あしたを、ゆるして(2)
「ゼクス、そっち持ってくれ」
「は、はい……。 あの、リイドさん?」
「リイド、でいいよ。 あんまりさん付けとかなれてなくて気持ち悪いから」
「……リイド。 あなたはここで、何をしているんですか?」
「何って……よっと。 見てわかんない? 資材の整理だよ」
ファウンデーション内には作業用のロボットが行き来している。 ロボットは施設内の掃除、破損、劣化箇所の修理等等、色々な事を勝手にやってくれる。
けれどもそのロボット自体が壊れる事もあるし、ロボットには出来ないこともある。 そうなると誰かがこの施設の維持のために汗を流さなければならないわけだ。
そういう仕事を引き受けるのも今のオレの仕事だ。 ロボットが壊れれば直しに行くし、料理だって作る。 ただ居候してるだけっていうのは借りを作るみたいで嫌だし、それ以上の働きをすれば文句もないだろう。
コンテナ一杯に詰め込まれたガラクタをコンテナ移動用のリフターに積んで行く。 ゼクスもそれを手伝い、荷物を拾い上げてくれた。
重力が無重力の地帯を移動するにはこうしたリフターで移動しないとあれこればらばらに吹っ飛んでいく。 きちんと重力機で固定し、倉庫を出る。
ゼクス=フェンネス。 こいつはオレの元居た世界から来たらしい。 理由は簡単、オレを迎えに来たのだ。 ただ、それ以上のことはとりあえず保留という事にしてある。
自分とそっくりの顔をした少年が困ったような表情を浮かべて後ろを歩いている。 少々複雑な気分なのは、色々な事を由来とするだろう。
「リイドは、元の世界に戻りたくないんですか……?」
「そうは言ってないだろ? でも、ただ……。 だって、二年だよ? オレ、この世界にだって思い入れあるし……。 はい、そーですかって、戻るのもなあ」
「でもっ! リイドの事をずっと待っている人が居るんです! それに、あなたにしか出来ない事が……」
「買いかぶりすぎじゃないか? 確かにオレはどうもちょっと普通じゃないところがあるみたいだけど、ファウンデーションの中じゃ特別珍しい事でもないし」
ファウンデーションの内部には、不老不死の少女がいる。 異世界へと通じる扉がある。 他にも超能力まがいの力を持つ子供とか、人間の範疇を越えるような頭脳を持つ研究者、さらには人外の存在である化け物、それを改造したロボットなんかを作っている。
ここで『オレにしか出来ない事』なんてものはない。 料理はロボットのほうがうまいし、掃除もそうだ。 だから納得いかないというか、退屈な日々ではある。
「リイド、レーヴァテインは動かないんですか?」
「……オレが乗ってたあれか。 あれは動かないよ? 動かした事もないし。 ロンギヌスは、ロールアウトしたって聞いたけど」
「ロンギヌス……。 いやぁ、そうじゃなくってっ! とにかく、一度ぼくらの世界に戻ってください! 話があるんです!」
「わかったわかった。 とにかく、この荷物を運んだらな」
「絶対ですよ!」
なんというか、一生懸命な子だけにからかいたくなるというか。 こういうタイプは身近に居なかったから楽しい。
作業はきちんと手伝ってくれるところを見ると、よほど真面目な性格なのだろう。 それに無能でもない。 こんな弟なら、居ても悪くはない。
そんな下らない事を考えながら作業をこなす。 作業中に、うちのお姫様に『すぐ戻る』みたいなことを言ってしまった事を思い出した。
ゼクスが目を覚ますまで三時間ほどかかったし、そのあとこの作業だ。 もう大分時間が過ぎてしまっているが、まあ……いっか。
あいつの時間は有限じゃなくて無限なんだし。
そんな軽薄な事を考えている自分に苦笑し、となりで一生懸命話しかけてくるゼクスをあしらいながらユグドラシルの間に急ぐ。
扉を開いて見渡す限りの白い砂の海を眺め、オレもゼクスも同時に顔を見合わせた。
そこには三人の人が居た。 一人はうちのお姫様、イリア……じゃなくて、サマエル・ルヴェール。
残る二人は子供と大人だった。 共に女で、小さい方はゼクスを見て元気よく手を振っている。
大人の方は。 遠巻きにオレをずっと見つめていた。
白い髪が風に揺れて、綺麗な金色の瞳がオレを映して揺れている。 女に歩み寄ると、彼女は突然走り出し、そしてオレに抱きついた。
「っと……!? な、なんだ!? なんですか!?」
近くで見ると凄まじい美女だった。 思わず顔が赤くなる。 見知らぬ彼女は、どこか懐かしい笑顔で微笑み、それからつぶやいた。
「やっとみつけた。 やっと……。 みつけたよ、リイド」
空を通り過ぎる雲が少し早くなった気がした。
背後でイリアが、不機嫌な面を浮かべて砂を蹴った……気がした。
⇒あしたを、ゆるして(2)
「記憶喪失……なのか?」
「う、うん……」
「あほかっ!!」
「ひでぶっ!?」
何故か殴られた。 しかも女の子らしくビンタとかじゃなくてモロにグーだ。 しかもなんだこの威力ッ!? いってえッ!?
