決戦、あの白き月で(3)
なんかもう、すっごいことになってる。
『作戦の内容は複雑だが、実際にやる事はシンプル』
夜が明け、戦いが始まる。
『この作戦は、三つの工程に分かれている。 そしてこの全てのフェイズが完遂された時、ぼくたちは本当の意味での平和を勝ち取れるのかも知れない』
夜が明ける前。 決戦前夜。 俯くユピテルを眺め、アレキサンドリアは強気に笑って見せる。
『この作戦の最終目標はジェネシスではなく――月の『約束の場所』。 作戦は大まかに言うとこう』
この最後の決戦には、地上に残存するほぼ全ての戦力が投入される。
目標は三つ。 一つはジェネシス。 一つは現存するヘヴンスゲートの中で最も規模の大きいロシアゲート。 そして最後は、月のエデン。
『天使も神も、大本はエデンにいる。 ゲートを通じて召喚される神も、エデンが滅べばいなくなる。 エデンこそ約束の場所であり、この世界を救う最後の手段だ。 しかし、エデンへの攻撃は不可能。 何故かといえば、エデンは敵の本拠地である故に近づく事も出来ないからだ』
神々に守られた月という場所は辿り着くことが出来ない難攻不落の要塞。 しかし、数時間前にジェネシスが不穏な動きを見せ始める。
それは、ジェネシスのカタパルトエレベータが空に向かって伸び始めていると言う事実だった。 夜の闇の中、空へ向かって手を伸ばす人の意思を体現するかのように、それは楽園へと伸ばされる。
『連中の狙いはエデンだろう。 今更エデンに行ったところで意味はないから、きっとこれは計画にはない動きだね。 まあともかく、連中はエデンに向かう。 だとすると好都合だ。 エデンごとロンギヌスを潰せるかもしれない』
映し出されたのは宇宙に浮かぶ衛星、フロンティア。 そしてそれは、人類の未来を切り開くかもしれない物。
『今から言う作戦は、本当に全身全霊を賭けて行う最後の決戦だ。 故に敗北すれば何も残らない。 だからこの作戦に、失敗は許されない』
担い手は一人ではない。
その無謀とも言える戦いも、力をあわせれば可能になる。
各々が手を重ね、そして夜明けに誓う。
『それじゃあ、みんな』
楽園で会おう。
日はまた昇る。
最後の戦いが、幕を開けた。
⇒決戦、あの白き月で(3)
夜明けの海を、無数の軍艦が突き進んでいた。
その甲板にならぶ無数のヨルムンガルド、そしてソードファルコン。 それだけではない。 艦隊には東方連合のものも混じっている。
スサノオが隊列を無し、艦隊の傍を疾走する。 大空を舞うSF。 それは今までの歴史上で最大最強の軍隊だった。
暁の光りに照らされて輝くレーヴァテイン。 その前に立ち、元ジェネシスの面子は肩を並べて海の向こうを見つめていた。
「――――なんだか、色々な事があったよな」
口火を切ったのはカイトだった。 潮風に吹かれながら、遠き日々に想いを馳せる。
これから命を賭けた最後の戦いが迫っているというのに、不思議と彼らの心の中に迷いはなかった。
その暗い感情の全てを掻き消すことが出来たわけでも、忘れてしまったわけでもない。 ただ、これからやらねばならないことが目の前にあるから、覚悟を決めるという強さ。
これから先、この世界で生きていくために必要なこと。 きっと忘れることでも、受け入れることでもない。 少しずつそれを乗り越えられるように、苦しくても前に進むこと。
道中でずっと足踏みしていても景色は変わらない。 だから苦しくても、その両足が朽ちて崩れ去ろうとも、まずは前へ。
そんな危うい強さでも、少年たちが得た大切な強さだった。 だから、カイトは迷うことなく言葉を紡ぐ。
「運命とか、宿命とか……世界とか。 そんなのきっと関係ない。 だから俺は、俺の為に戦う。 きっと、リイドも同じ事を言うだろうからさ」
「……そうだな。 きっと、リイドも同じ事を言う。 オリカもそうだ。 あいつらは、ちゃんとわかってたんだ」
「先輩たちは、私たちよりもっと辛い運命を押し付けられていました。 でも、彼らはやり遂げた」
「あたしたちも、やらなくっちゃね。 そうでなきゃ……お兄様たちに申し訳ないもん」
カイト。 エアリオ。 エリザベス。 そしてアイリス。
今はもう、四人だけになってしまった。 三年近くに及ぶ戦いの結末を、彼らは嫌でも見届ける義務があった。
そしてその、何百年も続けられてきた人の裏切りの結末を、彼らは正さなければならなかった。
