令嬢の婚約者(予定)現る1
「マーガレット。王家からの婚約話がだな……」
「嫌です!」
その日お父様に言われた言葉に、私は優れた瞬発力でお断りを入れた。お父様が泣きそうな顔になったけれど、気にしてはいられない。
そう、ゲーム中のマーガレットの立場は攻略対象『ヒーニアス・ヒンシュルウッド王子』の婚約者だ。
ヒーニアス王子は眉目秀麗な金髪に緑の目の王子様で、いわゆるメインヒーローというやつだ。性格は優しく温厚、に見せかけた実はドSというメインヒーロー様らしい仕様となっている。
温厚だと思っていた美男子が突然豹変し壁ドン……というシチュエーションが好きな女子に人気のキャラだった。
つまり私のまったく興味がないジャンルだ。
せめて別の攻略対象の地味顔騎士との婚約なら二秒くらい考えたかもしれないが、どちらにしてもフランに勝てるわけがない。
「マーガレット、王子と結婚すれば王妃に……」
「王妃は嫌です。美形はもーーーーっと嫌です!!」
令嬢が皆、王妃になりたい訳じゃない。私はフランと可愛い小さなお家で新婚生活を送りたいのだ。
私の言葉にお父様はその人の良さそうな顔を伏せて大きなため息をついた。
「……実は、隣室に王子はいらっしゃっている。多分、丸聞こえだ」
「ぴぇ?!」
私は思わず妙な声を上げ隣の部屋へと続く扉に目を向けた。
背筋をたらりと冷たい汗が伝う。……やっちゃったなぁ。
背後に控えていたフランが隣室への扉を開け放つ。するとそこには戸惑った表情のゲーム通りの美男子が立っていた。
「……まぁ、とりあえずだ。お話してきなさい」
お父様に背中を押され、私はヒーニアス王子が居るお部屋へと放り込まれた。
「えっと……お初にお目にかかります。エインワース公爵家長女のマーガレットです……」
「ヒーニアス・ヒンシュルウッドだ。よろしくね?」
私がカーテシーをすると王子は淡い色の金髪を揺らして優しく微笑んだ。
……うん。美形にはまったく興味が湧かない。
どうしよう……怒ってるのかなぁ。その穏やかな表情から王子の感情は読めない。
不敬罪で国外追放を言い渡されるのなら身分を失った私をフランに娶ってもらうハッピーエンドを目指すけど、打首だったらどうあがいてもフランと結婚できないから嫌だ。
だけど筆頭公爵家の娘がそうそう簡単に打首にはならないと思うから……目指せ国外追放! くらいの気持ちで王子と接するか。
追放されてもフランが娶ってくれない、という可能性は考えないようにしよう。
――私はそう覚悟を決めた。
「……顔のいい男は嫌いなの?」
ヒーニアス王子はどこか笑いを堪えるような表情で言う。
嫌いというか守備範囲外なの、興味がちっとも湧かないのよ。というかやっぱり聞こえてましたね。
「あら、聞こえてましたの? そうです、私は……」
私はそう言いながら背後に居たフランの腕をがしっと両手で掴んだ。フランは驚いた顔をしたものの、さすがに王子の御前だからかいつものように振り払おうとはしない。
このままフランの腕にしがみつき体温を堪能したい。背伸びして首筋の匂いを嗅ぎたい……なんてそんな欲求を必死に抑え、私はヒーニアス王子に向き直った。
「私、フランのような地味顔男子しか愛せませんの! 見てくださいませ、この絶妙なお顔! パーツは悪くないのですよ? でも醸し出す印象の地味さがそのパーツの良さを殺しておりますの。しかもこの糸目!! 腹黒さが滲み出ていて素敵でしょう!?」
言葉が進むにつれて横からの空気がどんどん冷えていくのを感じたが、気にしてはいられない。
正統派美形なんてお呼びじゃない、ヒーニアス王子にそれをきちんとお伝えしなければ。
「お嬢様、殺意が湧くのでそこまでにしてください」
堪忍袋の緒が切れたらしいフランに腕を振り払われ、凍りのような視線で貫かれた。
恐怖による背中の寒気と熱い胸のときめきが同時に加速する。一度に相反する感情を与えてくるフランの目は、本当に素敵だ。
「ぁあん! そんなフランも好き!」
もう一度フランの腕にしがみつこうとしたら、今度はきっちり避けられた。くっそぅ。
「……困ったなぁ。エインワース家の長女は変態か」
心底呆れたような声がヒーニアス王子から漏れた。
変態、という言葉で安易にまとめられるのは心外である。稀に見るくらいの純愛だと私は自負しているのに。
ヒーニアス王子に目を向けると彼の顔は優しい微笑みを湛えたままだけれど、緑色の瞳は鋭い光を放っている。……ひええ、ドSが漏れてますよぉ。
「ほ……ほら、私じゃなくてもよいじゃありませんの」
私は口元に引き攣った笑みを浮かべながら王子に言った。国外追放するならひと思いにしてください、お願いします!
「そうだな、僕も君は嫌だ」
「じゃあ……」
私はヒーニアス王子のお眼鏡に適わなかったらしい。良かった、本当に良かった。
「だが残念ながらこれは王家からの勅命なんだ」
「断固拒否します。国外追放にでもなんでもしてください」
ヒーニアス王子の言葉に私が秒で返すと、彼は笑顔の仮面を取り去り苦い顔をした。
「……筆頭公爵家の娘をそんな簡単に追放できる訳がないだろう。僕も君は心底嫌だけど、筆頭公爵家と王家の結びつきを深くするためこれは仕方のないことなんだ」
王子の言葉に私は唇を噛みしめる。く……くそう、最早これまでか……!
そんなこんなでメインヒーロー様の登場です。
そして早速苦労をさせられています。




