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かくして、楽園を去りし神は終焉を謳う  作者: 十姉妹
第二章 導となるもの
7/7

7  自由の在り処

使用お題:『白鴉、箱庭、生贄をテーマ・モチーフにした主人公が魔術師の物語』

 ピァァ、と友達の鳴く声が聞こえた。

 窓辺に駆け寄って出迎えるとそれは爽やかな風と共に舞い降り顔をすり寄せてくる。


「ふふ。おかえりエアリエル。くすぐったいってば」


 自らの腕に収まっているのは、全身が白い羽に覆われた鴉。双眸は空と同じ青。

 嘴が催促するようにぐりぐりと行き来を繰り返し、首元を撫でてやると満足そうに鳴き声をあげた。


 その友達の片足にくくりつけられた桃色のリボンと筒状の羊皮紙を外すと、もう一度首元を撫でて労ってやる。


「今日もありがとう。休んでいいよ」


 自分の影に沈んでいく姿を見届けると、柔らかなベッドに身を投げだして羊皮紙を広げた。

 中には繊細な文字が柔らかく連なっていてぼくの目を吸い寄せる。


「『最近は夏でも涼しい日が続いています。先日あなたのお手紙を読んでいたら、いつの間にか木陰でうたた寝をしてしまいました』……そうなんだ。ヒナらしいなぁ」


 一通り勢いに任せて読み終えてからもう一度ゆっくりと読み返す。

 そうして目を閉じると、ヒナが綴ったこの手紙が物語のように映像となって動き出す。


 顔も知らないあなたがぼくに微笑みかける。


 何ものにも代えがたい穏やかな瞬間。

 小さな箱庭の中でぼくが得られるもの。


 ふっと一息つくと、反動をつけてベッドから起き上がり羊皮紙を小箱に保管する。

 今ではこの手紙も百の数を超えた。

 少しずつ増えていく宝物を眺めて心を温めると、次はぼくが返事を出す番だ。


 さて、何を書こう。





 事の発端をたどれば、それは何年も前のことになる。

 思い返せばあの時先生がいなければ今でもこの箱庭の中で孤独と諦念を持って過ごしていたのかもしれない。


 ぼくの家はなんというか、良くも悪くも古い貴族の家柄でお金に困ったことはなかった。

 家督を継ぐ長男は王の忠臣となり政治を動かす。

 そうしていつも時代の真ん中にいることで権威を保ってきた。望むものがあれば、たいていの物は手に入った。


 ぼくは政治には興味がないし、兄たちがいるので家を継ぐことはない。

 代わりに与えられた役割はただ一つ。

 王家に生まれた姫君へ婿養子として入り王族の信頼をより強固なものにすること。


 その為貴族の子らが通う士官学校などへは行かず、剣も教わらず、ただひたすら文と才を身につけるため家庭教師がつけられた。

 王家と、三歳下の姫君に気に入られるため様々な教養を叩き込まれる。



 決められた人生を、決められた通りに。



 それが用意されたこの家での役割。



 おかげで友達なんて一人も作れるはずがないし、狭い家に……いや、必要ない広い家に閉じ込められ日々を過ごすことに嫌気がさしていた。

 それでもここでしか生き方を知らなかったぼくにはどうすることもできず、言われたことをこなすだけの毎日。


 父も母も、別にぼくを嫌いなわけではないのだ。いつでも愛を与えてくれる。

 けれどそれ以上に、貴族という地位を守るために必死なのだ。


 許嫁になったわけでもない、選ばれるかどうかもわからない姫の為に用意された生贄。

 どうしてもそう感じてしまう自分がいて。



 そんな時、新しく入ってきた家庭教師はぼくの心情を鋭く見抜き、そして新しい世界を見せてくれた。

 父母が必要ないと頑なに見せようとしなかったもう一つの世界。



 それは魔術だった。



 先生はぼくに教鞭を執る傍ら密かに魔術の教えも施した。

 決して危険だとか、高度な呪文であるとか、そういったものではない。ただぼくに世界を見せてくれる為の知識。


