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令嬢の婚約者(予定)現る2

今回は途中から別視点が挟まります。

「別に僕はもう一人の方でもいいんだけどね」


 そう言ってヒーニアス王子はまた柔和な笑顔の仮面を付けた。

 もう一人……考えるまでもなくレインのことね。

 私は少し思案する。

 レインは平民出身の養子とはいえ容姿端麗の上に『光の乙女』だ。王家としても箔的には十分だろう。国民の人気もレインを王妃に迎えた方が上がる可能性が高い。

 人はいつの時代もシンデレラストーリーが大好きだものね。

 私のことが大好きなレインにお願いすれば、一も二もなく王子の婚約者の座を変わってくれる様子も想像がつく。

 しかも彼女は『ヒロイン』で王子は『メインヒーロー』だ。これ以上綺麗にまとまる話もないだろう。

 ……だけど。

 私は、静かに首を横に振った。

 公爵家に来たばかりの頃。レインが急激な環境の変化についていけずに、毎晩泣いていたことを私はよく知っている。

 義妹の部屋から聞こえる泣き声に気づいたその日から、彼女が生活に慣れるまで私は一緒に寝てあげることにした。


『お姉様……お優しいのですね。大好きです』


 ベッドの上で私の手を握り泣き腫らした目で言った義妹の姿を思い出す。彼女にあんな顔はもう……させたくないわね。

 レインが王子を好きならともかく、現状は出会ってすらいない。彼女を人身御供に差し出して自分だけが助かるなんてまっぴらだ。


「慣れない環境にようやく馴染んだ妹に、本人の意向を無視してそんな重大な責務を負わせるわけには参りません」


 前を向いてそう言うと、王子は目を見張り意外だなという表情を作った。


「君ならすぐに妹を差し出すと思ったんだがね。その従者に夢中のようだし」


 ヒーニアス王子は取り繕うことなく、唇の端を上げて意地の悪い笑みを浮かべた。ゲーム内でこの表情はしょっちゅう見たなぁ……視点は悪役令嬢じゃなくてヒロインだったけど。

 そこの従者、という部分でヒーニアス王子はチラリとフランを見る。フランはその視線を受けても、表情を変えないままだった。


「レインは差し出しません。だけど私だって貴方の婚約者になったとしても、破棄の方法は模索いたします」


 国外追放もされない、処刑もされない、婚約を回避することもできない、という現状なのだ。言いたいことは全て言ってしまおう。

 私の言葉にヒーニアス王子は鼻白むことなく鷹揚に頷いた。


「君は馬鹿だけど面白いね。一生側に置いて嫌がる君の顔を見るのも、楽しいかもしれないな」


 こ、このドSめ!……悪役令嬢にドSを発揮するのは止めて欲しい。

 フランにならいくら罵られても幸せだけれど。意中の人以外からのS行為はご遠慮願いたい。


「お……おねえさまぁ!!」


 部屋の扉が激しい音を立てて開き、レインが私の胸に抱きついてきた。というか魚雷のような勢いで刺さってきた。い……痛い。

 扉の向こうでは全力でレインを止めていたのだろう、ボロボロになったお父様が疲れた顔をしている。


「お姉様、お姉様! お話は盗み聞きしておりました! 私なんかに気兼ねしなくていいのです! 私、そこの腹黒い人のところにお嫁にいきます」


 レインは私の胸にぐりぐりと頭を押しつけながら涙目で訴えてきた。

 その必死な様子を見ていると私の目にも涙が滲んでしまう。


「お姉様のためなら私はいくらでも不幸になってもいいんです! その腹黒い人にどれだけ虐げられても、耐えてみせます!」

「レイン、ダメよ。貴女を犠牲になんてできない! 不幸になるのは私だけで十分……」


 ぎゅうぎゅうと姉妹で抱き合って嘆き合っていると、ヒーニアス王子がものすごく苦々しい顔をした。


「……どうして僕が妻を大事にしない前提で話が進んでるのかな? さすがに傷つくんだけど。しかもそこの『光の乙女』は僕と会話さえしていないじゃない」


 デレたらヒロインを大事にすることは、ゲームをプレイしたので存じ上げているんですけど。

 でもレインは知る由もないことだしなぁ……。

 ヒーニアス王子は深いため息を吐き出した。


「……ひとまずマーガレット嬢が僕の婚約者ということで。いいのかな」

「ひとまず、でしたら」


 なにか言おうとするレインの口を手で塞いで、私は不承不承頷いた。

 婚約破棄の方法をこれから模索しないといけないわね……。


「……ねぇ、そこの従者。話があるから君だけ残ってくれないかな」


 ヒーニアス王子はフランに視線を向けて穏やかな表情で言う。

 もしかして私のせいで、フランが怒られちゃうの……!?


「フ、フランは……」

「……大丈夫ですので。お嬢様」


 王子を止めようとした私の言葉はフランによって遮られ、私とレインは部屋の外へと放り出されてしまった。



 ☆★☆



「ねぇ、『竜殺しのハドルストーン』。君のお嬢様はなんだか面白い成長を遂げたようだね」


 扉を閉めた彼にそう声をかけると、フランは少しだけ眉を顰めて僕に鋭い視線を向ける。

 だがそれも一瞬のことで何食わぬ顔でこちらへと歩み寄り、膝を折って優美な騎士の礼を取った。


「ヒーニアス様。ここでの私はただの『フラン・ハドルストーン』です」


 こちらを見上げるフランの瞳は、相変わらずどろりとした青の光を放っている。

 それは深い海の闇。一度落ちれば、浮かび上がることができない深海のような色だ。

 幼い頃から……僕はこの瞳を見るのが怖かった。それは今も変わらないが。


「君は数年間間近で見て、マーガレット・エインワースをどう思った?」

「……報告書はお読みになっているのでしょう」

「君の口から直接聞きたい」


 彼はしばらく沈黙した後に重々しく口を開いた。


「悪いお方ではありません。少々問題はありますが許容範囲かと。この先成長すれば今侵されている奇妙な『熱病』からも冷め、それ相応の落ち着きを得るかと」

「『熱病』ね。それで済むといいけど」


 彼女は『フラン』に本気でご執心のようだった。この一見目立たない男に夢中だなんて面白い趣味をしている。

 僕が笑うとフランは無表情でこちらを見つめた。その表情からはどんな感情も読み取れず、僕の背筋を自然と粟立たせる。


 マーガレット嬢は知らないことだけれど。

 彼女が生まれた時から僕と彼女の婚約は決定事項だった。他家に知られるのを避けるため、今の今まで秘密だったのだけどね。王家とエインワース家の密約だ。

 将来王妃となる少女を守るために……そして行状の報告をさせるために、王家は『竜殺し』の一族を公爵家へと送り込んだ。もちろん、公爵も承知の上だ。

 先ほどは『光の乙女』でもいいと言ったけれど、エインワース家とのより強い繋がりを求めるなら血縁の方がいいに決まっている。

 ……万が一マーガレット嬢になにかあれば、レイン嬢と婚約するつもりだけどね。


「使命に違わぬように、フラン・ハドルストーン。……また、来るね」


 僕がそう言い立ち上がると彼はゆっくりと頭を下げた。

 ……その瞳の闇を、より一層濃くしながら。

そんなこんなでフランの設定にようやくちょこっと触れました。

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