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約束の、価値は(2)

「アイリス? アイリスだろ! やっぱり来てたんだな!」


ジェネシス本部内通路を歩くアイリスの後姿に駆け寄るカイトの姿があった。

国際サミットは無事に終了し、解散の運びとなった。 その後も国によってはしばらくジェネシスに滞在するものもあるが、ひとまずカイトたちは解放されたわけである。

急に呼び止められたアイリスは戸惑いながらも振り返り、その頭をくしゃくしゃ撫で回すカイトの仕草に困ったような笑顔を浮かべていた。


「お、お久しぶりです」


「おうよ。 それよりどこに行ってたんだ? お前、エースなんだろ? エルサイムの護衛機は確かエクスカリバー一機だけだったと思ったが」


確かにエクスカリバー一機で護衛は事足りるといえない事も無い。 しかし、問題はそういうことではない。

エースが顔を合わせる、と言う事自体にすでに意味があるのだ。 そこに不在となれば、それはおかしな状況と言うに十分足りるだろう。

カイトの無邪気な笑顔を見てアイリスは内心憂鬱だった。 これから自分が成そうとしている事は、確実にカイトたちへの裏切りであるとわかっていたから。

そうしてカイトの質問に曖昧な笑顔で答えていると、二人の間にずいっと身を乗り出したエリザベスが鋭い目つきでアイリスを指差した。


「アイリス! どういうつもりよ!?」


「え?」


「出たり戻ったり……挙句の果て護衛としての役目も果たさずうろついて! あんた本当にこのサミットを成功させるつもりあったの!? これがどれだけ大事な出来事なのか、わかってるんでしょ!?」


激しい語調で攻め立てるエリザベスの姿にカイトは目を丸くしていた。 アイリスは無論、何も言い返せない。 静かに視線を逸らし、俯いた。


「エリザベス……。 いきなりそんなこと言わなくてもいいだろ? どうしんだよお前……なんか変だぞ?」


「変じゃないわよぅ! 別に、当たり前の事を言っているだけでしょ!?」


「すみません。 エリザベスの言うとおりです……。 私は―ー」


顔を上げたアイリスは申し訳なさそうに瞳を揺らしていた。 その仕草が余程予想外だったのだろう。 エリザベスは目を丸くし、それからばつの悪そうな顔でそっぽを向いた。


「何謝ってんだよアイリスも! 俺たちは仲間だ。 一緒にやってきたんじゃねえか。 なっ?」


カイトの明るく優しい言葉も、誰も答えなければむなしく響き渡るだけだった。

気まずい空気が流れる。 カイトはぽりぽりと頭を掻き、それから二人の肩を叩いた。


「……少なくとも俺はそう思ってる。 これまでも――これからもな。 お前らがどうなろうと、世界がどうなろうと、それだけは変わらない」


「……カイト」


ずきりと、胸が痛んだ。

とてもありがたい言葉だと思う。 それは救い。 それでもカイトの言葉を素直に受け止められない自分が居て、アイリスは戸惑っていた。

エリザベスはジト目で二人を交互に眺め、腕を組んで唇をとんがらせている。 そんな状況を打開したのはシドだった。

三人の視界に同時に入った少年はしかし普段の元気の良さは皆無であり、どこか熱に浮かされたようなおぼろな足取りでふらふらと三人に向かってくる。


「おーい、シドォ! 何やってんだ!?」


それほど遠いわけでもないのに大声を出すカイト。 直ぐそばでそれを聞いていた少女二人が耳を塞いだ瞬間、それは起きた。


「――シドッ!!」


あわてて駆け出すカイト。

三人の見ている目の前で、シドは何の構えも無くばったりと通路に倒れたのである。

すぐさま駆け寄り抱き起こしてみるものの、意識は無く一目でわかる程シドは衰弱しきっていた。

カイトはその症状に見覚えがあった。 抱き抱える腕から伝わる熱い体温――そして、シドの身体の表面を走る光。


「アイリス! 直ぐにアルバを呼んできてくれ! 下手に動かすと拙い!」


「わ、わかりました!」


あわてて医務室に飛んでいくアイリスを見送り、エリザベスは戸惑いながらシドの顔を覗き込む。

だらだらと脂汗を大量に流しながら、しかし呼吸は不自然なほどに静かだった。 カイトの表情は芳しく無く、それが危険な状態である事はそれだけで理解できた。


「ね、ねえ……? こいつ、どうしちゃったの?」


「……いつかこうなるのはわかってたんだ。 いや、今までこうならなかったのが不思議なくらいだ」


――――フォゾン化。


アーティフェクタに乗り続ける限り、適合者について回る死の危険性。

少年の指先、欠けた爪の破片は光となり、静かに崩れ消え去った。




⇒約束の、価値は(2)




