令嬢はモブ2を整える
ホルトを私の従者として雇うことは割とすぐに本決まりとなった。
反対されるかと内心ドキドキしていたのだけれど、お父様は彼の顔を見て『悪い子じゃなさそうだしね』とあっさりと了承してくれた。『拾ったら最後まで責任を持つんだよ』と釘は刺されたけど。
……どうして皆、私を信用していないのかしら。
ホルトは我が家が筆頭公爵家だと知った時、卒倒しそうなくらいに驚いていた。
そして『俺に勤めが果たせるのかな……』と困惑した顔をしていたけれど、執事のハウエルに彼の学力などを確認してもらったところ及第点を遥かに超えるものだったそうだ。
『記憶を失う前は水準以上の教育を受けていたのでしょうね』とハウエルは言っていた。
ホルトの看病に使っていた使用人用の空き部屋はそのまま彼の部屋として使うことになった。
彼は身一つだったので日用品はこちらで揃えて、お給金を前借りで渡すと恐縮していたけれど生活に必須なものは大事だからしっかり受け取ってもらった。
ホルトが屋敷にきてから一週間が経ち。
彼の怪我の具合もだいぶ落ち着いたので、私はホルトの身なりと環境を整えにかかった。
怪我が酷かったから清拭のみで過ごしていたのでまずはお風呂に入れてメイドにわしわしと洗ってもらい、伸ばしっぱなしだった銀髪は毛先を整えるように綺麗にカットした。
そしてホルト用に購入していたフットマン用のお仕着せを着せると、彼は見違えるように素敵に(ただしモブ顔)なったのだ。
ビフォアアフターに私は大満足である。
「なんだか……不思議ですね」
鏡の前で照れながらソワソワしているホルトはとても可愛い。
首の後ろで白いリボンで結ばれた銀髪を落ち着かないように触り、鏡の前で何度もくるくると回っている。
「ホルト、最高にモブ可愛いわ!」
私が後ろからぎゅっと抱きつくと彼は黙り込んでしまった。
……いきなり慣れ慣れしかったかな。
心配になって体を離し彼の様子を見ると可愛いお顔は真っ赤で、その綺麗な緑の目は涙目になっていた。
「お嬢様。年頃の男に抱きつくのはお止めになってください、はしたない」
その様子を見ていたフランが細い目をさらに細めて呆れたように言う。
フラン、それって……焼きもちかな? 焼きもちだったらいいな。いや、確定焼きもちだろう!
「フラン、焼きもちね! 貴方にもちゃんと抱きついてあげるわ!」
彼に近づき勢いをつけて跳びかかると、半歩横に移動しただけで華麗に躱され私は地面に顔から突っ込んだ。……めちゃくちゃ鼻が痛い。たぶん軽く擦り剝けた。
「……普通避けないでしょう!?」
「野良犬が跳びかかってきたら普通避けますよね」
地面に這いつくばり呻く私を起こしもせずにフランは飄々と言った。
フランの意見も納得できる。……ただし私が野良犬なら、だけど。
貴方の犬であること自体に異論はないのだけど。存在的に公爵家令嬢はお座敷犬に限りなく近いんだから、もっと優しくして欲しい。
「マーガレット様、大丈夫ですか!?」
慌てた様子のホルトが手を引っ張って私を起こしてくれた。そして赤くなった鼻の頭を心配そうに指で撫でてくれる。……ホルトは優しいなぁ。
「……フランさんはマーガレット様に冷たくないですか?」
「ホルト。変態を甘やかすと碌なことにならないんですよ」
恐る恐る抗議するホルトに対するフランの回答は取り付く島もない。
その言葉にホルトは困り顔になって眉を下げた。
「大丈夫よ、ホルト。フランから与えられるものは、痛みでも、憎しみでも。私全てが嬉しいの」
「お嬢様、私は貴女になにも与えておりません。お嬢様が勝手に受容しているだけです」
私たちのやり取りを見ながらホルトは心底困ったような表情になった。
そうよね、目の前でイチャイチャされると目のやり場に困るものね。
「でも……マーガレット様はお綺麗で天使で女神なのに。もっと優しくしてあげて欲しいです」
泣きそうな顔で、ホルトはぽつりとそう言った。
……ホルト。フランは冷たすぎるけど、貴方は私を持ち上げすぎなんじゃないかな。拾われた恩があるのはわかるんだけど。
フランはホルトに歩み寄るとその細い肩をしっかりと掴んで真剣な顔をした。
「ホルト、先生のところに行きましょう。今すぐ。お嬢様が天使で女神だなんて、恐らく怪我の後遺症が残っています」
「いえ! マーガレット様は天使で女神でこの世の善と光を集めたような輝くお人なのです! 俺は正常です!」
「ああ……! 侍医を、誰か侍医を!」
フランが珍しく本気で混乱している。
その様子を見るのはとても楽しいけれど、その内容が酷いわね。
……この二人を足して二で割ったらちょうどいい感じの、私を適度に愛してくれる素敵モブ顔従者が出来上りそうだなぁ……。
「お姉様! あの子をお姉様付きの従者として雇ったって本当ですか!?」
扉が開き、レインが勢いよく転がり込んでくる。
……そろそろ扉はノックして開けるものだと教えた方がいいのかなぁ。
「その陰険腹黒野郎がお姉さまの側にいつもいる事すら許せないのに! 私もお姉さまの従者になります!」
レインは私に抱きつくとむぎゅむぎゅと胸に顔を埋めた。前空きの服を着ているから髪がふわふわと肌に当たってくすぐったいの、止めて!
――それにレインが従者になるなんて、良くないわ。
「レイン、貴女は平民から貴族になってまだ四年。学園への入学前に数々のことを身に着けなければならないでしょう? 勉学に励みなさい。学園で誰かに軽んじられてはならないわ。私がいつでも助けられるとは限らないの」
私がいじめを働かなくても、平民出身で『光の乙女』であるレインが誰かにやっかみを受けることは十二分に考えられる。
姉妹といっても同じ学年なのだから極力レインを助けるつもりだけれど、私の助けが届くところばかりだとは限らないのだ。
しっかりとレインの瞳を見つめながら言うと、その深い青の瞳がうるりとする。
「……お姉さま、頑張りますね。私、お姉様に恥をかかせない立派な貴族の娘になります」
ぽろぽろと涙を零しながら、レインはぎゅっと抱きしめる腕を強くした。
私はその水色の髪を優しく撫でる。
頑張ってね、レイン。そして攻略対象の誰かと幸せになるのよ。
「……女神だ……。マーガレット様……」
「お嬢様はたまーにまともなことを言いますね」
従者二人が呟いた言葉の温度差がなんだか酷い。
だけどこれって、フランが褒めてくれたのよね? ね?
愉快な仲間たちが増えました(n*´ω`*n)