決戦、あの白き月で(6)
オルフェウス、やっとでたーーーーーー
こわい。
いたい。 くるしい。 やめて。 たすけて。 こないで。
ありがとう。 がんばろう。 もうすこしだ。 いきのこるんだ。 まけないで。 かって。 しなないで。
ゆうきを。 あいを。 ぞうおを。 いかりを。 たましいを。 こころを。 こえを。 うたを。
うたを。 うたを。 うたを。
そらを。 うみを。 ほしを。 せかいを。 ひとを。 おもいを。
とどけて。 きかせて。 おしえて。 うたって。 ねがって。
こえが。 たくさんのこえが。 とおくからこえが。 こえがきこえる。
こわい。 いたい。 ありがとう。 ゆうきを。 うたを。 とどけて。 こえが。 こわい。
――――幸せになっちゃいけないやつなんていない! それは、幸せになるのをお前が放棄しているだけだ!
だれ?
――――そこから連れ出してやる! オレが! 世界なんて壊していいんだ! 夢も現実も! 何もかもっ!! だから手を取れ! 逃げ出したいなら一歩踏み出せ!! あとはオレが連れて行くっ!! オレがっ!!」
どうして?
――――今度こそあんたを守る! オレが殺させはしない! 手を取ってくれ!! 頼むからッ!!
かなしい。 こわい。 くらい。 とおい。
きこえない。 きこえない。 きこえない。
りいどの。 こえが。 きこえない。 よ。
「……おい、今なんか言ったか?」
「はあ? 徹夜連続で疲れているのはわかるが、しっかりしてくれよ。 アーティフェクタの整備は俺たちにかかってるんだからよ」
「あ、ああ……。 でも確かに、女の声がさあ……」
深夜のアーティフェクタ格納庫での出来事を気に留めたものは居なかった。
格納庫の中で眠るレーヴァテインの瞳が淡く輝き、その肩に淡く発光する何かを纏った少女が立っていた。
少女は紅い髪を靡かせながら遠く月を見上げていた。 瞳にただ、月だけを映して。
「(まもる。 まもる。 まもる。 せかいを。 あいりすを。 かいとを。 まもる……)」
誰にも届かない声がこの世界にいくつあるのだろう。
そしていくつの声が、この世界に消えていくのだろう。
⇒決戦、あの白き月で(6)
「さて、そろそろ出撃か……。 俺たちは先に宇宙に行ってフロンティアを月にぶつける。 ユピテル、アイリスの事、頼んだぜ」
「重々承知しているよ、カイト・フラクトル。 君のほうこそ気をつけて」
「何だ……? お前にそんな風に言われると嫌な予感しかしないぜ。 リイドだってそんな事はいわねーよ」
「うん。 だってボクは、リイド・レンブラムとは違うから」
ユピテルの笑顔の一言にカイトは思わず目を丸くし、それから肩を強く叩いて笑い飛ばした。
「その意気だ。 帰ってきたらちゃんと歓迎会やってやるよ。 いや、勝利の祝賀会か?」
「約束だよ、カイト」
ハイタッチを交わし、カイトがレーヴァテインに乗り込んでいく。 しかしパートナーであるエリザベスは残り、アイリスに駆け寄った。
「あの、アイリス……。 この戦いが終わったらさ……? お姉さんの……イリアの事、話してくれないかな?」
「……どういう風の吹き回しですか?」
アイリスが驚くのも無理はなかった。 エリザベスはイリアに会った事もないし、イリアの話題は好まなかった。 そもそもアイリスを敵視していたエリザベスが目の前で人差し指をちょんちょん突き合わせながら上目遣いにお願いしているという情景がアイリスには信じがたいものだった。
しかしそれも当然の事。 エリザベスはもう、アイリスに限らずカイトに関わる女性すべてにいちいちやきもちを焼いたりしない。 素直に生きていくのだ。 今のエリザベスは、アイリスともっと分かり合いたいと思っていた。 それに、カイトがかつて愛した人のことも。
「あたし、カイトのこともっと好きになる。 皆の事も好きになる。 もうね、嫌いなフリして生きてくの疲れちゃったの。 変なことかな?」
