決戦、あの白き月で(7)
これにてアイリス編完結。
「駄目です! フロンティア慣性リングに攻撃が集中!! 予定コースを維持出来ません!!」
「社長ッ!! このままではフロンティアはファウンデーションから大きくそれた地点にッ!!」
「…………まずくない?」
「しゃ、社長!! あの、格納庫のリヴァイアサンが出撃を求めています!」
「誰が?」
『私です』
羅業のメインモニターに映し出されたのは、包帯まみれになって息を荒らげているエンリルの姿だった。
その姿を目にした瞬間、一瞬エアリオの歌が途切れてしまう。 しかしすぐに意識を集中し、エアリオはエンリルに瞳で訴えかける。 何故そこにいるのか、と。
大怪我を負っているのだ。 腹部は裂け、一時期は中身が出そうな勢いだった。 内臓は滅茶苦茶で、骨格もぼろぼろ。 それでも少女は苦しさを紛らわせるように微笑んでみせる。
『社長、私の最後の我侭です……。 リヴァイアサンを出させてください』
「そりゃかまわないけど……わかってるの? エンリル、きみの身体はもういくらなんでも限界だ。 エアリオみたいに不死身じゃない。 ただ直るのが早いだけだ。 死ぬ。 このまま出撃しなくても死にそうなのに、自ら死を選ぶのか」
『死んでもやり遂げたい事があります。 だからやらせてください』
「そっか。 でもさ、エンリル。 君のお姉さんはそんな風には思わないみたいだよ」
エアリオは歌いながら首を横に振っていた。 必死に懇願するように。 涙を流しながら、一生懸命に。
モニターごしにそんな姿を見て、エンリルは胸に熱いものがこみ上げるのを感じた。 嬉しくて涙が零れ落ちる。 そうだ、一人なんかじゃなかった。
じわりとシャツに滲む血。 傷口を押さえて祈る。 どうか、最後まで持って欲しいと。
それから先の未来なんて、自分はいらないから――と。
『ありがとう、姉さん。 ――――大好きです』
「――――行くなっ!! エンリルッ!!」
最後、エンリルは笑って見せた。 これまでにないほど、とても暖かく……充実した笑顔だった。
歌をやめるわけにはいかない。 黙りこむわけにはいかない。 心を深く閉ざし、エアリオは歌う。 悲しみと魂の叫びを。
どうか彼女を守ってほしいと。 どうかそこまで届いてほしいと。 何度も何度も祈りながら。 愛を乗せながら。
天使の群れを次々と撃破し、リヴァイアサンは進む。 目指す先、オロチとレーヴァが何度も刃を交わしていた。
月まであとわずか。 僅かだというのに、行く先は阻まれている。 キリデラ率いるタナトス隊がレーヴァテインの頭を押さえているのだ。
「行くのかい? エンリル」
通信機の向こうに居るのはトライデントのセトだった。 フロンティアの上部に立ち、近づく敵を砲撃し続けているトライデント。 そこまでの距離は遠い。
それでも声は届く。 想いは届く。 エンリルはセトに笑いかけると、何も言わずに通信を遮断した。
「ユピテルはいねえのか!? カイト・フラクトルッ!!」
「さあなっ!! 知りたけりゃ俺を倒していけよッ!!」
「抜かすようになったなあ!! 甘ちゃんがよオオオオオッ!!」
オロチの放つ無数の牙の雨をくぐりぬけ、ブレスを放つ。 全身が武器であるオロチの猛攻を潜り抜け、ゾディアックブレイカーを振るう。
二機の戦いは周囲の戦力を巻き込み、大爆発を何度も巻き起こしながら続く。
ゆっくりと月に向かって降下していく二機の後方、リヴァイアサンが迫っていた。
「カイトさん!!」
「――――エンリルか!? どうしてここにッ!!」
「邪魔をするんじゃねえよっ!! 下種が!!」
近づくリヴァイアサンに対し、オロチの腕が伸ばされる。 それは胸部付近を掠ったが、直撃はしない。 すぐさま直進するエンリルはコックピットの中で変形シークエンスを開始した。
「受け取ってください!! リヴァイアサンの本当の使い方ッ!!」
リヴァイアサンの上半身と下半身が分離し、同時に移動しながら空中で変形を始める。
頭部は胸部に格納され、腕は背面に固定される。 脚部は空中でひっくり返り、伸びきって新たな形を作る。
「『ランス』をっ!!」
「この反応――――まさか、合体するのか!? レーヴァテインとっ!!」
脚部は長大な刃となっていた。 それを手に取り、上半身はバックパックとして背中に。 直後、膨大な量のフォゾンがレーヴァへ流れ込み、輝きが漆黒の宇宙の中、十字に輝いた。
