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さようなら、レーヴァテイン(1)


何度も繰り返し、あの頃を思い出しては胸を詰まらせる夜。

悪夢のように、呪いのように。 それは全身を縛りつけ、蝕んでいく茨のように。

身体の隅から隅まで、心の奥深くまで、全てを侵食するのは輝いていた思い出で。 もう二度と戻れない日々がずっと足を引っ張っている。

寝ても覚めても繰り返す悪夢。 取り戻したいという想いと、どうにもならない現実。 そして、いつしか諦めようとする自分自身の心とすれ違う相反する意思。

では何が正しく、何が過ちなのか。 何をしたくて、何がしたくないのか。

ただただ繰り返す、諦めきれない想いだけを胸に。 何度でもまた、繰り返す。


「…………リイドをあたしから奪いに来たんでしょ」


白い砂の上に玉座。 そこで頬杖を付いて座る真紅の少女は相対する白の少女に投げかける。

エアリオは樹を見上げていた。 ずっと長い事、世界をつないできたもの。 もう戻れない、自分たちが壊した世界。 大切なもの。

こんなところまできて、何をしようというのか。 理由は多々ある。 けれど本当に、心の底から願う想いとは何だろう。

利己的な想いが世界を壊すのに、その強い想いが世界を守っている。 圧倒的すぎる矛盾の数々にぶち当たり、答えを模索して。

そうしてやっと辿り着いたリイドの元で、今も尚出ない答えにもがいている。 そしてそれはきっと、エアリオだけではなかった。


「奪うなんて、そんな事は考えていないよ。 むしろ、そうだな……。 リイドは今のままが、一番いいのかもしれないって思うくらいで」


「……本気で言ってるの?」


「――ああ。 だってそうだろう? リイドに戻って欲しいとか……わかってほしいなんて。 そんなのはただの、わたしの我侭だ。 そんな事をあいつに押し付けられる程、わたしは潔白な人間じゃない」


「人は誰でも間違えるわ。 それでもあたしは大切な人には我侭を言いたい。 言えるわ。 それはだって、あたしたちに許された最後の権利じゃない」


風に吹かれる二人。 視線は交差し、互いに揺れる瞳を見つめていた。 そうして目を閉じ、エアリオは空を見上げる。


「意味や理由を求めているうちは二流、なのかもしれないな。 人として」


「それはいえてるわ」


二人の思いは相反する。 リイドを連れて行くか、このまま残すか。

けれども二人とも知っているのだ。 このままで済まされるわけがないと。 そうするだけの意味と、理由は確かに存在する。


たとえ、それが物語の結末として二流だったとしても。



⇒さようなら、レーヴァテイン(1)



「どりゃあっ!!」


「おごおっ!?」


目の前に火花が散った。

凄まじい激痛が後頭部に走り、今もじんじんと痛みが広がっていく。 何をされたのかさっぱりわからないで振り返ると、背後にはフライパンを持って真剣な目つきでオレを見つめているメアリーの姿があった。


「メアリー=メイ……。 念のためたずねるけど、何をしているのかな……?」


「えへ〜っ! ショックを受ければ記憶が戻るかと思ったのですー」


「…………逆に色々忘れそうな気がするよ」


それはオレだって考えたさ。 ああ、考えたとも。 でも実行するか、フツー……?