「ひとまずは安静に。 先ほど検査したところ、やはり倒れた時に全身にガタが来ているみたいだからね」


処置室の前で待たされていたアイリス、エリザベス、カイトの三人はアルバのその言葉にひとまずは安堵した。

いきなり死んでしまった、なんてことにはならなかっただけマシだ。 それはカイトが一番よくわかっていた。

あれから担架で医療班に運ばれ、すぐさま処置されたシドは無事だったが、相変わらず意識は戻らないままだった。

そんな重苦しい空気の中、アルバは優しく微笑みカイトの肩を叩いた。


「強引に動かしたりしなくてよかった。 君の処置のおかげで彼は助かったと言えるのかもしれないよ」


「……そうッスね。 でも、なんでまた急に」


「急、ではないのかもしれません」


壁に背を預け、腕を組んでいるアイリス。 全員の視線が集中する中、アイリスは過去を思い返していた。


「シドは最近元気が無かったように思います。 それに……フォゾン化なんて、そんな事微塵も思わせないくらい、彼はいつでも明るかったから……」


「それはきっとシドがそういう子だからなんだろうね。 僕の検査では、フォゾン化はきちんと進行していたはずなんだ。 身体の感覚はもう殆ど無いだろうし、自分で気づかないはずがない。 きっと、エルサイムは今色々と忙しいから、無理をしすぎたんだろうね」


「……シド」


アーティフェクタであるエクスカリバーはエルサイムにとって最重要の戦力。 国防の要である。

その力があったからこそ今まで天使や神を撃退し、国を作るだけの猶予を得る事が出来たと言えるだろう。 しかし逆に言えば、それはこの二年もの間シドが必死に戦って無理をしてきたと言う事も意味している。


「通常、アーティフェクタの適合者は一年持てばいい方だからね……。 それにシドは、ジェネシスみたいに適合者に余裕がないエルサイムの出身だ。 恐らく乗り換えローテーションもないまま、ぶっ続けだったんだろう」


「そんな身体でエクスカリバーに……。 ねぇアイリス、気づいてあげられなかったの? それに、あんたが護衛についてればシドだって休めたのに……」


「すみません……」


言及したエリザベスの方が申し訳なくなってしまうほど、アイリスは憔悴していた。 見た目は冷静を保っていたが、エリザベスにはよくわかった。

処置室前のソファに腰掛け、ぶらぶらと足をゆすっていた少女は立ち上がり、静かに背を向ける。


「あたし、ルクレツィアを探してくるから。 あんたはシドのそばに居てあげれば」


「ありがとう、エリザベス」


「……べ、別にあんたのためじゃないし! 勘違いしないでよね、もう!」


何やらぶつぶつ言いながら走り去っていくエリザベス。 医療ブロックなので走るのはいけない事だったが誰もツッコまなかった。

そんな少女の無邪気な背中を見送り、アイリスはため息を漏らした。 本当に、自分は何をしていたのかと、後悔の真っ最中だった。

気づけるチャンスはいくらでもあったはずなのだ。 それなのに、護衛の任務さえ果たさないまま、かといって何を成したわけでもない。


「まあ、安静にお願いするよ。 僕はオリカ君に入院の事を話してくるから」


「あの、どれくらい入院になりますか?」


「目を覚ますまでは仕方ないかな。 ひとまず、今は彼の身体を優先した方がいい。 エクスカリバーなしじゃ、エルサイムだって厳しいはずだ」


とりあえずはそれで解散となった。 病室に残ったのはアイリスだけで、気を使ったのか、カイトもいつの間にか姿をくらましていた。

かつてはリイドもそこで眠っていた。 パイプ椅子の上に腰掛け、アイリスはシドの手に触れる。

倒れた衝撃のせいか、シドの身体にはところどころヒビが入っていた。 今にも崩れてしまいそうな身体の結合……そう、こうなることはわかっていたはずなのに。


「どうしてなの、シド……? 何で言ってくれなかったの……?」


囁くような問いかけ。 シドはまるで死んでしまったかのように静かに眠り続けている。

次の瞬間、盛大な音と共に扉が開き、ドレス姿のルクレツィアが髪と呼吸を派手に乱しながら駆け込んでくる。 あわてて立ち上がったアイリスを押しのけ、ルクレツィアはシドの前に立った。