「――ふふっ! いえ、ご尤もですよ。 私も同意します。 ええ、そうですとも。 仲良くしましょう。 お互いに……生きて帰って」
「なーんで笑ってるのかわかんないけどお……まーいーわ。 どっちみち話は生きて戻ってからね」
「そうですね。 文句が言いたければ明日を作りましょう」
二人が苦笑を浮かべながらそっと握手を交わす。 アイリスは二年前、誰彼かまわず否定し拒絶し逃げ回っていた時期を思い出していた。
思えばエリザベスは自分ともよく似ている。 そんなところがある。 結局ちゃんと話し合う事は出来なかったけれど、それでいい。 小さいイリアのような彼女の事を、結局アイリスは嫌いになれないから。
戻ってきたら姉妹のような関係になれるだろうか。 そんな事を考えると少しだけわくわくする。 明日を思えば楽しくなる。 とても素敵な事だった。
「おまえ、なんだかわからないがちっこい女に好かれるな。 ロリコンなのか?」
「エアリオ先輩に言われたくありませんよ」
「おま……っ!? これでも一応でっかくなってるんだ! 背も、胸も! ていうかおまえ失礼だぞっ!?」
「あはははは! そんなにむきにならなくても十分可愛いですよ。 そういえば、昔はよく髪を括ってましたよね」
「……それがどうした? おい……かんべんしろ。 戦闘前だぞ……」
仁王立ちしたまま苦笑いしているエアリオの髪を背後からくるくると括り、アイリスはにっこりと微笑む。
それはまるで、ゆっくりと。 静止していた時間が動き出すような。 そんな不思議な光景だった。
「戻ってきたら、思い切り呑もうか。 もっと話したい事が沢山あるんだ」
「ええ、私もです。 どうかご武運を」
「お互いに、な」
ウインクを残し軽く手を振って去っていくエアリオを見送る。 殆どの人員は既に出撃配備が完了し、残っているのは最期にこの場所を発つエクスカリバー組、アイリスとユピテルだけとなった。
作戦の展開と同時にSICは作戦拠点として活動を開始する。 最小限の人員で情報をやり取りし、世界中の状況を各作戦部隊に通達するのだ。
だが、空から降り注ぐ膨大な数の敵を前にどれだけもつかはわからない。 だから彼らは皆、帰る場所を失うのだ。 そしてやがて連絡も付かず、成功するのかどうかもわからないような複雑な作戦を各々完遂しなければならない。
これが成功しても次が成功しないかもしれない。 努力が水の泡になるかもしれない。 そんな地球全体のプレッシャーを背負い、戦場に赴くのだ。
エクスカリバーの足元、空を見上げるアイリスとユピテル。 静かになった世界の中、空の彼方にほとばしる無数の爆発、閃光を見上げ、その戦闘の音に耳を澄ませる。
それは、世界にまだ人類が生きているという証拠だった。 この世界の中で、彼らが生きていたという証だった。 誰にも邪魔できず、誰にも否定できないその確かな現実を二人はその目に焼き付ける。
「見ているだけしか出来ないのは、辛いわね」
「でもボクらは最期の最期まで生き残り、敵に止めを刺さなきゃならない。 ここでやられたら全部の努力が無駄になる。 全力で勝利しなければならないんだ」
「わかってる。 わかってるから。 だから信じてる――。 皆を、信じてるから――――!」
地球防衛兼神話掃討作戦。 通称、『リフレインミッション』。
沢山の思い出と沢山の人の願いを乗せ、戦いは始まっていた。
西暦2669年 10月7日。
同日 十六時フロンティア周辺宙域。 暗く広がる闇の海の中に輝く巨大な影があった。
戦場の中をゆっくりと移動し始めるフロンティア。 戦場にいる全ての者の目に映る、月へと伸びる虹色の糸。 まるで彼ら全てを導くように、月が呼んでいる。
宇宙を漂うスサノオ、SIC、ヘイムダル、ヨルムンガルドの群れ。 その中央、まるで巨大な海を泳ぐ巨大な魚のようなシルエットが翼を広げ羽ばたいていた。
