表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/57

決戦、あの白き月で(1)


覚めない夢なんてない。


眠れば見る事の出来る世界は、きっとその瞬間だけは現実なのに、目覚めた時その虚構に気づく。

それは当然のように目の前にあるとわからないのに、振り返ると当たり前のように判ってしまう偽り。

止める事も、始める事も。 全て自らの意思では不可能な、無意識から生み出される世界。

その幾億幾千万と繰り返され広がり続ける夢のような世界を、全て自覚する事が出来たとき。

世界が本当は偽りに包まれているものではないかと、不安が過ぎった時。


それはきっと、夢の終わり。


だからきっとそう。


それは、夢の始まり。




あなたは、誰――――?


君は――――?


あなたは、どこにいますか――――?


真っ白い世界の中に浮かび上がる二人の輪郭。

何度もその人に言葉をかけたかった。 それでも彼は振り返る事がなかった。

そこにいたのは少年だった。 ポケットに手を突っ込み、風を受けている。

そう、風。 気づけばそこは無の世界ではなくなっていた。 青空の下にどこまでも広がっている草原。 木々のざわめき。 そして、背を向ける少年の姿。

ずっと聞こえていた声。 その声に導かれるように、こんなところまでやってきた。

だがやがて気づくだろう。 その声は、ただ音ではなく、旋律を持つ歌であることに。

少年は歌っていた。 とても遠い世界で。 とても遠い場所で。 だからまた、彼女は問いかける。



あなたは、誰――――?



スヴィアが願って守ろうとした世界を。


リイドが受け継ぎ、誰かに引き渡した世界を。


受け取った誰かは、きっと世界の終わりを望んでいて。


だからそれは、どうしようもない。


だからきっとそれは、夢の終わりだった。



⇒決戦、あの白き月で(1)



「くそっ!!」


レーヴァテインに叩き付けたカイトの拳。

じんわりと広がる痛みさえ今は気に留めず、ただ無力さに震える想いをそこに乗せていた。

レーヴァテインは大きなダメージを負い、結局ロンギヌスは無傷。 手も足も出なかったという言葉がこれほどまで似合う状況もそう多くはない。

同じアーティフェクタであり、かつては最強を謳われた霹靂の魔剣が、黄金の力を前に成す術もなかった。 結果、大切な仲間を失ってしまった。

空母の格納庫。 医務室へと運び込まれたエンリルを見送る事しか出来なかったカイトは、ただレーヴァに背を預け俯いていた。


「なんや、えらい落ち込んでるみたいやな」


ふと顔を上げるとそこにはかつての親友、そして敵となった少年が立っていた。


「……マサキ。 さっきは助かった。 お前たちが連れ出してくれなかったら、本当に全滅してたかもしれない」


「……成る程。 まあ、お前の気持ちはわかる。 お前、今までがうまくいきすぎだっただけや」


カイトの隣、レーヴァの足に背を預け両手をポケットに突っ込んで天井を見上げる。


「カイト。 お前は強い。 ただ、お前には足りんもんがある」


「……足りないもの?」


「そや。 それはずばり……敗北の経験や」


カイト・フラクトルは強い。 エンリル・ウイリオも十分すぎるほど強い。

ただそれでも、まだ足りないというだけの話。 ロンギヌスとヴェクターは、その上を行くのだ。

打ちのめされてしまうのは、仲間を救えなかった後悔。 そして、自分が敗北したという無力さ。 沢山の仲間を見捨てて逃げてくるしかなかった無様さ。


「だがお前はまだ、生きとるやろ」


「…………」


「ぼくらは、さんざ負けてきた。 天使にも、敵にも……ついでにお前にも。 でも、ぼくは戦場に戻った」


「どうしてなんだ? キョウはもう、この世界にはいない」


「いや、いる」


立てた親指でトン、と。 自らの胸を叩き。


「あいつはまだ、ここにいる。 お前も、そうやろ?」


「……でも」


「でももくそもあるか! 全ての人間を救うことは出来ん! でもこれから先、ぼくたちはまだ何かを救えるかも知れへんやろ!? 何より、今ここで立ち止まったら、救えるもんもどんどん救えなくなる!! へこたれてるほうがアホらしいわっ!」


