いくら異世界転移してチートを貰ったからって、世界を救わなければならないって訳じゃありませんよね?
今俺は、人生最大の困難に立ち向かっている。
「ヨシヒトさん! どうかこの世界を救って下さいー!」
目の前の女性は自身のことを異世界の神と名乗った。
世界の名前はアナスターシャ。
どうやら、その世界を俺に救って欲しいらしい。
「いやいやいや! 違うでしょ! そもそもこういうのは、使命に燃えたりとか、人生経験豊富だったりとか、不幸な事故に遭った人とか、はたまた、人生大往生を迎えたりとか、そういった人達が呼ばれてしかるべきでしょ!」
ちなみに俺は人生にあまり波風が立たなければ良いという、ことなかれ主義の人間だ。
決して世界を変えようなどとは考えていない。
それに、この神界(目の前の神が言ってた)に来た経緯も、俺はただ町を歩いていただけだよ?
なんのドラマ性もありはしない。
だって俺はただ歩いていただけなんだから。
「いや、あんまりやる気満々過ぎると、向こうの世界の文化を壊して、自分の理想郷を造ろうとする人がいるんですよねー。私はそこまで求めていないっていうかー……」
確かに俺は面倒なことはしたくないので、その点では俺を選ぶ理由も分かるが……。
「それに経験豊富って言っても、向こうの世界でその経験が生かせるかって言ったら、正直微妙ですよねー? その点あなたはことなかれ主義。周りに合わせて身の振り方を考えられるということですー」
確かに経験という不確かな要素は役に立つかどうかの判断が付きづらい。
「それにー……やっぱり死んだ人間とかを連れていくのは、何か選択肢を奪ってるようで悪いじゃないですかー……」
いや、今の俺もなんか割りと選択肢与えてくれてないよね?
「というわけで、あなたのような普通のことなかれ主義の人が、私の世界を救うには一番適している。QEDというわけですー!」
わけですー! って言われてもなぁ……。
「ほら、チートもあげますよー? あなた達こういうの好きでしょー?」
「いや、それは一部の人間だけじゃないですか?」
正直こういうのは小説とかアニメで見るから良いのであって、自分がもらっても持て余すだけだよなあ……。
「ほら、これなんてどうです? どこ○もドアー」
「いや、それはマズイですよ!」
何がマズイってこのままじゃ俺の存在が消されてしまう気がする。
「それにどこでも行けても、力がなきゃどうしようもないんじゃないですか?」
「あー確かにそうですよね。流石ヨシヒトさん、目の付けどころが違いますー!」
ヨイショしても俺は承諾しないぞ。
いや、むしろバカにされてるのか?
「だから、俺は行かないって――」
「あーヨシヒトさん……言い難いんですが、もう地球への道は閉じてますー」
俺の反論を遮って、アナは最悪の事実を叩きつけた。
「は?」
「いやだから、もう地球への道は閉じてるんですー。もう帰れませんよー?」
ななななな、何言ってんだこいつは?!
「いやー、あなたの住む日本の神のアマテラスさんに聞いたら『現代人はチートぶら下げたら絶対断らないから!』って言ってたんで、断られないものだとばかりー……。本当にすいませんけど、もう行くか死ぬかの二択になってますー」
何言ってんだあの引きこもり女神!
どうせ、早く天岩戸に引きこもりたいからって適当言ったんだろ!
っていうか、アマテラスって実在するのね……。
いや、現実逃避してる場合じゃないな。
でももう選択肢ないじゃん、受け入れるほかないじゃん。
どうすんのコレ?
「分かりました……そこまで言われたら、もう引き受けるしかないでしょ……」
「わーよかったですー。ヨシヒトさんならそう言ってくれると思ってましたー!」
こいつ殴りてえ……!
女神の呑気な台詞に殺意が芽生えそうになる。
「それでチートはどうしますー?」
「チートか……。俺はあんまり目立ちたくないんですよね……」
「うーん……それなら『道しるべ』なんてどうでしょうかー?」
「『道しるべ』?」
「はい、例えばヨシヒトさんが私と結婚したいと思ったとしますー」
「いや、思いません」
「例え話ですよー」
「いえ、絶対思いません。例えというのは起こりえることにしか使えないものなんですよ?」
「ひ、酷いですー……私そんなに魅力ありませんかー?」
いや、とびきりの美少女だけどさ……。
やっぱ、神と結婚とか考えられないじゃん?