運命と言う言葉を使う事がもし許されるのであれば、それはきっと運命でしかなく。
それが許されないのであれば。 それはきっと、ただの偶然だった。
何の因果か互いに宿命を背負って生まれた子供たちは、自分たちに背負わされた世界と向き合い、答えを見出そうともがいてきた。
結果、仲間を失い。 帰るべき場所を失い。 守ろうとした世界さえ失おうとしていても。
「――――ボクは、この先にある未来を見る権利があるんだろうか」
振り返る四人。 その視線の先、風に吹かれてユピテルは戸惑いを浮かべていた。
揺れる瞳。 その場所に立っていることが許されるのか。 そして、自分が見る事の出来なかった世界を見る権利があるのだろうか。
それは、失ってしまった者だからこそ。 壊してしまった者だからこそ去来する迷いだった。
しかし、四人は同時に呆れたように笑って見せる。 ユピテルにはその笑顔の意味がわからなかった。
そして彼らは同時に手を差し伸べる。 まるで息を合わせたように、ぴったりと。
「行きますよ、ユピテル」
アイリスの優しい声。 そして、微笑み。
背中を後押しするそんな当たり前のようなものが、ユピテルの胸を暖かくする。
強く頷き、歩き出すユピテル。 その背後に光りが収束し、かつて世界を壊そうとした銀色の槍が姿を現す。
オーディンは金色の瞳を輝かせ、世界の彼方を見つめていた。
『元ジェネシスの皆は、ジェネシスに突入してオペレーション・メビウスを阻止してほしい』
それは作戦の第一条件だった。
『オペレーション・メビウスとは、ユグドラシルの完全な目覚めも意味している。 その力を解放する為にはイヴかアダムの力が必要だけど、向こうはそれを解放するために今までさんざ研究を重ねてきたんだからワケないだろうね。 だからまず、あのユグドラシルを使おうとするジェネシスそのものを潰す必要がある』
『そりゃ賛成だけどよ……。 向こうにはロンギヌスがいるんだぜ? それにオロチに……トランペッターだっけか? の、二機もいるじゃねえか。 闇雲に突っ込んでも返り討ちじゃないのか?』
『そこは大丈夫。 ユグドラシルの目覚めはそのまま世界の終焉を意味する。 何でかというのは置いておくとして、トランペッターは神や天使を制御する力を持ってる。 だから、トランペッターは今は確実にジェネシス上空に配備されているはず。 とりあえずトランペッターに関しては敵陣に突っ込んでしまえば無力化できるわけ。 オロチに関しては、多分ジェネシスを守っては居ないと思う』
『その根拠はあるんですか? 私は一度オロチのパイロット、キリデラと手合わせをした事がありますが……』
『だったら尚更わかるでしょ? あれは大儀の為に戦うタイプじゃない。 他の世界に移民したいのはどうせジェネシス首脳陣だけでしょ? オロチは間違いなく月に向かう。 問題があるとすれば、ロンギヌスくらいだね』
アレキサンドリアは気軽に言うが、ロンギヌス以外にも脅威は存在する。
最新鋭機であるタナトスが大量生産され配備されていることは既に絶対的な脅威であるし、上空のトランペッターはジェネシスに近づく敵を確実に攻撃するだろう。 物量だけでは圧倒的である天使が総本山である月からいくらでも沸いてくるというのならば、それを嗾けられたら対応するのは非常に困難だ。
それに何よりロンギヌス。 多勢に無勢ならば倒せるような相手ではない。 圧倒的な力を持つ存在でなければ、ロンギヌスには敵わない。
『ロンギヌスは、ボクに任せてほしい』
口を開いたのはユピテルだった。
『ロンギヌスは、ボクがオーディンで足止めする。 オーディンの力に不満がある人はいないよね?』
それは無論のことだった。 あれだけ苦しめられた究極の敵なのだ。 それが味方になるというのならば、それだけ心強いことはない。
『でも、いいのか? お前は俺たちの味方……ってことで』
『信じてもらおうとは思わない。 でも、ボクはそうする。 それにこの戦いで、確かめたい事もあるんだ』
ユピテルの瞳に嘘はなかった。 むしろ、憂いがあるとすればその思いは目の前の戦いではなく、どこか遠くを見つめているようであるという事だろうか。
どこか思いつめるような、そんな瞳。 しかしそれは確かに信じられる。 反対するものは居なかった。
『そういうことらしいから、とにかくまずは司令部を奪還しよう。 侵入ルート、作戦指揮はエアリオに任せて』