エアリオ・ウイリオとかいうとんでもない美女はオレと同じく特別な存在、イヴというものらしい。 わけわからんがそれでパンチが強くなったらしい。 何その設定。 怖っ!
思い切りぶっとんで砂の上に落ちるオレ。 ああ、なんかデジャヴ……。 前にもこんなことあったよーな……。
髪を掻き揚げ、額に手を当てため息をつくエアリオ。 それにしても、本当にきれいだ。
その、金色の瞳が何かいいたげにオレをにらみつけている。 しかし、行き成りぶん殴られて黙っていられるほどオレは出来た人間ではない。
立ち上がり、何か言い返そうかとも思った。 思ったけれど。 彼女がそっぽを向きながら瞳に涙をためているのを見て、それはまずい気がした。
「……ごめん」
「…………まったく、本当におまえってやつは……。 だがまあ、納得はいった」
多分オレは、とても悪い事をしたのだ。 申し訳がない気持ちで一杯になる。 少なくとも、女を泣かせるようなやつはろくでもないと思うから。
エアリオは異世界からオレを探してここまでわざわざやってきたらしい。 それは光栄なことだとは思うが、どうして彼女がここまで来たのか。
「悪かったって。 でも、本当に覚えてないんだ……仕方がないだろ。 それに、だからって初対面の相手に、行き成り殴りかかるなんてのも――?」
「初対面なんかじゃないっ!! 初対面、なんかじゃないんだ……っ!! わたしも、おまえも……」
言葉は途切れた。 彼女は揺れる瞳でオレをにらみつけ、胸倉を掴み上げる。 その表情があまりにも必死すぎて、オレは思わず口を閉じてしまった。
「え、エアリオ……。 とりあえず、今はゆっくり状況を説明しないと! 彼は本当に何も覚えていないんです……」
「わかってる。 わかってるさ……」
目頭を片手で押さえ、エアリオはユグドラシルの麓に座り込んだ。 気の抜けたような、疲れたような様子だった。 中断してくれたゼクスをありがたく思う。 これ以上話していたら、オレは彼女をもっと傷つけてしまうかもしれないから。
「話は終わった? 人の部屋に勝手に乗り込んできて、いつまで騒いでいるつもりよ。 リイドだって困ってるでしょ?」
「いいんだ、イリア。 ごめん、これもオレのせいだ。 彼女は……エアリオは悪くない」
「何よ!? エアリオを庇うってわけ!?」
「ああ。 彼女はオレにとってきっと大切な人だったんだ。 彼女にとっても。 だから、オレは……」
「ああっそうっ!! じゃあ、あんたが責任持って面倒見なさいよね!! ちゃんとお引取り願って!!」
腕を組み、あさっての方向へとそっぽ向くイリア。 エアリオは相変わらず落ち込んだ様子で、まさに進退窮まってしまう状況とはこういう事を言うのだろう。
どうすればいいのか困っていると、小柄な少女が前に出てオレの手を取り微笑む。 どこか懐かしいその雰囲気を持つ少女は、オレを見上げて言う。
「あなたの本当の声、わたしにはずうっと聞こえてました」
「……っと、君は?」
「はじめまして。 メアリーは、メアリー=メイ。 エアリオさんと同じ世界の人間で、ゼクスくんのお姉ちゃんです」
お姉ちゃん、という割には随分とちっこいな。 多分ゼクスくんの身長の伸び方が大きいのだろうけど。 確かに外見的にもゼクスくんより少し上くらいだろうか。
それにしても、本当に懐かしい笑顔だ。 何故かずっと傍に居てくれた人のように、すっと心に踏み込んでくるような魅力を持つ。 ずっと、ずっと近くに居たみたいに。
ゼクスもそうだった。 姉であるという紹介を苦笑しながら聞いている彼の雰囲気は柔らかく、まだ少し硬さを残すものの、随分とかわ――――?