「だっ、大丈夫ですかリイド……!? 姉さん! それはいくらなんでも突然すぎるよ!」


そうだそうだ。 もっといってくれゼクス。 君が姉さんの手綱を引かないと、オレは今後安心して歩けない。


「ごめんねゼクスくん……。 許可をもらってから叩くべきだったよね」


「当たり前だよ!」


よし、把握した。 お前らは似たもの同士ってわけか。

これから信じられるのは自分だけだ。 オレは自分しか信じない。 そんな事を心の中で何度もつぶやきながら涙をぬぐう。


「いってえ……。 一体その小さな身体のどこからこれだけの力が……」


「メアリーも、一応バイオニクルなので!」


そうですかー。

後頭部のたんこぶを擦りながら立ち上がると、ゼクスとメアリーがそろってオレを見る。


「それで、思い出しましたかー?」


「いやいやいや……。 思い出さないし……思い出さないから今後永遠にその方法ではっ!! とにかくそのフライパンを渡すんだ!! 振り上げるな!! 引っ込めろ!!」


「むー……。 じゃあ、どうしたら戻るですか?」


「そんな事オレに言われても困るけど、とにかく打撲ではなおらないよ。 むしろ色々なものが失われていく事うけあいだよ」


「そうですかー……。 しょんぼりです」


冗談じゃないぞ。 これから事あるごとに殴られてみろ。 いくらアダムだって後頭部ぼっこぼこになるよ。

二人を連れてユグドラシルの間に向かう。 巨大な扉を開き、砂の大地の上に立つと、遠くでエアリオとイリアが何か話しているのが見えた。


「なんだか近寄りがたい雰囲気ですね……」


「うん。 女の子同士で何か話でもあるんじゃないかな。 今はそっとしておこう」


「エアリオさ〜〜ん! イリアさ〜〜ん!! こんにちはーっ!!」


オレとゼクスは遠い場所を見つめて乾いた笑顔を浮かべていた。 メアリーは両手をブンブン振り回しながら走っていく。 ああ、もう。 何も言うまい。


「イリアじゃないし! ていうか、あんたらもう何の許可もなく平然と最重要施設であるここに出入りしてるわね……」


「君が許可してるんじゃないのか? オレたちの行動には手出ししないようにって」


イリアはこれでもここの最高権力者だ。 彼女の一声でこの施設全てが動く。 それほどの権力がこの小さな身体のどこにあるのかわからないが、とにかくそれが事実だった。

そっぽを向いてため息をつくイリア。 彼女はなんだかんだでオレの事を考えてエアリオたちをここに置いてくれている。 態度はあれだけど、いいやつなのだ。 だからこそオレはここにいるのだけれど。

