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かくして、楽園を去りし神は終焉を謳う  作者: 十姉妹
第一章 彼らの住む世界
6/7

6  待つ者

使用お題:『「首筋」「犬」「腰痛」がテーマのドワーフの話』

 ドワーフと言えば、偏屈で気難しい性格の変わり者と評されることが少なくない。

 それも間違っていないのだが、わしからすれば豪胆で物怖じしない勇猛果敢な戦士だと思っている。


 まあ酒場に行けば意気投合しての喧嘩という流れはいつものことだし、炭鉱に行けば時間を忘れて採掘に励むものの肝心の鉱石を粗末に扱ったり扱わなかったりするのも良くあることだ。


 簡単な話が、やはりドワーフという種族は誇るべき存在ということだろう。



 本日の仕事を終えた炭鉱夫が豪快に酒場の扉を破ると、既に場内は最高潮に達していた。

 なんということはない。あっちで皿が割れ、こっちで樽が転がりしているだけだ。

 さらに言えば大半は常に最高潮である。


 樽と一緒に笑い転げてくる中年を跨いで所定の位置につくと、ジョッキに並々と注がれたエールがドシンと音を立ててこれまた雑に置かれた。泡がテーブルにこぼれ落ちている。

 特に気にする様子もなく、軽快に喉を鳴らして飲み終えた小柄な男が満足げにげっぷを吐き出すと周りの連中が気前よく新たな酒を持って集まってきた。


「へっへへ、来るのが遅えじゃねえか四番蔵ぁ」


 古くから馴染みのある奴らが揃いも揃って顔を真っ赤にして酒をあおっている。


 すっかりできあがっている旧友がさらに強いアルコールを流し込んでいるところに挨拶代わりの一撃をお見舞いして咽させると、負けじと四番蔵と呼ばれた男も二杯目を空にした。


 うむ、やはり仕事の後は格別に上手い。

 これで持病の腰痛に効いてくれりゃあ申し分ないんだが。


「なあにちぃっと微笑みがあっただけのことよ。六番蔵の顔色からするとからっきしのまま飲んでるんじゃねえかよう?」

「ツイてないもんだぜ。女神さんはお前にばかり微笑みやがる」


 良い石が掘れた時は、女神の微笑みと言ってドワーフの神から賜ったものに言い換えるのが炭鉱夫の習わしだ。

 まあ大方六番蔵はまたそっぽを向かれたんだろうが。


「おべっか使ってでも女を振り向かせにゃあ、良い石は出ないってこったな」

「相手もいねえお前さんに言われたかねえがな! がははは」


「相手はいねえが石は出る。こりゃあ炉に高く引き取ってもらわんと」


「ははぁ、四番炉の連中も明日は大忙しときたもんだ。まったく羨ましい限りだなあ」



 そんな軽口を叩きつつ、酒場の盛り上がりに大いに笑い樽を開けた。





 今日も心ゆくまで飲んで騒ぎ、良い気分で帰路につく。


 気の置けない仲間と酒を酌み交わすのは楽しい。



 仕事の後浴びるほど飲んで帰るのが四番蔵の主、ガンテツの日課となっていた。


 しかしゆくゆくはエルフの造る清酒なるものを味わいたい。

 わしらのことを変わり者扱いする他種族の連中は好かんが、酒を語れる奴に悪人はおらんだろうとも思う。



 同じ道を行き来する毎日に、少しの変化があれば。



 そう考える機会も以前より多くなった気がする。

 キシキシと痛み始めた腰をさすりながら、天井に吊り下がる豆電球を眺めた。


 変化を好まず親から継いだ四番蔵の主となって嫁をとり、家族を養いながら堅実に蔵を守る。

 鉱石を掘り己の技術を磨く。



 昔はそれが正しい人生だと思っていた。



 しかし現実は未だ独り身にして場所を固めるという気配もない。

 なんと味気なく、またなんと一生の長いことか。

 わしは四十二にして答えの見えない迷路に踏み込んでしまったのか。



 ――そう物思いにふけった折。



『クゥ、クゥゥ……ン』



 通い路の隅に溶け込むようにして蹲っていた影が僅かな震えと共に身じろぎをした。

 ぽてぽてと小さな歩を進めるその四肢は、街灯に照らされて姿を現した。



 犬だ。



 額に突起物がある一角犬で、全身は灰黒。

 右前足と尻尾の先だけが薄灰色の毛並みである。


『キュゥゥ』


「おい待て、こっちに寄るんじゃないぞ」


 温かいものを求めるように擦り寄ってくる生物にしっしと舌を鳴らすも移動する気配が全く無い。


「勘弁してくれ。わしは小動物なんぞ好かんわい」


 首根っこを捕まえて元の岩陰に戻すと早足に立ち去る。

 体も冷えていたし、あのまま放っておけばいずれは死んでしまうだろうが……それがあの獣の運命だと思えば仕方のないことだろう。


 ドワーフの住むこの山脈は、高い山と谷が何重にも連なる天然の障壁だ。

 外界とを隔てる自然の要塞でもあり隣には魔族の枯れた砂漠地帯が広がっているが、そこからあぶれた種族や魔物などが小さな横穴に住み着いたり山越えをしてドワーフの土地を犯すこともある。


 今回の一角犬もその類であろう。

 元々親と共に山脈に入り込んだのだろうがどこかのタイミングではぐれてしまったか。

 どちらにせよ、幼犬が一匹で生きられるほど甘い世界ではない。


 この道は炭鉱夫によって整備されているが、元々が山脈を削って作ったような洞穴路である。入り組んだ穴は無数にあり土地勘のない者が一度足を踏み入れればどこに出るのかわかったものではない。



 『ワフ、ワフ! キュゥゥ……』



 少し遠ざかった寂しそうな声が、耳に絡みつくように残った。


「いいか。わしはペットなんぞ飼わんぞ……絶対にだ」


 だからこの歳になって嫁も持たない男が好きでもない子犬を拾うというのは、なんというかそう。山の外へ追い出す為だ。

 死体にでもなれば獲物を求めてもっと大きな獣も寄ってくるだろうからな。

 しかしその前に体を温め餌をやり、健康状態を良くして放すことが必要だ。


 足早に道を戻った背の低い中年ドワーフが、ゴツい手を伸ばして恐る恐る抱き上げた幼犬はその日命を取り留めた。

 以来、その一角犬の定位置は決まってガンテツの肩になり、腰痛に加えて肩こりの悩みが増えてしまった彼は深く後悔したと言う。


 外に放り出せば鳴き止まず、置いてくればいつの間にか家まで戻ってきてしまう。



『こんなもん、拾うんじゃなかったわい』


 

 それが生涯の口癖になることは、ガンテツはまだ知る由もない。

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