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ホルトは思い返す(ホルト視点)

ホルト視点での助けられた日の振り返りになります。

やや暗いのでご注意ください。

 ――ホルト、それが俺の名前。


 俺はそれしか持っていない。

 気がついたら薄汚れた格好で街の雑踏の中にいて、名前以外の『自分』の記憶が全て抜け落ちていた。

 貨幣価値、国の名前、物の名前……自分に関係がないことは思い出せるのに、自分のことだけが綺麗に抜け落ちていて。それは俺に焦燥を抱かせた。

 帰るところはあるのだろうか。あったとしても帰っていいのだろうか。

 なにも思い出せず、なにもわからない。

 俺の胸には古い大きな傷があって、過去のことを考えようとするとこの傷が疼き痛みを訴える。

 傷が過去を思い出すのを止めようとしているのだろうか……そんな馬鹿なことを考えて俺は自嘲気味に笑った。


 空きっ腹を抱えながら商店を訪ね歩き雑用をして小銭を稼いで、路地裏か橋の下で寝起きする。

 そんな生活がしばらく続いた。

 商店の人々は俺を哀れだという表情で見るけれど、店の中に入れてまで雇い入れようとはしない。浮浪児を直視したくない、明らかにそんな顔をしている人も中にはいる。

 少しずつ小銭を貯めながら、今後のことを考えよう。

 そう思いながら『ねぐら』の一つである路地裏に小銭を隠しに行った時、あの性質の悪い男に掴まった。


『よぉホルト。ちょっと貯め込んでるんだって?』


 お世話になっている商店の使用人で、とても意地が悪いヤツ。

 明らかな残飯を俺の顔に投げつけそれを俺が拾うとせせら笑う。そんな下卑た男だ。


『……そんなことありませんよ。今日の売り上げならお渡ししますから、勘弁してくれませんか?』


 貯めている金は俺の細く頼りない将来への光だ。それをこの男に取られてしまうわけにはいかない。


『全部出せって言ってるんだよッ!』


 そう言って男は俺の腹を蹴りつけた。目の前に火花が散り、内臓や骨が悲鳴を上げた気がした。

 体を丸め必死に男の暴力に耐える。貯め込んだものだけは渡せない。

 俺が人としての尊厳を取り戻すために必要な、この世で一番大事なものだから。

 殴られ蹴られることに耐えていると胸の傷がぞわり、と妙な蠢き方をした。


 ――ああ、ダメだ。このままでは『なにか』が、零れてしまう。


 その時、男からの暴力が止み。痛みに呻きながら俺は顔を上げた。


「大丈夫!?」


 俺を抱き起こしてくれたのは、この世のものとは思えないくらい、美しい少女だった。

 路地裏に差す光を反射し輝く豪奢な赤い髪。俺を見つめる宝石のような紅の瞳。白い肌は透き通っていて、その顔立ちは驚くくらいに整っている。

 彼女はアーモンド形の目の眦を下げながら、俺の汚い手を躊躇なく握った。


 ――女神だ……女神が俺を助けてくれた。


 じわり、と涙が滲んで頬を伝っていく。

 体中が痛みを訴えているのに彼女を見つめていると幸福感で満たされていくのが、とても不思議だった。

 それからの俺の記憶は曖昧で。

 時折意識が浮上すると汗だくの俺の体を優しく布で拭い、手を握って励まし、朦朧としている俺に懸命に微笑みかける。そんな女神の姿が必ず側にあった。

 その姿を認識し安堵して、また眠りへと落ちる。俺はそれを何度もくり返した。


 そして意識がはっきりと覚醒した時。

 俺が寝かされているベッドに倒れ込むようにして眠っている、女神の姿がそこにあった。

 長く赤い睫毛は伏せられ、美しい唇からは時折吐息が漏れる。

 綺麗な白い手は俺の汚れた手をしっかりと握っていて、彼女の温かな体温がその手のひらから伝わってきた。

 ……幻、じゃないよな。触れたら消えたりしないだろうか。

 不安になった俺は女神の髪に、そっと触れてみる。

 ふわりと優しい感触が手に伝わり、それがとても心地よくて。俺は夢中になって何度も彼女の髪を撫でた。

 彼女は何者なのだろう。身に着けている衣服からすると、相当な家のお嬢様なのかもしれない。

 どうして俺を助けてくれたんだろうか。

 そんなことを考えているうちに彼女の睫毛が震えその目が開いた。

 紅玉の気高い瞳が俺の姿を映し、俺なんかが彼女に触れていると叱られてしまうのではと不安になって急いで手を引っ込めた。


「……おはよう、もう大丈夫?」


 だけどそんな心配なんて杞憂で、女神は優しく穏やかな瞳を向けて笑ってくれた。

 女神は『マーガレット様』というらしい。

 華やかでとても素敵なお名前だ。彼女によく似合っている。

 マーガレット様は食事までさせてくれて、俺がスープを食べる様子を慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。

 しかも……。


「ホルト。お父様の許可が出たら、私の従者になる?」


 そんなことまで、言ってくれたのだ。

 ……いいんだろうか。俺が側にいて。

 自分で言うのはなんだが、記憶のない男なんて得体が知れないにも程がある。

 だけど俺は……この美しい女神にお仕えしたい。

 今は頼りないけれど。側で彼女を見守り、どんな危険からでも守れるような。そんな存在になりたい。

 ――救ってくれた彼女を、俺は一生をかけて守るんだ。


 そしてなにがあっても……マーガレット様を、裏切ることだけはしない。

そんなこんなでホルトはマーガレットを神格化するに至ったようです(n*´ω`*n)

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