2 とある竜使いの夕飯
使用お題:『リング、使い魔、呪いをテーマ・モチーフにした、主人公が女性』
この世にはあらゆる生物が存在している。
人間。ドワーフ。エルフ。獣族。魔族。翼人。そして遥か昔に存在したとされる、神族。
お互いが長い歴史のなかで衝突しあい、また時には同盟となって世界は絶えず変動してきた。
今もなおどこかで勃発する争いがまた新しい未来を作るのだろう。
わたしはその中のほんの一片を見ているに過ぎないんだと……広大に広がる大地を見ていると、そう感じることが多くなった。
年を取ったのかもしれない。
『考えごとか、我が主よ』
「ええまあ。ちょっとね。……もういい年だなあと思っていたところよ」
ぐぅっと上半身を伸ばし、腕と体の甘い痺れを取り除く。軽く肩をまわしながら背中に当たるごつごつとした感触の相手に語りかけた。
『我と契約を交わしてもう十年になる。人間は骨になるのが早いからな』
ククク……と忍び笑いが聞こえてくるが、いつものことなのでもう気にしていない。わたしの相棒はだいたいこんな感じだ。
数ある種族の中で最弱と謳っているのが人間で、自分の足元にも及ばないと豪語しているのである。その人間に使役されている現状はどうなんだと言ってやりたいが、反抗期は面倒くさいのでそっと心の中にしまっておこう。
「骨にならないうちにやりたいことが沢山ありすぎて、本当にまいっちゃうわ」
自慢の錫杖の具合を確かめながらごちる。
少し傷が目立ってきたかもしれない。そろそろメンテナンスに出さなければ。
長年愛用しているこの錫杖はいわゆるテイマーの象徴のようなものだ。
鉄で作られた輪形に小さな遊環が六つ通されていて、打ち鳴らして使用する。錫杖から発せられる音によって使役するのだ。
『特にお前の場合、骨になるのが早いからなぁ? フフ、ご苦労なことだ』
「はいはいそうですねー。日も傾いてきたし戻るわよ。グランドテール、わたしを乗せなさい」
シャンと錫杖を打ち鳴らせば、先程まで背もたれにしていた巨大な像がグッとこちらに体を傾けた。
太い首に巻かれた手綱を取るとわたしを乗せた太古の生き物は動き出す。
テイマーと一口に言っても使役する使い魔の種類によって細かく分けられる。
わたしは、ドラゴンを使役するドラゴンテイマーだ。
夕刻前は街に入場する商人や旅団で門に人集りができていた。
通行証を提示し中へ入るとまずは中心から少し外れたところにある生産区に立ち寄る。そこで顔なじみの武器屋で錫杖のメンテナンスを依頼し、あとは定宿に戻るだけだ。
「おぅ、その後ろ姿はリエムじゃねーか。久しぶりだなあ」
野太い声に呼び止められ、振り向くとゴツい鎧に身を包んだ大柄の男が立っていた。
以前依頼を共に受けたことがある人物だ。
「誰かと思えば、“大酒飲み”のドムじゃない。何年以来だったかな?」
「はっはっは。どうせならもっと格好良いほうで呼んでくれよ、なぁ? “赤竜使い”のリエムさんよ。まあ三年ってとこだな。他に夕飯の予定が無ければ一緒にどうだ。積もる話もあるだろーしよ」
「嬉しいお誘いだけど、今日のところは遠慮させてもらうね。あんたがまだこの街に滞在する予定なら、日を改めて会おう」
「おう、まあそんな時もあらーな。俺はちょくちょくギルドに顔出すだろうから、また声かけてくれや」
何かを察したのか、あまり引き止められることもなくあっさりと別れることになった。
こちらに予定があったわけではないのだが、今は人と飲む気分ではなかったからドムの気遣いは嬉しかった。
「そうするよ。じゃあまた」
短い話を終えて宿に帰還すると、わたし宛に一通の手紙が届いていた。