「まあそんなことより、例えなら、俺が地球に戻れるというのにしましょう」
「ヨシヒトさん……例えというのは起こりえることにしか使えないものなんですよー?」
こいつやっぱ殴ろうかな……?
「いや、遊んでる場合じゃありませんよ。早く簡潔に説明して下さい」
「……それじゃあ例えば、アナスターシャを救いたいと思ったとしますー。そしたら、それを成すにはどうしたらいいかという筋道が全部頭に浮かぶのですー」
「なるほど……それは確かにチートですね」
「中には犠牲が必要となる筋道もあるようですが、なるべく犠牲のない筋道を選んだほうが良いでしょうねー。やっぱ選択肢は多くあるに限りますよねー!」
ポカリ!
「痛ーい! 何するんですかーヨシヒトさんー!」
配慮のない女神の発言に思わず手をあげてしまう
仕方ないんや、我慢できなかったんや……!
「もう……! それじゃあそろそろ送りますよー?」
「もう会うこともないでしょうね」
「え……ヨシヒトさん寂しいんですかー?」
違う。清々するだけだ。
「しかたないですねー。いつでも私と喋れるチートもつけてあげますー!」
いらないんですけど……。
「それじゃあヨシヒトさん、後は頑張って下さいー!」
僕はそうして、アナスターシャという世界に落ちていった。
――一年後――
「ご主人様、とうとう最終決戦ですね」
彼女は犬の獣人の少女アイナ。
俺が最初に行った街で奴隷として売られているところを助けた。
もちろん最初は救う気なんて一切なかった。
そんなテンプレ主人公みたいなことをする気はなかったからだ。
だが、『道しるべ』により、俺はその町の抗争に巻き込まれ、問題を解決する過程で、彼女を購入することが必要になってしまったのだ。
今は奴隷の身分ではないのだが、最初のころの名残で俺を未だにご主人様と呼んでいる。
「そうだな、まあ大丈夫だ。俺の能力に死角はないからな」
「ふ、ヨシヒトも頼もしくなったな」
少し姉貴風を吹かせているこの人は、元王宮騎士ティターナ。
ある日、ある魔物を討伐することになったとき、偶然同じ目的で山に入っていたのが出会ったきっかけだった。
その魔物に一人で挑み、そして敗れ、くっころしているところで俺が助けに入ったのだ。
やっぱり、目の前で襲われてるのに見て見ぬふりはできないよなあ……。
それからなんやかんやで一緒に旅をしている。
「何を偉そうにしてるんだ? またかじられたいか? ヨシヒト、こいつ噛んでいい?」
この背中にコウモリの羽みたいなのを生やしている幼女が、山に入ったときに、俺達が倒そうとしていた魔物の正体――ドラゴン、ギーラだ。
ドラゴンの習性で、もし倒されたときには、自身を倒した者の子を産むモノらしい。
どうにか逃れようとしたが、逃れる道筋が全て彼女の死であった為、仕方なく一緒にいる。
「みなさーん……歩くの早すぎますよー……!」
そして、最後のこいつは俺をこの世界に呼んだ女神アナだ。
俺が面白半分で彼女をこの世界に墜とす道筋を調べたら、割と簡単そうだったのでやった。
反省はしていない。
ざまあみろ。
「ま、色々あったけどな……。これで最後だ。みんな見届けていてくれ」
「それにしても、どうやってこの世界の災厄を消すんですか?」
「そ、それは私も気になるところだな……。ギ、ギーラあやまるから、炎を吐くのは勘弁してくれ……」
「そうか。もっと反省しろ」
「そうですねー、私も、気になります!」
全員(一匹を除く)が俺に興味の視線を向けてくる。
「そうか……言ってなかったか?」
と言ってもな……。
「俺、この世界を救う気はなかったんだよな」
「「「へ?」」」
「腹減ってきた……」
大体、俺は一切この世界を救うなんて言った覚えがないんだよな。
確かにこの世界にくることは了承した。
チートも貰った。
だがそれがなんだって言うんだ。
俺はそもそもこの世界なんて来たくなかったんだよ。
「ど、どういうことですかー!」
「どうもこうもあるか! 俺は選択肢も与えられなかったんだ! 世界を救うかどうかくらい、選択させてもらう!」
「あ、謝りますー! 謝りますからー!」
「ハハハ! もう遅いんだよ、もう全部終わってるんだからな! 謝るなら俺をこの世界に送る前にするんだったな!」
「ひ、ひとでなしー!」
なんとでも言え!