ジェネシスに残留したサーギスやイオスの部隊、それから元アーティフェクタ運用本部は未だに抵抗を続けていた。
一晩の篭城を越え、今は反撃の機会を待っている。 戦いはまだ続いていたのだ。
『それに、内部の状況もある程度把握出来る。 ――――リアライズの事は覚えているか?』
『ああ。 異世界探査用のシステムだろ? メアリー専用の』
『そのリアライズにメアリーが接続しているらしい。 彼女の方からわたし宛にメッセージが届いている。 今も状況を報告してくれているようだ』
『でもそれっておかしな話ですよね……? わざわざメアリーとエアリオの力を知っていて尚、どうしてそんな事を……』
『考えてもしかたない。 とにかく、ジェネシスを奪還するのが先決だ――』
やる事はシンプルだった。
とにかく、ジェネシスのオペレーション・メビウスを阻止すること。
それ以外のことは二の次。 ならば、迷う必要はない。
『壊しましょう、全てを』
アイリスの言葉が強く部屋に響き渡る。
握り締めた拳。 憂いを帯び、それでも前に進むと決めたのなら――。
「何故ですかっ!? ロンギヌスを宇宙に上げるというのに、計画を前倒しにするとはッ!?」
振り上げた拳をデスクにたたきつけ、ソルトア・リヴォークは叫ぶ。
彼の眼前に並ぶ黒装束と白い仮面を身にまとう人々は彼を見つめる。 そして今は、王が座るべき席も、その隣も所詮空席。
『口を慎みたまえ新参者よ。 オペレーション・メビウスは実行される。 世は事も無し――それこそ我らが真理』
『魔剣の恐ろしさを知らないのかね、リヴォーク? あれは、神に選ばれた絶対的な世界の声だ』
「レーヴァテインがなんだというのですかっ!? あんなもの、ロンギヌスの力を以ってすれば容易いッ!! キリデラのオロチも、僕のトランペッターもある! 敗北の起因となる要素など、全て排除した! 残っているのは我々の勝利だけなのですよ!? だというのに何故ッ!?」
『リヴォーク。 貴様は知らんのだ』
『貴方の言い分は確かに間違いではないでしょう。 しかし、真理とは程遠い』
『我々ジェネシスは、常に恐れてきたのだ。 霹靂の魔剣を……そしてその担い手を』
『世界とは我々が全て理解する事が出来るほど容易いものではない。 リヴォーク。 我々はただ、平和に生きたいのだ。 ただ、生きたい。 終わる事を恐れ、たったこの瞬間まで生き続けてきた』
「それこそ世界に対する背徳行為だッ!!」
『左様。 しかしそれもまた真理』
『リヴォーク。 貴方のその情熱も、愛も――素晴らしいものです。 ですが、我々はもう、理想を追い続けられる程心を残しては居ないのです』
その場に居る全員が仮面を外し、黒き布を払う。
次々と床に零れ落ちる彼らが人であった証が消えていく。 そして真実を見た時、ソルトアは戦慄した。
震える両手をきつく握り締め、冷や汗が頬を伝う。 そこにいたのは人間ではなかった。 ジェネシスは人の物――それはただの妄想に過ぎなかったのだ。
『見えるかリヴォーク。 これが真実だ。 そして我々が望む最後の約束なのだよ』
声を発生させていたのは人工声帯だった。
『ただ、長く生きたかった……。 神に呪われたこの世界から逃げ出したかった。 ずっとそれだけを夢見て数百年……我々は生きながらえてきた』
そこに顔はなかった。 露出した金属のスピーカーから出る音は、まるで人の声のように部屋に響く。
レンズの瞳がソルトアを捉えていた。 しかしソルトアは笑顔を浮かべ、椅子を思い切り蹴り飛ばす。
「ふ……ははっ!! 下らないッ!! 永遠の命……!? 神に呪われた世界ッ!? はっ!! 人は神を凌駕するんですよォッ!! それをこれから証明しようって時に、お前たちは最高の観客じゃあないか! この世界の歴史を見てきたのだろう!? 生きながらえたのだろう!? 最後まで見届けろッ!!」
『私は、怖い……』
ぽつりと、つぶやくような声。
死を超越し、機械仕掛けの身体を手に入れた長老たちの、それは本心だった。
時間をかけて尚越える事が出来ず、絶対的に魂に刻み込まれた感情。 それは生まれた直後の赤子であろうとも、幾百の時を生きた古参であろうとも、何も変わらない。
『堪らなく恐ろしいのだ。 恐ろしくて仕方がないのだ、リヴォーク。 この世界という、どうしようもない悪意が。 人の、人を滅ぼそうとする意思が止められんのだ。 リヴォーク、お前もいつかわかる。 そしてその裁きを下す存在は、すぐ其処まで来ているだろう』
