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令嬢は近づく入学に思いを馳せる

 屋敷の窓から見える木々が紅葉に染まっている。

 日差し暖かな秋の季節も終わりに近づき冬の忍び足が聞こえる頃合いなのだな、と。ぼんやりと窓の外を見ながら私は考えていた。

 

 冬が終われば、春が来る。

 

 ゲームの進行で言うとレインが公爵家の養子になりいじめられる生活を送る、一枚絵の数々とナレーションで流されるだけの(そして多くのプレイヤーはスキップボタンを押す)『プロローグ』部分が終わり……。

 春になればいよいよゲームの本編、『学園生活』が始まるのだ。

 王子の婚約者として鳴り物入りでの入学になってしまうのだと思うと、どうにも気が重い。

 婚約者様であるヒーニアス王子とはあの凄惨なる婚約の日以来顔を合わせていない。なんともドライな婚約関係で、私としても気が楽だ。

 お父様に婚約破棄をしたいと地面を転がり回って駄々をこねたりしたけれど効果はなく、王家にこっそり婚約破棄の打診の手紙を送ったら読みもせずに返送された。

 いっそ顔に傷でも作ればいいのかと思ったけれど『顔にヴェールをかけた王妃が誕生するだけですよ』とフランに言われて諦めた。


 ……万策、尽きている。


「お姉様。やっぱり私が腹黒王子のお嫁に……」


 紅茶を口にしながらため息をついていると、同じテーブルで紅茶を飲んでいたレインが大きな瞳を潤ませながらそう言ってくれた。今は自室でティータイムの最中なのだ。

 レインがそう言ってくれるのは嬉しいけれど……。


「それはレインがヒーニアス王子と恋をして、彼と結婚したくなった時にお願いするわ」

「……恋ですか? 恋愛には興味がないのでピンときませんね」


 私の言葉にレインはきょとんとして首を傾げる。

 乙女ゲームの主人公が……恋愛に興味がない……だと。

 いや、でもこういうのって出だしとしては定番よね、うん。少女漫画でもよくある『私に恋なんてまだ早いかな~』ってやつね。


「私、お姉様がいれば幸せですし!」


 レインはそう言うと好感度がマックスの攻略対象のようなとてもいい笑顔を浮かべた。

 ……おおう。まさかシスコンを拗らせて恋愛に興味が向かないとか、そんなことはないわよね。まさか、ね。


「ヒーニアス王子は、綺麗なお顔をしているわよね」


 そっと話の水を向けてみる。ヒロインとメインヒーローなのだから、相性が悪い訳ではないはずだ。


「……お姉様の方が綺麗です」


 レインは頬を染めてうっとりとした表情でこちらを見つめる。

 なんだか私が攻略されてるみたいな気持ちになるんだけど。……そんな展開誰得だし私も望んでないわよ。


「お話していて思ったけれど、ヒーニアス王子は聡明な方よね」


 私はレインからそっと目を逸らしながら軌道修正を試みた。

 腹黒いことは置いておいて。あんなに非礼を働いた私に対してもずっと物腰柔らかで、落ち着きのある方だった、うん。


「お姉様の方が……聡明です」

「ぶっは!!」


 レインがそう言った瞬間、横に控えていたフランが盛大に吹きだした。

 いや私もレインの目は節穴なのかな……って思ったけど、そこまで盛大に吹きださなくてもいいでしょう!?


「ええ、ええ。マーガレット様は聡明ですよね! まさに天から降臨した女神です」


 ホルトに至ってはもう誰のことを語っているのかがわからない。


「ホルトとは気が合うわね。やっぱりお姉様は最高ね!」

「マーガレット様のいいところなら何時間でもお話できます! 見た目の美しさもさることながら得体のしれない俺を拾ってくれる心の広さは海よりも広く……そして海より美しい」

「わかるわ。平民出身の私が急に妹になってもいじめもせずに可愛がってくれるお姉様の心は、秋晴れの空よりも高く澄んで美しいものよね」


 私のヒーニアス王子のプレゼンは失敗したようで、レインとホルトは私の目の前で私を褒め称えることに夢中になってしまった。恥ずかしい、これが生き地獄か。

 ……この二人は混ぜたら危険な気がしてきたわ。

 そしてフラン、お腹を押さえて声を殺して笑ってるんじゃない。そんな貴方がレアすぎてスクショを撮りたくなってしまうじゃない。

 ああ、笑い過ぎて細い目がちょっと涙目になってて可愛い。私で起きた笑いが原因なのが遺憾の意だけど。


「……冬が終われば、学園生活が始まるのね」


 すっかり冷めてしまった紅茶を口にすると、少しだけ渋い味がした。

 学園に行ったらまず行ってみたい場所がある。

 ゲームの中の、私が死んだ場所。そこに行って『この場所で私の人生は終わったりしない』という誓いを立てたいのだ。

 馬鹿らしいと我ながら思うけれど、禊のようなものね。


 ――学園にある高い塔。

 ――学園の西の森。

 ――学園のカフェテリア。


 私が死んだ、それぞれの場所。

 だけど心になにかが引っかかる。

 もう一つ、私は……別の死に方を。


『……ごめんなさい、本当にごめんなさい』


 自身の血に塗れた手で誰かの手を握り、泣きながら必死に許しを乞う。

 そんな光景が一瞬だけ私の脳裏にフラッシュバックした。

 心臓が痛い。冷や汗が止まらない。……これは私が、『誰に』殺された光景なのだろう。


「……お嬢様、どうされました?」

「マーガレット様、お加減が悪いのですか?」

「お姉様、顔色が悪いわ。お休みになって?」


 心配そうな皆の顔が私を覗き込む。私が大好きな皆の顔が。


「大丈夫、なんでもないわ」


 そう言って私は皆に微笑んでみせた。


 ……大丈夫、この世界はゲームとは違うもの。

 だから私は誰にも、殺されたりはしない。

そんなこんなで入学が近づいて参りました!

次回入学準備のお話を挟んで学園入学の予定となっております。

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