表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/57

あしたを、ゆるして(1)


何度も繰り返し見る夢がある。


それは、どこだかわからない場所で。 オレは自分と戦っていた。

どうしてそんな事になっているのかわからない。 そもそも自分と戦っていたなんて、そんな事は馬鹿げている。

それでもその夢の中で、オレは全力で戦った。 どれだけ長い間戦ったのかわからない。 勝利も敗北もない、永遠の闘争。

やがて夢は唐突に終わりを告げる。 決着はあっさりとついたから。 そしてオレは、誰かに殺される。


「…………またあの夢か」


窓から差し込む光で目を覚ます。

それにしても、こう立て続けに嫌な夢を見ているとまるで現実まで侵食されていくようだ。

ベッドを抜け出し、洗面台で顔を洗う。 水滴がぽたぽたと落ちていくのを眺めながら少しだけ夢の事を思い出す。

黒い剣がオレを貫き、そしてオレは最期、誰かの名前を呼んでいた。

まるで当たり前のように。 そう、何度も繰り返す。

カーテンを開け放つと窓から差し込むまばゆい光。 当然、人工太陽なのだけれど。

当たり前だ。 ここは約束の場所。 人類が希望を求めて生み出したシステムの中。 オレは今、人が作った神話の中に居る。


ファウンデーション。 この場所は、そんな風に呼ばれていた――――。



⇒あしたを、ゆるして(1)



オレの名前はリイド・レンブラム。 そろそろ十七歳になる健全な男子だ。

なんて、馬鹿な事を考えるのは、きっと自分自身の記憶を取り戻したいと願っているからなのだろう。

このファウンデーションでの生活を始めて二年。 二年、オレはここにいるらしい。

らしいというのは自分が実際にそれを知っているわけではなく、他人に後から聞いた話だからだ。

ここは月にある研究施設で、ファウンデーションと呼ばれる巨大な人工都市らしい。 らしいというのはここからオレが出た事が一度もなく、この世界がどんなものであるのか良くわかっていないから。

まあ、月の中にあるのだろう。 人工的に重力を発生させている区画もあれば、無重力の区画もある。 少なくとも1Gの地球でない事は確かで、別にオレにとってはそんなことはどうでもいいことだった。


「おや、リイドくんおはよう。 調子はどうだい?」


「まずまずかな。 イリアは?」


「ユグドラシルの間だ。 行ってやってくれるかね?」


「わかってるよ。 それじゃ」


すれ違う白衣の人々と挨拶をしながら歩いていく。 ファウンデーションは研究施設も何もかも屋内にあるわけではない。

とても馬鹿馬鹿しい話だが、ファウンデーションは月の内部に広がる自然の大地の上にある。 月はいくつかの階層に分かれた人工的な構造物らしく、地表付近以外は全て機械仕掛けらしい。 それを誰かが作ったわけではなく、元々こうだったというのだから驚きだ。

足元に広がる草花も、見上げれば広がる青空も本物――のように見える。 とにかく科学では解明できない、説明の出来ない場所。 それがファウンデーションだった。

その中央部にはユグドラシルと呼ばれる世界樹がある。 地球にもあるそうだが、月にあるものは受信機の役割を果たしているらしく、オレは異世界からここへユグドラシルを使って移動したらしい。

らしいというのはまあ、だから覚えていないってことで。 ユグドラシルの間には今もオレが乗ってきたレーヴァテインというロボットが横たわっている。


「イリア、おはよう」


ユグドラシルの間には椅子がある。 アホみたいに広い空間にただ、椅子だけあるのだ。 その椅子の上、彼女は本を読みながら鋭い目つきでオレを見つめた。


「寝坊ねリイド。 それと、あたしはイリアじゃなくて……」


「わかってるって。 サマエル・ルヴェールだろ? 仕方ないじゃないか、イリアって名前が勝手に口から出てくるんだから」


「名前なんて記号よ。 別に何でもいいけど……その異様なまでに覚えようとしないあんたの姿勢はあたしに対する挑戦ともとれるわね」


「わーっ!! わかったわかった、サマエル様!! これでいいんだろ!?」


冷めた笑顔を浮かべながら拳をばきばき鳴らすサマエル様。 ちなみにこいつはここでは一番偉いので、逆らうと痛い目を見る。 物理的に。

冗談だったのだろう。 彼女は無邪気に笑いながら本を閉じる。 風を受けてそよぐ真紅の髪がきらきら輝いて、オレはその傍に立って空を見上げていた。

この場所でのオレの仕事は、こうして彼女の傍に居る事だった。 もちろん、フォゾン研究を手伝ったりもする。 自分で言うのもあれだが、オレは頭がいいらしい。 でもイリア……サマエルはその更に上を行く天才らしく、ここの研究を仕切っている人間だった。

