決戦、あの白き月で(4)
ヴァルハラ乙。
「何だこの神話反応は!?」
「超濃密度のフォゾン粒子反応……こんな広域に!?」
戦場は完全に停止していた。
地中より大地を付きぬけなだれ込む漆黒の光の粒子は全ての機動兵器を包み込み、そのフォゾン動力を停止させる。
戦闘状態だったタナトスもSFもスサノオも、あらゆる兵器は同時に膝を着き、地上に落下していく。
空中を飛翔していたスレイプニル艦隊が次々と海中に墜落し、中には軍艦の上に落下して大爆発を起こしているものもある。 作戦行動もままならず、共に活動不能に陥っていた。
「やばい、やばいぞこれは……っ!! ユグドラシルが発生源なのか、この力は……」
格納庫に立てこもり戦闘を続けるルドルフは、凄まじい銃撃戦の中物陰でノートパソコンを操作していた。
つい先ほどから発生した強力なフォゾン障害は一気にその範囲を広げ、今や地球全土を被い尽くすのも時間の問題となっている。
「あの、これはどういう事なんですか? 一人でぶつぶつ言ってないで教えてください!」
「だーかーらー! このフォゾン反応そのものが既に新種なんだよ! 神話反応に近いけど、それともまた違う……! 何が起きてるんだこれは――まさか! おい、嘘だろっ!?」
ルドルフの叫びが響き渡るよりも早く、格納庫の床から無数の黒い羽が舞い上がってくる。
それに触れたものは全て分解され、白い砂となる。 そう、それは天使が地球を浄化する儀式の究極系。
「逃げろおおおおっ!! 早い話、これに触ったら――死ぬぞっ!!」
社内中に死体がごろごろと転がっていた。
それだけではない。 翼はヴァルハラ全土を被い、全ての命を食らい尽くそうとその手を伸ばしている。
町中、人の姿が見当たらなかった。 身体の一部をむしりとられたような無様な死体が、そこらじゅうにごろごろと転がっている。
生きている人々は上のプレートへと逃げ続け、逃げ遅れた者からこの世を去る。 無人のプレートが次々と量産され、機動兵器の中に乗るパイロットたちもまた、血と肉の塊に成り果てようとしていた。
それが世界中を被い尽くした時、それは文字通り世界の終焉を意味していた。
「でもね、アイリス。 まだ終わるわけにはいかないんだ」
ヘイムダルの動力もまた、完全に停止していた。
必死に操縦桿をがちゃがちゃと動かし捲くるアイリスだったが、それがもう動かない事は本能的に理解している。
しかし、諦められなかった。 真正面から相対してどうにかなるような相手ではない。 ましてや、たった一人で立ち向かえるような敵でも。
「大丈夫だ、アイリス」
その時、背後からエアリオの声が聞こえた。
まるで暗示をとかれるように平常心を取り戻し、身を乗り出したエアリオの横顔を見つめる。
その表情は険しかった。 しかし、決して熱くなってはいない。 冷静に燃える静かな決意の炎。 それは、アイリスの心を落ち着かせる。
「なんだ、君も一緒だったのか。 でもね、エアリオ――君はいらないよ。 僕の興味は、アイリスにあるんだから」
ふわりと、まるで重力から解放されるようにメルキオールの姿が宙を舞う。
ゆっくりと、ヘイムダルに近づくメルキオール。 二人が思わず覚悟を決めそうになったその時、青空を突き破り銀色の輝きが舞い降りた。
「メルキオオオオオルッ!!」
「ここまで追ってきたんだね、ユピテル」
振り下ろされた銀色の槍を指先で受け止めるメルキオール。 それから槍を蹴り払い、後方に向かって跳躍する。
それはもう人間の力ではなかったし、速度でもなかった。 あらゆる能力で絶対的にそれを凌駕するヒトガタの存在――。 それは、人間の姿をした化け物だった。
「ユピテル……どうしてここに!?」
「約束したからだっ!! ボクが、君を! 守るってッ!!」
――――貴方は、私を守る。 どんな時も、颯爽と助けに来る。 そう、約束出来ますか?