カイトの襟首を掴み上げ、息も付かせぬ勢いで叫ぶマサキ。 カイトはただ目を丸くして、それからふっと視線を逸らした。


「……すぐにどうにかなれとは言わん。 けどな、ぼくはここまで追いついてきた! お前も――、」


思い切り突き飛ばし、カイトの眼前を指差して強いまなざしで言う。


「お前も、追いついて来い……!」


突き放す言葉。 しかしそれは、マサキなりの精一杯の激励だった。

それがわかっているからこそ、どうしようもないカイトはただ俯くことしか出来ない。 思うのは、『リイドならどうしただろうか?』ということだった。

かつてレーヴァテインを駆り、沢山の敵を倒し、そしてこの世界に変革を齎した少年。 今はもういない、ジェネシスのエース。

皆がリイドを信じていた。 子供なリイドをみんなで面倒見ているつもりが、いつの間にかそのひたむきさに惹かれていた。


「今の俺に、あいつのように出来るのか……?」


「カイトっ!!」


駆け寄ってきたのはエリザベスだった。 息を切らし、髪を振り乱し、蒼白な表情を浮かべたままカイトの前に立つ。


「カイト、カイト……あの、あのね……」


「……エリザベス?」


「…………これ」


手渡されたのは通信機の役割を果たす端末だった。

そこにはオリカ機のシグナルロストの他に、もう一機シグナルロストの機体が点滅していた。


「…………カイト! これえっ!!」


「カロード……っ。 嘘だろ……っ!!」


「ううう……っ。 そんなのってないよぉ! どうしてみんな死んじゃうの……!? カイト! カイトーっ!!」


泣きじゃくるエルザベスを強く抱きしめ、カイトは目を瞑っていた。

迷っている時間があるのだろうか? 後悔している時間があるのだろうか? うろたえている暇があるのだろうか?

今自分がやるべき事を考えねばならないのだ。 そしてそれを迷わず実行しなければならないのだ。

そうする以外に、この現実を変える方法はないのだから。

小さなエリザベスの身体を抱き寄せていると、何故だか心が落ち着く。

自分が迷っている暇はないのだと。 自分が今やらねばならないことは、泣く事ではなくエリザベスを守る事なのだと。

そう。 自分のことは後回し。 それは決して、誰かのためだけではない。

そうしている間、カイトは自分の悲しみを乗り越えることが出来るから。

そうしている間、自分の戦う意味が背中を押してくれるから――――。



「助けに来たにしては絶妙すぎるタイミングだったな」


腕を組んだままリヴァイアサンを背に立つエアリオ。 その正面にはトライデントが膝をついていた。

コックピットから降りてきたセトは前髪を指先で弄りながら穏やかに苦笑を浮かべてみせ、エアリオに歩み寄った。


「始めまして、かな? エアリオ・ウイリオ。 僕は君の事を知っているけど――互いに認識がなければ意味はないしね」


「生憎有名人でな。 わたしのことを知らない奴の方が少ないらしい」


「成る程……。 エンリルとは随分と違うんだね。 当然といえば、当然だけれど」


「そのエンリルだが、さっき白衣の連中に連れて行かれた。 任せてもいいんだろうな?」


「エンリルとの付き合いは君よりも長いつもりだよ。 尤も、彼女が僕らに心を開いてくれていたかは別だけれどね」


少しだけ寂しげに微笑むセト。 しかしその笑顔は確かに信頼できるものだった。 屈託の無いその態度は逆に警戒心を煽る様な不思議なものだったが、一先ずは取って食われる事は無い。


