2章
「……あのばか…… ホントにいっつもトロイんだから」
思わずそんな言葉が口から溢れた。
俺は大きなため息を吐くと、目の前の大きな窓を見つめる。
空は暗雲とした漆黒の雲に覆われ、吹き荒ぶ風に舞った大粒の雨粒が容赦なく窓ガラスをを叩きつける。
外の景色は雨粒でけぶり、とうぜんあるはずの飛行機の姿さえくすませている。
仕方がない事だとは分かっている。
仕方がなくさせたのが、他ならぬ俺自身であることも自覚している。
それでもいったん溢れた言葉は俺のなけなしの心を表しているかのうように、零れ落ち、狭い机の上を見えない想いでドップリと濡らしていた。
その中にたたずむ、二つのワイングラス。
頼りなげに揺れるグラスの中には、血のような深紅の液体が半分だけ注がれていた。
目の前の席は空いたまま。
俺はグラスの一つを掲げ、そっと、口づけするかのように、もうひとつのグラスに合わせる。
「こんな日でなんだが…… 誕生日、おめでとう……」
俺はグラスに口を付け、しかし、飲まずにそのままグラスをテーブルに置いた。
「……ふう」
また一つため息が出た。
無意識の内に、右手がポケットの中をまさぐり、そこにある固いものに触れ、思わず握りしめる。
それはある種のお守り。
いつか、どこかで捨てようと思って捨てられずにいたもの。
その硬質な感触が俺の心を落ち着かせる。
ブルルル……
その時机の上のスマホが震えた。
表示されたメッセージは、想像通り、待ち人からのもの。
「ごめん! 電車が止まっていて遅れそう!! m(_ _)m)」
まあ、そうだろうな……
心の中に微かなざわめきを感じながらも、俺は苦笑してメッセージを返す。
「了解。先に食事をしているから、着いたら連絡するように」
俺はスマホを机に置くと、イスにもたれかかり、目を閉じた。
(……ふう)
瞼の裏に、必死になって焦っている妹の姿が浮かぶ。
あいつのことだ、きっと今、動かない電車の中でジッとしていられず、足踏みでもしているのに違いない。
その様子が、やけにはっきりと浮かび上がってきて、あまりの可愛らしさに知らず知らずのうちに微笑していた。
そう、いつだってあいつはそうだった。
いつだって……
僅かのまどろみから覚め、再び目を開けた時、時計の針は17時半を指していた。
俺は無言でスマホを手にとり、メッセージを送る。
「Ti Amoで18時までいる」
雨足は幾分落ち着いたような気がする。
想い人が間に合うかは、半分半分くらいかな……
正直、ここまで来たら会えなくても良いかとさえ思える。
幸せの定義は人それぞれ
ひょっとしたら悪戯好きな運命の神様が、俺たちは逢わない方が幸せだと言っているのかもしれない。
そんな神様は、大っ嫌いだが
俺は先ほどから握りしめ続けていたものをポケットから取り出した。
現れたのは、ボロボロになった折り畳み式の果物ナイフ。
刃渡りは7センチ程で、持ち歩いていても銃刀法違反にはならない。
とはいえ殺傷能力としては十分だ。
それは歴史が証明している。だって
このナイフがアイツの胸を切り裂いたのだから
次は8/13に更新します。いましばらく、おつきあいください。