約束はいつか果たされねばならない。
少なくともユピテルはそう思っている。 そして、そう信じている。
何よりもそうせねばならないと心に刻み、そして今その為にここに来た。
助けに来たよ。 アイリス――――。
大きな機械の背中が。 その向こう側にある後姿が。 一生懸命でひたむきなその姿が。 だからこそ――。
「メルキオール!! 追いついたぞ……やっとっ!!」
「ユピテル、キャラが少し変わったかい? それとも――そっちの君が本当の君なのかな?」
「全てのボクがボクだ!! 本当の自分なんてありはしないっ!!」
降り注ぐ槍の雨を全てかわし、上昇するメルキオールの背後、血のように赤い紋章が浮かび上がり、伸びた漆黒の手がオーディンと激突する。
姿を現したのは漆黒のオーディンだった。 伸びた巨大な漆黒の剣が槍を押しのけ、ユピテルに迫る。
「何……!? オーディンが二機!?」
「当たり前さ。 オーディンは、僕がユピテルに分け与えたものだからね」
「おおおおおおおおっ!!」
同じシルエットの黒白が何度も得物をぶつけ合い、激しく火花を散らす。 この終焉の景色の中で活動する事が出来る、神に存在を許された者達の演舞。
しかし、力は黒の影が押していた。 空中で激しく何度もぶつかり合う光速の攻防戦。 ぶつかり合うたびに軋み、悲鳴を上げるオーディンの中、ユピテルは戸惑っていた。
その戸惑いの色はメルキオールに筒抜けだった。 女が指を鳴らすと、空中を漂う羽たちが渦を巻いてオーディンを包み込む。
「どうやら弱くなったみたいだね、ユピテル」
「何っ!?」
「君は弱くなった、と言っているんだよ。 昔の君はもっと鋭かった。 全てを貫く一縷の光だった。 でも今は違う。 余計なものを背負いすぎて、君の翼は錆付いた」
羽の渦が十字に閃光し、爆発する。 メルキオールはまるで呪文を唱えるように、ゆっくりと謳い始めた。
メルキオールの歌はオーディンの自由を奪い、翼の渦が装甲を削り、黒の影が刃を叩き込む。 直接肩口に袈裟を叩き込まれたオーディンの装甲が拉げ、大量の血が空中に噴出す。
「「 聖なる、聖なる、聖なるかな 」」
メルキオールの瞳が開かれる。
声は一つではなかった。 二つに重なる戦慄は反発するように、しかし溶け合うように白い世界に響き渡る。
「「 三つにいまして 一つなる 」」
翼の螺旋は消え去った。 自由を取り戻したオーディンは止めとなる一撃を交わし、後退。 白い砂の大地の上に着地し、息を付く。
「この歌――エアリオ・ウイリオか」
ヘイムダルのコックピットの中、胸に手を当て少女は目を瞑っていた。 小さな唇が紡ぐ歌声はまるで天使のように美しく澄み渡り、誰かの心に直接響き渡る。
「「 神の御名をば 朝まだ来 」」
メルキオール・レンブラムと、エアリオ・ウイリオ。
二人の歌声はぶつかり合い、互いの威力を相殺する。
「(好きにはさせない)」
メルキオールの心に、エアリオの声が直接響く。
「(運命は、わたしが破壊する)」
黄金に輝く瞳。 エアリオは両手を広げ、歌声を天高く響かせる。
「(鳴り止め!! 鳴り止め!! 鳴り止めッ!!!!)」
「「 起き出でてこそ ほめまつれ 」」
「――――この声、エアリオの……」
「ああ。 あいつの歌が俺たちを守ってくれる。 行こうぜ――エリザベス」
崩落する艦隊の中、燃え盛る炎を背にその影は黒い布に身を覆われ、静かに佇んでいた。
コックピットの中は薄暗く、そこに座るカイトは操縦桿を握りしめ、瞳を閉じて息を付く。
少年が目を開いた時、世界に光が走った。 黒い姿のその影は大空へ飛翔し、漆黒の翼を大空に広げた。