近づいていくと、エアリオの穏やかな笑顔が目に留まった。 あの日、彼女の告白じみたセリフを受けた事を思い出し思わず視線をそらす。

いや、ていうかあれは告白だった。 そしてオレは、それが始めてでないような気がしていた。 以前にも同じようなことがあり、そして多分、何か哀しいことがあった。

それが思い出せないのは、きっと自分の中でオレがそれを受け入れようとしていないからだと思う。 何より、その事実はオレの胸を締め付ける。

だってそれは、オレ自身が過去から逃げたがっている証拠なのだから。


「リイド、イリア。 二人に話がある」


「あ、ああ」


思わず声が上ずってしまう。 しかしエアリオは何も気にしていないかのように毅然と振る舞い、話を始めた。


「ここに来たのはリイド、おまえを迎えに来るためだ。 だが、それ以外にも理由がある」


「理由?」


世界はいくつも存在する。 枝分かれする世界の可能性は確かにそれぞれが繋がっているのだ。

けれどもそれらは意識しなければ接続されるものではない。 基本的に世界は世界毎に独立しているのだ。 オレに言わせれば、他の世界へ渡ることはタブーなのだと思う。

実際にそれをやっている自分が言っても説得力はあまりないかもしれない。 けれどもそれは恐らく世界の全てが思うはずだ。 自分の世界は、自分たちの手で守らせて、と。

それでも他の世界に彼女たちはやってきた。 オレのこともあるのだろう。 それだけオレが大事だったのかもしれない。 けれど、それだけではないのだ。


「この世界が、壊されるかもしれない」


エアリオの一言にオレもイリアも目を丸くする。 いまいちその理由がわからなかったからだ。

いきなり世界が壊されるかもしれないなどと言われて「はあ、そうなんですか」というリアクションもないだろう。 イリアと顔を見合わせ、エアリオの言葉の先を促す。


「わたしの世界の人間が、他の世界を壊して周っているんだよ。 この世界に来る可能性は、非常に高い。 むしろなぜ、今までここに来なかったのか謎なくらいだ」


「その口ぶりからすると、もういくつか壊れてるのね」


「ああ。 恐らくな。 もうそれが始まったのは三年も前の事だ。 わたしたちの世界が、ぼろぼろになった直後の話でな――」


と、そこで突然エアリオの表情が変わる。 視線はユグドラシルに向けられていた。 メアリーも何かを感じ取ったかのように身構え、イリアは立ち上がり舌打ちする。

そしてオレも感じていた。 この場に居る人間の殆どがそう感じているように。 オレも、強い力をユグドラシルの向こうに感じていたのだ。


「イリアッ!! エアリオッ!!」


二人が最もユグドラシルに近い。 二人の前に出るようにしたオレの目の前に、見覚えのあるシルエットが立ちふさがる。

溢れる熱い風の中、真紅の機体がユグドラシルから翼を広げる。 それをオレは知っている。 何故知っているのかわからない。 けれど確かに知っていた。

振り上げた巨大な拳が振り下ろされる。 オレは咄嗟に二人をかばうように前に出て、手のひらをかざした。

自分の正面に広がった目には見えない壁が拳を防いでいる。 火花を散らし、虹色の輝きが砂を吹き飛ばしていく。 アダムとしての自分に与えられた、フォゾンを操る力。 自分でこれを扱うのはまだ未熟だったが、咄嗟に反応しうまくやり過ごす事が出来た。

吹き荒れる風が前髪を全部後ろに吹っ飛ばしていく。 オレは両手で攻撃を弾き返し、砂の上に膝を突く。


「下がれッ!! なんだかわからないが――――こいつの狙いはお前だ、イリアッ!!」


驚いているイリアは身動きが取れないでいた。 イリアを支え、エアリオが後ろに走っていく。

オレはすぐに行動していた。 声をかけるまでもない。 手のひらを空に伸ばし、当たり前のようにそうする。


「レーヴァテインッ!!」


樹の麓で眠りについていたオレのレーヴァテインが立ち上がり、真紅の機体と取っ組み合う。 ぎりぎりと力の押し合いになり、レーヴァテインは後退する。

パイロット無しで動かすのは所詮この程度が限界だった。 レーヴァはオレの傍に舞い降り、手のひらを伸ばす。 レーヴァに導かれるように胸部のコックピットへ乗り込み、オレは知りもしないロボットの中でわかるはずのない戦い方を思い出していた。

いや、わかって当然なのだ。 オレはずっとそうしてきた。 ここにはオレの全てがある。 当たり前だ。 それは、リイド・レンブラムという人生の結晶。

白い翼を広げるレーヴァテイン。 そう、こいつはただのレーヴァテインじゃない。 干渉者がいなくても、並大抵の相手ならば敗北するはずもない。

神を滅する為の神の刃。 それがレーヴァテインであるのならば。 オレは――。


「――――レーヴァテイン……。 違う。 オーディン? どちらでもないならそれは……『先輩』の、レーヴァテインですよね」


その声が聞こえた途端に、背筋がぞくりと凍りつくのを感じた。

思わず息を呑む。 目の前にある――真紅のエクスカリバーは。 ただオレをじっと見つめていた。

攻めるでもなく、守るでもなく。 戦闘の最中、余りにも無防備に。 しかし確かに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「どうしてここにいるんですか、先輩」