輝きは刃へと移送され、巨大な光の刃となる。 輝きの翼を広げ、レーヴァテインの中に暖かい心が注ぎ込まれてくるのを感じる。
「リヴァイアサン=ランス――――! これならっ!!」
「それがどうしたああああっ!! 何が合体だ!! そんなもんでやられて堪るかよおッ!!」
「伊達や酔狂で合体したわけじゃねええええんだよォオオオオオオオッッ!!」
振り下ろした刃は次々と牙を砕き、オロチの肩口に叩き込まれる。
超高温と超濃度のフォゾンがオロチの強固な装甲を易々と切り裂いていくのだ。
「な……んだこりゃあああああああっ!?」
「俺たちは――――一人で戦ってるわけじゃないんだっ!!」
振り切られた刃。
オロチの腕が、宇宙空間の中で蒸発していく。
⇒決戦、あの白き月で(7)
「お早いお着きだ」
月のユグドラシルより出でる真紅のエクスカリバー。 玉座の背後から伸びた腕は、ヴェクターを捕らえようと伸ばされる。
それを防いだのはゼクスのタナトスだった。 鎌で横になぎ払うと、オルフェウスは後方に飛んでユグドラシルより抜け出す。
砂の大地に不恰好にオルフェウスが落下したのはユグドラシル移動によるショックで混乱をきたしている証拠でもある。 すかさずタナトスは飛翔し、上空から鎌を振り下ろす。
「ヴェクター、答えて下さい」
振り下ろされた鎌は膝をついたオルフェウスに片手で受け止められていた。 刀身を握り砕き、オルフェウスの瞳が輝く。
オルフェウスの両肩に仕込まれた砲門が開き、同時に放たれた紅い閃光がタナトスの両腕を破壊する。
「何っ!? ぼくがこんな――あっさりと!?」
オルフェウスはタナトスの背後に立っていた。 振り返るよりもはやく、ハイキックがタナトスの頭部を飛ばす。
「約束の場所の意味を。 そして、貴方がここに来た理由を」
よろつくタナトスの上空から無数の刃が降り注ぎ、大地へ機体を釘付けにする。 コックピットは完全にそれていて、ゼクスは無傷だった。
息を呑む。 震えが止まらなかった。 見上げる背中、オルフェウスは地面に突き刺さった刃の一つを引き抜き構える。
「なんだ……この機体は……」
肩部から放出されたのはギャラルホルンと同じく圧縮フォゾンを放出するフォゾンメーザー砲。
その重武装を積みつつ超機動性を持ち、なおかつあの蹴り技はイカロスの格闘能力を。 そしてフォゾン刀の構築、操作はかつてのエクスカリバーを彷彿とさせる。
そこに存在するアーティフェクタは何者なのか。 理解の出来ない状況にゼクスは思わずコンソールに拳をたたき付けた。
「まるで相手にならなかった……? この、ぼくが……? 父さん……」
「いいでしょう、お答えしますよ。 しかしその前に決着はつけなければなりません」
ゼクスの呼びかけをヴェクターは無視していた。 まるで最初からそこに居ないものであるかのように。
オルフェウスも去っていく。 まるでそこにゼクスなど居ないかのように。 それは何よりもゼクスが恐れ、嫌う状況だった。
機体はまるで動かない。 コックピット以外は全て消滅したのと同じ状況だった。 たった一瞬、刹那の瞬間にそれをやられたということ。 実力差はハッキリしすぎているほどだった。
ロンギヌスとオルフェウスが相対する中、ゼクスはコックピットの中で泣いていた。 最初から、わかっていたのだ。
ゼクスは大量に生産されたバイオニクルのうちの一つにすぎず、たまたま少し優秀だっただけ。 平然とそれらの子供たちを切り捨ててきたヴェクターが、父親として自分を愛しているはずもないのだと。
それでも信じていたかった。 そこに居場所がほしかった。 だからここまでやってきたのに。 ただ、打ちのめされるためだけに……。
「ここを開けて、ゼクス君!」
コックピットを叩く音が聞こえた。 鉄の板の向こう側、誰かがそこで呼んでいる。
「ここにいたら危ないよ! 一緒に逃げなきゃだめだよ! ねえ、ゼクスくんったら!」
「メアリー……メイ? どうして……?」
「どうしてもこうしてもない! 仲間でしょ!?」
単純なメアリーの言葉が胸に突き刺さり、思わず涙が止まらなくなる。
そんな当たり前の幸せを、自分は自ら手放してしまったのだ。 わかっていたのに。 そんな当たり前のこと、わかっていたのに。
「無理だ……。 今更もう、戻れない……」
「決め付けないで!! 扉を開けて! まず、開けるの! それから考えて! 開けもしないのにわかったような気にならないでっ!! あなたにメアリーの何がわかるの!? そんなところに引きこもってて、世界の何がわかるのーーーーっ!!」
