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wound × kiss  作者: 音穏
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08.確かなこと

「何でよぉ!」

 自宅、玄関前。

 膨れ面を浮かべた、オレの彼女である彩希が文句を並べる。

「デートしようって言っただけなのに、何で怒るの?!」

「だから、オレはじいさんと献花に行くっつってるだろ。それに怒ってねえよ」

「そんなの、いつだって出来るじゃないの!」

「…」

「ねえ、デートしようよ、だって、この前約束したじゃない! 観たい映画あるんだよ! ほら、今話題の洋画! コウだって、面白そうだって言ってたじゃない? 割引券もらったんだよ、ね、行こ?」

 膨れ面をそのままに、彩希は強請る。

 オレの左腕をぐいぐいと引きながら、上目遣いで。

 確かにこの前のデート中、映画が見たいから一緒に行こうというから約束していたのは確かだ。話題性より、オレにとっては内容が一番大事で、中味の欠片もない恋愛映画よかよっぽど面白そうだと思ったから、誘われて頷いた。

 けど、それは絶対に今日行こうという約束なんかじゃねえ。それだけははっきりしている。

「今日行くと言ったつもりはねえよ」

「何でよ! そんなに、死んだ人間が大事?! 生きてる人より?! そんなの変だよ! おかしい!」

 玄関でそれだけ言い放つと、彩希はきつくオレを睨み上げてきて。

 何も言わずにいると、「帰る!」と言い残して走っていった。

 その遠ざかっていく背で揺れる、オレンジに染めた胸辺りまで伸ばされた巻き髪。それを見送ってから戸に背を預けて、オレは重たい息を吐き出した。

 今のが、オレの彼女である彩希。大学の同期。

 自分の意見をしっかり言うところは結構好きだと思う。

 オレは…一番大事なとこで一番言わなきゃいけねえことを言えなかったことがあるから。

 そういうことの出来る人間はすげえと思う。

 自分が出来ねえことを出来る人間を尊敬すんのは別段おかしいことじゃねえはずだ。

 …だが。

「…」

 死んだ人間が大事だということが、おかしい。

 断言された瞬間、頭に血が上りかけた。

 さすがに、女に手を挙げることはしたくねえから、しねえけど。

 亡くした両親の名前も刻まれている石碑へ献花することが、そんなに、おかしいことか?

 五歳。普通なら、親にまだ甘えるような年の頃、死に別れて。

 年老いていかない写真の中の両親を見ても、…どんな話をしただとか、遊んでもらった記憶や思い出なんかガキだったこともあって、オレには全然思い出せることじゃねえ。

 それはたぶん、年齢を考えれば、仕方ねえことだと思う。

 ただ、覚えているのは。

 最後に出かけた買い物のことだけ。確か、両親が何かを買いに行くと告げて、商店街の中にある小さな地元だけにしかねえ百貨店へ足を向けていたとき。

 何が必要で出かけたのか未だに分からねえが、いつもは留守番だったオレも一緒に出かけるってこともあってかなり嬉しかったのは微かに覚えている。

 それを、一瞬で塗り替えた、悲惨な事件。

 鮮烈な血の色が今でも思い出せるほど。

 それからじいさんに引き取られて育てられたが、やっぱ両親が居ないっつーのは子供の精神上あんま良くはねえことみたいだ。

 おかげで中学は随分と荒れていたし。

 オレを遺して先に死んじまった親への恨み言もあるにはあるが、……それでも一つだけ確かなことがある。

 

 今の言葉は、他人に言われたくねえ。

 

「…コウ」

 玄関へ顔を出したのは、昨日田舎から出てきたじいさん。

 部屋からゆっくりと歩いてきながら、神妙な顔をしていた。

「…んだよ」

「今の子が、お前の恋人かい?」

「…そうだよ」

 何故だか重い空気を感じて、オレは静かに肯定して返す。

 目の前にたどり着き、じいさんは寂しげな顔を浮かべると、息を吐き出した。

「…お前の恋人なんだ、わしがとやかく言う必要はないが、一つだけ聞いてみたい。………どこが好きなんだい?」

 遠まわしの否定の言葉がきて、オレはただ口を噤んだ。

 どこが?

 聞かれて、一瞬考えなければならないほどの、…気持ちってことなのか?

 その程度ってことか?

 …よく分からなくなっちまった。

 さくらを意識しだしてから。

 

『あたし、彩希! ねえ、コウはどんな子が好き? あたしとか…好みじゃないかなあ?』

 今年の一月。同じ大学の同じ学部に在籍していたこともあってか、彩希はいつの間にかオレの周囲にやってくるようになった。

 はっきりと自分の気持ちを口にできるヤツは嫌いじゃねえ。

 高校からの付き合いである海斗も、そうだ。

『両親にゃ感謝してるぜ? だってよ、俺にどんなことがあっても見捨てたりしなかったからな。だから、卒業したら世話をする側になんだよ』

 高一の頃からそう言っていて。

 卒業を待たず、バイトで必死に稼いだ金を使って、インストラクターになる道を選んで。

 歩き出した。一人で。

 しかもしっかり仕送りもして。

 そうやって自立してる人間は、好きだった。

 彩希も、そういう人間だったから、付き合い始めたんだ。

 …けど。

 

 付き合いだすと、彩希はひどく、我侭になった。

 

 デートの回数が足りない。電話連絡を毎日、できれば、一回でも多く欲しい。メールをしたら途切れないように返して。記念日には豪華なブランドもののプレゼントを頂戴。

 キスして。抱きしめて。そばにいて。

 そう…口にするやつは嫌いじゃねえ…けど。

 両親の墓参りを、"そんなの"と切って捨て、いつだってできる、と言い切る。

 人の両親をなんだと思ってんだ。ふざけんな。さっき、そう怒鳴ってしまいたかった。…両親なんだと言ってないから、そう言えるのかもしれねえけど。

「わしはなあ…あのさくらさんと言ったかな。ああいうお嬢さんのほうが、好きじゃがなあ」

「…」

「さて、石碑へ行くとするか。コウ、準備は良いかい?」

「あ、…ああ」

 問われ、頷く。少しばかり戸惑いながら。

 じいさんはたまたまだが、さくらと会った。オレが気にしている、女と。

 あいつは…仕事をしてるからか、同い年よりもずっと考え方が大人だ。

 例えば、オレと付き合ってると仮定して…あいつはどういうんだろうか。

 今から墓参りをする、と言ったら。それで、約束したデートを断ったんだとしたら。

 付き合いだしたら、あのさくらも、彩希のようになるんか?

 彩希みてえなのが、"普通"なのか?

 オレの考えがおかしいのか?

 死んだ家族でさえ目の前にいる恋人より優先するような、選ぶような、オレは。

 それは…前を向いてないってことなのか?

 生きていながら、死へ向いてるってことなのか?

 …考えれば考えるほど泥沼になる思考に、頭痛がしてきたとき。

「コウ?」

 じいさんが静かにオレの名を呼んだ。

「……悪ぃ。今、行く」

 おかげで思考に埋もれそうだった自分を闇ん中から引っ張り上げて、現実へと戻ってくることが出来た。

 ぼんやりとしていた頭を振り、戸から背を剥がして真っ直ぐと立つ。

 アパートの廊下にいたじいさんはどこか何か言いたげではあったが、それには何も答えずに、ただ玄関の鍵をかけてしまうと。

 じいさんに背を向けた状態で、眉間に力を入れ、強く瞳を閉じた。

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