――羅業。 それはかつて東方連合によって作られたノアの箱舟。 宇宙でも活動が可能なその巨大な要塞母艦の中、透明な膜で覆われたコックピットにエアリオは立っていた。
羅業を操る術は一つだけ。 そしてこの世界でエアリオだけ、オリジナルである彼女だけが、羅業を動かす事が出来る。
静かに。 そして、そっと。 地球から月へと命をつれてゆく魂の船が歌いだす。
まるで涙を流すように。 まるで叫ぶように。 エアリオの歌声があらゆる機体のスピーカーから流れ出し、パイロットたちは思わず気を引き締める。
「これが噂に名高いイヴの歌声……。 是非とも我らが東方連合に欲しいどすなあ」
「帝様。 不思議と士気が高まっているようです。 近衛兵団も、いつもに勝る勇敢さを見せてくれるでしょう」
「そうでなければ困ってしまうなあ。 まあ、この戦いが終わった後の事を考えたら、他の皆さんとは仲ようしとったほうがええ。 一同せいぜい気張りいな」
宇宙空間を漂う橙色のスサノオが刃を抜き、たった一機で先行する。 そのコックピットからスオウはエアリオの姿を見下ろし、微笑みながら飛んでいく。
「――――あれがオリジナル。 関係あらへんなあ。 せめて子供らを、私らと同じ目に合わせんように。 ……そうやろ? ルクレツィア」
「アレキサンドリア様! 帝様が率いる先遣部隊が敵とエンゲージしました!! 第二、第三神話級が複数混在の四百級集団です!!」
「右舷ヨルムンガルド隊交戦に入りました!! 戦力が押されています!」
「右舷にはイオスの隊を回す! 帝の先槍はありがたく頂戴しといて。 あとで借りは返すよ」
「しかし、彼女は……」
「あれでもバイオニクルシリーズの生き残りだし。 うちのネフティスくらいには働くでしょ」
羅業のステージの上、歌い続けるエアリオの背後にブリッジがあった。 SIC本社のデスクをまるまる引っ越したかのような乱雑な様子の中、アレキサンドリアは椅子にかけたまま遠く白い大地を見つめていた。
エアリオはその瞳に戦場を映し続ける。 歌声が聞こえると天使たちは動きを鈍らせ、的となる。 歌の力がなければ進む事もままならなかっただろう。
そんな地獄のような景色の中、しかし美しく続く月への旅路。 羅業の格納庫の扉が開き、レーヴァテインが飛び発つ。
闇を切り裂き進みながら装甲を纏い、宇宙へ。 ブレスを放ち、先陣を切って敵を蹴散らしていく。
「こちらレーヴァテイン! 中央突破は任せろ!! 俺とエリザベスが、絶対に月まで連れて行ってやる!! みんな、死ぬなよ!」
世界中で起こる最期の戦い。 それは、人類という種族が『まだ生きたい』のだと叫んでいるかのようだった。
次々と人が死に、国が滅んでいく。 当たり前のように。 次から次へと、消え去っていく。
一つ消えれば数数え切れない思い出がこの世界からなくなってしまうというのに。 あまりにも、あっさりと。
ジェネシスが滅び。 エルザイムが滅び。 最期の抵抗を続ける小さな国々も、東方連合も、間に合わなければ死に至る。
世界が終わろうとしているこの瞬間、確かに人々は一つになっていた。 争い、惑い、それでも一つになった。
憎しみや哀しみ、裏切りや愛情。 様々な感情の螺旋は世界を一つに纏め上げ、この瞬間刹那だとしても確かに交差したのだ。
歴史を紡ぐペンがもしここで折れてしまったとしても。 それでもここに命が存在したという事実だけは、拭い去れない――。
「愚かな人たちですねえっ!! いつまで経っても!!」
「トランペッター……!? カイト、反応が五つ!」
進路を塞ぐトランペッターの影。 それはずらりと横に五つ並んでいた。
それぞれのトランペッターが強固な結界で天使たちを守りつつ、指示を下す。 一つ一つが戦略装置としての役割を果たしていた。
「五機!? まさか、この間倒してもまた沸いてきたのは――」
「そうさっ!! トランペッターは七機編成の遠隔操作型アーティフェクタなんだよおおおッ!! 本物は僕が乗る一つだけだっ!!」
「卑怯な戦い方! あいつむかつく!!」