何度も扉を叩くメアリーの手は傷だらけだった。 赤い血が滴り、それでも一生懸命に呼びかける。
「一緒に帰ろう! 帰って沢山話し合おう!? 皆が怒ったらメアリーも一緒に謝ってあげる! お願いだから、ここを開けて!! 一緒に戻らなきゃ、意味ないよぉっ!!」
「ぼくは……っ! ぼくは……っ!!」
「大丈夫だから。 ねえ、聞こえるでしょ……? メアリーはここにいるよ。 メアリーだけはゼクス君のこと怒らないだって――家族でしょ?」
「かぞ、く?」
「同じ研究所の、隣のカプセルで育ったんだよ……。 判ってたんでしょ、本当は……?」
メアリーは覚えていた。 しかし、ゼクスはわすれていた。
辛いときは励ましあい、一生懸命に生きていた過去を。 家族として、お互いに名前を付け合った事を。
ゼクスは忘れていた。 忘れさせられていた。 思い出す事も出来なかった。 ヴェクターがそうしていたのだ。
そんな人間を父だと思い込み。 そして、本当に大切な仲間を裏切ってしまった――。
「ぼくは……生きていてもいいのかな、姉さん……」
「いいんだよ。 いいんだよ! いいんだよっ!」
ゆっくりとハッチが開く。
光りと共にゼクスに差し込んだのは、涙を流して笑う姉のまばゆい姿だった。
「一緒に生きよう、ゼクス君! 一緒に帰ろう――――っ!!」
二人は抱き合い、涙を流す。
ずっと求めていたものはすぐそばにあった。
裏切っても裏切られても断ち切れない絆は、確かにあったのだ。
こんな世界の果ての、約束の場所にだって。
「私の本当の名前はサマエル・ルヴェール――。 この世界を守護する存在です」
ロンギヌスのメギドの火とオルフェウスのギャラルホルンが激突し、凄まじい閃光が広がる。
二機は互いの剣を討ち合せながら語り合う。 想像を絶する神と神の戦いは激化し、そのあらぶる魂にユグドラシルも反応を示す。
「私はね、アイリス。 この約束の場所で生まれ育ちました。 この場所こそ、人類が捜し求めていた楽園。 そして、世界を浄化するシステムなのです」
「世界の浄化なんて誰も望んでいない! 勝手な正義感を世界に押し付けるな!!」
「それは違いますね、アイリス・アークライト。 この場所を作ったのも、神々を作ったのも――――人間なのですから」
オルフェウスの手にしていた刃が弾かれ空を舞う。 直後、アイリスは二つの剣を構え、十字に切りかかっていた。
「動揺しましたか」
「出鱈目を言うなっ!! 人間がそんな事をするわけが――っ」
「ありますよ。 あの地球の歴史が『何度目』なのかわかりますか?」
「何度――――目?」
「私が知る限り三回。 すでに世界は滅び、神によって浄化されているのですよ」
吹き飛ばされたロンギヌスは砂の大地に下りながらメギドの火を連射する。 刃を無数に展開し、それらを防御しながら剣を陽動に下方からロンギヌスの背後に回りこむ。
背面からのキックを腕で受け止め、ロンギヌスは空中を旋廻してオルフェウスを蹴り返す。 二機はもつれ合いながら墜落し、大量の砂を巻き上げた。
「アダムとイヴは始まりの人間の名前です。 それは別に偶然でもなんでもありませんよ。 全てが滅び去った地球に新しく命を宿す事――。 それこそ、アダムとイヴの役目。 つまり子孫を残し、始まりの人類を創造するためのものなのです」
「世界がもう何度も滅んできた――? アダムとイヴは、滅びのあとに再生を行うためのファクターだと?」
「その通りです。 だからアダムの子しかイヴは孕めません。 そういうシステムです。 アダムとイヴ以外は全て滅ぼす――。 そうしてこの世界は何度も生まれ変わってきました。 何度も何度も。 この世界に悪意が満ちる度に!!」
「悪意を悪意により滅する……。 矛盾しています」
「ええ。 ですが貴方が乗るそのエクスカリバーも、レーヴァテインもこのロンギヌスも! この世界に起きる争いを処罰し、平穏を導くための守護者! まあ、この世界ではあちこちに散ってしまってむしろ戦乱の種となりましたがね」
「それは――! ジェネシスがアーティフェクタをきちんと保管しないから!」
「保管はきちんとしていましたよ。 貴方のお父上も、スヴィア・レンブラムも。 ただ、身内に対するチェックは甘かったようですがね」
「……まさか」
「ええ! この私がっ!! 世界に力をばら撒き混乱を招き悪意を招き終焉を招いた張本人ですよっ!! アーティフェクタを暴走させてね!!」