黒く、重く。 そして、早く。 夜の闇を切り取ったかのごときその姿は今までのどんな『レーヴァテイン』とも異なっていた。
長く伸びた尻尾、そして蝙蝠のような翼。 鋭い眼差しと鋭利な牙。 腕を組んだままの姿勢で、レーヴァテインはヴァルハラへ弾丸のように突き進む。
それは、カイトの背後に座る少女の心の具現化。 ヨルムンガルド、ウロボロス、SF、そしてリヴァイアサン。 それらの機体の特製を色濃く残した、龍の名を持つレーヴァテイン。
レーヴァテイン=リンドブルム。
この世界に生まれた、新たなレーヴァテインの名だった。
⇒決戦、あの白き月で(4)
「……エアリオの声だよな、これ」
「……ええ、多分」
「二人とも無事かい!? って、もしかしてお邪魔だったかな……?」
格納庫内にも血の匂いが充満していた。
咄嗟の判断で小型のフォゾンシールドを展開し、その影にユカリを押し込んだルドルフ。 そこまでは良かったのだが、二人はもみくちゃになってコンテナの山に埋もれていた。
駆け寄ってきたイオスを乗せたSFが二人をコンテナから救い出すと、お互いの顔を見合わせて逆に信じられない生きているという事実を確認しあう。
「いや……何故か生きてるな、俺ら」
「ですね……。 それにしてもそのSF、どこから持ってきたんですか?」
「さっきみんな止まってるうちにサクっとね。 とにかくここをでて本隊と合流しよう。 こんな戦いだからこそ、ルドルフ君の頭脳が必要になるかもしれないしね」
「おい! お前の上司のオッサンはいいのか!?」
「あの人は死なないよ! それよりほら、急いで!」
コックピットが開かれ、SFの手が差し伸べられる。 二人はコックピットに降りたものの、広さの問題でぎゅうぎゅうだった。
元々SFは可変機能のためコックピットはヨルムンガルドより一回り以上狭いのだ。 操縦するイオスさえ隅に追いやられる状況に、思わず全員が苦笑いを浮かべる。
「おい……これで飛べるのか?」
「わかんないけど、やってみれば結構イケるんじゃないかな?」
「イオスさん、楽観的ですね……」
「楽観的じゃなきゃこんな世界やってらんないよ! 掴まってて!!」
飛行形態に変形したSFが飛び立つ頃。
海中に墜落したオロチが水しぶきを上げ飛翔する。 その肩には巨大な槍が深々と突き刺さり、雷を迸らせていた。
「くそ、何が起きたんだ……? 行き成り変な現象発生させやがって。 不意打ちをモロに食らうとはらしくねえ失態だぜ」
舌打ちして周囲を見渡すキリデラ。 しかし、先ほどまで戦っていたオーディンの姿は見当たらない。
見当たらないにしても、行き先に心当たりはありすぎる。 謎の現象が停止した事から考えても、ユピテルはその渦中に向かったはず。
「逃がしゃしねえぞ、あの野郎!」
「待てキリデラ!! 時間だ! ロンギヌスの打ち上げを行う!!」
「ソルトアか!? 今丁度いいところなんだ! 邪魔すんじゃねえよッ!!」
「だったらこっちに近づいてくるレーヴァテインを何とかしろ!! 積荷はロンギヌスだけじゃないんだ!! この計画を成功させるのに必要なものが全部そろってる!! あれを阻止されたら僕たちの計画は――、」
「知った事かよ!! 元々俺様はテメーの部下でもなきゃ仲間でもねえんだ! バイオニクルでもなんでもねえ、『ただの人間』のクセに俺様に指図してんじゃねえよッ!!」
通信を強制的に落とし、地下に伸びた縦穴に向かって行くオロチ。
その様子を遥か上空、トランペッターの中からソルトアは眺めていた。
「あの馬鹿が……ッ!! どうせ最初から期待はしていないならず者だ! 魔剣ごとき、僕のトランペッターで!!」
月を背に大気圏外に浮かぶ異形のシルエット。 それは、巨大な筒に手が生えただけのような奇妙な外見のアーティフェクタだった。