見た目は二十歳にも満たない女。 少女といっても問題ないだろう。 オレよりも更に一回りは年下に見えるサマエルは、生まれた時からこのユグドラシルの間にいるらしい。

食事はなんかメイドみたいなのが持ってくる。 メイドみたいなのっていうかメイドだ。 全ての事を彼女はここでする。 寝るときもここで寝るのだ。

以前、何故この場所から出ないのかたずねたことがある。 その時彼女はこう答えた。


『この世界に関わりたくないからよ』


全くもってわけのわからない答えだったが、オレは大して気にしなかった。

オレもそうだ。 この部屋から外には出るものの、地球に行くわけじゃない。 毎日研究を手伝って、サマエルの話相手になる。 この我侭な少女の相手をすることが、今のオレの唯一の存在理由でもある。


「それでイリア。 朝食は済ませた?」


「…………もうなんでもいいわ。 それよりリイド、何か退屈を紛らわせなさいよ。 この本も読みすぎて一字一句覚えちゃったじゃない。 どうしてくれるのよ」


どうもしない。 ていうかそれオレがわざわざ選んでとってきてやったのに……。 そんな、砂の中に蹴飛ばさなくてもいいんじゃないか。


「まったく、いちいちわがままに付き合い切れないよオレは。 そんなに退屈ならここから出ればいいだろ?」


この話をすると、イリアはふくれっつらでそっぽを向く。 付近にモノがあれば飛んでくるところだが、生憎本は既に投げてしまった後だ。 だから普段からモノを投げないようにしておけばこんなことにはならないのに、いい気味だ。 いや、持ってても困るけど。


「朝食なんてどうでもいいの。 あたしは別に食べなくても死なないし。 不老不死なんだから、死ぬはずないでしょ」


「そういう問題じゃない。 三食きちんとあんたが食べてないと、オレが悪い事してるみたいで気分悪いだろ」


「それ自分の問題じゃない」


「そうだよ? とりあえずほら、サンドウィッチ作ってきたからさ。 たまご好きでしょ?」


イリアは素直という言葉を世界のどこかに忘れてきたような女の子だ。 サンドウィッチはひったくって食べるくせに、お礼は絶対に言わない。

それが当たり前みたいな顔をしているイリアの隣、オレは苦笑しながらその様子を眺める。 そんな、非建設的で終わりの見えない日々。 二年もあっという間に過ぎてしまった。


「あんたさあ、元の世界に帰りたいとか思わないの?」


「そりゃあ思うさ。 でも、仕方ないだろ? 記憶がないんだし」


サンドウィッチを齧りながら空を見上げる。 そう、前記したとおりオレは記憶喪失に陥っていた。

そもそも死に掛けだったらしいオレは、一体前の世界で何をしでかしたのかわからないが、ともかくろくでもない目にあったのだ。 前の世界ではもっとひどい扱いを受けていたとしてもおかしくはない。

何もわからないのに帰りたいもなにもない。 戻るにしたって記憶がなきゃ無理。 だからオレはここでぼうっとしている。 ぼうっとして、日々を過ごしている。

前の世界で何があったのかはまるで思い出せない。 完全に砕けて散ってしまったのかもしれない。 もしかしたら大切なものがあったのかもしれない。 サマエルを見て『イリア』という名前を口にしたように、今でも時々前の世界の知識を無意識に使うことはある。 それでもその先は闇の中に続いていて、引きずり出そうとしてもそこからさきはぷっつりと途切れている。

確かに最初は戸惑った。 しかし二年も経てば慣れて来る。 諦め、とでもいうのだろうか。 ともかくこの場所に不便な事は何もないし命の危険もない。 今すぐどうこうしなければならないような必要性は感じなかった。


「じゃあ、ずっとこの世界にいるの……?」


それに。 ボクは彼女のことが気になっていた。 恋愛感情とかではないのかもしれない。 ただ、こうして時々とても寂しそうな表情を浮かべるから。

本当は強がりで。 だから我侭も言う。 それが何故かオレには手に取るように判った。 だからこそ、気になるのだろう。


「もうしばらくは、ね」


彼女の頭を撫で、笑いかける。 顔を真っ赤にしてたまごサンドウィッチを顔面に投げつけ、彼女は不機嫌そうに遠くへ走り去ってしまった。

頬に付いたたまごを指先で掬って舐める。 食べ物を粗末に扱ってはならないと教わらなかったのだろうか? ……いや、恐らくそうだろう。 彼女はずっと一人。 彼女に会いに来るのはメイドだけ。 それも会いに来るのではなく、世話をしにくるだけ。 会話は交わさない。 彼女は、一人だった。

研究者たちは彼女の事を気遣っている。 けれど、彼女は全ての人間を拒絶するのだ。 自分以外の存在全てを否定して生きる彼女が唯一心を開いてくれた存在。 それが自分であるというのは、光栄なのかそれとも奇妙なのか。 まあ、両方だろう。

イリアはこの世界から抜け出したがっている。 二年も傍に居ればわかる。 けれど同時に外に出る事を怖がっているのだ。 矛盾した心を抱え、彼女は引きこもる。

そんな自分勝手な女の子の事を何故か放っておけないのは、恐らくオレの過去が関与しているのだろうけど……わからないものはわからない。 誰か記憶を戻せるっていうなら、戻してみてほしいものだ。


