令嬢は従者たちに元気をもらう
「ああ……婚約破棄ってどうやったらできるんだろう」
自室のベッドに寝転がり枕に顔を埋めながら私は思わず嘆息する。
結局ゲームの通りにヒーニアス王子の婚約者になってしまったのだ。これで死亡フラグが立ったらどうしよう。ヒーニアス王子ルートでの死因は突き落とされての転落死だから、犬に食われるよりはましだけれども。
死なないとしても王妃になんて絶対なりたくない。私は絶対にフランのお嫁さんになるんだから!
「……お嬢様」
「なに? フラン。なにか婚約破棄ができるいい案でもあるの?」
フランに声をかけられ枕から顔を上げると彼はとても渋い顔をしていた。
やだ、もしかして私が王子の婚約者になったことに妬いてるのかしら。そうに違いないわね!
「それは私のシャツですよね嗅がないでください。というか返しなさい、この変態」
彼が『それ』と言って指したのは枕に被せているシャツっぽいものである。やだなー、ただの枕カバーじゃない。一見シャツっぽく見えるけど。シャツだったとしてもフランのものとは限らないわ。
……ああ、それにしてもいい匂いだわ。顔を埋めるとほんのりと香水と汗の入り混じった香りがして、私は思わず満面の笑みを浮かべてしまう。この香りに包まれて早く眠りたい。枕カバーにして正解ね。
「それとタオルが二枚なくなっていたのですが。まさかお嬢様じゃありませんよね?」
「そんなわけないじゃない。後で買い足しておくから気にしない方がいいわよ」
「……そのベッドに敷いている二枚のタオルは、幻でしょうか?」
「気のせいね!」
フランは大きくため息をついて私に近づいてくると……私が抱きしめているシャツとタオルを容赦なく回収しようとした。
や……止めて! 婚約が決まって精神的にかなりのダメージを受けてるから今夜はこれで癒されたいのに!
「や……やだ、フランの香りを嗅ぎながら寝るの!」
「本当にはしたないですね貴女は……」
「はしたなくない! むしろ匂いだけで我慢してるんだから慎ましやかよ! 本体と一緒に寝たいなんて贅沢は言ってないじゃない!」
「……未来の王妃になる人がなにを言ってるんですか」
……今まで我慢していたのに。
フランが呆れたように発した最後の言葉を聞いて、私の涙腺は一気に決壊してしまった。
ポロポロと私の目から流れる涙を見てフランが珍しくぎょっとした顔をする。こんな顔見せたくないのに涙は止まってくれない。
今日は婚約者ショックで心が弱ってるのよ。シャツもタオルも取り上げるのは本当に勘弁して欲しい。
「王妃には、ならないんだから……! ちゃんと婚約破棄して、フランと結婚するの……」
「お嬢様……」
枕(フランのシャツ付き)に顔を埋めて泣いていると、ふわり、と頭になにかが触れる気配がした。
二度、三度。その感触は私の頭を往復する。これは……フランの手?
――奇跡だ。奇跡が起きてる。フランが……優しく頭を撫でてくれている。
たまには泣いてみるもんだなぁ。意図的に泣いた訳ではないんだけど。
「――今日だけ、お貸しします。明日になったら必ず返してくださいね」
おおお……本当にフランが優しい。でも結局返さないといけないのか。
「……やだ。返さない」
「わがままを言うなら今取り上げます」
フランの言葉に涙を零しながら顔を上げると気まずそうに目を逸らされ、頭を撫でる手も引っ込められてしまった。
だけど彼は無理やり『公式グッズ』を取り上げようとはせず静かな動きで私から離れた。
……残念、もっと撫でて欲しかったなぁ。
「フランさん、最低ですね。マーガレット様を泣かせて……」
声がしたのでそちらを見ると湯気の立つカップを乗せた銀のお盆を持って、ホルトがジト目でフランを睨んでいた。
「お嬢様が勝手に泣いただけで、いじめてないです」
「それはいじめっ子がよく言う言い訳です~」
そう言いながらぷくり、と頬を膨らませるホルトはとても可愛い。
彼はシャツを着せられた枕を見て少し首を傾げたけれどなにも聞かず、ベッドの横にあるサイドテーブルにカップを乗せてにこりと微笑んだ。
「色々あったそうですね、お疲れでしょう? 今日は執事のハウエルさんのところで色々お勉強をしていて、お側にいられず申し訳ありませんでした」
ホルトは申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
その動きに合わせて後ろで結んだ銀髪がぴょこりと可愛く揺れる。
「メイド長に気分が落ち着くハーブティーのブレンドを教えてもらって淹れてみたので、よければ飲んでくださいね。あの、まだ慣れないので美味しくないかもしれませんけど……」
彼は言い終わると少し頬を染めながら銀のお盆で口元を隠した。照れてるのか! 可愛いなぁ!
ホルトは優しいし気が利くし可愛らしいし、私の従者にはもったいない本当に素敵なモブ男子だ。
「嬉しい! いただくわね、ホルト」
ベッドから身を起こし、彼が淹れてくれたハーブティーを口にする。
……それはホルトらしい優しくて安心する味だった。
「美味しい……」
「よかった! 安心しました」
心底ほっとしたという感じでホルトが笑う。
フランも『公式グッズ』に関しての言及を今日はもうすることはなく、私がシャツの匂いを嗅いでうっとりしていると冷たい目を向けるだけにとどめてくれた。
……フランもホルトも優しいし。落ち込んでばかりいないで明日から頑張ろう。
よーし、絶対に婚約破棄するぞ!
従僕たちとお嬢様の日常パートでございました。
ホルトは気が利くいい子なのです(n*´ω`*n)