「馬鹿な! 裁くのは我らだ! 今こそ人の世を創世する時ィッ!! 神なぞ……人の頭の上に足を乗せ罵倒しふんぞり返っているだけの存在など恐れることはない!!」
『やはり……わかっておらんな、リヴォーク』
仮面をつけ、闇を身にまとう意味。
それは決してその醜い身体を覆い隠そうとしているからではない。
彼らはずっと恐れていたのだ。 天からこの世を見渡す神の瞳を。 闇にまぎれ、地べたを這いずり、必死で見つからぬようにと生きてきた。
どうかそれだけは許してくださいと懇願し、必死に、必死に。 そしてその結果磨耗した心はもう、彼らの中で目的と同義になってしまった。
恐れるものは神の力――確かにそれは正しい。 しかし彼らが本当に恐れたものは、神ではなく。
『下に恐ろしきは人の闇よ。 永久に滅びを選ぶ悪しき魂……穢れた大地と共に消え去るべきは人の歴史』
『今こそ我らは契約を果たそう。 この世に生まれた全ての命との確約を、現実の物にする』
『『『 滅びよ世界。 有象無象の全てを以って、我らは悪意を肯定する 』』』
全ての言葉が重なり、人々の姿はその場から幻のように消え去った。
残されたのは椅子の裏に隠された立体映像を映し出す装置。 ソルトアはそれを見下ろし、踏み砕く。
「世界は滅ばない……! 神さえ従えて見せる! 僕なら出来る……あの方さえ居ればっ!! サマエル・ルヴェールの意思さえあれば!! この世界はっ!! ざまあみろ爺! 婆!! 僕が絶対だ!! 僕がこの世界を変えるんだ!! ははっ!! あはははははははっ!!」
一つ一つ椅子のプロジェクターを踏み壊すソルトア。 その背後の扉が開き、仮面をつけた兵士たちが前に出る。
「リヴォーク様。 ロンギヌスを打ち上げる用意が完了しました」
「そうか……。 サマエル様は何処へ?」
「不明です。 最後に確認された地点は、第二司令部内通称リアライズシステム付近ですが」
「……チッ。 またあの小娘か。 まあ、異世界への干渉安定素材として必要なのはわかるけどね……。 少しは聞き分けてほしいですねえ、あの人も……。 イライラするんですよ、あの歯切りの悪さは」
前髪を指先にくるくると巻きつけるソルトア。 それをただ兵士たちはじっと見つめていた。
「ロンギヌスの『コア』の調整! それからトランペッターを出せるように配置しておけ! 最優先だ!! それと、他の状況はどうなってる?」
「はい。 第一司令部に立てこもり続けている同盟軍の部隊とは現在も交戦中です。 以前の謀反騒動から防衛機能が強化されているため、時間がかかります」
「言い訳はいいんだよっ!! アーティフェクタ格納庫は!?」
「そちらも同様に篭城されています。 壊したところにすぐさま内部から補強が入り、突破さえままならない状況です」
「はあ〜!? なんだよそれ! 普通にミサイルでもバズーカでもフォゾンカッターでもなんでも使えばいいだろ!?」
「格納庫内部から、機動兵器用のフォゾン・シールドが展開されているようです」
「〜〜〜〜ッ!! あのクソ餓鬼の仕業か……! あそこにはエクスカリバーもあるっていうのに……どいつもこいつも何をやってるんだよお!! ちゃんと働かなきゃ、僕の評価が上がらないじゃないかあっ!!」
壊れた椅子を振り上げ、目の前にいる兵士のヘルメットにたたきつける。 砕け散ったそれは大地に落ち、額から血を流した少女が表情もなく顔を上げた。
その瞳は無機質で、何も思考していない。 ただ、与えられた命令に従うだけの人形――。 ソルトアの手によって改造された、元ジェネシス志願兵、そしてバイオニクルたちだった。
子供たちは何も考えない瞳でただソルトアを見続ける。 その様子が癇に障ったのか、ソルトアは少女の髪を掴み上げる。
「どいつもこいつも人形、人形って! 強いのは人なんだよ……。 お前ら人形は、僕の命令には逆らえないじゃないか! もういいんだよ、役立たず……ッ! さっさと持ち場にもどれ!」
「了解しました」
次々と去っていく兵士たち。 その最後に立つ少年が立ち止まり、ソルトアと向き合う。
「リヴォーク様。 防衛ラインに敵軍が近づいています」
「規模は!? どこの所属だ!?」
「展開部隊はソードファルコン、ヨルムンガルド、スサノオ、レーヴァテインで構成された所属不明軍です」