「この――――ッ!! それでも人間ですかっ!! あんたはああああああっ!!」
剣を構築し投擲しながらギャラルホルンを連射するアイリス。 ロンギヌスは猛攻を回避し、エクスカリバーの腕に刀を突き刺していた。
「人間ではありませんよ。 サマエル・ルヴェールは個人の名にあらず。 その役割を背負い生まれてきた者全てに与えられる名。 世界が滅んでしまった後、世界を再生させる者が必要でしょう? サマエル・ルヴェールは、アダムとイヴの子を取り成し、人の世を再構築する役割を持つ監視者なのです。 そして、世界が滅ぶに値すると判断した時、この世界を再生へと導く義務を持つっ!!」
刀を抜き、胴体をなぎ払う。 しかし寸前のところで剣で弾き、なんとか上半身と下半身は接続されたままだった。
「そして不穏分子を取り除き、私は世界を滅ぼす。 再生された世界は美しく、人はまた穢れを知らない姿に還る。 すばらしい事でしょう?」
「そうだとしても、私はこの世界がいいんです。 きれいな世界なんて要らない! この、醜く歪んだ世界でかまわないッ!! 今この世界で生きていたいんですっ!!」
真っ白な世界なんていらない。 美しい世界なんていらない。
世界は暗く、にごったままで。 時には人の想いさえ裏切るけれど。
身勝手な人の業が作り上げた争いと滅びの歴史さえ、それは自分たちが歩いてきた軌跡になる。
まっさらになって何もかもが消え去ってしまったら、それはもう世界なんかじゃない。 大切な人も、大切なものも、全て消えてしまうのならば。
「美しくなくたっていいッ!! 私はっ!!!! あの世界で、生きていたいんですっ!!!!」
エクスカリバーの瞳が輝き、莫大な量のフォゾンが放出され光の柱が立ち上る。
巨大な光の聖剣を構え、ロンギヌス向けて突進する。
「すれ違ったり憎んだり! 的外れに愛したり裏切られたり! くっついたり離れたり、そんな世界が好きなんです!! 今私の生きている場所が世界なんです!! 正しさなんていらないっ!! 未来なんていらないっ!! 終わってしまってもかまわない、でもっ!! 最期目を閉じる瞬間だけは、選ばせて――! それくらい、私たちに選ばせてぇぇええええっ!!!!」
「その繰り返す間違いの果てに星そのものが消え去るという事がわからないのですか!? 世界と共にあり続けるということは、そういうことですっ!! 常に悪意にさらされて生き続けるということなのですよ!! 貴方にそれが出来ますか!? アイリス・アークライトオオオオッ!!」
ロンギヌスの放つ火。 強力な光を切り裂いて、エクスカリバーは突き進む。
「駄目だアイリス……力が足りない!」
「私は……私は!! 還りたい――――ッ!!」
炎を突き抜けたエクスカリバーは、泣いていた。
瞳から溶けた装甲が零れ落ち、全身は焼け落ちてボロボロ。 それでも剣だけは輝いて、まっすぐに。 ひたむきに。
「あの場所へ――あの世界へ! 大切な人たちが居なくなった世界なんていらない!! お願い、返してっ!! 世界を私たちの手に、返してえええええええええ!!」
気づけば何もなくなっていた。
静止した時の中、真っ白い空間が広がっている。 そこにいるアイリスの姿もまるで真っ白。 そこでは肉体はあまり意味を持たなかった。
「(アイリスちゃん)」
「(アイリス)」
「(アイリス・アークライト)」
周囲を見渡した。 そこにはオリカが。 ルクレツィアが。 リフィルが立っていた。
三人が笑顔でアイリスを見つめている。 そして指差すその向こう、ロンギヌスが刀を振り上げている。
そうして少女は理解した。 ロンギヌスが振り上げた刀の意味を。
彼らは干渉者の代わりに干渉者たちのユグドラ因子を使い、擬似的に装甲を再現しているのだ。 だからあの機体の中には、リフィルとオリカがいる。
そしてエクスカリバーにはルクレツィアの魂が宿っている。 それは命を落としても、アーティフェクタという媒体に記録される。 その魂のあり方を、心のあり方を、アーティフェクタは決して忘れない。
彼らは皆心を持っている。 その心は正しくはアーティフェクタのものではない。 そこで命を落とし、そして思い出になった人々の記憶なのだ。
だから。 アイリスは一人ではなかった。 振り返るとそこには数え切れない人々が並び、アイリスに手を振っていた。
子供、大人、女、男。 それらの向こう側、エクスカリバーがアイリスを見下ろしている。
力 を 貸 し て く れ る の ?