「…………」


しかし、何も言わない。 ひとまず無事である事を知り、安心したのかもしれない。 しかしその瞳は後悔の念に駆り立てられているように見えた。


「ルクレツィア……」


「アイリスか……。 すまない、私がしっかりしていなかったせいだ」


「いえ、そんな」


「いや、本当に……。 もう、勘弁願いたいものだな、こういうことは……」


苦笑しながら深く息を吐き出し、椅子の上に座る。

シドの手を取り、少しだけ強く、壊してしまわないよう、握り締める。


「慣れないんだ。 失う事は。 何度も経験したはずなのに。 本当に……参ったな」


「……」


アイリスは無言でその傍らに立っていた。 かけられる言葉など何も無かった。

ルクレツィアは涙を流さなかった。 強い、と思う。 王として、彼女は涙を流している場合ではない事を知っているのだ。 そしてそれを実行している。

シドの手を握っていたのは恐らく五分程度だろう。 すぐさま立ち上がり、王の顔に戻った騎士はドレスの胸元をはだけながら静かに告げた。


「シドが動けないのでは仕方ない。 アイリスはこのまま残ってシドの様子を見ていてやってくれ」


「え……? あ、貴女は?」


「私はエルサイムに戻る。 エクスカリバーは既にランスロットに格納済みだ。 いつまでも一国の王が玉座を空けるものではなかろう」


「でっ、でもっ!!」


ルクレツィアの眼差しは冷たく、厳しかった。 アイリスは息を呑み、何もいえなくなる。 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。


「シドが死んでしまうかもしれないって時に、貴女がそばに居てあげないで誰が居てあげるっていうんですか!?」


「私は王だ。 ここに滞在するわけにはいかない」


「でもっ!!」


「エルサイムにはエーテル治療技術は存在しない。 ここでしかシドを治せないのなら、滞在させるべきだろう」


「でもシドがっ!!」


「アイリス」


アイリスの肩に手をのせ、ぐいっと引き寄せた。

目の前にある強いルクレツィアの眼差しは一切迷いも無くアイリスに訴えかける。


「シド一人の命と、国民全員の命……どちらが大事なのだ?」


その一言が決めてだった。 黙りこんだアイリスを横目に、ルクレツィアは出口へ向かって歩いていく。


「後の事は、任せる――」


静かに閉じた自動ドア。 アイリスは深く息を吐き出し、それからシドを見た。

確かに、この状況はアイリスにとって好都合には違いなかった。 しかし、そんな風に喜べるほど彼女の心は単純にはできていなかった。

ヴェクターから告げられた最初の命令は『滞在』だった。 最低でも三日、出来れば一週間はヴァルハラに滞在してほしい、とのことだった。

その言い訳をなんとか考え、ルクレツィアに告げて滞在を許してもらう事。 まずはそれが第一の関門だったわけだが、思いもよらずそれはあっさりとクリアされてしまった。

しかし、嬉しくはない。 シドがこんな状態で、何を喜べるのか。

その場に居たところで気分が憂鬱になるだけだと悟ったアイリスはすぐに病室を出た。 するとばったり、一人の少年と出会った。

銀髪金目の少年、ゼクス=フェンネス。 何をするでもなくただ通りかかっただけの少年はアイリスを見て静かに会釈し、それから通り過ぎて行った。

アイリスはその後姿に違和感を抱く。 まるでそれは、彼のようだった。


「んむむ〜〜……」


孤独を抱えた背中。 誰とも理解し合えない事を本能的に知っているかのような、冷たく寂しい背中だ。


「んむむむむむ〜〜……」


凡人とは一線を画す、天才と呼ばれる領域の、


「もぐもぐもぐもぐ……」


「さっきから何してるんですか?」


「あっ! お姉様!」


ずっとそこにいたのに、今気づいたような言い方だった。

通路の物陰に隠れながらあんパンと牛乳を手にしているメアリーはアイリスの姿を見るなり喜びの声を上げたが、すぐさま口をあんパンで塞ぐと、アイリスを物陰に引っ張り込んだ。