筒の全面に取り付けられた無数の操作装置に反応し、周回軌道を巡っていた天使たちが一斉に降下を始める。 攻撃目標は当然レーヴァテイン。
「いくらレーヴァテインだろうが、これだけの数の上位神を相手に出来るわけがない!! 今のうちに時間を稼いで、月のエデンにアクセスしなければ!!」
数はものの問題ではなかった。
大空を疾走する黒いレーヴァテイン。 次々と降り注ぐ神々のフォゾン攻撃を受け、尚健在だった。
全身を被う、翼が変化したマントはフォゾンを反射し、攻撃を無力化する。 大空に舞い上がる漆黒の翼が停止し、両手を広げ、巨大な顎を開く。
一瞬で収束するエネルギーは周囲の大気を捻じ曲げ、大空に展開する数百の神々目掛けて放たれた。
まるでそれは龍の息吹。 放たれた破壊の閃光は右から左へ敵をなぎ払い、圧倒的な火力で戦線を崩壊させる。
空が燃えていた。 果てなく続くかのような神々の悲鳴とエアリオの歌をBGMに、リンドブルムは宇宙へ飛び立つ。
「見つけた! カイト、あいつがトランペッターよ!!」
「レーヴァテイン……くっ、来るんじゃないッ!!!! 僕に近づくなあああああっ!!!!」
「――――そいつは聞けないお願いだねッ!! エリザベスッ!!」
「使って! ゾディアックブレイカー!!」
切り離された巨大な尻尾を旋廻しながら片手に取り、その構えのまま神々の群れに向かって突貫する。
「く、くるなあああああああああっ!!!!」
半狂乱に繰り返される攻撃の雨を無力化し、リンドブルムは疾走する。 蛇腹のようにうねる巨大な刀剣を振り回し、近づく敵は全てなぎ払う。
それは情け容赦のない神を滅ぼす魔剣そのもの。 何百何千という神を粉微塵にし、ついにトランペッターに刃を振り下ろす。
「馬鹿が!! トランペッターの音響結界をなめるなよ!!」
超高音の音が、聞こえるはずのない宇宙で響き渡った。
圧縮されたフォゾンで構築される守護結界。 火花を散らす刃と結界、二つの光がまばゆい閃光を宇宙に散らす。
「トランペッターに攻撃機能はないが、防御能力ならばエクスカリバーにも勝る絶対結界なんだよ!! レーヴァテイン如きの剣で、結界が崩せるものかよっ!!」
「――――剣、か。 そうか。 お前にはこれが剣に見えたのか」
「はっ?」
「残念ながら不正解だ。 こいつは剣でもないし、槍でもない」
鞭のようにゾディアックブレイカーを振り回すレーヴァテイン。 その身を被い、攻撃を乱反射し、周囲の神を殲滅しながら間合いを取る。
「お前の壁がどれだけ厚かろうが関係ない。 俺とエリザベスの前では全て無意味だ。 お前が絶対無敵の盾を持つとしても――俺はそれを越えていくッ!!」
腕に巻きついた鞭の刃が超光速で螺旋を描き、まばゆい閃光を放ちながらトランペッターに迫る。
それは掘削機にように。 ただ破壊する事に特化した、一撃必殺の無様な攻撃。
「……ドリルう!? 非効率的なああああああっ!!!!」
螺旋の一撃がトランペッターの半分以上を根こそぎ穿つと、消滅しかけたトランペッターを背にリンドブルムはマントで身体を被った。
「――でも、カッコイイだろ」
背後でトランペッターが爆発する炎を無視し、リンドブルムは地上へ舞い降りる。
増築され強化されたカタパルトエレベータを破壊し、ヴェクターの足を止める為に。
「カイト、直下から攻撃!!」
「ちっ!!」
咄嗟に防御行動を取るリンドブルム。 大空一帯を焼き尽くすような激しい火力を突きぬけ、反撃のブレスを放つ。