声にならないアイリスの言葉。 背後に眠る同士たちは同時に頷き、エクスカリバーは翼を広げた。
エクスカリバーの持つ聖剣が輝きを増していた。
それは、装甲を溶かしつくすような、己でさえ耐え切れないような魂の輝き。
何もかも覆い尽くし掻き消すように広がり、ロンギヌス目掛けて突き進む。
「その力は……!? なにっ!? ロンギヌスがうごかな――っ」
ぎしりと、ロンギヌスの動きが制圧される。
たった一瞬だけでもいい。 その向こう側、今は肉体を失った彼女が必死にそれを止めているから。
「あああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
閃光が、ロンギヌスを貫いていた。
一撃。 たった一撃で、ロンギヌスの装甲をぶち抜いて。 全ての悪意を浄化する、祈りの一撃。
「――――ありがとうございます、アイリス・アークライト。 そして、ごめんなさい……母さん」
「――――え?」
ヴェクターの涙と笑顔が瞼の裏側に浮かび、そしてそれが光に溶けていくのを感じる。
まばゆい閃光の中、ロンギヌスが消えていく。 思い出と、そしてロンギヌスに秘められた魂と共に。
空に、手を伸ばし。 アイリスは涙を流して微笑んだ。
まばゆい光の中、確かに振り返った帽子を被った無邪気な笑顔を浮かべる少女の後姿。 『がんばって』と、笑いかけているのが見えたから――――。
「お前ら……ごときに……っ! この、俺様があ……っ」
リヴァイアサン=ランスがオロチの胸を貫いていた。 二機はもつれ合いながら月へと落下していく。
「キリデラ……! 戦域を脱出しろ!! 命まで落とす必要はない!!」
「甘ったれたこと言ってやがるぜ。 いいか、坊主……? 俺は後悔も迷いもねえ。 最期に思い切り暴れられて、心底スッキリした気分だ。 オロチには悪いが、ここいらが俺の潮時だ」
「キリデラ……」
「行け坊主ッ!! お前はお前のやるべき事をやれっ!! 俺と心中してちゃ……世話ねーぜ!」
レーヴァテインを引き剥がし、フロンティア目掛けて投げ飛ばすオロチ。 同時に腕がちぎれ、月に落ちていく。
まるで流星のようだった。 キリデラは深く椅子に体重を預け、ため息を漏らす。
同時に口からは血が流れる。 刃はコックピット付近を直撃していた。 その熱で、半身にひどい火傷を負っていたのだ。
カイトが手加減できるような相手ではなかった。 それでもそれを知ればカイトは迷うかもしれない。 そんな風に後に続く誰かの足を引っ張るのは御免だった。
「サマエル、先生……。 俺ぁ生まれて初めてあんたに感謝するぜ。 俺様をこの世界に作ってくれて……。 こんな、キレーなもん見せてくれてよ……」
月と地球の間、落ちていくフロンティア。 そして月から放たれたまばゆい光。 世界の果てで見た二度とは見られない景色を眺め、キリデラはそっと目を閉じる。
「むかつくぜ、あの坊主。 俺がガキの時に――そっくりだ」
ずっと昔。 まだ、彼らが子供だった頃。
バイオニクルとしての厳しい訓練と生活。 がんじがらめの運命。 それでも、幸せだった。
ルクレツィアと、ネフティスと。 アーティフェクタ操作候補生としての生活は、確かに充実していた。
そんな遠い過去の事を思い返し、思わず頬を緩ませる。 泣き虫だったネフティスと年上ぶりたがったルクレツィア。 無邪気な子供だった頃。
あの頃に戻れるのなら。 そんな風に思うこともあった。 でも違う。 もう両手は血で汚れすぎて、そうすることでしか生きていく実感が持てなかった。
「なあ……先生。 あんたも、逝ったのか――?」
ゆっくりと瞳を開く。 そこには何故か、ルクレツィアの姿があった。
幻だろうか。 それとも夢だろうか。 それはわからない。 それでも笑顔で手を差し伸べるその姿に、キリデラは――――。
月の表面に落下するよりも早く、オロチは爆発し、霧散した。
「フロンティア、落下コース修正出来ません!! このままではファウンデーションには命中しませんっ!! 社長、指示を!!」
「今考えてるとこだけど……どうにもならないよねえ」
トライデントは攻撃からフロンティアを守ることで精一杯。 そんな時、彼方からレーヴァテインが飛んでくる。
ランスとなる脚部部分をバーニアとして変形させた『ドライブ』モードで飛翔するレーヴァテインは、フロンティアに取り付くと凄まじい出力で加速を始める。