「色々あったみたいだね。 話だけは聞いているよ。 ついにヴェクターが行動を開始したのかな」


「……その様子だとジェネシスの行動は同盟軍に筒抜けだったみたいだな」


「厳密にはSICに、だけどね。 元々SICという存在は、その為にあるようなものだし」


「見張られていたのは気分のいいことじゃないが、おかげで助かった。 素直に礼を言うよ」


「ふふ、どういたしまして。 どちらにせよ、ロンギヌスは僕らアーティフェクタ乗りにとっては天敵だからね。 しっかりとした対策を練らなければ勝てる相手じゃない」


「随分と詳しいな。 まるでこの状況をずっと前から想定していたみたいだ」


「それはそうだろうね。 ――――まあ、話は本社についてから。 僅かな休息だけど、しっかりとるようにみんなに伝えてほしい」


背を向けるセトは微笑を残し去っていく。 エアリオは小さく息をつき、抱き合うカイトとエリザベスを横目に唇を尖らせた。


「――もう休んでるんじゃないか、あれは?」



「いいえ、休んでいる場合ではありませんから」


SIC本社ビル内。 長く続く白い通路にアイリスの声が響いた。

怪訝な表情を浮かべるアイリス。 その傍らにはユピテルがポケットに手を突っ込んだまま窓の向こうを眺めていた。


「そうかい? まあぼくは何でもかまわないけど、休めるうちに休んでおいた方がいいと思うだけでさ」


アイリスの正面にはドレス姿の少女が立っていた。 小柄な体格はアイリスよりも一回り以上小さく、だというのに葉巻を咥えたその表情はどこか達観している節があるほど、大人びていた。

アレキサンドリア・ロンドベル・カインド。 セラフィムインダストリアルカンパニー社長であり、稀代の天才ルドルフ・ダウナーの姉である少女は目を細め、アイリスを見上げながら頬を歪ませていた。

エルサイムにSICが派遣した同盟軍の増援が到着したのは数時間前。 そこでジェネシス軍の撃退に成功し、何とか非戦闘員を非難させ、人々と共にアイリスが海は海を渡った。 そして彼女たちを救った人物は、今まさに目の前に居る少女であった。

厳密にアレキサンドリアは少女ではない。 年齢はアイリスよりも上である。 しかし二年前、リイドが見た小さな少女の姿は今も尚健在であり、成長の跡は伺えなかった。

始めはその事実に戸惑いを隠せないアイリスだったが、その言動からして明らかに普通の人間ではない事を察知し、とりあえず納得することにした。

元々うだうだと悩んでいる暇はなかったし、実際に助けてくれた恩人なのだ。 感謝はあれど文句はない。


「宿泊施設の貸与や避難民への物資の補給など、感謝の気持ちで一杯です。 ですが、今は休む間もなく動きたい気分なんです」


「それは焦りかな? それとも不安? どちらにせよたいした感情じゃないね。 人生というのはうまく気を抜いてるヤツが勝つ――これは持論だけどね」


肩をすくめ、笑ってみせるアレキサンドリア。 しかしそれ以上アイリスに何かいう事はなかった。 背を向けると歩き出すその姿は、『ついてこい』と二人を促す。


「それで、なんだっけ? ジェネシスが世界征服をもくろんでいるって話だった?」


「はい。 運用本部は邪魔とされ、オリカさんが拘束され――カグラ社長の命が狙われた事。 とにかく今が休んでいる状況ではないという事はわかりました」


「ああ。 そういえば、さっき連絡があってね。 トライデントがレーヴァテインと合流したそうだ。 運用本部の面子とも一部合流に成功したみたいだ」


「一部、ですか?」


「殆ど命からがら逃げてきたらしい。 詳しい話は本人たちに聞くほうが早いだろうし。 とりあえずぼくは休むから、トライデントが戻るまでの間適当にふらついててよ」


ふらふらしている場合なのか? そんな思いに押しつぶされそうなアイリスの肩を叩くユピテル。 本当はアイリスもわかっていた。 焦っても不安に思っても、結局何にもならないのだと。

二人の様子を眺め、アレキサンドリアはため息をついて去っていく。 後姿が曲がり角の先に消え、アイリスは一気に肩の力を抜いた。

壁を背にし体重を投げ出し、そのままずるずるとその場に座り込む。 壮絶な戦闘後、ここまであわててやってきたのだ。 疲労が溜まっていないほうがおかしい話である。


「世界征服――。 ジェネシスの真の狙いがそんなことなのでしょうか……。 いえ、それより……私たちが信じていた世界は、一体なんだったのか……」


「なんていうか、アイリスは真面目だね」


ユピテルの気の抜けた一言にアイリスの辛辣な視線が向けられる。 しかし少年は穏やかに微笑み、アイリスの隣に立つ。


「でもそれが、アイリスらしくていいのかもしれないね」


そうして膝を抱えるアイリスの頭を軽く撫でる。 少女は抱えた膝に表情を隠し、なされるがままにそれを受け入れる。

顔を上げることはしなかった。 声をかけることもしなかった。

そうした全ての思いが、やるせなく感じ、不安に思う。

胸の中に渦巻くどろどろとした感情のやり場がない事実。 そして少女は俯いたまま、唇をかみ締めた。



「ゼクス君は本当にこれでよかったの……?」


第二司令部、リアライズシステムが鎮座する広すぎる部屋の中、座してゼクスを見下ろすメアリー=メイの姿があった。

ゼクスは扉の前に立ち、メアリーを見張っている。 この状態になってから既に数時間。 二人の間に会話はなかった。

メアリーは既に異常事態を察知していたし、ゼクスは既に『仲間ではなくなった』人間に対してかける言葉もなかった。 故に沈黙は当然の状況下、メアリーは的外れな事を口にしているといわざるを得ないだろう。