「…………君、は?」


エクスカリバーのコックピットが開く。

そこから姿を現したのは、仮面をつけた黒い装束の少女だった。

彼女は風に紅い髪をなびかせながら仮面を外し、そして無表情に、実に淡白に。 無機質な瞳でオレを見る。


「覚えていますか、先輩。 アイリス・アークライト……いえ」


彼女は無機質な表情を崩し、悔しそうに歯を食いしばり、拳を握り締めて――揺れる瞳でオレを見ていた。


「今の私は――――サマエル・ルヴェールですよ」




世界がどうか、ではない。


個人がどうか、ではない。


そのどちらでもなく。 ただこの物語に終わりを齎さなければならないのであれば。


それはきっと偶然でも運命でもなく。 ただの必然だった。





砂の上に落ちた仮面。 そして出会ってしまった二人のアイリス。 アイリスは震えながら後退し、ユピテルにぶつかる。

ユピテルはアイリスの肩を掴み、ただ黙って彼女を見つめていた。 口を開いては閉じ、言葉を捜すアイリス。

全ての戦いが終わった。 神は滅んだ。 この世界にある憂いは消えたのだ。 滅亡の危機に瀕した世界、しかしそれでもこれから盛り返す事が出来る。 ハッピーエンドが目の前にある。 そのはずだったのに。


「なん、ですか――これ。 どうなってるんですか? ユピテルは知ってるんですよね? 全部知ってるんですよねっ!? これなんですか? ねえ、なんなんですかあっ!!!!」


「――――それは、君の前の身体だよ。 アイリス・アークライト」


声の聞こえるほうへ振り返ると、そこにはセトとネフティスの姿があった。 震えるアイリスに拳銃を向け、セトは無表情に口を開く。


「いい加減彼女を騙すのはやめなよ、ユピテル。 もう終わりだ。 僕は、この世界の責任を問う――。 アイリス・アークライト。 君は危険な存在だから」


「だま、す……? ユピテルが、私を? そんなわけ……そんなわけ、ない、よね?」


ユピテルは黙っていた。 何もいわなかった。 それが絶望的なくらいに、肯定の意味を持っていて。 だから、アイリスはそっとユピテルから離れた。 そしてユピテルもまた、彼女を追うことはしなかった。

瞬間、アイリスは世界の全てに否定されたような気がしていた。 目の前の状況が信じられなくて涙さえこぼれない。 自分を守るといった人が今指先から離れ、仲間だと思っていた人が銃を向けている。


「この世界の幕引きは君が下ろすべきだ、アイリス。 僕は、スヴィアが伝えてくれた新しい世界の作り方を信じない。 その明るい未来に君の姿はない。 僕はずっと、君を裁くためだけにここに居た」


「裁く……? 何が? 私、何にも悪いことしてないよ……?」


「今の君はそうかもしれない。 よくやったよアイリス。 君は世界を救ったんだ。 胸を張っていい。 スヴィア・レンブラムにも、リイド・レンブラムにも出来なかった事を君は成し遂げたんだ。 だからこそ、その平和を守るために僕は君を討たなきゃならない」


ゆっくりと、砂を踏みしめ歩くセト。 救いを求めるように視線を向けるネフティスもユピテルも、アイリスの方を見ようとはしなかった。

逃げるように、ゆっくりと背後に下がる。 けれどその場を立ち去ることは出来なかった。 心のどこかでまだ信じていたのかもしれない。 仲間のことを。 世界のことを。


「逃げてくださいサマエル様!! ここは僕が引き受けますから!!」


「――――ソルトア・リヴォーク!?」


アイリスをかばうように現れたのは傷だらけのソルトアだった。 アイリスの手を引き、逃げ出そうとするソルトアの足をセトが放った弾丸が冷たく貫く。

悲鳴をあげ、それでもソルトアは笑っていた。 アイリスをかばうように振り返り、震えながら両手を広げる。


「どう、して……?」


「あ、あ、あんたがっ! 新しいサマエル様なんだろ!? 『そういう計画』だったんだ! だから、ヴェクターは、『前のサマエル』はあんたが殺したんだろ!? ぼ、僕は……僕は、サマエル様を守るんだっ!!」


理解出来ない状況を拒絶するようにアイリスは首を横に振る。 その目の前で、サマエルを何度も銃弾が撃ち抜いていく。

血反吐を吐きながら倒れるサマエルを足蹴にしてセトはアイリスに拳銃を突きつける。 瞳と瞳、互いの姿が見えてしまうような距離。 怯えるアイリスにセトは囁く。


「君に罪はないかもしれない。 それでも君が、サマエル・ルヴェールである以上。 君を許すわけにはいかない。 理不尽を通す罪状は僕が甘んじて受ける。 だから君は――ここで死んでくれ」