「リイドーーーーっ!」


遠くでお姫様が叫んでいる。 両手をブンブン振っている。 人目がないからって本当になんでもやるな、あいつ。


「何ーー?」


「うしろ!! うーーしーーろーーっ!!」


「はぁ?」


ふと振り返ると。 そこにはでっかいロボットの顔があった。

もう一度目を凝らしてみる。 ごしごしと擦ってみる。 間違いなくロボットの顔がある。 厳密にはロボットの腹部から上が、ユグドラシルから飛び出していた。


「なんじゃこりゃあっ!?」


「馬鹿っ!! 他の世界から来たのよ、こいつっ!!」


「下がってイリア!! こっちに来るなっ!!」


駆け寄ってくるイリアを声で制止し、ロボットをにらみつける。 黒いロボットはオレを視界に捕らえると、コックピットを開いた。

そこから姿を現したのは黒装束に仮面をつけた誰かだった。 細いシルエットからは男か女かさえ判断出来ない。

黒装束はコックピットから飛び降りると、拳銃を懐から取り出しオレに向ける。 オレもすぐさま拳銃を取り出し、撃ち合いが始まった。

イリアを下がらせて正解だった。 相手は人間とは思えないような動きで真っ直ぐに駆け寄ってくる。 こちらの弾丸を回避しながら迫ってくる白い仮面。 しかし、オレもまた常識的な身体能力ではない。

弾丸をかわしながら進み、互いに正面から拳銃を突きつけあう。 お互いの拳銃を蹴りで弾き飛ばし、伸びてきた拳をオレは受け止めた。


「…………あなたがリイド・レンブラムですか?」


「だったらなんだよっ!! このっ!!」


腕を掴み、背負い投げる。 しかし黒装束は空中で体制を建て直し、腕から抜けて距離を置いた砂の上に華麗に着地してみせた。

身体能力が強化されているだけではない。 それなりに訓練をつんだスペシャリストの動きだった。 拳銃を拾い上げて向けるが、黒装束は反応しない。


「降参です。 ぼくはここに戦いに来たわけじゃないから」


両手を挙げ、抵抗の意思はない事を示す黒装束。 何故かそこに嘘は感じられず、オレは銃口を下ろした。


「だったら最初から銃なんて向けるなよ。 いくらなんでも話し合いってポーズじゃないだろ」


「あなたがリイド・レンブラムであるか確かめる必要があったので……でも、あなたの言う通りです。 少し乱暴すぎました」


そっと仮面を外し、黒いフードを下ろす。 そこに居たのは少年だった。 年の瀬はまだ十台前半……よくて十四歳くらい。 長めの黒髪ときれいな顔立ちのせいで女だと言っても通用しそうだった。

しかし残念ながら見覚えは無い。 オレは銃をホルスターに戻し、少年に歩み寄る。


「始めまして、リイドさん。 ぼくはゼクス=フェンネス。 あなたがいた世界の――――」


「このっ!! 変態っ!!」


ゼクス=フェンネスとかいう少年の背後から駆け寄ってきたイリアのハイキックが少年の後頭部に直撃し、少年はぐるぐる空中を回転して受身も取らずに砂の上にダウンした。

そう、イリアのキックは一級品なのだ。 オレもくらって卒倒したことがある。 少年は泡を吹いていた。 これじゃこっちのほうが悪者だ……。


「……イリア? 手加減ってモノを覚えようよ」


「だってこいつ、リイドに銃を向けたのよ? リイドの命は有限なのに……こいつ、わかってない!」


わかってないのはイリアも一緒だ。 たぶん彼の命も有限だと思うよ。

しかしこうも完全に伸びてしまっていると手の施しようがない。 とりあえず打ったのが頭ということもあるし、どこかで安静にしてあげなければ。

イリアは真横でまだぎゃあぎゃあ文句を言っていた。 ああ、安静という言葉はここにはない。 オレは少年を背負い、イリアに背を向ける。


「とりあえず彼を部屋につれてくよ」


「ちょっと!! 二人っきりになるつもり!? 危険じゃない!」


「じゃあイリアがついてきてくれるの?」


「ぐっ……! そ、それは……やだけど」


「決まりだね。 それじゃ、すぐ戻るよ」


腕を組んですごい勢いでオレの背中に鋭い視線を突き刺すイリア。 逃げ出すようにユグドラシルの間を出ると、すぐにオレは自分の部屋に向かった。

ベッドの上にゼクスを寝かせる。 少年の服装はこのあたりではみないもので、当たり前だが別世界から来たらしかった。


「それにしても……何がなんだか」


青い顔で気絶する少年の額にぬれたタオルを置き、ベッドの傍に移動した椅子にかける。

どこかで見たような、けれどまったく見覚えの無い顔。 それじっと見つめていて、オレは気づいた。


「ああ、そうか……」



こいつ、オレに似てるんだ……。


窓から差し込む日差しを浴び、眠るゼクス。

その横顔を眺めながら、オレは長い時間を過ごした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