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5章

 夕闇のとばりが空を紫紺に染め上げる。

 荒くれだった雲は、まだその名残を残しつつ、それでも明らかなほど分かるスピードで、暗雲を払いのけている。

 まだ日は沈んでいないはずだ。

 それでも、残された時間なんて、ほんの僅かだということに、何ら変わりは無くて……


「さて、悪いが時間だ……」

 立ち上がるお兄ちゃんは、でも、そこには何の表情も浮かべていなかった。

 ただ、淡々と、事実を述べているだけ……

 悲しみも、喜びも、何も感じられない……

 でも、なぜかお兄ちゃんの想いは、痛い程感じられて、私は頷くしかなかった。


「うん…… ごめんね」

 自分で言っていて、何が「ごめん」なのかよく分からない。

 それでも謝らずにはいられなかった。


 ガタン

 お兄ちゃんの椅子が引かれる音がする。

「先にお会計を済ませてるからな」

 椅子から立てずにいる私の耳に、お兄ちゃんの言葉が遠くから聞こえた。

 

 人間って一生のうちに、どれだけ大切と思える人に出逢えるんだろう。

 ひとり? 百人? それとも……ゼロ?

 ひとりも逢えないことに比べたら、大切な人に出逢えたことって、きっと、幸せな事なんだと思う。

 幸せな事だって思わなくちゃいけないんだと分かってる。

 でも……


 ドクン、ドクン


 心臓の音が痛い程煩い。

 ううん、ただ、痛い。


 いつだってそう。

 私が何か大切なことをしようとすると、この心臓が邪魔をする。

 私は左胸を押え、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

(だいじょうぶ…… 痛くなんて無い)

 指先が胸のふくらみの少し上に刻まれた一本の深い線に触れる。

 服の下で、きっと主張しているであろう、白く乾いた一筋の傷痕。

 そこは熱い程の痛みの記憶を脳裏に刻みつけていた。


 それは痛い程甘く、切ないほどに辛い、私の大切な大切な宝物


 永遠に変わらないものなんて無い


 そんな当たり前の常識を、私はいつも否定し続けていた。

 遠い日の記憶


 大人は言う。

「大きくなったら分かるよ」って。


 10年先、50年先なんてことは分からない。

 その時の自分なんて想像できない。

 未来に絶望しかもっていなかった、あの頃の私。


 衝動的に家を飛び出し、大切な人と二人だけの秘密の隠れ家に泥まみれになって隠れていた私を見つけてくれたのは、当然おにいちゃんだった。

 体育座りで小さくうずくまって震えていた私に


 「なあ、ぼくのこと好きか?」


 「……もちろん、大好きだよ」


 「じゃあ、明日になって、それは変わる?」


 「変わるわけないよっ!!!」


 どれだけ絶望を感じていても、それでも、明日の自分は想像できた。

 疑いようも無い程、絶対の確信を持って。


「じゃあ、それでいいじゃんか。今日の次が明日で、次の日になったら明日が今日になる。もし『今日と明日だけ』常に好きだって思えるんだったら、それってきっと『永遠』っていうんじゃないのかな」


 そうして、ちょっと照れたようにはにかんだお兄ちゃんの笑顔が、きっと今までの私を守ってきてくれた。

 その笑顔のおかげで、私は今日の今まで、生きる勇気をもらい続けてこれた。


 だから……


 それでも、なんとか立ち上がって、顔を上げ、レジの所で遠くから私を見つめるおにいちゃんの、ちょっと戸惑ったような瞳を見つめ


「おにいちゃん、待って……」


 一歩踏み出したその瞬間、


 ドクン


 大きく心臓が鼓動し、目の前が真っ暗になった。


すみません、私生活が忙し過ぎて、全然更新出来ませんでした。あともう少しだけ続く予定ですが、何とか一週間以内には更新したいと思ってますので、今しばらくお待ち下さい。

夏星はる

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