「同感だッ!!」
先頭に浮かぶトランペッターにブレスを放つものの、壁になるように集まってきた天使に攻撃を妨害されてしまう。 月からの戦力がほぼ無尽蔵に集まってくるこの状況下においては、トランペッターの能力は数倍に跳ね上がっていた。
天使たちにまぎれて体当たりを仕掛けるトランペッターたち。 一機なら問題がなくとも、五機同時に攻撃を仕掛けてくるとかわしきることが出来ない。
「どうだ! これが天才の戦い方なんだよ!! 五機も同時に操ることなんてお前らには出来ないだろ!?」
「数が多ければ強いってわけじゃねえだろ!」
「う、うるさいんだよ馬鹿っ!! 馬鹿共がっ!! このまま世界は新しい姿に生まれ変わればいいんだよ!! そう、そして世界は人の手で管理されればいいんだよおおおっ!!」
「一部の人間の解釈だけで世界を語るな! それに巻き込まれる方の身にもなれっ!!」
「子供のクセに偉そうに! 大人に反抗してんじゃねえよっ!!」
「大人がそんなに偉いのかああああああっ!!」
ゾディアックブレイカーを振り回し四方八歩から繰り広げられる攻撃を防ぎつつ、カイトは前に進む。 凄まじい猛攻だったがリンドブルムを被う翼の結界のお陰でダメージはそう多くない。 だが、状況が遅行すれば大事に成りえる。 この状況、時間が勝負なのだから。
「人の歴史を見ただろ!? どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ!! 僕は本当の神を作る……。 サマエル様がこの世界を治めれば、絶対的な平和と理想が訪れるんだ! 約束の場所で、僕たち人類は生まれ変わるんだよォッ!!」
「間違っていてもいいんだよ!! 誰かに批判されてもいい!! 自分の世界ならっ! 自分で変えて見せろっ!!」
「子供なんだよ!! だからお前はあああああっ!!」
リンドブルムの周囲を高速で回転し、円を描くトランペッター。 その幅が狭まり、押しつぶされすりつぶされるように一斉に全ての機体が襲いかかる。
虹色の火花を散らすマントの内側、必死にそれを跳ね除けようとするものの五機すべての出力を跳ね返す事が出来ない。
「どうなってんだこれ!? リンドブルムのパワーならこんなのどうにでも……!?」
「よくわかんないけど、周囲に変なフォゾンの流れが出来てるみたい! それを壊さないと……」
「馬鹿が! 押しつぶされて消えろっ!!」
「――――それは」
「お前の方やっ!!」
左右から同時に切り込んだ二機のスサノオの一撃により爆発炎上するトランペッター。 結界が解除され、自由になったレーヴァテインの左右で刃を構える。
「すまん、助かったマサキ! それに……フェイ!」
「……呼び捨てか? なめられたものだ」
「ああいう気安いやつなんや。 あんまそうかりかりせんでええやろ」
「しかし容易いな、あのアーティフェクタ。 搭乗者の心身がなっていないようだ」
「――――んなんなんだよ、お前らはあああああっ!!!!」
叫び声とともに突撃する三機のトランペッター。 それを左右でそれぞれのスサノオが両断し、中央のものをレーヴァテインが片手で受け止める。
一機だけの出力ならリンドブルムには圧倒的に叶わない。 めしめしと音を立てて拉げる装甲の中、目前に迫る龍の牙を見てソルトアはコンソールに拳を叩き付けた。
「何故っ!?」
「ていうかお前――この一機だけさっきから動きが違うぜ? 自分の乗ってる機体はびびっていざという時は一番最後……。 見え見えなんだよっ!!」
「く……そがあああああっ!!」
頭部を握りつぶし、高く振り上げた踵をたたきつける。 一撃で左右に分断されたトランペッターの中からコックピットだけが後方に打ち出され、月に向かって行く。
「脱出装置か……。 随分用意周到だな」
「ヘタレなんやろ?」
「ほんっと、最悪の男っ!!」
残骸を彼方へと蹴り飛ばし、ため息をつくエリザベス。 三機は別々の方向に散り、天使を掃討する。 休んでいる間などなかった。