火を噴くレーヴァの翼。 たった一機のアーティフェクタの力で、フロンティアは進路を変えようとしていた。
「こちらレーヴァテイン! 手動でフロンティアを落としてやる!! 予定コースをよこせっ!!」
「カイト・フラクトル君? それ落としたら君も死んじゃうよ? みんなしてそんなのでいいのかな?」
「知った事かよ!! ここまで皆、命賭けて運んでくれたんだ! みんな、みんな! みんな死んじまっても、それでもここまで来てくれたんだっ!! 応えなきゃならねえだろうがっ!! その想いにッ!!」
「……レーヴァテインに予定のコースを転送してあげて。 それから残存戦力はみんなフロンティアの護衛に」
「それではこの羅業が手薄に……っ」
「羅業はいいよ、落ちても。 フロンティアさえ落下できればね」
アレキサンドリアのウインクに、オペレーターたちは冷や汗を流しながらも頷く。 そしてあとは黙って仕事に入った。
レーヴァテインに送られた予定のコースを確認し、エリザベスは確信する。 逃げられるような規模の爆発ではない。 落下コースに入ったとしても、最期の最期までこの希望を守らねばならない。
「…………勝手に決めて、悪い。 エリザベス、俺……」
「カイト。 あたしもね、同じ事考えてた。 あたしたちの心、ちゃんと繋がってるね」
穏やかに微笑むエリザベス。 カイトはその笑顔に力を貰い、後はもう振り返らなかった。
「……エリザベス」
「何?」
「愛してるッ!! 一緒に死んでくれッ!!」
「勿論っ!!」
沢山の命が燃え尽きていく。 その命を燃やしながら、フロンティアは落ちる。
これで終わりだといわんばかりにフロンティアを取り囲む天使たち。 一機、また一機と撃墜されていく仲間たち。
何度も攻撃にさらされ、ダメージを蓄積するレーヴァテイン。 それでも前へ、前へ。 人の歴史に希望を届けるために。
ぼろぼろになっても、それでも懸命に前に進む。 それ以外に出来る事はなかった。
武装を失った兵士たちが自らの機体をレーヴァの盾にし散っていく。 敵陣の中に突っ込み、羅業がかき回す。
皆心は一つだった。 命なんて惜しくない。 ただほしいのはくだらなくてもいい、たった一つの未来だけ。
滅びかけてもいい。 それでも欲しいのだ。 堪らなく愛しいのだ。 愛した誰かの記憶も、それが残るあの星も。
戻りたいのだ、あの頃へ。 そして願いが聞き届けられるのならば。
「いっけえええええええええええええっ!!!!」
月に、落ちていく。
敵も押しつぶし、味方も巻き込み、落ちていく。
もう逃げられはしない。 月の半分近くを破壊するほどの威力を持つ爆薬を、レーヴァテインは重力を操作し威力をしぼっていく。
狙うのはファウンデーションの完全なる消滅。 ただ、それだけ。 神を全て滅ぼせなくてもいい。 そこさえ潰せば、もう――未来は有限になる。
破壊され、砕けていくレーヴァテイン。 そんな中、カイトはほっと胸を撫で下ろす。
「エリザベス、すまない。 エンリル、お前は逃げろ。 合体を切り離せばいい。 ここから先は俺たちだけで大丈夫だ」
「……そういう、わけには……。 いかないんです」
変形は確かに解除された。 しかし次の瞬間、盾のような姿に変形すると、落ちていくレーヴァテインの前に展開する。
「お、おい……なんだこれは」
「私が盾になります。 この『ウォール』なら、きっと……。 心を高めて装甲を厚くしてください。 生きる事を、諦めないで……」
「何言ってんのよあんたっ!! 死ぬつもり!? あんた、一人だけでっ!!」
「一人ではありません……。 それにもう……。 カメラに写せないくらい、血まみれで汚くて……。 だからこれは、私の最期のわがままです」
「エンリル……やめろっ!! もういいんだエンリル! 戦わなくてもいいんだっ!!」
落下していくフロンティアが巻き起こす爆風に巻き込まれ、吹き飛ばされていくレーヴァテイン。 それを覆い包む菱形の結界の中、カイトは叫んでいた。
フロンティアが落ちていくのが見える。 その一部が月に触れ、まばゆい虹色の破壊のが世界を包み込んでいく。
「姉さんに……よろしく、おつたえください。 それから、エリザベス……。 私たち……友達、ですよね……?」