それは、カタパルトエレベータから単機で空へあがってきた。 黄金の装甲を持つアーティフェクタ、ロンギヌス。 飛翔しながら刀を取り出すロンギヌスと、舞い降りながらゾディアックブレイカーを取り出すリンドブルム。 二機は空中で激突し、そのまま真横へ突き進みながら白兵戦闘を繰り返す。
「戻ってきましたか、カイト君。 それは新しいレーヴァテインですか?」
「ヴェクターッ!! 月に行って何をするつもりだ!? 『約束の場所』ってのは何だ!?」
「倒して聞き出して御覧なさい。 男の子でしょう?」
二機の刃が激突し、大気が震える。
お互いに距離を取り、メギドの火とブレスの討ち合いが始まる。 隙あらば白兵戦闘を繰り返す二機の周囲にはもう何者も近づく事が出来ない。
空を焼き海を割り大地を砕く猛攻。 嵐のようなその戦闘に、口を挟める者などいなかった。
「カイト、妙だよ!?」
「ああ……。 あいつ、どうしてこっちのフォゾンを奪わないんだ」
メギドの火も前回ほどの威力がない。 リンドブルムの装甲ならば耐え切れる威力である。
しかしそれでも尚、ヴェクターは強い。 ロンギヌスは強い。 何らかの理由で能力を封じられているとしても、それは十分すぎる脅威だった。
「トランペッターはもう倒した! 今の戦力で俺たちに勝てると思うか!?」
「トランペッターを倒した……? では、あそこに見えるのは何でしょうねえ」
上空を見上げた瞬間、天使の群れの突撃により吹き飛ばされるリンドブルム。 海中にまで叩き落される中確かに見たのは、上空に浮かぶトランペッターの姿だった。
「カイト!! トランペッターの反応が……! さっき確かに倒したはずなのに!?」
「もう一度落とせばいいだけの話だっ!!」
海中からのブレスは海を蒸発させ、凄まじい水蒸気を巻き上げる。 その白い闇の中を突き抜け、リンドブルムの蹴りがトランペッターの胴体部を真っ二つにへし折った。
あまりにもあっけない結末。 しかし、それだけで十分だった。 周囲には既にロンギヌスの姿は見当たらない。
「時間稼ぎか!? くそっ!!」
「「 聖なる、聖なる、聖なるかな 」」
「予定通り、エデンへのアクセスが通りました。 これよりロンギヌスはエデンに向かって頂きますよ、サマエル様」
月面付近に、先ほど二度も倒されたはずのトランペッターの姿があった。
彼らの姿を隠すように、守るように。 神々は跪き、ロンギヌスの行く道を作る。
ロンギヌスと全ての資材を積み込んだ巨大なコンテナを宇宙へ打ち上げると、最後の役目を終えたかのようにカタパルトエレベータは爆炎と共に崩壊する。
それは、ヴァルハラという楽園の終焉さえも意味していた。 次々と崩れ落ちていく下層プレート。 上層もまた、ゆっくりと朽ちて行く。
宇宙空間で地球を振り返ったロンギヌスの中、ヴェクターは感傷深く蒼い惑星を見下ろしていた。
沢山の悲しみと沢山の闇、そして命が巡る蒼い地球を。
「「 罪ある目には 見えねども 」」
「くっ……潮時か! 全軍撤退する! 機体が動くうちにどこかの艦隊と合流しろ!!」
「ヴァルハラが……崩れていく……。 ぼくらが、憎んだ町が……」
地獄の絵図を切り取ったかのような光景に、マサキは思わず息を呑む。
それは長年少年が見たかった光景のはずなのに。 余りにも恐ろしく、哀しく……。 人という種族の培ってきた歴史全てを否定されるような、そんな想いさえ胸にあった。
崩落していくかつて楽園と呼ばれた景色。 今はもう見る影もなく、帰る場所もない。
「おーい! 僕たちも連れてってくれー!」
「……なんや、あのえらくヨタついてるSFは……。 はよせい!!」
「無茶言わないでよ、もう! こっちは三人乗りなんだぞっ!!」
「「 御慈しみの 満ち足れる 」」
「ここまでだね。 エデンで待っているよ、ユピテル。 それから――アイリス・アークライト」
