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令嬢はモブ顔がお好き

新作を執筆してみました!

モブ従者に対して愛情が濃すぎる悪役令嬢と、困惑しきりの毒舌モブ顔従者のお話です。

最終的には溺愛に突き進みます。

 私、マーガレット・エインワース公爵令嬢には、前世の記憶がある。

 それを自覚したのは八歳の頃。


 『氷雨降る中』の世界だわ、これ。

 私『氷雨』の世界に転生しちゃったのか……。


 と屋敷の廊下にかけてあるこの国の地図を見て思い出したのだった。


 『氷雨降る中』は西洋風世界観の乙女ゲームである。ファンの間での通称は『氷雨』。

 ホラーゲームかと思ったとよく言われるタイトルだけれど、内容はオーソドックスな乙女ゲームだ。

 氷雨が降る中でのシーンが各キャラに用意されているのが特徴で、シナリオの盛り上がる場面で使われる。

 このゲームは主人公『レイン』がこの世でもう使えるものがいないと思われていた光魔法の使い手だということが判明し、平民から一転十歳で公爵家の養女となり世間からは『光の乙女』と呼ばれるようになるところからスタートする。

 彼女はエインワース公爵家で義姉からの凄絶ないじめを受け、それは十五歳で入学する貴族の学園でも続く。


 ――そして、私がその、ヒロインをいじめる義姉である。いわゆる悪役令嬢ってやつね。


 このゲームの悪役令嬢の末路はやばい。

 転落死、毒殺、犬の餌……全てのルートで攻略キャラに抹殺される。

 マーガレットは筆頭公爵の令嬢でいじめ程度では真正面からの罪に問うのは難しいからだろうけど、愛に狂った攻略対象たちにそれはもう容赦なく抹殺されてしまうのだ。

 そして悪役令嬢の死亡シーンでは……いつも氷雨が降っている。

 悪役令嬢にとってのこれが最大の見せ場って意味よね。スタッフってばなんてことをしてくれるの。

 他にも死にざまがあった気もするけれど……そのルートのことはなぜか記憶が霞がかってなにも思い出せない。

 転落死、毒殺はともかく犬に食い殺されるのはごめんね。あれは悲惨だった。なぜかご丁寧にホラーと紙一重なスチルまで用意してあったし……。

 というかなんでそこまでされにゃあならんのだ。


(……とにかく、義妹をいじめなきゃいいのよね)


 マーガレットはレインが来るまではどこにでもいそうな一般的なご令嬢だった。だけど美しく『光の乙女』である妹が来て周囲が妹しか見なくなり……彼女はおかしくなってしまうのだ。

 『ヒロイン、いじめちゃダメ、絶対』

 これが私のこれからの人生の標語だな。

 ――そこまで考えて私は気づく。私の推しって誰だっけ……?

 前世で鬼のようにプレイしていた割にはこのゲームの推しの記憶がない。

 王子に、騎士に、宰相の息子……もしやメインキャラに推しがいない?


(――そうよ、私の推しは)


 記憶のピースが、カチリとはまる。

 来年この屋敷にくるはずの私の従者の『フラン』。それが私の推しだわ。

 苗字は知らないの。だって彼は……。


 攻略対象じゃなくて、モブだから。


 モブの苗字なんてゲームの中で説明がなかった。

 どんでん返しで攻略できるとかそんなこともなく、彼は悪役令嬢の横でいつも困惑する笑みを浮かべているだけの正真正銘のモブである。

 有名声優の起用どころか声すらついてなかったのよね。彼の出番は極端に少ないから。

 そのモブのために、私はこのゲームを何周もした。

 フランは私の三つ上でさらりとした黒髪のボブカットに青の瞳、そして整っているけれど目立たない没個性的な顔立ちのモブ男子だ。細い狐目がまたたまらないのよね……!

『氷雨』のファンブックの彼のページだけものすごく繰り返して読んだなぁ。1ページの半分の半分の半分しか彼の紹介はなかったけど。

 正にモブofモブ。私のストライクゾーンのど真ん中、そこに投げ込まれた百六十キロのフォーシーム的な男性なのだ。あっ、私前世は会社帰りの野球観戦が趣味でした。


 そう、前世の私は乙女ゲームのモブマニア。

 どうあがいても落とせない男たちを愛し続けた因果な女だ。


 前世で大手企業のOLだった私は金はあるのに推しに貢げない苦しみに、たびたび苦しめられたものだ。

 私はとあることを確認しようと自室に駆け込み姿見の前に立った。

 鏡に映っているのは、豪奢な赤い髪に紅玉のような赤い瞳、白い肌の……一人のぽっちゃりさん。

 うん。ぽっちゃりさんだわ。ゲームに入るともっと太ってるのよね。

 私はふにふにと自分の頬を引っ張り、腹肉もふにふにと揉んでみる。まだ八歳だから可愛いものとはいえ、かなりお太りあそばしているわねぇ。

 だけどマーガレットは顔立ちは整っていると思うの。だから……。

 フランが来る日までにダイエットしよう。

 せっかく『氷雨』の世界に転生し、どんなに望んでも落とせなかった彼と同じ世界にいるのだ。

 美少女になって……フランの心を絶対に掴んでやる!

 私はそう固く決意をしたのだった。


 そして一年後。

 私は見事な美少女に変身していた。

 整って美しい顔立ち、真っ白な肌。ふわりとなびく腰まである赤い髪、おっとりと目尻が下がった大きな瞳。その瞳の色は吸い込まれそうな紅玉。目の下についた泣き黒子がその色香を増幅させている。

 そう、ダイエットをしたマーガレットはセクシー系の美少女だったのだ。

 清楚系を想定していたのでちょっと思惑とは外れたが、美少女だからいいだろう。

 そして今日はフランが来るとお父様から聞いている日。

 私はお父様から執務室に呼ばれ……そして。

 ダイエット前の私のようにぽっちゃりとした人の良さげなお顔のお父様の、後ろに控えている少年を私は凝視した。

 ――フランだ。生フランだ。

 ボブカットにされた綺麗な黒髪、つり上がった細い狐目、そこから覗く美しい青の瞳。人混みで見つけづらそうな最高のモブフェイス。長い指が、意外に綺麗ね。モブなのに。

 彼は薄い唇をゆっくりと開いた。


「本日から貴女の従者を仰せつかまつりました、フラン・ハドルストーンでございます。お嬢様」


 想像していたよりも甘い声。きっとまだ幼いからね。ああ、これが前世で聞けなかったフランのお声……!

 貴方の苗字は『ハドルストーン』というのね。

 出会ってすぐにファンブックにも書いていなかったことをいくつも知ってしまった。


「貴方をずっと待っていたわ、フラン・ハドルストーン」


 高鳴る胸を両手で押さえながら、私は頬を染め彼に優美に微笑んでみせた。

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