「なンだそれは!? 連中が一瞬で結託して反撃に移ったというのか!? 早すぎる……早すぎるだろ!? こっちの情報が、筒抜けだったみたいに……いや、それ以前に……知っていたのか……忌まわしきレンブラムの亡霊の遺産ッ」
「中央と突破する神話反応を出す機体が一機、真っ直ぐこちらに向かってきます」
「オーディンだと……!? トランペッターを出せ! 出力は50%でいい!! 時間を稼ぐ!」
「ロンギヌスの発射まではまだ40分以上かかります。 ご決断を」
「防衛ラインを敷くんだよお!! なんとしても魔剣を落とせ!! 神槍もだっ!! キリデラも起こして出せ! 全部出すんだっ!!」
――――それは、一縷の光。
物理法則を無視した軌道。 圧倒的な突貫力。 そして何よりも、美しいその姿。
白い翼を広げ、飛翔する銀色の槍。 ヴァルハラから次々と飛び立つ死神の群れに、神槍は突き進む。
その姿はまさに神の力だった。 かつてレーヴァテインさえ捻じ伏せた世界最強の敵、究極の悪意。 それが今、人の世界の変わる様を見るために突き進む。
すれ違う一瞬で次々とタナトスが撃墜されていく。 その様子は筆舌に尽くしがたい。 後続する部隊も思わず息を呑む。 それほど美しく、圧倒的だった。
「ボクは、約束した。 君を守る盾であり、君を傷つけるものを討つ槍であると」
槍を頭上で旋廻させ、大空に飛翔する。 その速度はおよそ人の目で追うことの出来るものではなく、たった一瞬で大気圏外へと飛び立つ。
「皆は僕に一緒に行こうと言ってくれた。 敵であり、人でなしのボクに。 スヴィアを殺し、リイドを奪ったボクに」
振り下ろされる刃は赤熱する。 銀と赤の螺旋を描き、大気圏下にある海目掛け放たれた一撃。
雲を振り払い、青空が広がる。 槍の着弾と共に海は蒸発し、立ち上る光の柱に巻き込まれ次々とタナトスが消滅して行く。
「――――こんなに嬉しい事はない」
ジェネシス上空目掛け降下する。 くるくると、大空を舞う光。 その中でユピテルは、瞳に涙を浮かべて笑っていた。
「また明日ねって約束出来る事がこんなに嬉しいって知らなかった。 誰かと一緒にいるとこんなに楽しいって知らなかった。 誰かを守れることが……こんなに自分を救うなんてっ!! 思わなかったんだああああああああ――――ッ!!!!」
雲をつきぬけ落下するオーディン。 その眼下にはジェネシスの防衛プレート、そしてそこに配備された無数のタナトスだった。
両手を振り上げるオーディン。 上空に開いた銀色の扉から、数数え切れぬ槍が降り注ぐ。
その中の二つを両手にとり、近づくものは全て破壊して落下する。
「何故なんだ――っ!! 何故ボクに世界は応えてくれなかった!? どうして世界はボクを拒んだ!? 何故!! 何故ッ!!」
本物には、なれないのだ。
自分のいた世界でないのなら、逃げ場所なんてなにもない。
自分の存在さえもあいまいな幻。 その両手では、誰かを幸せにすることなんて出来ない。
自分がリイド・レンブラムであり、それが絶対的な事実であればあるほど、想い人は遠のいていく。
ユピテルの世界。 それは自分の手で滅ぼした世界。 神に平穏を許されなかった世界。 誰かを愛することも、愛される事も許しはしなかった世界。
全てに否定され、絶望し、壊す道を選んだ。 その先に幸せがあるわけがないのだと知りながら、我侭を言わずには居られなかった。
所詮全ては夢物語。 この世界を救うことが出来たとしても、過去は変えられない。 失ったものは戻らない。 全てが終わったとしても、ここに居場所はない。
それはスヴィアもわかっていた。 同じなのだ。 他の世界なんて場所に幸せを求めて、それが手に入るわけがないのだ。
だから自らに出来る事はただ我侭を貫くことだけで。 スヴィアはきっと、道理を破った外道の両手で、愛する女を抱きたくなかっただけ。
「来たなあっ!! オーーーーーディイイイイイイイインンンンッッ!!」
上空で待ち受けていたのはオロチだった。 降り注ぐ槍の雨を全て破壊し、八つの牙でオーディンを追う。
「お前にかまっている暇はないのに!」
「そっちになくてもこっちちゃ大有りなんだよおおおおおおっ!!!! テメエが俺様の――――『オリジナル』だろうがああああっ!!!!」
背後に構える八つの牙だけではない。 その両手もワイヤーで繋がれ、オーディンに迫る。
変形した腕は全てを引き裂く巨大な牙となり、赤い閃光の弾丸を放ちながらオーディンに激突する。