崩れ落ちるユグドラシルの間。 その中で刃を交えていた二つのオーディンが距離を置き、メルキオールは闇の中に消えていく。
「待ってくださいッ!! 貴女は何故私を……何故私なんですか!? 私の何が、この世界に関わっているんですか!?」
「答えは全て闇の中、さ。 エデンで会おう、我が友よ」
「メルキオオオル!! 逃がすとでも思っているのか!?」
「それは、彼に聞いたほうがいい」
縦穴から降りてきたオロチの牙がメルキオールを追うユピテルの動きを遮り、ぶつかり合う。
「邪魔をするなあッ!! 人間風情があああっ!!!!」
笑顔を浮かべながら闇に消えるメルキオール。 そうしてもたついているうちにも最下層であるこの場所は次々と崩落していく。
「逃げろアイリス!! この人間はボクが引き受けるからっ!!」
「で、でも……」
「君は君の大切な人の所にいけっ!!!! いるんだろう、この町にっ!! 時間がないんだ、早くっ!!!!」
「「 神の栄えぞ 類なき 」」
何故、その事を急に思い出したのだろう?
ユピテルがあんなに一生懸命に叫ぶからだろうか? その気迫に押され、のこのことやってきてしまったのだろうか。
目の前には崩れ去った家があった。 そこは元々私と姉さん、そして父さんと……母さんが暮らした家族の家。
扉は崩れ落ちていた。 今にも崩壊しそうなその家に、何故か私は駆け込んでいた。
額に汗を浮かべ、周囲を見渡す。 声も出ないほど緊張し、喉がひりひりと焼け付きそうだった。 心臓がぎゅうっと締め付けられて、どうしようもなかった。
こんなことしている場合じゃないってわかってる。 みんな戦ってるってわかってる。 でも、ここに来なきゃ絶対に後悔する――。 そんな確信があったから。
「……誰、なの? 早く逃げなさい。 ここはもうじき崩れるわ」
「……母さん」
リビングは崩れていた。 食器を満載した棚が横になり、その下敷きになっていた。
誰が? 母さんが。 そう、私の母親が。 下半身を棚に潰されて横たわっていたのだ。
だというのに私は駆け寄る事が出来なかった。 とたんに両足が石みたいに硬くなって、一歩も前に進めない。 ただ困惑だけが心の全てを塗りつぶしていた。
「アイリス……? アイリスなの? ああ、よかった……。 無事だったのね。 元気そうで、本当によかった」
「…………あ。 わた、し……」
「――早く逃げなさい! 早くッ!! こんなところで嫌いな私と心中するつもり!? 早く出て行きなさい! 早く!」
「…………っ」
何故か私は懸命に首を横に振っていた。 母さんはそんな私をにらみつけ、握り締めた拳を床に叩き付けた。
「いいから行きなさいッ!!!! こんなところで死んでどうするの!? これ以上、私に罪を背負わせないでっ!!」
「…………っ!! っ……あ……っ」
首を横に振る私に、母さんはそこらへんに落ちていたものをどんどん投げつけた。 でもそれは決して痛くなくて、ただ弱弱しく私の身体を打つ。
「お願いよアイリス! 逃げて! あなたは生きて! あの人とイリアに続いて、あなたまで失ったら……私、あの人に顔向けできないわ!」
「……あの……あのっ」
「…………アイリス。 好きな人が出来たんでしょう? 見ればわかったわ。 それに、今は目的もある。 そうでしょう? 夢を追いなさいアイリス。 あなたには何一つしてあげられなかったけれど、足を引っ張ってあなたの未来を閉ざすような母親にだけはなりたくないのよ。 お願いだから逃げて頂戴、アイリス……」
目の前で、母親が泣いていた。 涙を流しながら、私をじっと見つめていた。