「やめろおっ!! やめろよおっ!! そんなことしちゃいけないんだよおっ!!」


血まみれのまま這いずり回り、ソルトアはセトの足にすがりつく。 まるで何も感じていないかのようにセトは冷たくソルトアを見下ろす。


「サマエル・ルヴェールは、世界に安定を齎すんだ……。 監視者として、この世界を見守ってきただろ? 滅ぼすかどうか決めるのは僕たちじゃないんだよお……。 神様なんだよお……。 でなきゃおかしいじゃないかあ。 人間が人間を裁けるわけないじゃないかあ」


「わ、私は……」


「お願いだよアイリス・アークライトぉっ!! 世界を救って……守ってくれよお! そうしてみんな、笑っていられる世界を……作ってくれるんだろ? ヴェクターが言ってたんだ。 僕、お前を信じてるんだ。 だから僕は、」


銃声が響き渡った。 直後、ソルトアの額から血があふれ出し、砂の上に伏す。

返り血がセトの足を紅く染める。 アイリスは叫びだしそうな心境の中、自分に最後すがるように願いをかけたソルトアの素直な一面を胸に刻みつけた。


「――――誰が悪だったと思う?」


銃を再びアイリスに向け、セトは笑う。


「誰も悪くない。 本当はね。 わかってるんだろ、アイリス? 本当は誰も悪くなんかなかったんだ。 君も僕も、彼も彼らも。 ただ運命が、偶然が、宿命が、気の迷いがそうさせて、世界は『そう』なっただけ。 だからおかしなことなんて何もない」


「なに、が? ねえ、何を言っているのかわからないよ……。 私が何をしたの? どうしてこうなるの?」


「君は新しいサマエル・ルヴェールとして永遠の命を得たんだよ。 ヴェクターという、先代のサマエル・ルヴェールにそれを与えられた。 サマエルとしての知識、力、そして思想――。 君は背中のユグドラ因子に、それら全てを宿しているんだ」


それはかつて、ヴェクターがアイリスに仕込んだもの。 そしてそれは世界の運命を左右する逆転の切り札だった。


「そこにはサマエル・ルヴェールという存在の歴史その全てが刻み込まれている。 そもそもサマエル・ルヴェールが、個人の名か何かだと君は勘違いしていないかな?」



『人間ではありませんよ。 サマエル・ルヴェールは個人の名にあらず。 その役割を背負い生まれてきた者全てに与えられる名。 世界が滅んでしまった後、世界を再生させる者が必要でしょう? サマエル・ルヴェールは、アダムとイヴの子を取り成し、人の世を再構築する役割を持つ監視者なのです。 そして、世界が滅ぶに値すると判断した時、この世界を再生へと導く義務を持つっ!!』



アイリスの脳裏に浮かぶ、先ほどの戦闘。 その最中、ヴェクターが叫んだ言葉。



『その繰り返す間違いの果てに星そのものが消え去るという事がわからないのですか!? 世界と共にあり続けるということは、そういうことですっ!! 常に悪意にさらされて生き続けるということなのですよ!! 貴方にそれが出来ますか!? アイリス・アークライトオオオオッ!!』



「サマエルという存在は、滅んでは再生を繰り返すこの世界を見守る存在。 そして判断を下し、世界を滅ぼす鍵となる役割を持つ、人間が、人の意思が。 望んで選び出した、作り出した存在」