「俺は誰だ!? お前は誰だ!? リイド・レンブラムってのはそんなに偉いのか!? アダムは神に選ばれた使徒ぉおおおっ!? ンンンンなことああああ、知ったこっちゃあ、ねえええええんんだよおおおおおっっっっ!!」
四方八方から繰り出される牙の攻撃を二対の槍でなぎ払い、距離を保ちながら二機は落ちていく。 目的地であった本部ビルのすぐ傍に着水し、水面を駆け抜ける二つの光。 螺旋を描き、何度も激突し、その水しぶきは本社ビルを被い尽くす程。
「探した……! 探して探して探してよお! やっと見つけたぜ、本当の俺をっ!! てめえを倒せば……俺が最強だよなああああっ!?」
「ボクはお前のオリジナルじゃない! それに本当のリイドはもうこの世界に居ないんだっ!!」
「それも知ってるんだよ。 なら答えてくれよ。 俺は誰だ? 俺は何だ? ルクレツィアは死んだ!! 死んじまったんだ、よおっ!!」
無数の牙のコンビネーションから繰り出される蹴り。 オーディンの胸部に激しくたたきつけられ、さらに尚伸びた足は刃となってオーディンに迫る。
足から縦横無尽に伸ばされる数百のワイヤー。 それはオーディンの動きを拘束する蜘蛛の巣のように空に模様を描いていく。
「百式蓮華ッ!! 捕らえたぜ、究極神ッ!!」
「隠し武器だらけのアーティフェクタ……!? こんなやつにいいいいっ!!」
ワイヤーの群れは意思を持つようにオーディンの動きを絡みとり、そこに牙の猛攻が襲い掛かる。
圧倒的な装甲と回復力を持つオーディンの装甲がじわりじわりと削られ、凄まじい衝撃がコックピットを襲う。
「戦いの果てに本当の存在なんて勝ち取れない! あんたはあんただろうに!!」
「そりゃそうだ! でもな、俺様は許せないんだよ……!」
歯軋りし、血眼になってオーディンを睨み付けるキリデラ。
オロチのコックピット。 そこには一枚の写真が貼り付けられていた。
それは、まだ少年だったキリデラの記憶。 左右に立ち並ぶのはネフティス、そしてルクレツィアだった。
可憐な少女だった彼女ったちも。 そして純粋無垢に未来を信じていたキリデラも。 この世界の悪意によって戦いを選ばされた。
「生まれた意味は問わねえ! 世界の意思もだ! 善悪の是非も、存在の定義も意味はねえ!! ただ俺は俺であるためにッ!! テメエをぶっ潰して、この世の終わりの果てにも立ち続けなきゃならねえんだよ!! 永遠に!! 永遠にだッ!!」
「この世の終わりも知らない人間風情があッ!! 知ったような口を利いてるんじゃねえええええっ!!」
天から落ちた稲妻がワイヤーを焼き払う。 自由の身になったオーディンの装甲が銀色の輝きを増し、ゲートから巨大なランスを取り出す。
「本当の絶望を教えてやるよ!! せいぜい足掻いて苦しんで泣いて喚いて、そうしてくたばりなあっ!! 人間、人間、人間んんんんっ!!」
ランスを構えて突撃するオーディン。 迎え撃つオロチとの激突が、大空を切り裂く銀色の爆発を巻き起こした。
「神槍の露払いだッ!! 全軍突撃!! タナトス隊を突破し、カタパルトエレベータを制圧するっ!! 東方の勇士よ! 我らが忠義と武勇を轟かせる時ッ!! 往くぞっ!!」
「「「 御意に! 」」」
「第一第二第三ソードファルコン隊、可変降下攻撃!! 東洋人に良いところを全部貰われたら笑い者だぞ! エリートの実力を存分に見せ付けてやれ!! GOGOGOGOGOッ!!」
ジェネシス付近に到着した艦隊による砲撃が始まり、次々と機体がプレートになだれ込んでいく。 本社ビル周辺は激戦区と化していた。
凄まじい弾幕と爆発閃光、そして人々の争いの声の中、アイリスを乗せたヘイムダルは進んでいた。
「こちらアイリス! このまま本社に取り付き、内部制圧を行います!」
『こちらスレイプニル艦隊旗艦、アーリンヴェルグ管制。 作戦行動了承します。 スレイプニル艦隊は後退、ヴァルハラ市民の救助はヨルムンガルド隊で行い、スレイプニル艦隊で戦域を脱出します』
「アーリンヴェルグ、ロンギヌスとレーヴァテインの状況は!?」
『レーヴァテインは調整にまだ時間が掛かっていますが直出撃可能です。 ロンギヌスは先行中に敵アーティフェクタオロチとエンゲージ。 戦闘状態に入りました』
「あの馬鹿……! 突っ走りすぎです! アーリンヴェルグ、定時報告を欠かさないように! 市民の救出状況は随時最新情報の報告を!!」