どうあがこうが結果は変わらん!
「あー出てきますー! 世界を闇に覆う災厄がー!」
「もうお前にできることはない。諦めて見届けろ、お前にできるのはそれだけだ」
「もしかして、私をこの世界に墜としたのは……」
「察しが良くて助かる。お前を巻き込む為だ」
俺の笑顔を見て、アナは力なく蹲る。
「元気出して下さい、女神さま」
「これが元気を出せる状況ですかー……? あなたもなんでそんなに落ち着いているんですかー……」
「ご主人様はこういう人ですから」
「ま、まあそうだな。ヨシヒトは本当に人が悪いからな。や、やめてくれギーラ。肉を出すから、私の方を見て涎を垂らさないで……!」
「ハヤク、ニクダセ」
そうかよ。やっぱみんなにはバレてたか……。
そうこうしていると、大空に真っ黒な穴が開き始める。
『グゴゴゴオオオォォォォ』
「ほらほらー! 出てきましたよ災厄がああー」
アナは半狂乱になって震え出す。
『オオオオオオォォォ……?』
「って、あれ? なんかつっかえて出て来れないみたいですねー……?」
「くくくくくっ! ああよかった! 本当に長かった! いやー焦ったお前の顔は本当に見物だったぜ……!」
「へ……? ど、どういうことですかー?」
「だから、見届けろって言っただろ? もうお前にできることはないとも言ったな」
未だに事態をのみこめていないアナに懇切丁寧に教えてやることにする。
「実はな、俺がこの世界にきて初めて『道しるべ』を使ったのは……お前への仕返しの方法だったんだよ」
それが今日の結果だ。
救われると思った瞬間に絶望に叩き落とす。
アナは本当にいい反応してくれたよ。
今日の災厄の件は、実はこの世界に初めて来た日に既に片付いていた。
森の中に石を投げ込むというだけで、どういうわけか解決した。
なんの犠牲もなく一日目で目的を達成してしまったのだ。
だから俺はこの一年間、復讐に全てをかけることができた。
つまり、アナ以外のみんなは俺の復讐劇に付き合わせただけだ。
そう考えると少し申し訳ないような気がする。
「やっぱりご主人様は人が悪いです」
「そして、困った者を見過ごせない人間だ」
そう思っている彼女達だからこそ分かってたんだろうな。
俺がどうにかするってことが。
「も、もう知りませんー!」
「おいおい、どこへ行こうというのかね?」
まだ最後の仕上げをしていない。
「アナ、コレなーんだ?」
俺の手には一つの手鏡。
「そ、それはー、私の依り代、ですよねー?」
「これを、こうする!」
俺は手鏡を思い切り地面へ叩きつける。
「な、なにするんですかー! そ、それを壊されると私は神に戻れないって言いましたよねー!」
「知ってる、でもこうするとだな……」
鏡から光が溢れ、空へと登る。
そこには黒い穴が口を広げている。
『グアアアアアァァァ……――』
大きな悲鳴がした後、大きな穴は徐々にふさがり、元の青空に戻った。
「これにて、俺の復讐は終わりだ」
「終わりだじゃないですー! どうするんですかー……私、神じゃなくなっちゃいましたよー……!」
アナは再びうずくまり、orzの格好になっている。
「選択肢がなかった気持ちが分かったか?」
俺の声を聞いているかどうか分からないが、これだけは言わなければならない。
「……ここでお前に二つの選択肢がある。一つはこのまま人間として生きていくか……」
アナが顔を上げ、俺を見る。
「そしてもう一つは……俺の能力で神に戻る道を探るかだ」
「それって……選択肢一つと変わりませんよねー?」
ま、そういうことだ。
「分かりましたよ……付いていけばいいんですよねー……?」
項垂れながらもアナは立ち上がった。
「あ、そういえば俺、お前にアレ返すわ」
「あれですかー? 何か貸してましたっけー……?」
分かっていないアナに俺は告げる。とびっきりの笑顔を以って――
「ああ、お前といつでも話せるチート……もう必要なさそうだからな」
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