ゼクスは躊躇する事無く、ウロボロスを貫いた。 その事実は決定的に彼の中に存在している。 しかし、カロードを倒した事により心の中にわだかまりが生まれているのも確かだった。

それがわだかまっているのだという事実さえ理解出来ない少年は、扉を背に沈黙を続け、メアリーの言葉に反応する事はなかった。


「ねえ、これからジェネシスはどうなるの? メアリーをリアライズシステムに接続して……何を求めているの?」


「…………悪いけど、話しかけないでくれ。 ぼくは――君と言葉を交わしたくないんだ。 わかるだろう?」


「――――カロードさんを殺した事、後悔してるから?」


顔を上げたゼクスが見たのは、哀れみの表情を浮かべるメアリーの姿だった。

驚きは声にもならず、ゼクスはただ呆けるのみ。 メアリーは静かに息をつき、目を閉じる。


「リアライズにメアリーを連れてきたのはゼクス君でしょ? 何を驚く事があるのかな? リアライズに接続する事さえ出来れば、メアリーはこの世界の情報を好きなように汲み取れるんだよ。 別世界の情報も、ね」


その力はエアリオのそれとよく似ていた。

しかし決定的に違う事は、『察知する対象の方向性』が異なること。 そしてリアライズにより彼女の能力は限定されるということ。

世界中に満ち溢れる確定事実、不確定事実――そうした可能性や情報を音として察知する能力。 音は声とも言えるだろう。 そしてそれは、力のある声であればあるほど彼女の耳に届く。

リアライズはその情報搾取をさらに限定的にし、精度を向上させる能力を持つ。 エアリオ・ウイリオの持つ能力を有す存在として能力向上し生産されたバイオニクルであるメアリーにとって、目前の人間の心理など見抜くのは容易すぎる程であった。

ましてやリアライズに接続した状態のまま、既に何時間もゼクスと顔をあわせていたのだ。 何が起きていたのか、そしてこれから何が起こるのか。 ゼクスが知りうる限りの情報は既にくみ出した後だった。