 ここに閉じこもっているだけでは見られない様々なもの。

 後々何があってもいいように、強く生きられるように。


 先生は常に寄り添いぼくの為を考えてくれた。


 そして魔術の素質があるとわかったとき、使い魔の召喚呪文を取得するかどうかの選択権を得た。


 使い魔とは、一時的な力の使役ではない。

 互いの命が尽きるまで共にある存在。契約を違えればそれは大きな代償となってこの身に降りかかる。



 何も知らなかった頃へは戻れない。

 それでもいいと思ったし、新しい世界を見てみたいという欲求が抑えきれなかった。

 この召喚に成功すれば、ぼくは生まれ変われる。


 頷いたぼくに見せてくれた先生の表情は今でも忘れない。


「エアリエル。君に初めて会ったときのことも……」


 鼓動が跳ねるように波打って胸を満たす。ぼくの中にあるもう一つの命。



 魔物の多くは光を嫌う。

 その為召喚は地下室などで行うのが一般的だが、例外もあるようで光や草木、大気を好む精霊のような存在もあると聞く。

 だからだろうか。場所の選定として、屋敷の裏手にある高台を選んだのは。


 先生は儀式の用意をしているときイタズラを仕込む子供のような笑顔でこう言った。



「お前と絆を結ぶものはお前の願いを叶えてくれる」



 その言葉がどんな意味を示すのかわからなかった。


 けれど閃光を放つ魔方陣に、大気を巻き込む旋風となって現れたのは白い両翼であったから。



 いつか遠くへ行きたいと思っていた。



 一人としてぼくを知る人がいないどこかへ。



 運んでくれる翼があったらいいのに。



「君、ぼくと一緒に……いてくれる?」


 空の色をした瞳には不安そうなぼくがガラス玉のように映り込んでた。

 それでも優しく翼に包まれたとき、涙が出た。


 ぼくに翼はないけれど、この子が代わりに飛んでくれる。

 もう独りではないのだ。


 先生は慈しむような眼差しを向け、契約を交わした小さな魔術師を歓迎してくれた。

 そして最後の贈り物にと、腕輪をくれたのだ。


 それはテイマーである証。使い魔と共にいる印。

 特殊な金属がいくつもの輪を作り絡み合って、互いを打ち鳴らすと涼やかな音が耳を打った。


『最後って何ですか。もっといろんなことが知りたいです』


『わたしも教えてあげたいが、お前のご両親が許してくださらないだろう』


 閃光と暴風は異変を知らせるのに十分だ。

 高台へ駆け上がってくる警備兵と父母の姿が見えたとき全てを理解した。


 先生はもう、行ってしまうのだ。


『お前のような優秀な弟子をもてたことを誇りに思うよ。しっかり励みなさい』

『先生! ぼくはまだ……!』

『お別れだエトワルト。生きていればまた会える』

『……はい。先生の名に恥じぬよう、精進します』


 最後まで目は逸らさなかった。

 いや、これが最後じゃない。必ずもう一度会って成長した姿を見せるんだ。


 先生はぼくの知り得ない大気の力を操り、空間が歪んだように視界が滲んだ瞬間には既に消えていた。


 遅れた風が木の葉を伴って、先生の過ぎ去った遥か彼方へ追いかけていく。



 その後の両親は言うまでもなく、今まで以上に厳しい教育を強いるようになった。

 選ばれてくる家庭教師は皆一瞬の隙もなく獲物を追い詰める蛇のように睨めつけてくる。


 それでも以前のような窮屈さを感じることはなかった。

 ぼくの代わりに飛んでくれる存在がいたから。エアリエルがいれば、ぼくはどこまでも行ける気がした。



 そういえば、ヒナと知り合ったのはそういうときだったな。



 外へ飛び出したいと心が叫びだすと、決まってエアリエルが諌めるように嘴を寄せてくる。

 そんなときは窓辺から空を見上げて、友達の舞い飛ぶ姿を眺めていた。


 始まりは桃色のリボン。


 うたた寝している間に帰ってきた友達が身につけていたのは奇妙な装飾品。