それは、永久の命を持ち。

それは、月の聖地にて常に世界を見下ろし。

それは、人に裁きを下す存在。

それは、神と同等の権利を許された人間。

それは、その両手で世界の責任を取らなければならないもの。

それは、絶望と苦悩の果てに、過ちを繰り返してきたいきもの。


「サマエル・ルヴェールは、この地で神々と共に世界を見守る存在。 そして人がこの場所に辿り着いたとき、世界を滅ぼす鍵となる」


「どうして……?」


「そこまでに進んだ文明は、滅ぼすに値するから。 世界はそうして何度も繰り返されてきた。 でもきっかけは大体、この約束の場所へと辿り着けるくらいの力を人類が手に入れたかどうか。 人がそこまでの力を手に入れた時、高い確率で人は世界を脅かす。 自らの手で世界を踏みにじり、地球を滅ぼし、人を殺める。 だからそうならないように、子守唄がここにはある」


世界を鎮め、浄化する祈りの声。

それはかつて世界を生きた人々が残した希望。 いつかくる世界に残した祈りの言葉。

涙と涙と涙の果てに、人は自らの天上に蓋をした。 それ以上羽ばたいてしまわぬようにと。 それ以上に力を持ちすぎぬようにと。

そしてそれを監視する存在はいつしか神と同等の権限を持ち、誰にも知られずひっそりとここで営みを繰り返してきた。 不老不死の身体を持ち、死ぬ事も逃げる事も出来ない存在。 それは神と同等の苦痛を与えられた世界の被害者。

人々は覚えている。 滅ぼされても、自分たちに救いを与えてくれたサマエルの事を。 だから誰もがそれに憧れそれを敬い、やがて自分たちに救いを与える存在として記憶する。 そうして神をたたえる人間のみが世界を生き残り、再生の道を歩む。

常に繰り返されてきた滅びと再生。 その歴史の中、人は様々な可能性を試してきた。 世界を滅ぼさぬように、間違えぬように。 けれど何度やっても世界はかわらないから、絶望するから、だからサマエルがいる。


「あなたは、サマエル・ルヴェールと呼ばれる人たちの中の一人。 そして、その中枢を成す人物だ」


サマエル・ルヴェールとは、世界の監視者たち全てを指す言葉だ。 しかし彼らは役目を終えれば――神を目覚めさせれば、たった一人を除いてすべて自害する。

それは一足早く次の輪廻転生に混じるために。 そして己の同族を滅ぼすという罪を贖うために。 たった一人残されたサマエルは、終わるその瞬間まで全てを見届ける義務がある。 そして、


「それはヴェクターだった。 けれどね、彼もまたその役目を託された一人に過ぎないんだよ。 アイリス・アークライト……君にね」





「だからね先輩。 私は、全てのサマエル・ルヴェールを殺すんです。 この世界だけじゃない、ありとあらゆる分岐世界その全てに私という存在が消えてなくなるまでッ!! 私はッ!! 全てを壊すって決めたんですッ!!」


アイリスと名乗った少女がそう叫ぶと、エクスカリバーは剣を片手に突っ込んでくる。 オレはコックピットを開き、アイリスと直接視線を交わす。


「止めろッ!! 全ての自分を殺すなんてこと、出来るわけがないだろ!?」


「やらなくちゃいけないんですよおおおおおおおっっ!! 私はああああああっ!!」


それは殆ど悲鳴だった。 いや、悲鳴そのものだった。

彼女の胸のうちにある深すぎる絶望に、オレの言葉など通用しないのだろう。

だからオレは拳を振り上げる。 彼女を苦しめているものがなんなのか、オレにはよくわかったから。

それはきっと、彼女が持っている力だ。 だからオレは、それを壊す。

彼女が自分を破壊(ひていするというのなら、オレはその破壊ひていを否定する――。





ずっと、ずうっと昔の事。

世界には真紅の髪の美しい少女が神の代理として君臨していた。

彼女は月の樹の下から動く事も出来ず、世界に関与することも出来ず、ただ滅ぼすかどうかを判断する存在だった。

永遠の時をたった一人で過ごす少女は、幾度となく人の願いを聞きとげ世界を滅ぼしてきた。 何度も、何度も、何度も。 その途方もない気が触れそうな時間の中、彼女はずっと一人だった。