世界が終わろうとしているこの瞬間まで、私はこの人のことを考えないようにしてきた。 ずっと昔にここに置き去りにして、向き合う事から逃げたのだ。
最低の母親だった。 それは今でも変わらない。 仕事人間だったから家には寄り付かなかったし、父さんがいなくなってからは男をとっかえひっかえ。 そんな母親の不真面目な姿が、私は何よりも嫌いだった。
姉さんが母親代わりで、べったりで。 だから姉さんのことが大好きだった。 この人は親なんかじゃないって言い聞かせてた。 ううん。 そういう血が自分に流れていると思うのがいやだったのだ。
姉さんが居なくなって、神との戦いに狩り出されて。 でもそこで自分の居場所を見つけた私は、そこが世界の全て――自分の全てなんだと思い込んだ。
家族を失った悲しみから逃げたかったのか。 心の闇から逃げたかったのか。 自分は強いと言い聞かせたかったのか。
でも今ならわかる。 父さんを失った母さんの気持ちがよくわかる。 本当に逃げ出したいのに、彼女には逃げ場なんてなかった。
一年もエルサイムに逃げ込んで、都合のいいときだけ正義面して。 何も判ってない小娘のクセに、世界を救える気になっていた。
私は何とも向き合っていなかったのだ。 自分の気持ちとも弱さとも醜さとも。 誰かの心とも、その想いとも。
綺麗な部分だけ見ようとして一生懸命前だけ見て走り続けて。 躓いた時、自分を支えてくれるものが何もなくて当然じゃないか。
弱かったのは私のほうだ。 誰かが悪かったわけではない。 誰かのせいにして、自分は間違っていないと言い聞かせた、私が弱かったのだ。
「かあ、さん……。 ごめん……。 ごめんなさいいいい……」
家族を傍で支えることを放棄して、自分は関係ないって顔して。
姉さんはそんな私を一生懸命ささえてくれた。 馬鹿みたいな、子供の私を。
そして母さんは、誰にも頼れないまま……家族は少しずつおかしくなってしまったんだ。
「――――私ね? 料理、作れるようになったのよ」
その場に崩れ落ちる私を見て、母さんはそんな事を言った。 笑いながら、語るのだ。
「いいお母さんになれるように、お酒もやめたわ。 だってやっぱり、家族が大事だもの。 イリアがいなくなってから、ずっと。 あなたの帰りを待ってたわ」
私は姉さんがいなくなって悲しみにくれていた。 自分だけが悲しいつもりになってリイド先輩に辛い言葉を吐きかけた。
家にも寄り付かず。 人の話も聞かず。 母さんと向き合うことなんてなかった。
でも本当はわかってたんだ。 彼女が少しずつ私に歩み寄ろうとしてくれていること。 でもどんな顔をしたらいいのかわからなくてジェネシスに逃げ込んだんだ。
「でも駄目ね……。 本当の母親じゃないからかしら? あなたには、どうしても好かれなかったみたい」
「え――? 本当の母親じゃ、ない……?」
「ええ。 アイリス……あなたは私とケインの子じゃないの。 ケインがジェネシスで作った、誰かのクローンなのよ」
「――――えっ?」
バイオニクル。 レーヴァテインに乗れるのは、バイオニクル。
当たり前だと考えていた。 だからみんなそうだった。 わかってる。 でも自分までそうだったなんて、思いもしなかった。
まただ。 また自分は『例外』みたいに考えていた自分に気づかされる。 どうしてこうも、どうしようもなく。 私は自分が可愛いのだろうか。
「でも関係ない。 私にとっては大事な娘。 少しは迷ったけど、結論はそこだった。 だからあなたに死んで欲しくない。 生きてほしいの。 イリアの分まで」
「かあ、さん……」