 いったい誰につけられたのかわからなかったけれど、そのリボンからはほのかな花の香りがした。


 仕方がないので便箋を小さく切り取ってリボンに結びつけた。

『お返しします』

 と、酷く簡素な文面を乗せて。


 そうやってもう一度同じ場所へ飛ぶように、腕輪の錫杖を打ち鳴らして送り出すと今度はなかなか帰ってこなかった。

 日も沈みかけ心配で居ても立ってもいられないようになった頃エアリエルはけろっとした顔をして戻ってきた。

 しかしリボンが足に結いつけてあるのはそのままで、お前は何しに行ったのかと叱責しようとした時便箋の色が異なるのに思い当たる。それはやはり花の香りがする、手触りの良い上質な紙を用いた手紙。


 開いてみると、繊細な女性の文字で短い文章が綴られていた。


『初めまして。突然のお手紙をお許し下さい。

 この子の体毛があまりに綺麗な白であったから、リボンをつけたらもっと可愛くなるのにと思ってしまったの。

 気に入らなければ、どうぞお取り下さい。でもよろしければ、あなたとお話がしてみたいです』


 まさか返事が返ってくるなんて考えもしなかったことだから、手紙を放り出してしばらく呆然としてしまったものだ。


 どこの誰かわからない人物を相手に自分の話をするのは危険が伴う。


 それでも屋敷の人間以外と関わったことのないぼくにとって、まだ見ぬ彼女への好奇心が湧き上がってくるのを抑えられなかった。

 初めて先生に魔術を教わったときのような言い知れぬ高揚感があった。


 恐る恐る筆を執り、そして言葉を綴る。

 一体何を書いたら良いんだろう。

 何度も書き直して、何枚も紙を無駄にして、いつしか屑籠が一杯になった頃手紙は出来上がった。


 その後は何度も思い直して机から出して閉まってを繰り返し一週間が過ぎた頃。

 エアリエルを飛ばして、彼女の元へ届けることにした。


 返事はすぐにきた。


 ヒナと名乗った彼女はぼくと同じような境遇なのだと思った。

 毎日勉強に追われながら窮屈な毎日を過ごしているのだ。


 ぼくはこの手紙の中で、新しい自分になることを決めた。

 つまらない小さなエトワルトではなく、希望に満ち溢れた青年アルドに。


 アルドという名前は、以前小説で読んだ冒険譚の主人公だ。様々なダンジョンに果敢に挑みそして生還する。

 強く勇ましい憧れの人物。


 そしてぼくが学んだ魔術に関する知識や、先生が旅したという異国の話を綴りエアリエルに運ばせた。

 その間隔はまちまちで、ぼくが忙しいときもあれば彼女の都合が悪いときもあるのだろう、書いた手紙がそのまま戻ってくることもあった。


 手紙の数とその月日は比例しない。


 ヒナと初めて手紙のやりとりをしてから二年になるだろうか。


「先生やヒナに会ってから、毎日がどんどん早くなってるみたいだ」


 彼女とはもう何年も共にした旧友のような思いがあった。

 代えがたい大切な友人。

 そんなことを言うとエアリエルがつついて抗議してくるだろうから、黙ってるけど。


 アルドに生まれ変わった新たな手紙を桃色のリボンで友達の足にくくりつけ、いつものように送り出す。

 錫杖を打ち鳴らし、もう一人の友達の元へ。


「いってらっしゃい。頼んだよエアリエル!」


 ピィィ、と甘えた鳴き声をだして頬に嘴を擦り寄せると、大きな両翼が力強く羽ばたき空高く舞い上がる。

 いつでも君はぼくの翼になってくれる。

 この翼を与えてくれた先生には感謝してもしきれないといつも思う。


「そうだよ……もっと早く。もっと高く。空へ! ぼくを連れて行って!」


 白鴉は雲と交えてすぐに見えなくなる。

 ぼくに翼はないけれど、あの子が代わりに飛んでくれる。

 もう独りではない。大事なものが増えたから。



 書き出しは、そう。



 ――ぼくの大切な友達へ。


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