サマエルはやがて一人の少年を自ら選び出す。 それは彼女にとって自分の身代わりになるものだった。

心であり、存在であり、力であり――サマエル・ルヴェールというものの全てを記憶した、心の結晶である因子を、サマエルはある少年に分け与えて言った。


「これからは、あんたが神様になるの」


少年は強く頷いた。 少年にとって彼女は自分の母親であり、姉であり妹であり、恋人だった。

願いを聞き入れた少年は不老不死と破滅の法を受け入れる。 そして、目の前で自殺した真紅の少女の亡骸をそのままに、役目を果たし続けた。


世界に関わる事も出来ず。


何かを与える事も出来ず。


ただ滅びだけを繰り返す無意味な日々。


いつしか少年は少女に対する想いを忘れ、禁忌を犯して世界へ舞い降りる。


少年は大人になり、世界に立つ。 そうして世界を自らの手で変えるのだと、誓った。 けれどそれはうまくいかない。 世界に渦巻く混沌とした人の悪意は、次々と善意を否定する。

生きる事に疲れた少年は自らの母を恨んだ。 憎んだ。 何故こんな呪われた運命を自分に与えたのか。 そして、少年は世界を覆す賭けに出る。

それは逃避だった。 自らが背負う呪縛から逃れたい一心で、そしてこの世界を守りたい一心で、少年は愚考を犯す。

神の法を人に預けた。 そして少年は、世界に母と同じ身体を創造した。 自らが背負う因子から取り出した、二つの心と身体。

自らの心を強く受け継いだ個体と、かつてのサマエルの意思を強く受け継いだ個体。 そのうち片方を失っても、彼の計画は遂行された。

もじ自らの背負うものを押し付ける相手が存在するとしたら、彼女しかありえない。 彼は最初からそうするつもりだった。 世界の敵となり、終焉となり。 そして自ら命を落とすために、不老不死の法を授けて。

重複する二つの存在、消す事が出来るのはやはりお互いだけだった。 何より彼は自らの運命が彼女以外に終わらせられる事が納得出来なかった。 だから母であり、娘である少女を待ち続けた。


「君は、サマエルを殺し、サマエルになるために生まれてきた。 本当は君は、イリア・アークライトというサマエルの意思を強く受け継いだ少女のスペアだった。 彼も自分の思想を深く継いだきみを身代わりにはしたくなかっただろう。 けれど、イリアは死に、君は生き残った。 それは運命とも呼べるんじゃないかな」


震えるアイリスの肩を打ちぬくセト。 痛みに悲鳴を上げるアイリスだったが、身体はそれとは逆だった。 傷はすぐに埋まり、アイリスに残ったのは痛みだけ。


「君はもう死ねない。 僕にも殺せない。 君は自殺も出来ない。 だからどうにもならない。 だから同じ方法をとる。 かつてこの世界を守った英雄と」


銃を投げ捨て、セトはじっとアイリスを見つめる。 それは懇願するような、哀れむような、不思議な視線だった。


「この世界からいなくなってくれ、アイリス。 もういらないんだ、サマエル・ルヴェールは」



『――――ありがとうございます、アイリス・アークライト。 そして、ごめんなさい……母さん』



力なく膝を突き、頭をかきむしるアイリス。

涙を流しながら力なく笑うアイリスは、空を見上げて静かに目を細めた。


「そういう、事だったんだ……」


すっと心が冷え切っていくのを感じる。

何故誰もそれを教えてくれなかったのか。 そして、それはどれだけの意味を持つのか。

少女は理解した。 自分は幸せになってはいけないのだと。 自分はこの世界に、存在してはならないのだと。

自らで自らに科してしまったのだ。 途方もない罪状の数々を。 そして少女は、子供のように涙を流した。

とめどなく溢れる涙を両手で拭い、ただただ泣いた。 世界に許しを乞うように。 誰かが助けてくれるように。 ただただ、涙を流した。

人は生まれてくる時涙を流して生まれてくる。 無邪気に、ただただ涙を流して。 彼女はずっとそうしたことがなかった。 だからそれは、ある意味で始まりだったのかもしれない。