「…………何言ってんの? これからじゃん!! これから友達に……いっぱいたのしいことしようよおっ!! エンリルーーーーっ!!」
通信機の向こう、エンリルは血溜まりの中にいた。
操作機器には血糊が残り、呼吸はか細い。 意識も薄弱で、朦朧とした青い表情のまま微笑む。
血が、広がっていく。 命の証が。 それが何故かエンリルは嬉しかった。 自分が生きた証が、こぼれていく気がして。
だからきっとからっぽなんかじゃなかった。 友達もできた。 姉もできた。 それに、恋だって――――。
「――――さよう、な、ら……」
カイトの叫び声は聞こえなかった。
全てを滅ぼす光の嵐の中にレーヴァテインは巻き込まれ、何もかもを蒸発させるような破壊の中、リヴァイアサンは溶け落ちていく。
それに手を伸ばそうとしても届かない。 すぐに光に包み込まれたエリザベスは、全身を襲う凄まじい苦痛に耐えながら必死で祈っていた。
どうか。 どうか。 どうか。 自分は助からなくてもいい。 それでもカイトだけは助けてほしいと。
カイトがいなければ今の自分はなかった。 今の自分にとってカイトは全てなのだ。 それ以外何もいらない。 カイトさえ笑ってくれていたらそれ以外何もいらない。
助けたい。 どうにかして助けたい。 神様だって信じてもいい。 魂だって売り渡してもいい。 それでもいいからどうか。
「カイトを……守ってえええええええええええっ!!」
その時、二人は確かに見た。
光の中、二人を守るように両手を広げて空に浮かぶ少女の姿を。
真紅の髪は揺れ、強気に挑発するような唇が動く。
「(最期まで好きな女は守って死になさい。 最期の最期まで――後悔しないように)」
少女が振り返る。 哀しげに微笑みながら、少女はカイトと向き合って、ゆっくりと言葉を紡いだ。
生まれるはずのない炎の翼がリンドブルムを包み込み、遥かなる空へと舞い上がらせていく。 それは灼熱の温度を持ちながらも、エリザベスを傷つけることは決してない。
「この炎……すごくあったかい」
「…………いたんだ。 ここに。 ずうっと、いたんだ……ッ」
勝手に空へと舞い上がるレーヴァテインの中、カイトは両手を組んで祈るように俯いていた。 ぼろぼろと涙を零し、『彼女』の存在をレーヴァテインの中に感じていた。
そう、ずっと傍に居た。 苦しいときも、傍に。 だから一人ではなかった。 二人でもなかった。 ずっとずっと、自分のことも。 リイドのことも、守ってくれていた。
「探してた……お前のこと。 でも、こんなところに居たんだな……。 俺、守るよ。 エリザベスを守る。 守るよ――――」
炎に焼かれ、砕け散ったレーヴァテイン。 それでも尚、ふわりふわりと宇宙を舞うゆっくりと、ゆっくりと。 孤独な宇宙の中を。
見渡す世界の景色。 地球の青さを目にし、カイトは泣いていた。 その背後に寄り添い、エリザベスはそっと抱きしめる。
二人は落ちていく。 遥かなる地球へ。 もう二度と戻れないと、そう思っていた場所へ。
真紅の炎は二人を守り、そして、海へ――――。
ファウンデーションが。 フロンティアが。 燃えて朽ち果てていく。
何もかも砕け散り、神も消えうせ、次の瞬間宇宙空間に居た神も、天使も。 地球にいたそれらも皆、活動を停止した。
「――――イリス。 アイリス。 目を覚まして」
身体に走る痛みを堪え、ゆっくりと瞼を開く。 まばゆい光の中、私を抱いていたのはユピテルだった。
白い砂漠の中、エクスカリバーはロンギヌスに勝利した。 そして私たちは今、確かに新しい歴史の中に居た。
ゆっくりと身体を起こす。 優しくそれを支えてくれるユピテルに思わず胸が熱くなる。
「勝ったよね……。 私たち、勝ったんだよね……?」
「うん。 勝った。 勝ったよ、アイリス」
ユピテルの口からその言葉を聴いた瞬間、今までの人生で感じた事がないくらいの達成感と幸せを感じ、思わず抱きついてしまった。
強く強く抱き合い、私たちはお互いの存在を認識する。 まだここに生きている。 私たちは、生きているんだ。
「あの時……皆の想いがシンクロした。 私の心の中に……」
「アーティフェクタは心の器。 心なくしては動けない機械の人形。 そこに宿る記憶は世界の記憶さ。 ――――立てるかい? アイリス」
強く頷き、ユピテルの手を取り立ち上がる。 改めて見渡すその場所は、地球のユグドラシルと殆ど同じだった。