「さあ行きなさいアイリス。 あなたの人生はこれからよ。 恋をして、夢を追いなさい。 一生懸命生きて、誰かを愛して、それから死になさい。 あなたの死に場所はここじゃない。 母さんのいう事、一度だけでいいから聞いて頂戴」
「やだよ……。 これ、どかして一緒に逃げようよ!!」
「……見えないの? 私、結構重傷なのよ。 もう長くないわ」
「いや!! 一緒に逃げよう母さん!! 私、まだ何も言ってない!! 謝らなきゃならないこと沢山沢山あるの!! 聞いてほしいこと沢山あるの!! こんな終わり方なんてないよっ!!」
「ありがとうアイリス。 でも、甘ったれるのもいい加減にしなさい」
懸命に棚をどかそうとする私に彼女は言う。
「親に甘えず生きなさい。 あなたはあたなの人生を。 私は私の人生を生きる。 さあ、行きなさい。 最後にあなたにあえて、良かったわ」
「母さん……っ」
「ばいばい。 アイリス」
彼女はそう言って笑顔で手を振った。
私は振り返り、わんわん泣きながら走った。 走って走ってヘイムダルに戻って、私はその場を飛び去った。
上のプレートが落ちてきて家がなくなって、私は頭を抱えた。 声も出ないくらいに哀しくて、何かとても大切な事を思い出した気がした。
プレートが崩れていく。 眼鏡はどこかへ落としてしまった。 こぼれる涙をぬぐいながら、私は一生懸命に逃げた。
もう、終わってしまう。 何もかもが終わってしまう。 私は何のために生きてきたのだろう。 何をするために生まれてきたのだろう。
さようなら母さん。 あなたに謝れないまま、私はまた後悔を重ねたまま、この場所を去る。
思い出の場所が。 どんどんなくなって。 私たちが笑って過ごした記憶さえ。 瓦礫の中に消えていくようで。
姉さんの眠る墓地がもう見えなくて。 振り返るのさえ怖くて。 ただ私は逃げ続けた。
終わり行く楽園の最後から目をそらし、ただただ、逃げ続けた。
「うあああああああああ……っ!! ああっ!! あああああぁぁぁぁぁぁぁ……っっ」
さようなら、私の愛した楽園。
さようなら、思い出たち。
その日、世界で一番平和だと呼ばれ、守護と敬愛を受けていた街が、世界から姿を消した。
最近は調子いいのか筆がノってます。 さくさく書けるのでありがたいです。
なんかルドルフとユカリさんは最後まで生き残るんだろうなあと思う今日この頃。
『決戦、あの白き月で』はこの調子でいくと(7)か(8)くらいになりそうですが、それが終わったらリイド編。 とはいえリイド編は余り長くないので、多くても60部はいかないでしょう。
こうなってくるといよいよこのお話も終わりが近づいてまいりました。 多分九月中には完結できると思います。
はー。 大体一年くらいの連載ですね。 がんばったなあ、僕……。
思えば色々ありましたが、何はともあれそろそろラスト。 読者の皆さんとも妙に長い付き合いになってしまいましたが、ここまで支えて頂きありがとうございました。
もしかしたらレーヴァを書き終えたら執筆引退するかもしれませんが、まあそれは終わるまでに考えようと思います。
いい加減感想くれた方々にお礼参り(?)したいのですが、終わってからにしようかな?
なんか感想くれる人に感想返すのってちょっと怖いというか、ご機嫌を損ねたくないのでなかなか手が出ませんが、がんばって何とかお返事したいと思います。
そろそろレーヴァテインという作品を締めくくるにあたり、色々とやらなければならないことや語るべき事もあるようです。
とりあえず本編が終わっても『れーばてっ!』は続けます。
理由はヒミツですが。
しかしこれだけ長くやってると愛着沸くなあ。 レーヴァテインTRPGにでもして遊ぼうかしら……。
というわけで、ラストスパートもいいところ。 最後までがんばりましょう。