「なっ、なっ、なんですか?」


「今は尾行中なんです! お姉様も静かにしてください!」


先ほどから煩いのはメアリーだけだったが、そんな事を言っても仕方が無いのでアイリスは何も言わなかった。 諦めと言う名の処世術である。


メアリーは旧世代の刑事ドラマのような格好をしていた。 黒いロングコートを羽織り、何故かパンと牛乳。


「えへへ、格好いいでしょう? 司令がくれたんですよっ!」


「そ、そう……」


ふと床を見下ろすと、彼女が食べながら歩いていたせいでパンくずが散らばっていた。

普通、食べながら尾行はしない。 というか、それは張り込みなのでは? と思ったが恐らく意味のないことだろう。


「彼を尾行しているんですか?」


「はい! なんかあの子、懐かしいんです」


「懐かしい?」


「どこかで聞いた事のあるような、そんな音なんです。 だから気になって、調べてるんです……ってああ!? いつのまにかいなくなってる!?」


二人が長々と話していたせいで、ゼクスはどこかへ姿を消してしまった。 メアリーは余程落ち込んだのか、その場で体育すわりをしてしまっている。


「ご、ごめんね……私が話しかけたせいで」


本当は正反対だったが、とりあえず謝ることにした。

パンをもぐもぐ口にくわえ、牛乳で一気に飲み干すとメアリーは立ち上がり、アイリスを見上げた。


「メアリーはショックなので、司令部に戻ります……。 お姉様はどうしたんですか?」


「どうもしないけど。 司令部には戻らないわ。 色々とやらなければならない事があるもの」


「そうなんですか? メアリーにお手伝いできることなら、なんでもやりますよ! 今式典も終わっちゃって、とってもお暇なんですっ! お姉様〜あそんであそんで〜!」


べったりとしがみつき、ほお擦りしてくる少女にアイリスは困り果てる。 苦笑しながらメアリーの頭を撫で、


「……それじゃあ、少しだけ歩こっか? メアリー、貴女、第二司令部まで案内出来る? 私、まだあそこ入った事がないんだけど」


「はいっ!! ていうかむしろそこはメアリーのホームですよ!! 第一司令部はどっちかっていうとアウェイなんです!!」


両方ホームだろうとは思ったが、無論言わない。

アイリスの手を強く引き、走っていく小さな身体。 なんだか少しだけ楽しくなって、アイリスは気づけば笑っていた。

胸の中を曇らせていた不安な気持ちは一瞬で晴れてしまう。 問題を先送りにしているだけだとしても、メアリーの笑顔はそれだけ人の心を晴らす何かがあるのだ。

そうして二人が第二司令部に向かって走っていくと、その通り過ぎた通路の角に身を隠していたゼクスが音も無く姿を現した。


「……なんだ、あれ?」


大量に散らばったパンくずを振り返り、しばらく固まる。

そうしてどこかへ歩いていったゼクスは何故かほうきとちりとりを片手に、メアリーが散らかしたパンくずの掃除を始めたのであった。


久々にあとがきです。

霹靂のレーヴァテイン続編へようこそ。何?霹靂のレーヴァテイン読んでないだとう?そういう人は全部読んでこい!!!

という、ものすごく不親切な作品ですが、まあ仕方ありません。完全に続編なんですもん。


さて、今回こんな中途半端なところであとがきするのは色々と説明する事が増えたからです。

ひとまず、前作読んでいただいてありがとうございます。ここまでたどり着いた方は第一神話級です。

ひとまず更新ペースはまあ前作よりは少しだらだらする予定です。それと、一度の更新での文章量が多少少なめになると思います。


それとおまけに関してですが、前作にもあった用語解説はとりあえずやるとして、なんかせっかくブログあるんだし、外伝でも連載しようかなとか思ってますが、まだ未定です。

ひとまずエアリオも復活したのでまたなんかおまけやりたいと思いますが、どうでしょう?

用語解説のほか、本編じゃ詳しく語れてない難しい設定とかは復習したほうがいいかなあとか思ってますが……。 ややこしいんですよね、ほんと。

読者がそろそろついてこられなくなるんじゃないかと心配している僕ですが、でもまあここまできちゃった人は結構大丈夫な気もします。

問題は、昔読んだけど忘れたって人ですよね……ううむ。


何はともあれ読んでくれてありがとうございます。

感謝感激エクストリーム。

意味がわからない。

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