「後悔しているんでしょう、ゼクス君……。 ううん、違う。 ゼクス君は後悔するとは思っていなかった。 でも今、もやもやした気持ちに囚われている」


言い返すことは出来なかった。 彼女の言うことは全て事実であり、感情的に否定できるほどゼクスは子供でもなかった。

ただ、あの男を倒してしまった事実がぬぐえないのだ。 なぜなのか理由はわからない。 ただ、殺してしまった。 何か大切なものを自分で壊してしまったのだ。

そうならないよう、きっとカロードは助けようとしていたのだ。 自分自身とゼクスとを重ねていた男は、命を賭けて何かを伝えようとしていたのだ。

それを、大して考えもしないまま屠った――。 その事実は、思いのほかゼクスの胸のうちに積もり、思考を鈍らせていた。


「あの人は敵だった。 行く手を阻む存在だったんだ、仕方がなかった。 もう終わってしまった事だ。 どうにもならないんだ」


「そうやってまた、自分じゃない何かに理由を押し付けるんだね。 それじゃあ逃げてるだけだよ」


「きみに何がわかる……。 きみに。 きみなんかにっ!!」


「わかるよ。 だって、わたしたちは――」


「うるさいっ!! もうこれ以上喋るな!! ぼくは――――きみを殺してしまいそうだ……っ」


銃を向け、泣き出しそうな表情でゼクスは叫ぶ、

その言葉の向こうにある真意に気づいていたのは、おかしな事にゼクスではなく向かいに座る少女であった。



「これで、必要な面子は全部そろったかな?」


SIC本社ビル社長室。 そこにアイリス、ユピテル、それに遅れて到着した元ジェネシスチームが合流して一堂に会していた。

その場には、恐らくほぼ全員。 この世界の脅威に立ち向かおうとするものたちの代表が顔を合わせていた。

誰もが神妙な面持ちで立つ中、アレキサンドリアは散らかりに散らかったデスクの上に両足を投げ出し、紫煙を吐き出し笑う。


「――――さてさて諸君。 この世の終わりの話をしようじゃないか」


誰も何も言わなかった。 故にアレキサンドリアは言葉を続ける。


「ジェネシスは間違いなくロンギヌスとタナトスの大軍隊で世界を滅ぼそうと乗り出すだろう。 連中にとってこの世界が存在する事は今後邪魔以外の何者でもないからね。 全て綺麗さっぱり消し去ってから、別の世界に旅立ちたいだろうし。 しかも現状、連中はロンギヌスだけではなく残り二機の月製アーティフェクタを所持していると考えていいだろう」


アレキサンドリアが指を鳴らすと、部屋の中心部に巨大なスクリーンモニターが現れる。

そこに映し出されたのはロンギヌス、そしてオロチ、そして見覚えの無い機体が一機。 最後の機体だけは解像度が非常に悪く、不鮮明なシルエットだった。


「月製のアーティフェクタ三機は『ロンギヌス』、『オロチ』、そして『トランペッター』というらしい。 ロンギヌスは『対アーティフェクタ決戦用』、オロチは『対集団戦闘用』、そしてトランペッターは『天使操作用』の機体らしい」


「…………随分と詳しいんだな、SICの社長さんは」


「そりゃ、何年も前から知っていたしね。 情報提供者はスヴィア・レンブラム――。 きみたちも知る、異世界から来た救世主だよ」


「僕たちSICは、スヴィアの手によって作られた『ジェネシスを監視、抑制する為の存在』なんだよ」


SICという企業は、スヴィアがやってくるよりも前から確かに存在していた。

しかしその存在の在り方がただのジェネシスのライバル企業でなくなったのは、スヴィアがSICに身を寄せてからである。

いずれジェネシスが世界を滅ぼす事を知るスヴィアは、そのあらゆる事実をSICに伝え、そして自らもまたジェネシスを監視する立場に立っていたのである。

先代のSIC社長は、スヴィアの話を真摯に受け止めた。 それは真実に値する根拠のある話であったから。 ジェネシスはそれを知り、利用しようと考えた。 しかしSICは違ったのだ。

この滅びかけた世界の中、SICが細々とでも存在を維持できたのは、ジェネシスのように強大な力を持つからではない。 元々その存在は世界全てを救おうと努力し、あり方は違えども成そうとすることは東方連合に非常に近い。

つまり、この世界の存続を考えた企業。 ジェネシスは私利私欲の為に『未来』を利用しようとする悪の企業なら、SICはそれに立ち向かう正義の企業だった。

スヴィアから授かった知識も力も同盟軍をサポートするために使い、そして『時』が来るまで決して世界に関与しようとはしなかった。

先代の社長が死去してからも、アレキサンドリアはきちんとその志を受け継いでいた。 スヴィアの言葉に耳を傾け全てを成した事こそ、逆に彼女が若くしてこの巨大な企業を守ることが出来た大きな理由とも言えるだろう。


「僕たちは素直に世界を守りたかった。 滅ぼされたくなかった。 たとえ僕たちの存在が、誰かの偽者だったとしてもね。 スヴィアはよく言っていた。 大切なのは他の誰かになることなんかじゃない。 自分自身になることなんだ、って」


「SICは何年も前からジェネシスと戦うつもりでやってきたんだ。 今更対応が早いくらいで驚かれる謂れはないね。 むしろ、それを自覚できなかったきみたちの方がどうかしているわけ」


アレキサンドリアの言葉に言い返すことが出来なかった。 誰もがまだ心のどこかで、ジェネシスという帰るべき場所を信じたかったのかもしれない。

この世界を訪れた異世界の救世主は。 他のどこかのリイド・レンブラムは。 この世界を変える為に、救う為にジェネシスを訪れた。

その力が肥大化しすぎ、やがて暴走する事がないようにとSICを育て、そして自らは世界にとって中立の立場となるラグナロクを設立したのだ。


「この世界はずっと、スヴィアに守られてきた。 彼が人生全てを費やして守ろうとしてきた世界は、彼が憂いた通りの結果に陥ろうとしている。 元ジェネシスの諸君? スヴィアは、なぜジェネシスが危険な存在になるかもしれないと理解しつつ、それに力を与えたのだと思う?」