『了解しました。 予定通り、ユグドラシルの制圧をお願いします』
通信が途絶した直後、アイリスは額に汗を浮かべたまま不安を隠そうともせず、引き金を引く。
近づくタナトスをフォゾンザンバーで一刀両断し、地下へと続くブロックをギャラルホルンで破壊。 縦穴を降下していく。
「やはり、ユピテルが心配か?」
シートの影から顔を出したのはエアリオだった。
アイリスは障害物を回避しながら降下し、エアリオとは視線を交わさない。
彼女たちのミッションはユグドラシルを制圧し、オペレーション・メビウスを阻止すること。 常にメアリーからの情報、そしてユグドラシルの状況を感じることの出来るエアリオは作戦に必要な存在。 そして、地下へ単機で突撃を仕掛けられるのは今アイリスのヘイムダルしかいなかった。
事前に作戦内容は暗記している。 進行ルートはジェネシスの動力部。 大穴を開け、盛大に突き進むことでジェネシス内の大規模な停電という副賞も付いてくる。
「なんだか懐かしいですね……。 あの時も確かこうして、強引にユグドラシルに向かって降下しました」
「ああ。 その時私は、あいつが戦う姿を見ていたんだ」
「……私もです。 あの時は、ただ見ている事しか出来なかった」
ずっと後悔してきたこと。 あの時もっと力があれば。 そうすれば、リイドを救えたかもしれない。
誰かが悪いわけではないのだ。 それはもうわかっている。 全ての罪を押し付けられるような相手は世界に存在しない。 誰もが多くの罪を背負い、絶望と向き合って生きている。
ただそれでも後悔する事があるとすれば、それは自分自身のこと。 あの時もっと力があれば。 リイドを救えたかもしれない。
それは物理的に、という意味ではない。 追い詰められ、一人で涙を流し、誰にも弱い姿を見せる事の出来なかったリイド・レンブラムという孤独な少年の心を、守ってあげられたかもしれない。
相談してほしかった。 一人で決めないでほしかった。 もっと頼ってほしかった。 守ってもらうだけなんでいやだったのに。 そう何度も言ったのに。
彼はそれでも決めてしまった。 悲しみと憎しみを一人で背負って生きる道を。 それを選ばせてしまった自分の無力さが、何よりも歯がゆいのだ。
「だから、もう! 一人になんかさせない! 全ての罪を押し付ける事もしない! 一緒に行くんだ……優しい世界に!! それはっ! 一人で作れるものなんかじゃないからっ!!」
直下に向かいギャラルホルンを放つヘイムダル。 その一撃はユグドラシルの間にまで届き、青空に亀裂を生じさせ砂の大地に舞い降りた。
ユグドラシルの瞳が一斉にアイリスを見つめ、交差する視線が彼女の心をえぐる。 激しい頭痛に耐えながら周囲を見回し、少女は信じられないものを見た。
「なに……これ」
それは、死体の山だった。
転がる死体たち。 それらは全身を機械にした、不老不死を目指した世界の闇たち。
それらは自らの頭や心臓と呼ばれる部位に銃弾を叩き込み、汚くにごったオイルで白い砂を汚して横たわっていた。
全て自殺だった。 彼らは皆、命を絶ったのだ。 周囲を見渡すとそれだけではない。 そこには同じ顔をした子供、子供、子供の死体の山。
人知れず続けられてきたイヴとアダムの研究成果たちが、ことごとく死という結末を迎えていた。
その理由は何か? それはきっと、その死体の山の上に立つ血まみれの女の所為。 全てを台無しにするような、絶望的な笑顔を浮かべて血を舐める女の所為。
「やあ、遅かったねアイリス」
「…………メルキオール……レンブラム…………?」
死体の上に立ち、指先の血を舐めながら笑う。
「この世の終わりの話をしようか、アイリス」
少女の胸に去来したのは単純な感情だった。
誰もがその女に対し、抱かずには居られなかった絶対的な本能。
ただただ、怖かった。 恐ろしかった。 全身が振るえ、心の芯から凍てついていくかのような絶望。
圧倒的な死の匂いを引きずりながら、それはけらけらと笑っている。 美しすぎる人形のようなその姿で、人が生きた証を啜りながら。
ギャラルホルンを構えていた。 涙を流し、首を横に振りながら、一生懸命に逃げようとしながら、それを殺そうとしながら、
「あああああああああああああああああ――――っ!!!!」
叫び声を上げた。
否。
それは、悲鳴だった――。
「なんだこの反応は……!? 地下より異常な神話反応!! オーディンを軽く凌駕しています! なんだこれは……。 こんなの、あるわけが……」