次から次へと沸いてくる敵の増援は絶え間なく襲い掛かる。 いくら倒してもきりがない状況は確実に戦士たちの意思をそぐ。
それでも尚、どこか落ち着いていられるのは聞こえてくる歌声のお陰だった。 エアリオの歌が、人の心を一つにしていく。
言葉を交わさずとも判る事がある。 不思議な一体感の中、絶望に向かって突き進んでいるというのに彼らは恐れてはいなかった。
むしろ、誇りに思う。 この世界の為に戦える事を。 そして、自分自身の為に戦える事を。
苦しいのは一人じゃない。 みんな同じ目的の為に苦しみを分け合い、信じている。 もう駄目かも知れないと何度も思いながら、それでも信じている。
そう、信じているのだ。 世界はかわると。 いつかまた、笑って過ごせる明日が来ると。 こんなところで終わらないのだと。 きっと、明日は来るのだと。
夜の闇が世界を多い、空の闇が心を被っても、月へと導くフロンティア進んでいく。 攻撃にさらされながらも、何とか辿り着こうと必死に。
「フロンティアを守るんだ!! こいつを送り届ければ俺たちの勝ちだっ!!」
「いっけええええ!! リンドブルムーーーーっ!!」
「みんな、もう少しの辛抱です! 頑張って……頑張ってください!」
ロシアゲート周辺地区。 スレイプニルの中にユカリの姿があった。
次々と撃墜されていく母艦たち。 同盟軍に次々と参加した義勇軍と共に行われたロシアゲート攻略作戦は、圧倒的に不利だった。
たった数十機の通常機だけで落とせるわけもないのだ。 それでも彼らは参加した。 どこも人手不足だから、ユカリもそう志願したのだ。
それでももう指揮系統もなにも滅茶苦茶な戦場で、彼女の声が届く事はなかった。 目の前で仲間が次々と落とされていくのをただ眺めているだけ。
「大丈夫だ。 どうせあいつらが本拠地を潰せばこいつらはおしまいだ。 最後の最後まで諦めんなよ、ユカリ」
攻撃に揺れ続けるスレイプニルの中、ユカリの手を取ったのはルドルフだった。 冷や汗を浮かべながらも強気に笑ってみせる。
自分より何倍も小さい少年であるルドルフはいつでも前向きだった。 死ぬ気になってやれば怖くないし、大抵なんとかなる。 ルドルフはいつもそういっていた。
「そういえば、どうして残ったんですか?」
「宇宙には姉貴がいくだろ? 俺様行く意味ないし。 まあ、偶然だろ」
「そうですか? まあ、そういうことでもかまいませんけど」
「どういう意味だよ、ったく……。 緊張感ねえなあ」
「そうですね。 でも、それもまた私たちらしいのでは?」
「確かに違いねえ」
軽口を叩き合っても不安なのは変わりない。 お互いに死の覚悟を決めたとき、通信機に声が聞こえた。
「こちらアローヘッド! お二人さん、無事かい?」
「…………ミリアルド?」
「おいらもいるぜ! ルドルフ! 胸がちょっと大きい姉ちゃん!」
「シド! お前も来たのか!?」
スレイプニルを守るように前に出るアローヘッドとエルサイム仕様のヘイムダル。 二機は戦場に向かって飛び立っていく。
「ルクレツィアがいないからって、じっとしてるわけにゃいかねーだろ!?」
「そういうこと。 本当は俺は空に行きたかったんだけどね……。 ま、野暮なことはしたくないし」
「なあなあミリアルド、野暮ってなにが?」
「ん〜、お子様には少し難しい話かな」
「まーたそれかよ! ったく!!」
二人同時に前線を切り開きながら砂の大地に降り立つ。
臨むのは巨大なロシアゲートとその周辺戦力。 乏しい力でこの場所を抑えねばならない。
「あとでちゃんと聞くからな!」
「へいへい」
「こうしてこの場所で会うのは初めてかな? サマエル・ルヴェールを継ぐ者よ」
約束の場所。
そこはユグドラシルの間と同じだった。 一つだけ違う事があるとすれば、機の麓には黄金の王座があり、そこに一人の少女が座っているということ。