「力…………」


レーヴァテインを筆頭に、アーティフェクタの知識。 ユグドラシルの可能性。 スヴィアが現れなければ、ジェネシスは他の世界への侵略など考え及ばなかったかもしれない。


「ジェネシスは、強い力を持つ組織だった。 まず人に勝つ前に、神に滅ぼされない力が必要だったから――だろう?」


「正解だねエアリオ。 でもそれじゃ五十点だ。 確かにそう、ジェネシスの力がなければ神に人は滅ぼされていたかもしれない。 人が神に対抗できるだけの準備を整えるまでの間、ジェネシスには派手に暴れてもらわなければならなかった。 そういった意味で、リイド・レンブラムはレーヴァテインの奏者として最高の存在だったと言える。 でも、それだけじゃない」


「――――判ってる。 スヴィアは、わたしたちを助けようとしていたんだ」


握り締める拳。 そこにある思いは何か。 そしてエアリオの言葉は、その場にいる全員の総意でもあった。

スヴィアという男が、かつて世界を救えず握り締めた拳と、彼らのそれは何一つ変わらない。

守られていた。 救えるはずだった。 もっと多くを。 いずれかの未来を。 そして、ぬぐいきれない過去を。

スヴィア・レンブラムの願った世界。 そこには本物も偽者も無い。 ただ皆が居て、そして己を自覚する世界。

かつてスヴィアは願っていた。 そして、それは現実になった。 自らが解き放ったリイド・レンブラムという破滅の因子であり自分自身である存在は、いつしか多くの人との触れ合いにより、心をその手に得た。

世界の悪意を知りながら、世界の憂いを知りながら尚、男が求めた世界。 そこには、自分自身の存在は必要なかった。


「スヴィアが願った世界に――あの人はいなかった。 わたしたちが自分の力で――そう、この世界のわたしたちが、乗り越えられるようにって。 スヴィアは憎まれたり疑われたりしながらも、ただそれだけを願ってた」


リイド・レンブラムの兄として。 自らを超えるべき敵として。 そして、彼は自らの責任を取り、その命を全うした。

異世界より自分が呼び込んでしまったユピテルという存在を倒すこと。 それこそ、スヴィアがこの世界で果たさねばならない責任だった。


「スヴィアはそういう人間さ。 それは、誰よりこのボクが一番理解している」


腕を組んだまま、唇をかみ締めるユピテル。 その態度を鼻で笑い、アレサンドリアは語る。


「そりゃ、そうだろうね。 だってお前は――他の誰でもない、本物のリイド・レンブラム。 そして、スヴィア・レンブラム。 お前は『この世界の成れの果て』なんだろ?」


「ユピテルが……」


「世界の……成れの果て?」


その場に居た誰もが振り返る。 ユピテルは視線を逸らしたが、それはアレキサンドリアの言葉に対する肯定と受け取れる。


「ユピテルはね。 スヴィアの迷いそのものなんだよ」


「……迷い、そのもの……? なんだそりゃ? そういや俺たち、ユピテルがなんなのかよくわかってないぞ」


「ボクの事はいいだろう、カイト。 今はこのジェネシスを倒す手段を講じるのが先だ」


「いいや、俺はそうは思わねえ」


振り返ったカイトはユピテルに歩み寄り、胸倉を掴み上げる。


「お前は味方なのか敵なのか。 それをはっきりさせなきゃ勝てるもんも勝てなくなる。 ハッキリいってお前は強い。 この中で誰よりもレーヴァをうまく使えるさ。 でもだからこそ、お前の本心が判らなきゃまとまらないんだよ」


「敵じゃない。 その答えだけじゃ足りないの?」


「足りないな。 正直俺は、お前をそんなに嫌ってない。 でもな、心の中のどこかにわだかまりがある限り、ハッキリしねえんだ。 お前を信じたいよ。 でも、そうはいかないんだ」


