03.いつも
「うーわ、ちょっと! 可愛いよ、さくらっ!」
「わあ、ほんと! カワイイ!」
日曜の昼。私はアミと駅前にある大きな商店街の中に多く立ち並ぶ、カジュアル系を扱う店へショッピングに来ていた。
ここ浅葱町の中央にある駅の隣にずらりと並ぶこの駅前商店街は、可愛い服が安くで手に入る、穴場だったりする。郊外のあちこちに大型のショッピングモールもあるけど、移動手段がないと行きにくい場所。私たちは車を持っていないから、なかなかそっちには足を伸ばさない。
だから大体の服はここで買っていて。
今日の私たちの目当ては目前に迫った夏物の服。ようやく店頭に並びだして、雑誌でも特集を組むようになった。
今年の流行はワンピースみたいで、チェック柄や花柄のそれがどの売り場にも必ず、一番目に着く場所に配置されていて。
私たちは二人、きゃあきゃあと声を弾ませながら、服を手に取り、身体に合わせたり試着してみたりしつつ、色んな店を渡り歩く。
やっぱり、それぞれに好きな服の系統っていうのがあるわけで。
アミはどちらかというと、チュニックやパーカを合わせたショートパンツが圧倒的に多い。とはいっても、ミニスカートだって好きだから、着てることは断然多い。私もミニスカートは好きだから、それはよく貸し借りしてる。
でもそれ以上に、ワンピースも好きだった。下にスパッツだったりショートパンツを合わせたり。
そうやって、二人でオシャレをするのが大好きで、だから今日は一緒に買い物。まあ、私が日曜しか休みがないから、どうしたって週末になってしまうんだけど。
この商店街は普段から多くの客がいるけど、日曜は二割り増しくらい平日より多い。
「アミ、これなんか、貸し借りできそうだよ」
「あー、ほんとだね」
一つのキャミソールを手にして、私は笑いかける。
それはワンピースにも似ていて、これ一枚着ればそれだけで充分なもので。フリルもあまりついていないシンプルなものだけど、薄桃の小花が全体にプリントされていて。
「これさ、下にタートルニットとか着たら、秋でもいけそう」
「あ、いいかも!」
二人でそのキャミソールについて盛り上がっていると、背後から「よお」と声が掛けられた。
顔を見なくても分かる。アミの彼氏、海斗だ。
「遅いよ」
「悪ぃ」
振向いた先には思ったとおり、海斗がいて。苦情をまず返したアミに片手を上げての簡易な謝罪をしたあと、キャミソールを持ったままの私へにっこり笑いかけてくる。
「買うん?」
「まだ悩んでるところ。ね、アミ」
「そうそう。だからさ、さくら試着してみてよ」
「ええっ…」
何で、私?
一瞬戸惑いもしたけど、最初にこれ良いかもって切り出したのは私だし。
「仕方ないなぁ」
苦笑して、近くにあった試着室のカーテンを「ほれ」と言って手で避ける海斗に背中を押される形で、私はそこへと足を踏み入れた。
夏近いとはいえ、まだ六月。薄着すぎると、やっぱり寒いから、長袖で。
それを脱いで、私は大きな鏡の前で着替える。
持って入ったのはワンピース一枚だし、ぱぱっとそれを終えると、一先ず鏡の前で身体の向きを変えたりして可笑しくないか自分の目で簡単にチェック。真正面、真横、背中は顔だけ振向いて。
そうやってとりあえず確認を終えてから、私は薄手のカーテンを開けた。
「ねえ、アミ…」
話し掛けながら目線を上げたところで、ふと目があった人。
「…」
さっきは居なかった人がここに居る。
コウだ。
どきり、と心臓が大きく鳴った。そのまま、鼓動は高い状態を維持し始める。
「…どう?」
声が震えてる。自分でも分かるほど。
どうして、あなたがここに居るの…?
確か、今日は、…海斗しか来ないって言ってたはず。
そんな風に動揺している私には気づかないのか、アミは「うーん」と全身を見てから、切り出した。
「さくらには合いそう。でも、あたしには無理かな」
「何で」
私より先にアミの言葉に引っかかったのは、海斗。怪訝な顔をして、頭一つは高い位置から隣のアミを見下ろしている。
怒っているわけじゃないのは分かるけど、怪訝な顔をしていると、不機嫌には見えるわけで。
その彼氏こと海斗を見上げて、アミは肩を小さく竦めた。
「可愛すぎでしょ」
「着てから言えよ、そういうの。なあ?」
「うん。似合うよね」
同意を求められて、私は素直に笑って頷く。
出来る限り、コウは意識しないようにしつつ。
「もう、二人して調子良いんだから」
アミが困ったようにそう言ったあと、笑うから。
私も海斗も笑う。釣られて。
でも。
興味なさそうにしているコウが一瞬…視界の端に映った。
息をついているのが分かって。胸が一層、痛くなる。
「じゃあ、また着替えてくるね」
アミへそう笑いかけて、私はまた試着室に戻った。
薄手のカーテンを閉めてしまうと、僅かに俯いて目を閉じる。
興味ないのは前からだった。だからショックを受けることなんてないはずなのに。
胸が痛い。
「……着替えなきゃ…」
呟き、私は一度は閉じた目を開けて、前を見る。
そこには疲れた顔をした自分がいて、その顔の自分が可笑しくて眉を下げつつ笑うと、ハンガーで掛けられているさっきまで着ていたグレーのロングパーカを手に取った。
キャミソールのようなワンピースだったから、今も下には黒のデニムパンツを穿いたまま。もう上を着替えるのみだから、本当は早いのだけど。
のそりのそりと着替えながら私はぼんやりと思考に潜る。
友達として近づけたような気がしてたけど。
やっぱり彼への距離はとても遠い。手を伸ばしたところで、到底届きそうにない。
思い返せば、彼はいつだって、そうだった。
私が一人勘違いしただけで。
距離は増すばかり。
「さくらー?」
小さく、誰にも聞こえないよう息をついた直後に届いたアミの声に、心臓が大きく跳ねた。
「な、なに?」
「着替え終わった? こいつらも来たし、ランチ行こ」
「うん、ちょっと待って」
返事をしつつ私は慌てて着替えの手を早めた。
ショッピングとランチを兼ねて、ここの商店街へ来ていたのだし、コウだって…たぶん彼女とのデートでたまたま来ただけなんだろうから。
そっちに気が行く、よね。…当たり前だけど。
「…」
試着室のカーテンを開けるのがこんなにも嫌と思うこと事態初めてで、どうすればいいか分からなかったけど。
彼に、友達と思われてなくても。
私が、友達と思ってるぶんには、良いよね?
それくらいは、許してもらえるよね?
「お待たせ」
意を決して薄手のカーテンを開けてしまう。
そこにはアミと、彼女の少し後ろに海斗。そして一番遠く、こちらと距離を保っているのが、コウ。
売り場の入り口辺りで、腕を組んで、時々時計を見ている。
「お腹空いたね、さくら」
「肉食おうぜ、肉」
「バカっ。昼間っからそんなに重いもの食べたくないわよ!」
上手く笑えているか自信はなかったけど、カーテンを開けた向こうの三人が…ううん正確には二人が笑顔で出迎えてくれたから。
心底、ほっとした。