ただ一点だけ異なる点。 破壊せねばならない目標の前に、椅子がある。 そこには少女らしき姿が眠っている。
私は自然とその場所に向かって歩き出していた。 砂を一歩一歩踏みしめ、幸せもかみ締めながら。
しかし。 そうしてゆっくりとそれに近づくにつれ私の魂が警告していた。 それに近づいてはならない。 見てはならない、と。
それでも私は歩みを止めることが出来なかった。 ふと振り返ると、ユピテルは私の少し後ろについてきてくれていた。 とても安心して、胸を撫で下ろす。
そうだ、大丈夫。 あれがなんだろうと、私はもう大丈夫。 だってこんなにも、生きているんだから。
玉座は血に染まっていた。 少女は口から血を流し、全身から血を流し、黒いローブを羽織っていた。 そのフードの下から覗く顔は、はっきりとは見えないけれど……どこかで見た覚えがあるような気がした。
動機が高鳴る。 何故かわからないけれど、冷や汗が止まらない。
足がまるでなまりのように動かなくなる。 どうして。 そこにあるものを、確かめればいいだけじゃないか。
そっと、ふれて。 フードに手をかける。 気づけば私は呼吸を荒らげていた。
黒い布を。 ただ、上にめくればいい。 それだけで、終わるんだ。 これがなんであるかはっきりする。 そうしたら、ユグドラシルを、壊して……。
――――そこには、私がいた。
「えっ?」
私がいて、血を流して、死んでいた。
「えっ?」
紛れもなく、私だった。 死んでいる。 私が死んでいる。 赤く伸びた髪も、背格好も。 完全に、私と同じ。
「なにこれ」
死体は動かない。 当たり前だ。 もう死んでいる。 アイリス・アークライトはもう死んでいる。
「いや……なにこれ……いやあっ」
アイリス・アークライトは、もう死んでいる。
じゃあ、私は。
誰――――?
「いやああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
「……んっ? 今なんか聞こえたか?」
草原の中、少年が歩いていた。 少年は両手に荷物を抱え、風の中空を見上げる。
いい日だった。 天気がいい。 そんな日少年は、風に吹かれて空の向こう側を見る。
そうして足を止めると、沢山の思い出が脳裏を通り過ぎていくようで。 思わず感傷に浸ってしまう。
「何立ち止まってんのよーっ! さくさく歩きなさいーっ!」
遠く、少年の進む先で少女が手を振っていた。
白いドレスを身に纏った、紅い髪と紅い瞳を持つ少女。 少女はしきりに少年をせかすので、少年は仕方がなく歩き出す。
「ったく。 わかってるよーっ!! 先に行ってて、イリア!」
少年の名はリイド・レンブラム。
それはまだ、アイリス・アークライトの物語が始まるより少し前の出来事だった。
次回よりリイド編です。
もの凄まじく時間のかかったアイリス編最終話。 色々先に続く事もありますが、これで殆どレーヴァテインという物語は語りつくしたも同然です。
全て片っ端から説明する事は難しいし野暮なので、それぞれの登場人物の想いは悟っていただけるとありがたいです。 まあほんとはチャントやるのがいいんでしょうけど。
なんというか、大分王道な雰囲気になってしましましたが、もうみんな叫ばせときゃいいやと。みんなもう叫びまくりです。熱血です。
思えばアイリス編は色々ありました。それぞれのキャラクターの過去、現在、そして関係性。それに付け加えこの世界にある沢山の陰謀を書かねばならなかったからです。
その為に主人公であるリイドには退場を願いました。代わりにそこにアイリスが立ち、登場人物を引っ張ってくれたのにはちゃんと意味があります。そしてそれは、お話の最後に大きく関係するでしょう。
色々と複雑な世界観で、箇条書きにでもすれば説明できますが文章に織り交ぜると難しい。結局良くわかってもらえなかったかもしれませんが、それは僕の力不足です。
あとは最後、リイド君がこの世界の物語を締めくくって終わりとなります。残す部は恐らく長くても5,6部くらいでしょう。もう語るべきことは殆ど語り、エンディングを残すのみです。
敵も味方も死にまくりのクライマックス。主要人物は最後に何人生き残れるのか不安です。
それでは全ての解決、リイドの活躍を考えつつおやすみなさい。