「カイトさん、あの……ユピテルは――、」


「アイリス、少し黙っててくれないか」


ユピテルの背中越しに聞こえたカイトの声は真剣そのものだった。 思わず息を呑み、伸ばしかけた手をおずおずと引っ込める。


「さあ、ハッキリしろよユピテル。 でなきゃ、お前は参加しなくていい。 お前がいなければ勝てないかもしれない作戦だって、お前抜きでやるさ」


「…………カイト・フラクトル。 君という人は」


「悪いが性分だ。 堪えてくれ」


「……判ったよ。 判った。 手を離してくれ、カイト」


カイトが襟首から手を離すとユピテルは襟元を指先で直しながら、視線を逸らしてつぶやいた。


「ボクは、リイド・レンブラムだよ」


全員の視線が集中する。 ユピテルはそれらを気にせず、アイリスのほうにちらりと視線を向けた。

アイリスはなんともいえない不安げな表情を浮かべていた。 息を呑み、コートの裾をぎゅっと握り締めて、まるで小さな子供のように。

悲しげに微笑むユピテルのその様子は、まるでアイリスに『ごめんね』とでも言っているようだった。


「スヴィアが救おうとした世界は、ここで三つ目なんだ」


その言葉の意味を、全員理解出来なかった。

じんわりと、しみこむように。 ゆっくりと、理解を深めようとする。

その言葉が意味すること。 スヴィアが救いたかった三つの世界。

一つは、スヴィアがリイド・レンブラムを名乗っていた世界。

一つは、今まさに滅びに直面しているこの世界。

では、残りの一つとは?


「ボクは、スヴィアによってリイド・レンブラムが月よりつれだされず、人類の敵となった世界の可能性の残滓――。 つまり、本来の姿のリイド・レンブラム。 そしてスヴィアに殺されかけた、二人目のリイド・レンブラムだよ」


偽者などではない。


けれども、決して本物ではない。


では、その心はどこにあるのか。


理解出来ないのなら。 割り切れないのなら。


「ごめんね、アイリス」


少年は振り返り微笑んだ。

アイリスは何も言えず、ただ肩を震わせていた。



「こんなところにいたのか、アイリス」


そこは、SICの格納庫の隅だった。

真夜中になり、少しは静かになったものの、まだ遠くでは機体や武器の搬送が行われ、決戦前の慌しい空気が垣間見える。

ただ一人、真紅のヘイムダルを見上げて佇むアイリスは、黒いコートを脱ぎ、小脇に抱えていた。 その表情はどこか疲れていて、エアリオの呼びかけに反応したのもとても遅かった。

背後で手を組み、苦笑しながら近づくエアリオを視界に捕らえ、アイリスは憂鬱そうに視線を地に追いやる。 その隣に立ったエアリオはアイリスと同じようにヘイムダルを見上げた。


「もうじき決戦だ。 休んでおかなくていいのか?」


「……判ってはいるんですけど。 でも、そんな気にはならなくて。 寝ようとすると……一人になると、すごく不安になるんです。 心の中がごちゃごちゃして、叫びだしたくなるんです。 逃げたいんです、きっと私」


「ん……。 そっか」


「オリカさんが、亡くなったと聞きました」


「ああ」


「……私、オリカさんのこと大好きでした。 もう一人姉さんがいたら、きっとあんな感じがよかったです。 優しくて、柔らかくて、女の子らしくて。 ちょっと怖いところも、信じ込むと一直線なところも、好きだったんです。 でも、なんででしょうね……」


エアリオがアイリスを見ると、少女は笑っていた。 それは笑顔には程遠く、決して笑顔などではないのに。 それでもアイリスは、笑っていた。

他にどうしたらいいのかわからなくて、表情は勝手に笑顔を作っている。 そんな言葉が当てはまるような、奇妙な表情だった。


「あの人が死んじゃった気、しないんです。 いなくなったのわかるのに、心が受け入れてないんです。 だから全然哀しくなくて……おかしいですよね?」


「……いや。 わかるよ」


「何がわかるんですか……。 エアリオ先輩に、何がわかるっていうんですか……っ!!」


「アイリス……」


的外れな言葉だとわかっていても止められなかった。

何もかも、この世界の全てに裏切られたような錯覚さえ覚える。 涙は出なくて、心の中はそのせいで逆にぐしゃぐしゃになる。

吐き出せないドロドロした気持ちは思いもよらない形で誰かを傷つける。 けれどそれをわかっていても止められない。 嫌気が差していた。


「何故なんですか!? 何故この世界はそうまでも――私から何かを奪い去るんですか!? 私は……私はただっ! 普通に……」


「リイドの事が、今でも好きだ」


「…………」


突然の言葉だった。

エアリオはアイリスの手を取り、揺れる眼差しで見上げている。


「あいつの事、忘れられない。 今でも好きだ。 大好きだ。 あいつのためなら死んでもいい……いや、それくらいしなきゃ償えない。 だから私は、あいつに謝らなくちゃいけない。 それまで死ねない。 世界が何度わたしたちを裏切ったとしても、私は生きなければならないんだ」


