもなく広いし施設も多い。さすがお貴族様の学園だなぁ。

 乙女ゲームだとカーソルを合わせて一瞬で行けた場所が、徒歩だとかなりかかりそうである。


「どこに行くのです? お嬢様」

「まずはカフェテリアかな」


 地図を見ながらどんどん歩いていく私に、フランはなにも訊かずに付き合ってくれる。

 カフェテリアは寮からほど近い場所だったので十分後には辿り着くことができた。

 上級生なのか入学式を控えている同学年の生徒なのか。思い思いに生徒がくつろいでいる広いカフェテリアのとある席に私は迷わず座った。

 フランがカウンターで紅茶を注文しテーブルまで運んでくれる。それを受け取り口にしながら、私はこの席から見える光景をぼんやりと眺めた。


 (ここが『私』が、ゲームで毒殺された場所)


 私をここで殺したのは『ハミルトン・ヒューズ公爵家子息』。

 緑の長髪とオレンジ色の目を持つ男性でヒューズ公爵家の長男である。潔癖症で神経質な知的枠のキャラクターだ。好感度が低い間は居丈高でお高く止まっている彼だけれど、デレると攻略対象の中で一番甘々というそんなギャップが売りなのよね。

 彼のルートではただでも少ないフランの出番がさらに少なく、私はそのことに怒りを覚えたものである。

 レインのことで話があるとここに呼び出された『私』は、彼を待っているうちに誰かに毒を盛られ人生の最後を迎える……のだけれど。


(彼のルートに関しては、死亡フラグは断ち切れているはず)


 彼とは『婚約者』のような個人的な繋がりはない。レインさえいじめなければ死亡フラグは立たないはずだ。

 王子のように『実は断ち切れていなかった』なんてことはないと信じたい。


(――死なない、絶対に)


 目を瞑って心の中でそう呟く。ゲームの『私』と今の『私』は違うのだ。

 誰かが座る気配に気づいて目を開くと……フランが向かい合わせに座っていた。

 普段は従者の分をわきまえている彼がこんなことをするなんて珍しい。

 頭はよくはたかれるし、冷たいことも散々言われるけど……わきまえているのだ。うん。


「……フラン?」


 首を傾げて彼を見るとなにも言わずに目を合わせられる。

 フランの青の瞳は、綺麗だなぁ……。


「……ご様子がおかしいので、少し気になりまして」


 私が視線を逸らさずにいると彼はようやく口を開いた。

 もしかしなくても、心配してくれたのだろうか。

 フランが心配してくれたのが嬉しくて私はへらりと笑ってしまう。


「心配してくれてありがとう、フラン! 私……頑張るから」

「別に心配などしていませんけど。頑張るとは、なにをですか?」


 いつも通り冷たく言われてしまったけれど、心配してくれたのはちゃんと伝わったんだから!


「品行方正に生きて誰かの恨みを買わないこととか、功を成して婚約を解消をすることとか。それとね」


 私は大きく深呼吸をした。


「一番頑張るのは、フランに好きになってもらうこと!」


 そう言って明るく笑ってみせる。

 婚約解消ができても、死ななかったとしても。

 その時にフランが私を好きじゃなければ意味がないのだ。


 私にとって一番大事なのは、フランに好きになってもらうことだ。


「……その頑張りは無駄だと、思いますけど」


 目を逸らされ素っ気なく言われてしまう。相変わらず冷たいなぁ……。


「絶対に無駄にしない。好きよ、フラン」


 私の言葉に彼はなにも答えない。

 だけど私は頑張らずに後悔したくないから。これからも彼に届くように、好きという言葉を重ねていくのだ。


「さて……」


 紅茶の最後の一口を飲み終え、私は息をつく。

 残る死に場所は二カ所。とっとと訪れて禊を済ませてしまいましょうかね。

そんなこんなでマーガレットの死に場所巡りです。

他の攻略キャラと出会ったり…もあるかもしれません(n*´ω`*n)

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