その差出人を見て内心の動揺を無表情にて覆い隠す。しかしわたしの影に収まっている相棒にはわたしの感情は筒抜けだ。使い魔が召喚されていない時は、脳内に直接声が響いてくる。
『例の奴からの文か。また胡散臭い噂話ではないだろうな』
案の定グランドテールは語りかけてきた。
テイマーと使い魔はそのほとんどが死ぬまで互いを唯一の契約者とする。
テイマーが契約を反故にすることは出来るが、その代償は大きい。召喚する個体によって違うが体の一部を食われることもままある。だからわたしたちテイマーは、選んだ使い魔を一生の相棒とするのだ。
付き合いの長いこの竜は既にわたしのことを分かりきっている。
「さあ、どうだか……この前は全然関係ないことに首を突っ込んだ形になったわけだし。でも、情報があるだけありがたいよ」
――わたしの、この呪いを解くために。
部屋に戻り椅子に腰掛ける。
蝋で閉じられた封筒を開けると、一枚の紙に短い文面が記されていた。
「南東ノ森
エルフ 身ヲ隠ス
守リタル祠 カツテノ神々ノ兆シ 有リ」
南東といえばエルフの管理する密林がある。この密林は東の森とつながっていて、その規模はかなりのものだ。情報の正確さはわからないが行ってみなければ何もわからない。
今度こそ解呪するための手がかりにたどり着けるかもしれないと……決意して、もうかれこれ十五年だった。
「もう何年生きられるか」
己の体を見つめる。赤く変色した痣のようなものは少しずつ体を蝕み、いずれ全身を犯すだろう。
そうなれば体は腐り朽ち果てる、死の呪いだ。
もう半身が赤く染まってしまった。
遠い記憶が蘇る。何も怖いことが起こるはずないと、平和な日々を過ごしていた子供の頃。
たった半日村の外に出ていた。そして天空から落下した「何か」によって、運命は変わる。
一瞬にして周囲を焦土と化した何かは赤黒い大きな塊で大地に穴を開けた。それが一体どこから降ってきたのか、何故呪いを受けたのか、全く理解ができなかった。ただその光景の一部始終が目に焼き付いて離れなかった。
それから世界の何ヶ所かに同様の赤黒い石のような何かが落ちたと耳にした。
それが人体に与える影響は様々だったが、共通点は赤い痣によって最後は死に至ること。猶予期間は数日から何十年も幅があること。
わたしはいつ死んでもおかしくない。
『お前がいつ野たれ死のうが、我には関係のないことだ。いっそ早く命を落としてくれたほうがさっさと開放されて楽なんだがな』
抑揚のない声が頭にこだまする。まったく薄情な竜だ。
「なによ。わたしはあんたと一生を共にする覚悟なのにさ」
『ククク。我にはつかの間の出来事に過ぎん。しかしいずれその時がやってきたならば、しかと最期まで見届けよう。我が主よ』
何でもないとこの竜は言う。わたしが死ぬことは何でもないことだと。
それが世界の理ならば、それを受け入れよと。
でも人間は諦めが悪いのよ。そう簡単に自分の運命を受け入れたりはしない。
この呪いが、神が人類に下したものだとしても。
「ええ。粘り強くいつまでも這いずって、あんたと契約し続ける。しつこいわよ?」
わたしは諦めない。
『楽しみだな』
「さて、さっさと食べてもう寝るから。錫杖のメンテが終わり次第出発よ」
いざ、南東へ向けて。
わたしはわたしが生きるための道を探して歩き続ける。
しかしそのためにはまずは腹ごしらえだ。空腹で戦争は行えない。昔の偉い人が言ってた台詞だ。
部屋を出て宿屋に併設されている酒場を訪れる。冒険者たちが互いの武勇を語り合い、笑い声が場を満たす。
各々のテーブルからは、柔らかい肉をよく煮込んだ美味しそうなシチューの匂いがした。