「あ……。 ちが、私……そんなつもりじゃ、」


「オリカの事も好きだった。 友達だったんだ。 ライバルだった。 そして――――ユピテルを見ていると、心が揺らぐよ」


それはエアリオの素直な言葉だった。

だからアイリスは耳を傾ける事しか出来ない。 ただ、エアリオの瞳に魅せられていた。


「わたし、思うんだ。 オリカもきっと同じ事を言うから。 だから、言える。 アイリス、私たちはきっと――――何度生まれ変わっても、どんな違う世界でも、きっとあいつを好きになるよ。 しょうがないんだ、もう」


苦笑を浮かべるエアリオ。 彼女もまた、別世界のリイド・レンブラムに心を惹かれていた一人だった。

その人は既に愛する人がいて、居なくなる。 世界の責任を背負うとかそんなことはどうでもよかった。 ただ、生きていてくれたらそれでよかった。

でも叶わない。 そして二人の同じ存在に心を惹かれ、悩んでいた。 それは今のアイリスの状況とよく似ている。


「はっきりしてやれ。 ユピテルのこと、好きなんだろう?」


「あっ……。 わ、たしは……そんなつもりじゃ」


「沢山のものを裏切っている気がするからか?」


「…………」


「気にするな、細かい事は。 人はみんな馬鹿だ。 誰一人賢いやつなんていない。 何度でも何度でも、へまをする。 でもわたしは、そんな人間の馬鹿らしい姿が大好きだ。 そういえるようになったのはきっと、わたしもその輪の中に入りたいと思えるようになったから。 きっと、みんなのお陰だ」


「エアリオ……」


「せめて、あいつと向き合ってやれ。 あいつは今必死で心を学ぼうとしてる。 あれは、もう一人のリイドなんだ。 せめてお前が笑ってやれ」


「……私は、」


「素直になれない女は、いざという時男を取り逃すぞ?」


アイリスの唇を人差し指で塞ぎ、エアリオはウインクを浮かべた。 その様子が余りにもかわいらしく、アイリスは目を丸くしていた。

初めてあった頃のエアリオからは考えられない動作だった。 いつだったか、自分の頬をしたたかに打ち付けたその小さな手が、今は背中を押している。

一人ではないというその漠然とした事実のなんと暖かな事か。 共に悩み、共に生きていく人々が居るこの世界の中で、自分に何が出来るのだろう。


「女は素直が一番だ。 オリカまでいくとどうかと思うけどな」


「ふふ、それは同意です」


「笑ったな」


「は?」


「笑っているほうがアイリスはかわいい。 イリアよりもおしとやかで、な」


さわやかな笑顔と共にエアリオは去っていく。 月明かりを受け輝く銀色の髪がきらきらと輝いて、幻想的な存在のように夜の闇を切り裂いていく。

その後姿を見て、アイリスは思わず笑っていた。 それが余りにもかっこよすぎて、なんだか急に全てがばかばかしくなったのかもしれない。


「女は素直に、か」


見上げたヘイムダル。 何度もこれまで死線を潜り抜けてきた手足のように愛しい存在。

そっと触れた鉄の板は冷たく、夜の闇を吸い込んで纏わせる。 指先に触れる余りにも硬い感触を、しかし今は心地よく思う。


「がんばろう、私。 この戦いが終わったら、きっと――――」



遥か彼方、漆黒の闇に浮かぶ月。

その奥深くに眠る楽園の玉座に腰掛ける一人の女性。 彼女の前に立ち、メルキオールはため息を漏らす。


「この世界もいずれ終わる。 その時君は、何を見るのだろうね。 『サマエル・ルヴェール』」


女性は何も答えない。

ただ沈黙し、世界樹を臨んでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