一瞬、何か嫌な景色が脳裏を過ぎる。 目の前で両断される黒いレーヴァテインの事を思い出し、胸がずきりと痛んだ。
「……リイドさんは、何を怖がっているんですか?」
「え?」
穏やかな瞳が、じっとオレの瞳を覗き込んでいる。 彼女はそれ以上何も言うことはなかった。 オレもまた、腕を組み考える。
怖がっている? オレが? 自分では自覚の出来ない事に思わず嫌気が差す。 ああ、そりゃそうだ。 自分のことくらい、判っていたいのに。
「そう、見えたかな」
「はい。 でも、少しずつ話してくれればいいです。 そしてその話は、出来ればエアリオさんにしてあげてください。 彼女、ずうっとここ数年、あなたを取り戻すためだけに頑張ってきたんです。 今はもう、みんないなくなってしまったから……」
「…………エアリオが?」
「家族、だったんじゃないですか? 多分きっと、特別な人です」
「家族、か……。 わかんないよ、ちょっと。 そういうの……もう、覚えてないんだ」
「だから、心で考えないで身体で感じてください。 少なくともその為に、メアリーたちは来たんですから」
焦らなくてもいい。 彼女はそう言った。 でも、この胸の内側がざわつくような感触は、どうしても拭い去れないだろう。
焦らないでいられるわけがない。 そうだ。 答えを出さなくちゃならない。 せめて、誰も泣かせないように。
額に手を当て、白と赤の女の子の事を思う。
最低だな、オレ。 何やってるんだろう。
今の生活から変わりたくなくて、エアリオを邪魔だと思っている自分が少なからず居る。
だって、仕方ないじゃないか。 ここの生活は何もないんだ。
自分を縛る法則もルールも、特別であるという事への罪悪感も――――記憶だって。
ずっとこの温い場所に居たい。 それが馬鹿馬鹿しくて我侭で、最低の考えだっていうのはわかる。
でも、だってそうだろ?
何年も経った世界に、オレの居場所なんてないだろうから……。
エアリオ、ゼクス、メアリー。 三人のうち元々オレと面識があったのはエアリオだけらしい。 他にも色々な人がオレを救おうと努力してくれたらしい話は聞くことが出来た。
結局そのままにしておくわけにも、帰れというわけにもいかず、現状維持を願うオレは彼らを自分の部屋に招きいれた。 オレは隣の部屋にでも移動して寝泊りすればいいし、とりあえず話し合う時間は用意しなければならない。
「リイド……。 ぼくを女性の部屋に割り当てるのはどうかと思うんですけど」
「えっ? 元々世界が同じ面子のほうがよくない?」
「ぼくも男なんで……彼女たちが嫌がるでしょう」
照れくさそうにそう語るゼクスはなんだか面白かった。 オレに言わせればゼクスにべったべたなメアリーも、年下には興味ないみたいな雰囲気のエアリオも、君を歓迎してくれると思うけどな。
でもまあ、それも道理だろう。 オレはゼクスと部屋を同じに、そしてメアリーはエアリオと同じ部屋に住んでもらう事にした。
ファウンデーション内部には自然が満ち溢れている居住区がある。 草原が広がり、小川まで流れている。 そんな中にあるログハウスのような場所で、オレたちの奇妙な生活が始まった。
エアリオはイヴという特別な存在で、ファウンデーションの研究者はとても興味があるようだった。 けれどもイリアが許可を出していないせいで、彼らは基本的にエアリオに接する事はなかった。 メアリー、ゼクスに関しても同じだ。 だから彼女たちとかかわりがあるのはオレだけで、そんな妙な状態のまま一晩が過ぎ、何故かオレゼクスと共に台所に立っていた。