争いの続くヴァルハラを見下ろすスレイプニル艦隊は確かに見ていた。
地の底から放たれるまばゆい光。 そして、世界を被わんとする悪意の声を。
漆黒の光の翼が海を割り空に広がっていく。
同時期。
月面を突き破り、地下より光の翼が広がっていた。
「もう一度言おう、アイリス」
肉の焼け焦げる匂いが充満していた。
砂の大地を吹き飛ばし、青空の壁を貫いたギャラルホルンの紅き魔弾。 それは変わらぬ威力で放たれた。
「ボクをみて、アイリス」
アイリスは震えていた。 呼吸をすることさえ忘れていた。 ただ涙が零れ落ち、息を呑む。
ギャラルホルンの光を受けて尚、メルキオールは健在だった。 何をしたわけでもない。 ただ、健在だった。
「さあ、世界の終わりの話をしよう。 アイリス・アークライト」
終焉の王が、そこには立っていた。
というわけで、レーヴァも終わりそうなのでレーヴァテインが出来るまで第二段。
そもそも霹靂のレーヴァテインってどういう由来があって生まれたタイトルなのか。
ええ、全くなにも考えていませんでした。
これ『へきれき』って読むんですけど、ルビ振ったことが一度もないので未だに読めない読者さんとかいるのかな、とか今更思いました。 流石にソレはないか。
霹靂。 まあ、雷です。 でもレーヴァテインというと炎の魔剣、みたいなイメージがありますよね。 ではなぜ霹靂なのか。
元々主人公機はレーヴァテイン、他のロボットの武器の名前〜みたいな感じで決めていたのですが、タイトルには悩んでいました。『レーヴァテイン』というタイトルでも良かったのですが、なんかロボットものっぽくない気がして。
例えば『機動戦士レーヴァテイン』とか、なんかそんな前にナンタラカンタラつくとロボットっぽくないですか?
元々レーヴァテインは『新世紀エヴァンゲリオン』とか『エンゼルギア』とか『蒼穹のファフナー』とかあんな雰囲気を目指して作ったものなのです。 エンゼルギアはまあともかく、なんか頭につけたい。
レーヴァテインは炎の魔剣というイメージなので『炎のレーヴァテイン』。なんか違う。じゃあ『紅蓮のレーヴァテイン』。『烈火のレーヴァテイン』。
とかまあ、なんだかんだ悩んでいるうちにふと、ああ、霹靂っていいなと思いついたのです。
理由はまったくない。 完全にテキトー。 かくして『霹靂のレーヴァテイン』というタイトルが決まり、ようやく執筆出来るようになりました。
レーヴァテインは雷の能力を元々持つ機体という設定が後付され、炎の力はイリアのイカロスに託されました。
干渉者によって属性というかコンセプトが変わるのは考えていたのですが、もし霹靂のレーヴァテインじゃなくて炎のレーヴァテインとかいうタイトルなら、間違いなくイリアがヒロインだったことでしょうね。
そう考えるとタイトルって大事です。 でも別に、思いっきり雷使うやついないんですよね。
南無。
どっちかっていうと霹靂のレーヴァテインってオーディンのことなんじゃ。
と思い始めた僕は、これからどこに向かうのでしょうか?
あ、広告というわけではありませんが、SF競作企画『空想科学祭』に出ることにしました。
理由は特にはありません。 締め切りは十月なのでノンビリやればいいカナとも思います。
一応SF書いてるんだし、がんばろうかなと思いました。 興味のある方は覗いてみてはいかがでしょうか。
http://sffesta2008.soragoto.net/
空想科学祭<小説家になろうSF競作企画>
アドレス張ってもいいのかな? まあ怒られる前に消せばいっか。 尚、この宣伝はもう少ししたら削除されるでしょう。
参加者はまだ募集しているそうなので、興味のある方は参加してみてはいかが? 初心者上級者両方歓迎だそうです。 あとちゃんとしたSFじゃなくてもSFっぽければなんでもいいみたいですよ。
『監獄○』のあの人とかプロい人とか、新たにチャレンジする人も居て結構見所多いです。
SFとはいえピンキリなので、好みの問題はなんともいえないですが。
うーん、『A.U.R.○.』のあの人とか、『星河の○○』のあの人とか出たら面白そうなんだけどなあ……いや、個人的に見たいだけかもしれないけど。
チャットもにぎわってますから、顔を出してみると面白いかもしれません。
というわけで、宣伝して終わります。 ああ、続き書かないと。
それではまた。