その傍らに立つメルキオールは扉を開いてその場に足を踏み入れたヴェクターを笑顔で迎え入れた。
数数え切れない十字架が立ち並ぶ楽園の奥深く。 黒衣を纏った少女は座ったままぴくりとも動かない。 当然の事。 彼女は息絶えていた。
血で汚れた椅子。 砂の上に落ちたままの血。 そして、拳銃。
ゆっくりと歩み寄り、ヴェクターはそれを手に取る。 そっと砂を払い、優しく両手で包み込んだ。
「――母さん」
「君は何を望んでいるんだい? 歴史に一石を投じる? 世界のあり方に意義を唱える? 救済? 滅亡?」
「どれも違いますよ。 ただの……そう、ただのわがままです」
「わがまま……か。 なら、見届けさせてもらうよ。 人間の我侭が、何を齎すのか」
「齎すものなど何もありませんよ。 ただ、そこには終わりがあるだけです」
そっと、少女の亡骸を抱きしめる。 長い長い時間その場所で放置されてきたというのに、死体は生前と同じ美しさを保っていた。 そう、まるでその場所だけ時が止まってしまっているかのように。
「ただ、終わりがあるだけです。 だからこそ、私は……。 次の世界に、つなげるために……」
振り返ったとき、そこには既にメルキオールの姿はなかった。
「ま、待ってください! お姉様っ!」
夕暮れの日差しを浴びながら跪くエクスカリバー。 それに今まさにアイリスとユピテルが乗り込もうという時、背後からメアリーに呼び止められていた。
「まだ残っていたの……? 早く避難しなさいって言ったのに」
「違うんです。 あの……私もエクスカリバーに乗せてくれませんか?」
それはあまりにも唐突な申し出だった。 ユピテルは困ったように肩をすくめ、アイリスはメアリーをにらみつける。
「死にたいの? 命を粗末にしないで。 貴女は戦いに向いてない」
「死にません。 それに、戦いに向いてなくもないです。 メアリーはが居ればより確実に向こうのユグドラシルに接続出来ます! それに、どうしても……どうしても、もう一度会って話さなきゃならない人がいるんです」
唇をかみ締め、涙を瞳にためて少女は懇願する。 夕日の下、風に吹かれて靡くアイリスのコート。 真紅の髪の合間から覗く決意に満ちた瞳は和らぎ、そっと手を伸ばす。
「命の保障は出来ませんよ」
「…………はっ! はいっ!! お姉様、大好きですうっ!!」
思わず飛びつくメアリーを抱きとめ、アイリスは困ったような笑顔を浮かべた。 それを眺め、ユピテルはコックピットへ乗るように促す。
「女の子二人の命が掛かっているとなると、ボクも手を抜けないね」
「こんな小さな子にまで興味があるんですか?」
「あっ、いや……そうじゃなくて! 参ったな……」
コックピットに乗り込む二人。 アイリスのシートの背後にメアリーの為に座席が追加される。
そうしてエクスカリバーは立ち上がる。 暁の中、そっと。 世界に芽吹く新たな命のように。
握り締める彼女の刀。 アイリスは己の心の中に最も強い自分をイメージする。
それは、一陣の風のように心の憂いを払う少年の笑顔のように。
強く、気高くあるために命をなげうって戦い抜いた真紅の少女の後姿のように。
責任と罪を背負い、その重さの中でも輝きを消す事のなかった純粋な愛を持つ剣士のように。
そして今、全てを受け入れ翼になるように。
「――――行きましょう。 エクスカリバー=オルフェウス」
真紅の翼が広がっていく。 焔の中から生まれた新たな命。
マントを風に棚引かせ、夕闇の中に立ち上がる影。
第二のエクスカリバー。 そこにはきっと、ルクレツィアの魂さえ宿っているから。
「行くよ、アイリス」
「はいっ!!」
飛び立った。 遥か彼方、約束の場所目掛けて。
水平線を駆け抜ける美しい姿は輝きを増して、水しぶきの中自由に飛んでいく。
そう、全てを溶かし燃やす真紅の如く――――。
「――――来なさい、アイリス・アークライト。 そして全てを……」
それは、何年も前から決まっていた、運命だった。