朝、昼、晩とイリアに食事を運ぶのはオレの役目でもある。 気を使って、ということもあるが、どちらにせよやりたいからやる。 そんなオレの様子を見て、ゼクスは手伝うと言い出したのだ。 最初は男だしそれほど期待はしていなかったが、繊細なイメージ通りとも言えるのかゼクスの料理の腕前はたいしたものだった。
「生活していく上で、自然と覚えました。 まだ、少しぎこちないですけど」
「あっちの世界じゃ、どうしてたの?」
「姉さんと二人暮しです。 姉さんも家事はそこそこ出来るけど、全部頼りっぱなしには出来ませんし」
「そっか。 ちなみにエアリオって料理できないでしょ」
「ご名答ですね。 判りますか?」
「ああ。 だってあいつ、暇さえあれば寝てるし。 片付けも全然しないし。 家事はからっきしみたいだ」
二人して談笑しながらてきぱきと調理を進めて行く。 ゼクスとの息はぴったりで、驚くくらいすばやくスムーズに事は進行する。
「あいつと一緒に暮らしていたやつがどれだけ有能だったのかね。 それとも出不精な一人暮らしかな」
「両方、正解かもしれませんね」
少し寂しげにつぶやいたゼクスの言葉の意味がわからずオレは小首をかしげる。 初めてゼクスの包丁を握る手が止まり、タオルをオレに手渡した。
「エアリオさん、起こしに行ってもらえますか? あとはボクが引き受けますので」
「ああ、かまわないけど。 オレよりゼクスのほうがよくない?」
「そんなことはありませんよ。 今は彼女、リイドと素直に向き合えないようですけど……少し、かまってあげてください。 女性、ですから」
「そういうものなの?」
「姉さんの受け売りです」
「そっか。 女の子ってわかんないよね」
「ええ。 本当に」
会話は途切れた。 しかしそれは悪い途切れ方ではない。 なんとなく、ゼクスとは気持ちを共有できるような、そんな不思議な間柄にあった。
オレは手を拭きながらゼクスにその場を任せ、台所を去る。 自分のログハウスを出て歩いて反対側へ。 扉を開けるとそこにメアリーの姿はなかった。
奥の寝室に進むと、ブラインドの間から差し込む光から逃げるように背を丸めて眠るエアリオの姿があった。 乱れたシーツの上、幸せそうに眠っている。
「エアリオ……」
近づいてそっと声をかけるが、反応がない。 仕方なくブラインドを引き、窓を開け放つ。 もう既に昼前だというのに、本当にろくでもない生活だな、こいつ……。
「エアリオ! 朝だよ! いや、うそ。 昼だよ!」
「んううぅ……」
ベッドの上、うつ伏せに眠っているエアリオの肩を軽く揺らす。 全く目覚める気配がない。 本当に堕落した生活を送っているな、こいつ……。
何でだろう、普通なんかこう……ボクが起こしてもらえたりするんじゃないんだろうか。
なんかふつう、こう……そういう展開になるのが正しい気がする。
ベッドの傍らに腰をかけ、幸福そうな寝顔を見つめる。 本当に安心しきって眠っている。 疲れていたのかもしれない。 別世界まで行くというのは決して楽なことではないだろうから。
ふと、眠る彼女の手を取ってみる。 柔らかくて、少し冷たい。 長い髪を光が照らし、きらきらと輝いている。
とてもきれいだった。 天使の寝顔なんていうのは流石に危ない発想だけど、でも本当にそうとしか言いようがなかった。
そしてこの状況がどこか懐かしく、気づけばオレはずっと微笑んでいた。 彼女の傍に居るだけで、何か失ってしまったものを取り戻せるような錯覚に陥る。
「……もう少しだけ、寝かせてやろうかな」
そっと髪を撫で、その場を立ち去ろうと立ち上がる。 その瞬間、眠っていたはずのエアリオの手がオレの手を強く握り締めていた。