サマエル・ルヴェールが……自分の元になった存在がある限り、世界は呪縛に囚われたまま。 自分で言ったのではないか。 たとえ間違っていても、滅んでしまうとしても。 人は、人の手で世界を選びたいのだと。

それを自分自身が押さえつけていた。 全ての元は自分にあった。 その上、誰かに責任を押し付け、逃げ出して。 のこのことこの場所に、戻ってきた。

約束の場所。 それは沢山の意味を持つ言葉。 そして今、約束は果たされたのかもしれない。 夢は終わり、現実が目の前に広がっている。 途方もなく、広がっている。

一生分ほどの涙を流し、少女は樹の下光を浴びていた。 絶望という言葉が似合わないほど、光が差し込むその場所で――。




「ふざけんじゃねえっ!! それこそてめえの勝手な理屈だろっ!! 自分自身をいくら否定しても、世界は応えてくれないんだよっ!! 何も変わらないんだよ、アイリス・アークライトォッ!!」


「どうして貴方がそんな事をいうんですか……? 居ちゃいけないんですよ、貴方みたいなのはあっ!! 私の目の前に、存在しちゃいけないんですよおおおおおッ!!!!」


ぶつかり合う二つの力。 それは凄まじい風を巻き起こし、破壊を齎す。

なのに、それはとても悲しかった。 少女の絶望と、それを否定する少年。 二人の言葉と想いがぶつかり合い、痛いほど胸を締め付ける。


「もう私は信じない! 貴方を信じないぃいっ!! 信じてどうなるんですか!? 愛してどうなるんですかっ!? 私は世界の責任を取るんです! この世界を滅ぼす運命の責任を取るんです!! やらなくちゃ、いけないんですよおおおおおっ!!」


「子供が一人前の口を利くなッ!! とれもしない責任を口にして!! そんなもんは逃げてるだけだっ!! 壊してなんになる!? 自分を殺してなんになる!?」


「だったら……っ!! 貴方が責任を取れ!! 世界の責任を取るんだ、リイド・レンブラム――――ッッ!!」


取っ組み合い、押し合う二機の瞳がぎらぎらと輝いていた。 それは見方によっては涙を流しているかのようにも見える。

世界を見守ってきた二つの神は、運命の悪戯を嘆いていたのかもしれない。 かつて世界を守ろうとした二人の救世主を、争わせねばならない事を。


「私が全ての私を殺せれば、世界は救われるんです! 私がいた世界は、もう平和なんです……。 だって私がいないからっ! それで十分でしょう!? 貴方の帰るべき場所はあそこでしょう!? だったらそれでかまわないじゃないですか!!」


「知るか!! オレが好きな世界は、みんながいる世界だ!! そこにお前もいなきゃ――アイリス!! お前だっていなきゃ、意味がないだろうっ!!」


「〜〜〜〜今更ァッ!!!! みんな死んじゃったのに、貴方はああああああああああっ!!」


「力不足を人のせいにしてんじゃねえええええええッ!!!!」



誰が悪かったのか、など。 どうすればよかったのか、など。 意味のない問答だ。


だから、結末などない。 あえて終わらせねばならないのだとしたら。


この至極個人的な二人の喧嘩を、見届けるしかないから。



「アイリス・アークライトォオオオオッ!!」


「先輩ぃいいいいいっ!!」


ぶつかり合う拳と拳。 ただ感情を乗せただけの、理屈抜きの敵意。

その二つがぶつかり合った時、広い空間に声が響いた。


「だったら、あたしを殺しなさいよ。 他の世界のあたし」


二つの巨人の間、立ちふさがる少女。 その強い言葉が、逆にアイリスを苛立たせる。


「ねえええええええええええさああああああああああんんんんっっっっ!!!!」


誰も止める事は出来なかった。 アイリスは感情のまま、拳を振り上げ、そして――――。


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