驚いて振り返ると、うつ伏せになって眠っていたはずのエアリオは薄く目を開き、涙を流していた。 突然の状況にわけがわからず焦るオレをベッドに引き戻し、彼女は言う。
「……いくな。 いかない、で」
消え入りそうな声だった。 恥ずかしかったのか、枕に顔を埋めている。 オレは出口に向けられていた足を反対側に向け、再びベッドに腰掛ける。
その間もエアリオはずっとオレの手を強く握り締めていた。 ぎゅっと、絶対どこにもいかせないと。 彼女の指先が物語っている。
「ごめん、なんか……寝てたと思ったから」
「寝てたら髪いじるのか? それっていいことか?」
「うぐっ」
それを言われると痛い……。 思わず言葉をにごらせると、エアリオはこちらに視線を向けず、横になったまま言う。
「ほんとうは気づいてたんだ。 あの時も……」
「あの時――?」
そうして、オレが思い出そうとする記憶と彼女の中にある記憶が一瞬、一致したような気がした。
でもそれがうまく思い出せず、やきもきする。 身体を起こしたエアリオは、寝巻き姿の裸同然の様相でオレをじっと見つめる。 涙を流すその表情で。
すっと、止まらない涙がこぼれ続けていた。 太陽の光が差し込む部屋の中、彼女はとても自然に感情を表現する。 その当たり前すぎる事実がとても衝撃的で、オレは少しだけ胸が苦しくなるのを感じた。
「ごめんな、リイド……。 ほんとうに、ごめんな……」
「……何が?」
「……いや、いいんだ。 当然の事なんだ。 わたしがそうしたように……。 だから今になってお前の気持ちがよくわかって……。 辛いよ、リイド。 わたしに出来る事なんて、ぜんぜんない。 ぜんぜん、ないんだよ……」
悔しそうに歯軋りしながら涙を流し続けるエアリオ。 それは枯れる事のない泉のように、シーツにぽたぽたと染みを作っていく。
「おまえはわたしに沢山のものをくれたのに。 わたしはおまえに何もしてやれない。 なにも、なんにもだ。 一人だけおめおめこんなところに来て、何をやっているんだろう……。 リイド、ごめん。 ごめんね……。 どうしてあの時ちゃんと、おまえと向き合わなかったんだろう。 ばかだ、わたしは。 ばかだ……」
「…………エアリオ」
震える身体を抑え付けるように、彼女は自分自身をぎゅっと抱いて。 小さくうずくまったまま、涙を零し続ける。
そんな今にもいなくなってしまいそうな姿のまま、彼女は当たり前のように呟く。
「好き、なんだ……。 リイドの事……。 好きなんだ」
「――――う……ん」
突然過ぎる言葉に思わず返す言葉が見つからない。 彼女はそれっきり、何もいわなかった。
けれどオレにはその沈黙がとても息苦しく感じられた。 彼女がいなくなってしまう気がしたのだ。 どうしようもない不安に駆られ、オレはエアリオを抱き寄せていた。
彼女がどれだけの苦しみを乗り越えてここまで来てくれたのか、オレはもっと深く考えるべきだったのかもしれない。
自分の世界に何が起きて、そしてその中でオレはなぜここに来たのか。 その理由をもっと深く知るべきだったのかもしれない。
エアリオは自分の腕の中で叫んでいた。 泣き喚いていた。 どうしてこう、オレはいつも誰かを悲しませるのか。
誰かを悲しませる事なんてしたくないのに。 どうせならその涙は、オレが流してあげたいのに。
感情を素直にさらけだし、声にならない声でわめくエアリオと長い時間そうしていた。
このままじゃいられない。 どんなに今が幸せでも、終わらせなきゃならない。
そんな当たり前のことを、オレはようやく考えるようになった。